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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第三十四話 カトレアの家出


 内乱発生から1ヶ月。
 ラ・ヴァリエール公爵家はというと、当然と言うべきか、王党側に属しゲルマニアが介入しないように国境線に目を光らせていた。

 ラ・ヴァリエール公爵は毎日のように軍議を開き、積極的に中央と連絡を取り合っていた。
 カトレアの嫁入りも無期延期になり。ここ数日は、妹のルイズの面倒を見て1日を過ごしていた。

 現在、カトレアは動物達と共に遠乗りに出ていた。
 内乱中にも拘らず外出したのは、領民を不安にさせない為の配慮と今まで飼っていた動物達を自然に帰す為だった。
 内乱が王党側の勝利に終われば、予定通り王家に嫁入りする事になるが動物達も一緒に嫁入りするわけにはいかず、時間を見つけては動物達を野生に帰す活動をしていた。

 麦畑の沿道を馬に乗って進むカトレア。
 後には、多くの鹿、狐、鷹、熊、狼、等の猛獣が、土煙を上げ後を追う光景は、さながら百鬼夜行に思えた。

「おお、カトレア様じゃ」

「ウチの母ちゃんを治していただき、ありがとうございます」

 農民達が作業を止め、頭を下げてカトレア一行を見送る。カトレアもニッコリと微笑み返した。
 カトレアは時間を見つけては、薬箱では治せないような重病者を治して回る活動もしていた。
 そんな事もあって、心優しいカトレアは領民に女神の様に慕われていた。

 そんなカトレアがやがて王家に嫁ぐ。領民達は祝福しつつも、何処か寂しさを覚えていた。

 ……

 鬱蒼とした森林へと足を踏み入れたカトレアと動物達一行。

 カトレアは動物達の頭を撫で、森に帰るように促すと。一頭、また一頭と動物達はカトレアの方を何度も振り向きながら森の中へ帰っていった。

 やがて、最後の一頭が森へと帰りカトレアと馬だけになった。

「さようなら……」

 ポツリと呟き、ため息をついた。
 結婚式が内乱によって無期延期になった事は、カトレアにとって衝撃だった。
 そして、動物達との別れ……カトレアがこの森へ来る理由は領民を不安にさせない為の配慮と動物を自然に帰すこと、そして、もう一つの目的はこの森の中でで一人泣く事だった。

 カトレアは馬から降り、近くの大きな木の下にすがり付く様に膝をつき、そして……
 
「……会いたい、会いたいです、マクシミリアンさま」

 次期王妃の為の訓練の中で、人前では涙を決して見せてはならない。どうしても泣きたい時は国民の為に涙を流さなくてはならない。個人的な事でに泣く等持っての他。と強く言い聞かされていたカトレア。
 13歳の少女には無体な要求だったが、カトレアはそれを実践しようと努力していた。

 グッと声を押し殺して一頻り泣いたカトレアは屋敷に帰ろうと振り返ると、あらぬ方向から声がかかった。

「おっと、カトレアお嬢様。こんな所にお一人とは無用心ですな」

「フヒヒ……本当に居たな」

 カトレアが振り返ると木陰から2人の男が現れた。一人はよれよれの服を着た貴族、もう一人も貴族で友好的とは言いがたい雰囲気だ。

「……貴方がたは?」

「我々は、貴女の婚約者の卑怯な不意打ちによって、領地を追われた者ですよ。早速ですが我々と付き合っていただきます」

「まぁ、私を人質にしようと?」

「その通り!」

「でも、わたしが居なくなるとみんなが困るから遠慮しておくわ」

「そう遠慮せずとも、みんな仲良くしてくれますよ?」

「でも、駄目よ。私に何かあったら貴方達が危険だわ」

「……どういう事だ?」

 落ち武者ならぬ落ち貴族がカトレアに聞き返した。

「だ、旦那……」

「うるさいな、後にしろ」

「でも、旦那」

「何か後ろが……ヤバイ感じ」

「ああ~ん?」

 落ち貴族が後ろを振り返ると、鬱蒼とした暗い森の向こうから数百もの光る目がジッと落ち貴族達を見ていた。

「旦那、やっぱりマズイよ。逃げやしょう?」

「き、きき、気にしない! トリステイン貴族はうろたえない!」

 徐々に光る目は近づきさらに数を増やした。
 暗い森の先から見える数百の光の目は、まるで森その物が巨大な化け物の様に感じた。
 怯える2人を目掛けて、森の中から2頭の巨大な狼が落ち貴族に襲い掛かった。

