| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四十七話 宇宙艦隊司令長官の交代です。

帝国歴485年10月21日――。

 ラインハルト・フォン・ミューゼル及びイルーナ・フォン・ヴァンクラフトは中将に昇進していた。

 先のヴァンフリート星域における司令長官の戦死という損失を帝国軍は忘れてはいなかった。ミュッケンベルガーは帰還した後、敗軍を良くまとめ上げたという理由で上級大将に昇進。そのまま臨時に宇宙艦隊司令長官代行に就任した。もっともこの理由付けは取って付けたようなものである。目的はミュッケンベルガーをビリデルリング元帥の後継者にすることにあった。メルカッツ提督がいるとはいえ、衆望は圧倒的にミュッケンベルガーにあったのだ。他の帝国軍人では宇宙艦隊司令長官には向かないというのである。だが、いつまでも代行というわけにはいかない。
 その宇宙艦隊司令長官代行の初陣を飾るべく、帝国軍はメルカッツ提督の艦隊を加えた5万隻の艦艇を動員し、同盟領内アルレスハイム星系に進出したのである。そこはかつてカイザーリング艦隊が完膚なきまでにたたかれた場所であったから、帝国軍としては凶兆の場所として忌避する意見もあった。
だが、ミュッケンベルガーはその忌避する場所での勝利こそ帝国の士気を高めることとしてあえてこれを戦場に設定。

 迎撃する同盟軍艦隊司令長官はこの時はまだロボスであった。多少ヴァンフリート星域においてその器量の低さをさらけ出したとはいえ、まだまだ現役である。前回曲がりなりにも凌ぎ切ったのだから、今回も大丈夫であろうという見方とは裏腹に、ロボスは帝国軍に大敗した。
 前回の失策を取り返そうとしたのかもしれない。縦深陣形に引きずり込んで殲滅するという構想を立てたのまではよかったが、その陽動部隊をイルーナにあっさり撃破させられ、引き込ませるどころか、救援に向かった本軍がラインハルトの分艦隊に急襲させられ、大混乱に陥った。さらに後方からメルカッツ提督率いる別働部隊が襲い掛かり、さらにそこにミュッケンベルガーの本軍が攻めかかったのである。
自由惑星同盟軍はまたも数千隻の損害を出し、数十万の将兵の犠牲を出した。それでも突破されなかったのは、駆けつけてきたシドニー・シトレ大将率いる援軍が一撃を加え、からくも死地を脱したからである。

 こうして、ミュッケンベルガーは初陣を勝利で飾り、正式に元帥に昇格して宇宙艦隊司令長官となった。メルカッツ提督は宇宙艦隊副司令長官となったのである。ラインハルト、イルーナは敵艦隊の撃滅に多大な貢献があったとして中将に昇進していた。


 他方、おさまらないのは同盟の方である。前回のみならず今回もまたもロボスの失態により大敗したということで、ロボスに対する非難はごうごうと沸き起こった。前回ブラッドレー大将は、降伏勧告の際のロボスの言動に難があったとして、けん責し、それとなく宇宙艦隊司令長官の交代提案をにおわせたが、ロボスは頑として従わなかった。もっともこれはすぐに同盟軍部や市民の間に漏れ、苦々しく思っていたところに、今回の大敗である。世間はブラッドレー大将の先見性を認め、駆けつけて勇敢にたたかったシトレの武勲を評価する一方、ロボスの態度には冷たい目を向けた。さらにはそれが政財界にも波及し「ロボスやめろ!やめろぉ!!」コールが圧力となって軍部に押し寄せてきたのだった。
 同盟軍人事局もその意向を無視できず、ついに人事局部会を開催し、賛成多数でロボスに辞職勧告決議を下すこととなる。
 結果ロボスは大将どまりで宇宙艦隊司令長官の職を退くこととなった。とはいっても、ロボスの辞職はまだ先の事であり、その間シドニー・シトレ大将が代行を務めることとなる。

 なぜ代行なのか。

 人々は不審に思ったが、ブラッドレー大将とシトレ大将、そして政財界の一部の有識者の間ではこれは織り込み済みの話であったのだった。ロボスは一時的に休暇を与えられ、同盟軍統合作戦本部ビルから私邸に「静養」の名目で滞在することとなった。

