英雄伝説~菫の軌跡~(閃篇)
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第17話
7月17日―――
―――7月中旬。トリスタの街は初夏を迎え、士官学院では学生服が夏服へと切り替わっていた。リィン達もようやく学院のハードなスケジュールに慣れ、夏の盛りの前、まだ暑すぎず過ごしやすく気持ちのいい日々……そんな季節ならではの授業も始まっていた。
~トールズ士官学院・ギムナジウム・プール~
「さーて、ウォーミングアップはこのくらいかしら。」
競泳用水着に着替えたサラ教官は同じく競泳用水着になっているリィン達を見回した。
「士官学院におけるこの授業はあくまで”軍事水練”……溺れないこと、溺れた人間の救助、蘇生法なども学んでもらうわ。人口呼吸もそうだけど……まずはリィンとアリサあたりで試してもらおうかしら♪」
「サ、サラ教官ッ……!」
「あのですね……」
からかいの表情のサラ教官の言葉にアリサは顔を真っ赤にしてサラ教官を睨み、リィンは呆れた。
「冗談よ、冗談。でも、やり方だけは教えるからいざという時は躊躇わないように。異性同士でも同性同士だったとしてもね♪」
「むむっ……」
「……当然。」
「まあ、何といっても人命に関わることですし。」
「ま、そんな事態に陥らない事が一番だけどね。」
サラ教官の言葉にマキアス、フィー、エマ、レンはそれぞれ頷いた。
「そのあたりの講義が終わったら一度タイムを計らせてもらうわ。ラウラ、手伝ってちょうだい。」
「承知した。」
そしてリィン達はサラ教官とラウラの計測によって、次々と泳ぎ始めた。
「次、ガイウス。位置について―――始め!」
サラ教官の言葉を合図にプールに飛び込んだガイウスは泳ぎ始め
「よし、次はエマか。位置について―――始め!」
そしてラウラの言葉を合図に今度はエマがプールに飛び込んで泳ぎ始め
「――次、レン。位置について―――始め!」
更にエマがある程度進むとサラ教官の言葉を合図にレンがプールに飛び込んで泳ぎ始めた。
「へえ、ガイウスもけっこう速いんだね?」
「ああ、夏は高原にある湖で泳いでいたらしいからな。」
一方既に泳ぎ終えたエリオットとリィンはクラスメイト達が泳いでいる様子を見守り
「うーん、エマも意外と泳ぎが上手っていうか……それ以上に何ていうか羨ましくなってくるわね。」
「羨ましい……?って、ああ。」
アリサが呟いた言葉を聞いてある事に気付いたリィンはアリサを見つめ
「り、理解しなくていいのっ!ていうか、女の子の水着姿をジロジロ見るんじゃないわよっ!」
「いや、凝視したわけじゃ……」
ジト目のアリサに睨まれ、疲れた表情で答えた。
「へえ………レンは泳ぎの形が綺麗だね。」
「ああ。それでいて決して遅くはないな。」
「フフ、さすがレンだな。」
「あの娘っていつも自分の事を”天才”って豪語しているだけあって本当に何でも余裕でこなすわよね……」
レンの泳いでいる様子を見て目を丸くしたエリオットの意見にリィンは頷き、ガイウスは感心し、アリサは苦笑しながらレンを見つめていた。
「あはは、けどみんなスタイルがよくて目のやり場に困っちゃうよね。僕以外の男子も……リィンとか引き締まってるしなぁ。やっぱり軍人をやっているだけあって、鍛えられているよね。」
「そ、そうか?」
エリオットに羨ましがられたリィンは戸惑いの表情でエリオットを見つめた。
「ま、まあ……さすがに鍛えてるって感じはするわね。エリオットは……うーん。変に鍛えない方がいいと思うわよ?」
「えーっ?」
一方アリサの意見を聞いたエリオットは不満そうな表情をし
(確かに筋骨隆々のエリオットはちょっと見たくない気が……)
リィンは苦笑しながら心の中でアリサの意見に賛成した。
「あれっ……?リィン、左胸のところ、何かケガでもしたの?」
「えっ……ホントだ。うっすらとだけど……」
「……ああ。これは昔からあるアザさ。ずいぶん昔のものみたいでいつ出来たか覚えてないんだ。」
エリオット達に傷にも見える左胸のアザを見つめられたリィンはアザを見つめて答えた。