「ア、アッー!」

「ああっ、旦那!?」

『グワォォァーーーッ!』

「ひぃーーー!」

 あわや、2体の惨殺死体が出来ると思われたが、カトレアが待ったをかけた。

「誘拐犯さん、こういう事言うと脅している様に思われるけど、私のお願い……聞いてくれないかしら?」

 カトレアは申し訳なさそうに、落ち貴族改め誘拐犯に頼み事をした。

「い、命だけは……」

「ガウワウ!」

「ヒィィーーッ!」

「駄目よ。みんな、お願い言う事聞いて」

 カトレアが誘拐犯の間に入る事で狼達は威嚇する事を止めた。

 ……

 カトレアは元々思慮深い少女だ。
 いつもなら森の中で一頻り泣いて、マクシミリアンへの気持ちを整理してから日常へと戻っていったが今回は違った。誘拐犯という非日常がやって来た事で上手く気持ちの整理がつかず、カトレア自身、思っても居なかった事を口走ってしまった。

 カトレア曰く、

「わたしをマクシミリアンさまの所へ連れて行って」

 口にした瞬間、『何て事を』と思ったが、不思議と後悔は無かった。それどころか、ダムが決壊するようにマクシミリアンへの気持ちが溢れ出て、自分自身を押さえ切れなかった。

「ええっ!? って、マクシミリアンってトリステイン王子のことだよな?」

「他にそんな珍しい名前知らないぜ?」

 カトレアの願いに毒気を抜かれた2人は、顔を向け合って、『どうしたものか』と考え込んだ。
 元々、虚栄心の高いトリステイン貴族だ。『可憐な少女の願いには何とか応えてやらねば男の恥』……と思ってしまうのは悲しき習性かも知れない。

 誘拐犯2人の後ろでは、2頭の狼が2人の頭を噛み砕くのを、今か今かと涎を垂らしながら待っている。

 下手に断れば待っているのは無残な死だ。事ここにいたり、誘拐犯たちはカトレアの願いを受け入れることにした。

「わ、分かりました。ミス、貴女の願いを叶えましょう」

 ちょっとキザな誘拐犯Aは怯えながらもキザったらしく言った。

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 ぽん、と手を合わせ、これ以上無い笑顔で喜びを表現した。

「かかっ……可憐だなぁ」

 ちょっと気弱な誘拐犯Bは、可憐な少女に恋をした。

 『婚約した男女は頻繁に会ってはならない』……なんて『しきたり』は、今のカトレアにとっては関係の無い事だった。

 動物達の盛大な見送りを得て森を出た一行は、近くを歩いていた農夫に『マクシミリアンさまの所に行って来ます。ごめんなさい』と書かれた手紙をラ・ヴァリーエル公爵家の屋敷へ渡すように頼み、心付けに1スゥ銀貨数枚を渡した。
 当然、その手紙を受け取ったラ・ヴァリーエル公爵家の面々は大騒ぎで追跡の部隊を送ったのは言うまでもない。

 かくしてカトレアとその乗馬、誘拐犯2人とお目付け役の狼2頭の奇妙な旅が始まった。








                      ☆        ☆        ☆






 カトレア一行が、ラ・ヴァリエール公爵領の首府ユトレイトから進路を南に取り3日経った。

 途中、2人の誘拐犯の為に馬を2頭買った。路銀は何かあったときの為に多少持っていたから問題なかった。

 誘拐犯2人は、道中何度も逃げ出すチャンスが有ったがどういう訳か、カトレアに従順だった。彼らが何故逃げなかったというと、お目付け役の狼達に命を狙われている事もあるが、旅の途中で反乱軍の連戦連敗の噂を聞いているうちに、『身の振り方を改めるべき』、と思い立ったからだ。上手くカトレアに協力すれば、その功績で領地を取り戻せるかもしれない……といった打算も働いたが、元々お気楽な性格なのか、美少女のカトレアと旅をするのが楽しくてたまらない感じだった。

 ラ・ヴァリエール公爵領を無事脱出して、初めて寄った宿場町で、マクシミリアンの居場所の情報収集をするとマクシミリアンはトリステイン東部の都市『リュエージュ』に駐屯している事が分かった。