 彼の肥満体が護衛と共に寂しそうに同盟軍本部ビルから去っていくのと同じころ合いに、シドニー・シトレ大将が宇宙艦隊副司令長官室にある人物を呼び出していた。

「ヤン准将」

 シトレは自分のデスクの前に立っている青年に声をかけた。ヤン・ウェンリーはシトレの宇宙艦隊司令長官代行に伴い、彼の作戦部幕僚参謀として統合作戦本部に入ったのである。

「ヴァンフリート星域会戦、そしてアルレスハイム星系での会戦において、わが軍は多くの艦艇と将兵を失った。これを回復させるのには数年かかる。要塞建設と増設艦隊の予算、そしてこれらの損傷に充てる費用を考えれば、貴官でも想像はつくだろう」
「私よりも、ラップの方がその辺りは詳しいでしょう」

 ヤンは隣にいる金髪白皙の青年を見た。療養生活から出てきたばかりで多少顔色はまだ白いが、緑色の瞳は健康そうな輝きを持っている。

「先に損失した艦艇は合計15000隻を越えるんだ、ヤン。丸々一個艦隊が消失した計算になる。損傷した艦艇だって、その度合いは様々だ。中には修理不能で廃棄せざるを得ない艦もある。そう言った艦をいれれば、損害はもっと出るだろう。さらにこの二度の会戦で150万人近い将兵が戦死している。これらの補充には相当時期がかかる。数年どころの話じゃない」

 ヤンは頭を掻いた。

「さらには、ここ数か月での2度の会戦における大規模艦隊の出動により、物資の大幅な減少が生じてしまった。さらにこの先帝国軍が攻め寄せてくれば、わが方としては迎撃艦隊を差し向ける余裕がない」

 第五次イゼルローン要塞攻防戦の後、ヴァンフリート星域まで大会戦がなかったとはいえ、平素要塞建設と増設艦隊の建造費用などで国力は圧迫されている。そこにきての立て続けの出動である。これでは自由惑星同盟の体力が持たない。これまでは3万隻規模の艦隊戦が一般的であったが、この連戦では6万隻以上を動員している。その戦費も当然倍以上になる。
 この点ではシャロンもブラッドレーも、そしてシトレも見通しが甘かったと言わざるを得ないし、本人たちもそれを良く自覚していた。

「状況は小官も理解していますが、それで、どうしろとおっしゃるのですか?」

 と、ヤン。

「それに関しては、シャロン少将から一案が出ている」

 シャロンは少将に昇進し、統合作戦本部戦略部第一戦略科課長になっていた。ついでながら、第一戦略科は対帝国における戦略レベルの検討、大規模作戦発動の際の実施戦略案を担当し、第二戦略科は辺境警備、宇宙海賊討伐などの辺境レベルの作戦を立案する。シャロンが第一戦略科という自由惑星同盟における枢要の組織に入ったのには、当然様々なコネと彼女自身の能力があったからに他ならない。

 シトレは傍らにあった書類を指示した。2部ある。それを彼は手ずからヤンとラップに渡した。

「これから本部長閣下のところに伺うが、その前に一度見ておいてほしいと思ったのだ。それで君たちをここに呼んだ」
「よろしいのですか?私たちなどがそのような重要書類を見ても」
「書類が重要かどうかはこの際問題ではない。要はその内容が自由惑星同盟にとって体制挽回の一手となりうるかどうかが重要なのだ。そして今私は君たちに意見を求めている。そこにかけて読みたまえ」

 うなずいたヤンは失礼します、と腰をソファに降ろし、書類を読みふけった。ラップは立ったままだ。シトレに促されて、ようやく腰を下ろす。

「・・・・・・・」

 しばし無言で書類を呼んだ二人は、やがて同時に顔を上げてお互いの顔を見た。

「これは・・・」
「博打に近い案だな」

 と、言うのが二人の感想であった。

「今の同盟軍、いや、同盟全体の実情をさらけ出し、これ以上の戦争継続は不可能と大っぴらに宣伝する。そのうえで帝国と一時的な和平を求めることとなる」

 シトレが両手を組んで身を乗り出した。

「これは宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス大将の名前で発表する。本来であれば降格、減給であるべきところ彼が今の地位になおとどまり、その地位のまま退職予定とされているのは、そういうことだ」
「生贄ですか。どうも趣味が悪い」