「そうなんだ……」
「うーん、よく見たら細かい傷跡もいっぱいあるし。……いいなぁ。男の身体って感じがするよ。」
「うーん、そういうもんか?」
「だから貴方には似合わないから諦めなさいって。」
一方リィン達のように泳ぎ終えたマキアス達も談笑していた。
「くっ、まさか同じタイムだったなんて……つくづく君とは張り合う運命らしいな?」
「フン、俺は別に張り合っているつもりはないが。今のも単に流しただけだからな。」
マキアスに睨まれたユーシスは鼻を鳴らしていつものような澄ました表情で答え
「ぼ、僕だって本気を出したわけじゃないな!」
ユーシスの答えを聞いたマキアスはユーシスを睨んで答えた。
「あはは……」
「……やれやれ。」
二人の様子を見たエマは苦笑し、フィーは呆れ
「ふむ、少しばかり泳ぎ足りない気分だな。」
「レンも。こうして泳ぐのは久しぶりだしね。」
ガイウスの意見にレンは口元に笑みを浮かべて同意した。
「それじゃ、ラウラの分はあたしが計るとしますか。いつも部活で計ってるだろうから必要ないかもしれないけど。」
「いや、お願いする。」
一方全員のタイムを計り終えたラウラは台へと上がった。
「ラウラが泳ぐみたいね……」
「さすがは水泳部……サマになっていますね。」
「位置について―――始め!」
サラ教官の言葉を合図にラウラはプールに飛び込み、力強い泳ぎを始めた。
「うわあっ……!」
「速い……!」
「な、なんだ。あのスピードは……!」
「……やるな。」
ラウラの泳ぎを見学していたクラスメイト達はそれぞれ驚きの表情で見つめていた。
「……ふう……」
そして泳ぎ終えたラウラは一息ついた。
「見事だな。」
「まあ、ラウラお姉さんの身体能力も関係しているでしょうね……」
「……………………」
ガイウスとレンは感心し、フィーは黙ってラウラを見つめ
「20秒02――――さすがにやるじゃない。よーし、こうなったらあたしも参加するわよ~!それぞれ任意の相手と組んで勝負と行きますか!」
「また、いきなりですね。」
「うーん、勝負かぁ。」
サラ教官の提案を聞いたリィンは呆れ、エリオットは不安そうな表情をした。
「フン、どうやら白黒つけられそうだな?」
「の、望むところだ!」
「うーん……私はエマあたりとかしら?」
「ふふ、そうですね。タイムも近いみたいですし。」
「あたしはそうね……せっかくだからラウラに付き合ってもらおうかしら?」
他のクラスメイト達も次々と組む相手を決めている中サラ教官は自分の相手にラウラを選んだが
「……いや。そういう事なら私はフィーとレンとの勝負を希望したい。」
ラウラは首を横に振ってフィーとレンを見つめた。
「……わたしとレン?」
「へえ?」
見つめられたフィーは首を傾げ、レンは興味ありげな表情をした。
「ラ、ラウラ?」
「でも、先程のタイムではかなり開きが……」
ラウラの指名にアリサとエマは戸惑った。
「面白そうじゃない。それじゃあ、一組決定!始めましょうか!」
その後順序それぞれのペアが競争し、ラウラとフィー、レンが競争を始めようとしていた。
「「……………………」」
「うふふ、レン達の番ね♪」
プールを目の前にラウラとフィーは黙り込んでいる中レンは微笑んでいた。
「え、えっと……それじゃあいいかしら?」
3人の様子に戸惑ったアリサは尋ねた。
「いや……―――フィー、レン。次は本気を出さないか?」
「え。」
「ラ、ラウラさん?」
「ふぅん?」
「……なんで決めつけるの?」
ラウラの問いかけにクラスメイト達が戸惑っている中フィーはレンと共にラウラを見つめて尋ねた。
「見くびらないでもらおう。……力の使い方を見ればわかる。先程のタイム、そなた達の本気ではないはずだ。」
「「……………………」」
ラウラの指摘にフィーとレンは何も答えず黙り込み
「―――まあ、それが礼儀じゃない?」
「………サラ。」
「ここはアンタが生きてきた”戦場”とは違うわ。共に競い合い、高め合うための場所よ。それくらいはもう、わかってるんでしょう?それとレンも。あんたにとっては授業如きで本気を出す価値なんてないと思っているでしょうけど、ここが”そういう所”なのはあんたもわかっているでしょう?」