「リュエージュはどの位の日数で到着するような距離なんですか?」

「馬で飛ばせば5日と掛からない距離ですが、なにせ内乱中です。検問やら何やら張っている事は十分考えられるでしょう。遅くも見積もっても10日以内には何とか……」

「それじゃ、早く出発しましょう」

 カトレアは、遅くとも10日でマクシミリアンに会えることが嬉しくて、他のみんなを急かした。

「今から出発すれば、日が暮れる頃には次の宿場町に着きます」

「喉が渇いたんだけど。少し休んでいかない?」

 のん気な誘拐犯Bが、休息を要求したが、

「今、休んでいたら日暮れまでに着かないだろ。早くいくぞ」

 と誘拐犯Aににべも無く却下された。

 日は西に落ちつつあったが、まだ日は高い。

 一行は次の宿場町に向けて出発した。

 ……

 カトレアは幸せだった。

 今までは病気や勉強で領内に篭もりっきりで、旅行の一つもできなかったが。こうして知らない土地の風景や人々に触れ合う事ができて、言いつけを破ってでも旅を出た価値はあったと思っていた。

 内乱中にも関わらず、国民達の顔に悲観的な色はなかった。
 物価も安定していて、行く先々で食料品といった必需品の価格は安定していた。こういった非常時に必需品を買い占めて価格を吊り上げようとする不届きな奴も居たが、家臣団が価格の安定に力を入れたおかげで、相場は変動せず逆に買い占めた者が大損した例があった。こういった所にも当局の努力の後が伺えた。

 マクシミリアンが駐屯しているというリュエージュへ向けて旅を続ける一行だが、日暮れまでに次の宿場町に着く事が出来ずに野宿する羽目になってしまった。
 カトレアは野宿すら楽しいのか目をキラキラさせて、夕食の準備の為に鍋の中に魔法で作った水を入れ、塩を香草とキャベツと干し肉をぶち込み、火魔法でコトコト煮始めた

「御嬢、料理出来るんで?」

「屋敷じゃ厨房に立たせてくれなくて。わたし料理って一度でいいからしてみたかったの」

「え? じゃあ、料理は初めてなんですか?」

「そうなの」

 カトレアはニッコリ笑い、狼達とじゃれ合いながら鍋をかき混ぜた。

「……」

「……」

「♪~」

 無言の誘拐犯とは対照的にカトレアは鼻歌を歌いながら料理を続けた。

 そして、十数分後カトレアのスープが出来上がった。

「さぁ、召し上がれ♪」

 カトレアは木椀にスープを盛り誘拐犯らに振舞った。ちなみに鍋や木椀といった道具は誘拐犯の所有物だ。

「い、いただきます」

「においは良さそう」

 誘拐犯たちは同時にスープを呷った。

「どうかしら?」

「……」

「……マズ」

 微妙な味だったらしい。

『ガウワウ!』

 後ろに控えていた狼達が、歯をガチガチ鳴らして『喰え』と脅し、2人は涙を流しながらスープを飲み干した。

「わたしもいただくわ」

 カトレアもスープ飲むと、ニコニコ顔が消えた。

「……余り美味しくないわ」

 不味いからといって捨てるつもりは無い。眉毛を『八の字』にして、残ったスープを飲み干した。
 カトレアの動物好きは有名だが、だからといって肉を一切食べない訳ではない。動物が好きだからこそ、食材になってくれた動植物に感謝して好き嫌いせずに何でも食べるのがカトレアのポリシーだった。

「ごめんなさい、余り美味しくなかったわね」

「まぁ、御嬢。気にせずに……」

「初めての料理なんでしょう? 次はがんばりましょう」

「ありがとう。がんばるわ」

 その後、残ったスープを3人で平らげ。明日の日の出と共に出発しようと早めに床に就く事にした。

 カトレアは護衛兼毛布代わりに狼達に包まって眠ることにした。
 誘拐犯2人は交代で1人が火の番をして、もう1人が休む事になった。

 ……数時間経っただろうか。

 誘拐犯Bが火の番をしていると、一行の頭上を何か『速いもの』が通過した。

「御嬢、起きて! 旦那も起きて!」

 誘拐犯Bはカトレアに声を掛け。誘拐犯Aを蹴飛ばして無理やり起こした。

「なにかしら?」

 のん気に呟き、カトレアは目を覚ました。傍らに居た狼たちは空に向けて唸っている。

 『速いもの』はカトレア一行の上空を数回ほど旋回すると、カトレアの前に降り立った。

 マンティコアに乗った仮面にピンクブロンドのメイジは仮面越しにカトレアをジッと見ていた。

 一方、カトレアは仮面のメイジの正体に気付いたのか、驚いたように、

「お母様!」

 と仮面の騎士に向かって叫んだ。 
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