 ヤンは複雑な顔をしている。

「なんとでも言いたまえ。申し訳ないがロボス閣下にはもはや艦隊を指揮する能力はない。であれば、最後まで利用できるところまで利用して、ご勇退願う。それがシャロン少将の案であり、私の欲するところだ。ロボス閣下も承知されている」

 シトレとロボスは同期であるが、シトレはなおロボスのことを立てて話すことをやめていなかった。もっともその内容はひどくロボスには酷であったが。

「しかし、和平と言っても帝国軍がそれを承知するでしょうか?」
「むろんタダではしないだろう。かといってこちらの窮地を利用して遠征しようとすれば、それなりの迎撃策を練ってあるから安心してほしい。第一広大な我が同盟領に進行すれば、補給線は伸びきり、各所で寸断されて一敗地にまみれるのはわかりきっていることではないか。話は戻るが、書類上には三つの案がある。一つは艦隊決戦を後一回行い、そこで帝国軍を完膚なきまでにたたき沈める。大損害を与えたのち、和平交渉を行う。だが、今の同盟に置いて帝国に完勝できる力はあまり期待できない」

 そして、とシトレは二本の指を突き出した。

「二つ目はこちらの領土のいくらかを帝国に割譲し、もって和平交渉の材料とするというものだ。だが、これは同盟市民からの支持を失うだろうし、帝国がそこに基地を築いてしまえば、我々はマイナスからのスタートを余儀なくされてしまう」

 そして、三つ目、とシトレは指を立てた。

「イゼルローン要塞を武力占領し、その返還をもって和平交渉の材料とする」

 この提案にヤンもラップも顔を見合わせるばかりであった。

「イゼルローン要塞を占領!?しかし、それは5回の要塞攻撃で無理だということが実証済みでしょう。だからこそあのような巨大な要塞を建造するという案が出来上がったのではないですか。第一要塞を占領するには艦隊を動かさなくてはならないでしょうが、それは先のご発言と矛盾するのでは?」

 ラップの言葉にシトレはうなずく。

「その通りだ。だが、状況は時とともに変わる。それに私は大艦隊をもってイゼルローン要塞を占領せよと言ったわけではないし、まだ他の選択肢もあることを忘れてもらっては困る」
「要するに、今回の戦略目的は時間稼ぎだということだよ、ラップ」

 ヤンが書類の束をしめしながらラップに顔を向けた。

「そのためになら多少は強引な手法も大目に見る、というのが本部長閣下とシトレ大将閣下のお考えだろう」
「ヤン、そういうがな、これは博打だぞ。まずもってイゼルローン要塞を占領できるかどうかが不確定だ。そして、占領できたとしても同盟市民が和平案に納得できるかどうかがわからない。それによしんば納得したとしても、今度は帝国軍が和平に応じるかどうかがわからない。俺たちは三つの高いハードルを越えなくてはならないんだ。・・・・できるか?」
「確かに困難だ。だが、今の自由惑星同盟では今年中の大艦隊派遣は難しい。艦隊を派遣するには、エネルギーが必要だ。武器弾薬も必要だ。食糧、医薬品、嗜好品、もろもろの物資が山のように必要だ。だが、これまでの会戦で莫大な量の物資を消費してしまった。補給なくしては動けない。いや、できるだろうが、それはあと一回が限度だろう。これまで戦闘に参加せず、後方待機を命じられていた他の艦隊をもってすればだが・・・・」
「負けるだろうな。統制が取れていない艦隊をもって戦うことは私と言えどためらう状況だ」