「…………………………」
「仕方ないわねぇ……」
サラ教官の指摘にフィーは黙って頷いてラウラを見つめ、レンは疲れた表情で溜息を吐いた。
「……よし。それでは始めよう。」
その後競争を始めた三人は激しい攻防をし、レンが一足早くプール台にタッチし、更にフィーとラウラはほぼ同着としか思えない速さでプール台にタッチし、レンが1位、ラウラが2位、フィーが3位という結果になった。
「はあはあ……二人ともさすがだね。」
「ふう……そなた達の方こそ。……なのにどうしていつも本気を出さない……?」
息を切らせているフィーに感心されたラウラはフィーとレンを感心した後真剣な表情で二人に尋ねた。
「………………別に……めんどくさいだけ。」
「そうそう、”本気”は”本気を出すべき所”で出すものよ。いつも”本気”を出していたら無駄に疲れちゃうもの。フィーもそう思っているから、滅多に本気なんて出さないのでしょう?」
「ん。」
「……やはり我らは”合わない”ようだな……」
そしてフィーとレンの答えを聞いたラウラは二人から視線を外して厳しい表情で呟いた。
その後一日の授業が終わり、ホームルームの時間となった。
~トールズ士官学院・1年Ⅶ組~
「うーん、そろそろ本格的に暑くなってきそうな雰囲気ね。そして夏と言えばビールの季節!明日は自由行動日だし、帝都にあるビアガーデンでもハシゴしに行っちゃおうかしら♪」
サラ教官の話を聞いたリィン達全員は冷や汗をかいて呆れ
「まあ、別に構いませんが……」
「ダンディな中年紳士とやらと一緒に行けるアテでもあるのか?」
リィンは戸惑いながら頷き、ユーシスは呆れた表情で指摘した。
「むぐっ……言ってくれるわね。ま、それはともかく次の水曜日は実技テストよ。もう慣れてきたと思うけど一応、備えておきなさい。」
「はい、わかりました。」
「ということは来週末に”特別実習”があるわけね。」
「ふう……前回からそんなに経っていない気がするんだが。」
「うふふ、レンは授業よりそっちの方がいいから、もっと頻繁にあって欲しいくらいよ。」
「「……………………」」
クラスメイト達がそれぞれ次の実技テストや特別実習について興味を向けている中フィーとラウラは黙り込んでいた。
「でも、そっか……そうなると今年は帝都の夏至祭に行けないなぁ。」
「”夏至祭”というと……」
「6月に帝国各地で開かれる季節のお祭りみたいなものかな。」
「七耀教会というより、精霊信仰の伝統がベースになっているらしいわね。」
エリオットの呟きを聞いて疑問を感じているガイウスにリィンとアリサが説明した。
「故郷のノルドでも似たような祭はあったな。だが、どうして帝都の夏至祭は6月ではなく7月なんだ?」
「そうそう、あたしも前から不思議に思ってたのよね。それで、どうしてなの?」
「ふう……貴方は一応、教官でしょう?」
ガイウスに続くように首を傾げたサラ教官の様子を見たマキアスは呆れた表情で指摘した。
「たしか”獅子戦役”が由来だと聞いているが……」
「ええ、ドライケルス大帝が内戦を終結させたのがちょうど7月だったらしく……そのお祝いと合わせて一月遅れで夏至祭が開かれたのがきっかけだと言われていますね。」
「へ~、なるほどねぇ。そういえばトマス教官がそんなことを言ってたっけ……話が長くなりそうだから途中で失礼しちゃったけど。」
「まあ、気持ちはわからなくはないですけど……」
「あの先生、歴史談義になるとすっごく話が長くなるもんねぇ。」
「けっこうウザい。」
(クスクス、あの眼鏡のおじさんの”正体”を知ったら、みんなもそうだけどサラお姉さんも絶対驚くでしょうね♪)
サラ教官からある教官の名が出てくるとリィンとエリオットは苦笑し、フィーはジト目で呟き、レンは口元に笑みを浮かべていた。
「とにかく、暑くなりそうだし、夏バテには注意しておきなさい。ま、寮の優秀な管理人さんが美味しい料理を作ってくれるから心配いらないかもしれないけど~。」
(やっぱりシャロンさんと何かあるみたいだな……?)