 シトレが重々しく言う。自由惑星同盟の艦隊はすべてローテーションで動いている。四半期ごとに、辺境巡航警備、訓練、整備、首都などの主要惑星の防衛任務と組まれている。これらは大規模会戦の際にはそのローテーションは崩れるものの、おおむね建国以来ずっと続いていることであった。だが、時にはくじ引きのようにある艦隊だけが立て続けに出征するとういうこともある。それはタイミングの問題のほかに、政財界の有力者の意向も反映されるのだ。そう言ったわけで、後方待機を命じられている艦隊については、実戦を前線部隊と比較して経験していないところが多い。

「とにかく、あまり時間がないのだ。これから私は本部長閣下のところに赴く。一緒にきて検討会議に参加してくれたまえ」

 シトレが立ち上がる。二人はその大きな背に続くように、副司令長官室を後にした。


* * * * *
 他方、ラインハルトとイルーナは中将となり、正式に一個艦隊を指揮する身となったが、ここで「この世界の銀河帝国の軍政」について少々述べる必要があるかもしれない。
 通常宇宙艦隊の一個艦隊は1万隻前後であり、それを中将~大将が率いることとなっている。ただ、宇宙艦隊の正規軍は18個艦隊であるのに対し、中将、大将のポスト数は、数百人に達する。数億人規模の軍隊を持つ銀河帝国としてはそれでも少ない方なのかもしれないが。

 したがって、正規軍18個艦隊のポスト数を埋めるには到底その数は不足しているため、非正規艦隊、辺境警備艦隊、巡航艦隊、機動艦隊等の所々の艦隊が設けられ、中将はその方面の艦隊司令官のポストにつくことが多い。また、貴族の私設艦隊についても、非正規艦隊と同じ扱いのため、そちらにスカウトされて引っ張られるか、コネクションをもって士官する者もいる。帝国貴族が帝国軍の中核を占めている現在、その私兵についても無視できない存在となっていたし、帝国軍にとって3割近い戦力になっている。だが、正規艦隊の司令官と辺境・私兵艦隊の司令官とではむろん前者の方が圧倒的に人気や利点があることは言うまでもない。

 他方、大将については、正規艦隊を率いることもあるが、どちらかと言えば方面軍総監として中将をまとめる立ち位置に就くことが多い。メルカッツ提督のように大将クラスで正規一個艦隊を率いて実戦に参加できるのは、それ相応の実力が認められた者だけである。もしくは高級参謀として総司令部の幕僚となって参戦するか、どちらかだ。

 つまり、正規艦隊18個艦隊の司令官に抜擢されるのは、エリート中のエリートのコースを進んできたものに限られる。それは、有力な門閥貴族や軍上層部の後ろ盾がある者か、周囲にその実力を認められた者か、どちらかだということだ。
 ラインハルトとイルーナはそれぞれともに武勲を認められた者であり、また一部の有識者(マインホフ元帥やグリンメルスハウゼン子爵閣下らであるが)からその手腕を認められて、周囲の反対をよそに、正規軍18個艦隊の2個艦隊の司令官にそれぞれ就いたのであった。

 すると、これまで二人の台頭を苦々しいながらも手を出さなかった周囲が途端に変貌した。二人は若すぎる、実績がないというのだ。

「正規軍18個艦隊の司令官のポストに若造二人を付けるとは何事か」
「帝国軍には人材がいないというのか」
「拝命待機の中将は幾人もおるというのに」
「それを飛び越えて正規艦隊司令官だと?」
「軍務省人事局の連中は何を考えておるのか?」

 等とごうごうたる批判が沸き起こってきた。少将までならばいい。なぜなら分艦隊のポストは無数にある。だが、中将となり、しかも正規軍18個艦隊の一翼を兼ねるというのは別だというのである。
 たかが一階級の差と思うかもしれないが、それほど少将と中将の差というのは大きいものであり、なおかつ正規軍18個艦隊の中に入れるか否かの問題も大きいものだということだ。

 そして、この問題はミュッケンベルガー元帥自身も重視していた事である。今までの彼は副司令官として司令長官を補佐しておればよかった。だが、宇宙艦隊のトップになるということは、曲がりなりにも宇宙艦隊の全軍を統括することになり、当然ポスト争いについても注意深い言動をしなくてはならない。軍務省、軍務尚書が人事権を握っているとはいえ、帝国軍三長官の一人であり、軍務尚書と言えども、実働部隊の長である宇宙艦隊司令長官の意向は無視できない事であった。
 したがって、就任直後から門閥貴族、有力軍人などが彼の家に行列を作ったことは、ほぼ見るべき者には予測されていた事態だった。その彼らが口をそろえてまず言ったのは、ラインハルト、イルーナの正規艦隊司令官ポストへの反対の意向であった。
 ミュッケンベルガーにとっても、若造二人の台頭は面白くはない。まだ10代、20代なのに早くも中将である。だが、先の戦いで彼らが積極的に協力し、勝利に貢献したことをミュッケンベルガーは知っている。いわば借りがある状態である。

「承知した。では、こうしてはどうか?」

 ミュッケンベルガーは自邸に集まってきていた高級軍人、貴族の前で彼の策を披歴した。
すなわち、来年はフリードリヒ4世の在位三十周年記念である。だが、現在のところ、内政における成果はほぼない。そこで、軍事行動を起こすことによって民衆の眼を外敵に向けることとする。

「その遠征軍にあの二人を起用するのだ」

 ざわざわというさざめきが広がった。

「3個艦隊、36,000隻の遠征軍だ。総司令官にはメルカッツ提督を起用する。私は帝都を離れられないという体にしてここに残る」
「しかし、もしも彼らが武勲を建てた時には――」
「その時はその時だ。私は機会を与えた。それをどう利用するかは卿らの腕次第であろう」
「なるほど・・・」

 司令長官は黙認を取ったのだと、集まった者たちは理解した。すなわち戦場でどのようなことが起こったとしても、司令長官は目をつぶると。
 彼らはミュッケンベルガーの公邸を後にし、三々五々それぞれ分かれたが、一部の者はこそこそと密談の動きを見せていた。

 そして、このことはかねて網を張っているアレーナの情報網に引っかかっていたのだった。

 ベーネミュンデ侯爵夫人邸においても、この報告はもたらされていた。先の高級軍人や門閥貴族とベーネミュンデ侯爵夫人は結託し、対ラインハルト包囲網を形成しつつある。

「なるほど・・・あの小僧が宇宙艦隊の司令官というわけか。忌々しいがそれが逆に好機じゃというのだな、グレーザー」

 今日は侯爵夫人の居間はカーテンが明けられ、燦々と冬の陽光が明るく降り注ぎ、あたたかな雰囲気を醸し出している。侯爵夫人の機嫌もまぁまぁである。昨日、皇帝陛下と食事を共にしたからかもしれない。もっともそんなことでベーネミュンデ侯爵夫人のアンネローゼらに対する憎悪は消え失せはしなかったが。

「はっ」

 グレーザーは横に立っている一人の貴族を見た。まるでその者にすがっていると言わんばかりの顔色だ。ヘルメッツ型の髪をした険のある目つきの人間は、他ならぬフレーゲル男爵である。

「侯爵夫人。既に同盟軍にはフェザーンを通じて遠征軍の情報は流してあります。それも過大な編成を。当然同盟軍はそれに見合った迎撃軍を差し向けるでしょう。ミューゼル中将は敵の大軍に飲み込まれ、文字通り宇宙の塵と消える、というわけです」

 フレーゲルの顔に冷笑がうかぶ。そしてそれを見つめるベーネミュンデ侯爵夫人の顔にも何とも形容しがたい喜びの色がうかぶ。

「じゃが、万が一ということもあろう。あの者の用兵ぶりは中々のものと聞く。敵の大軍に対しても奮戦して、武勲を建てるやもしれぬ」
「そうなる前に消してしまえば、武勲など立てる機会はありませんぞ・・・・」

 フレーゲルの声が陰鬱に響く。

「ホホ、なるほどのう。そちは打つべき手は打ってあると見える。よい。そちにまかせようぞ」
「はっ、吉報をお待ちくださいますよう・・・・」

 頭を下げたフレーゲルとグレーザー医師は居間を退出した。

「あのようなご婦人を相手にし続けるとは、さぞ気苦労が絶えない事だな」

 フレーゲル男爵は冷笑を隠さない様子で、グレーザーに言う。遥か年下の若造男爵ではあったが、グレーザーは頭を下げるしかなかった。何しろ相手は門閥貴族、こちらも貴族の端くれとはいえ、爵位がないのだから。