(うーん、そうみたいね。シャロンに聞いても『何でもありませんわ』とかはぐらかされるけど……)
サラ教官の含みのある言葉を聞いたリィンに視線を向けられたアリサは頷いた。
「それじゃあ、HR終了。マキアス、挨拶して。」
「わかりました。起立―――礼。」
そしてHRが終わり、リィン達がそれぞれ談笑している中、レンと何かの会話をしていたフィーは突如立ち上がって教室から出た。
「それじゃ、わたしはお先。」
「ええ。今日もお疲れさま。」
「あ、フィーちゃん……」
フィーの言葉にレンは頷いている中フィーの行動にエマは目を丸くし
「……………………」
ラウラは真剣な表情で黙って去って行くフィーを見つめた。
「えっと……私ちょっと追いかけてみますね。」
「うん、お願い。」
そしてエマはフィーの後を追って教室から出た。
「……ふう、ラウラもちょっとは折れなさいよ。貴女の方が年上なんだし。」
フィーが出て行った後アリサは溜息を吐いてラウラに指摘し
「うん……それはその、わかってはいるのだが……」
アリサの指摘にラウラは複雑そうな表情で答えを濁した。
「……相変わらずか。」
「水錬の勝負の檻でも揉めていたようだが……」
「いい加減さっさと仲直りをして欲しいわよねぇ。」
一方女子達の様子に気付いたリィンとガイウスはアリサ達を見つめている所にレンが近づいて呆れた表情で呟き
「あのな、レン………君もその仲直りをして欲しい人物の一人であるとわかっていて言っているのか?」
レンの言葉を聞いてリィン達と共に冷や汗をかいて表情を引き攣らせたマキアスは疲れた表情でレンを見つめて指摘した。
「え?レンは別にフィーみたいにラウラお姉さんの事を避けてなんていないわよ?ラウラお姉さんが一方的にレンの事を邪推してレンを避けているだけで、レンはちゃんとラウラお姉さんにも話しかけているわよ。」
「……確かにそうだな。」
「フン、先月の実習も今ひとつだったそうだな?」
レンの指摘にガイウスが静かな表情で頷いている中ユーシスはある程度の事情を知っているマキアスに尋ねた。
「ああ……結局あの二人は最後まであんな調子だったな。―――なあリィン、君の方で何とかできないか?」
「何とかしたいとは俺も思っているけど……また、どうして俺なんだ?」
マキアスに尋ねられたリィンは戸惑いながら尋ね返した。
「いや、普通に適任だろう。」
「フッ、生徒会の手伝いをするお人好しでもあるからな。」
「いや、別にそこまで大した事はしてないんだが……」
ガイウスとユーシスの言葉に謙遜していたリィンはずっと黙っているエリオットに気付いた。
「……?エリオット、どうした?」
「わわっ、な、何?あ、そっか……うん。僕もリィンは適任だと思うよ。マキアスとユーシスの仲直りにも一役買ったみたいだし。」
「じょ、冗談じゃない!」
「仲直りなど、お花畑な妄想は止めてもらおうか?」
エリオットの答えを聞いたマキアスは驚き、ユーシスはエリオットを睨んだ。
「あはは、息ピッタリだし。えっと……そろそろお先に失礼するね。部活に行かなくちゃだから。」
「ああ、吹奏楽部か。」
「フン……そろそろ俺も行くか。」
「おっと、僕も部長に呼ばれているんだった。」
「レンも行くわ。今でないと撮れない写真もあるし。」
「皆、また後でな。」
その後クラスメイト達はそれぞれの部活に向かい、リィンは暇潰しに校舎内を見回った後明日に向けて身体を休める為に寮へと戻った―――――
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