「はぁ・・・」
「ま、よい。その日々ももう少しで報われるというもの。今少し待て。グリューネワルト伯爵夫人など、その弟が戦死すればその科に結び付けて、いつでも失脚させることができる。だが、今の現状ではあの女には隙が無い」
「男爵閣下のご配慮に感謝いたします・・・・」
「うむ。邪魔をしたな」

 フレーゲル男爵は頭を下げる使用人たちの真ん中を轟然と胸を張って通り過ぎ、玄関先に待たせておいた車に乗り込んで姿を消していった。

「やれやれ・・・」

 ほうっと息を吐いたグレーザーに、メイドの一人が近寄ってきた。他の者はそれぞれの仕事に戻るために早くも姿を消している。

「ようやく日の目が出そうですわね」

 ヴァネッサが話しかけてきた。

「だといいがな。このあたりでそろそろきりにしてほしいものだ」
「3度はおろか、すでに何度も失敗を経験していると、そういう志向になってしまうのも、無理からぬことですわ」

 ヴァネッサは軽くグレーザー医師の腕に手をかけた。

「ですが、お忘れなく。途中で抜け出すことはいかなる理由をもってしてもかなわぬこと。最後まで見届けになるのですわ」

 グレーザー医師はうなずくほかなかった。その顔は憔悴の色が出ている。

「まぁ、ドクトル。少しお疲れのようですわね。午後は幸い侯爵夫人も何もおっしゃらないと思いますし、少しお休みになってはいかがですかしら?」
「・・・そうさせてもらおう」

 グレーザー医師はうなずくと、自分にあたえられた部屋に重い足取りで戻っていく。その様子をヴァネッサはじっと腕を抱くようにして見守っていた。



 一方、中将になったラインハルトとイルーナはやることがあった。分艦隊と比較にならないほど大規模な艦隊を率いる以上、優秀な中級指揮官が必要になる。元帥になれば元帥府を開くことができ、裁量権の範囲内で自由に将官を選抜できるのであるが、中将ではまだまだそれができない。それでも、一個艦隊を率いる以上はある程度は自分の息の合った人材を登用したいというのが願いである。

 幸い、マインホフ元帥はアレーナの大叔父であるし、二人のことはアレーナから何度も聞いていた。そこで、二人はアレーナを通じてこっそりと人事異動リストにそれぞれの希望を入れることにしたのだった。
 ラインハルトは副官にキルヒアイス大佐を、参謀次席にミュラー准将を、分艦隊司令官にロイエンタール准将、ミッターマイヤー准将、ワーレン准将、アイゼナッハ准将を登用した。ワーレン准将、アイゼナッハ准将は以前からのラインハルトの知己であるが、ロイエンタール、ミッターマイヤーについては、イルーナらが強力に推薦した結果だった。

 他方、イルーナは副官にレイン・フェリル大佐を、分艦隊司令官にフィオーナ、ティアナの二人を抜擢した。あのヴァンフリート星域での会戦の後、二人はイゼルローン回廊最前線の部隊に転属になっており、それぞれ目覚ましい武勲を立て続け、中佐から大佐に、大佐から准将にと一気に昇進を駆けあがっていた。これには武勲そのものよりも、マインホフ元帥と女性士官学校の改革派のてこ入れがあったからこそなしえた技である。
 ビッテンフェルト、ルッツらを選ばなかったのは、将来的にラインハルトの傘下にあってほしいと願ったからである。残念なことに、副司令官、参謀長は軍務省人事局がすでに決定したそうなので、変更はできなかったが、それでも十分すぎるほどの厚遇ぶりだ。
 ラインハルト、イルーナは艦隊の指揮官編成を完了させると、早速それぞれの艦隊の猛訓練に取り掛かった。

 そして明けて帝国歴486年に、帝国軍は正式に遠征軍を動員することとなる。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