SAO─ウセルマアトラー・サンサーラ
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【暗黒の剣士】──因果率崩壊Lv:X
笑う棺桶(1)
天塚神は、日本に暮らす大学生であった。
当時の名前はもう忘れたが、大して格好のいい名前でもなく、何処かにあるような適当な名前だった気がする。
そんな彼の人生が大きく変わったのは、大学三年生のとき。交通事故で死んでからだ。
気がつけば、目の前に墨で塗ったように漆黒の影がいて、「力がほしいか」、と問うて来た。
生前の彼の一生は、決して恵まれたものではなかった。大したこともできずに、趣味であったラノベやアニメをバカにされ、苦痛の毎日を送っていた。
そんな彼に、黒き影は力を与えてくれたのだ。
憧れていた剣の世界への転生。触れた相手からその者のステータスを奪い取るデータドレインの力。そして出会った『電子の管理者』の少女と共に、世界を渡る力を──。
彼は……プレイヤーネーム『ジン』は、無敵であった。どんな相手からも初手でステータスを奪い取り、あらゆる手段で殺し尽くす。単純な、しかし最強の戦術だった。聖騎士も、黒の剣士も、世界固有の勇者でさえも、敵ではなかった。
なかった、はずなのに。
彼は、敗北した。月の目を持つ剣士に。純白の英雄に。神速の蒼に。言霊の王に。そして、双盾の騎士に。
癖毛の男と小さな娘に全ての力を取り上げられ、どことも知れぬ時空の狭間に封印されたのだ。
──そして、今。
また、何処とも知れない場所にいる。
***
「なんだ、これ……」
幾多の世界を見てきたジンをして、その世界は異様であったと言わしめる。
だって、塔がある。場所は分かる。空が見える。アインクラッド第九十九層主街区、《おわりの街》。アインクラッド第一層主街区《はじまりの街》と対をなす、この剣の世界で最も小さい主街区だ。二十二層主街区《コラル》とほとんど変わらぬ小ささである。
その小さな街の遥か向こうに、深紅の城ではなく漆黒の塔が屹立し。
その小さな街のど真ん中で、白と黒の二つの勢力が激突している。
白の戦士たちは分かる。人の顔。何かに焦っているような、恐怖を張り付けた、そんな顔。プレイヤー。頭上に浮かぶのは、緑のアイコン。
だが──黒の戦士たちは、ジンにとって目を見張る存在だった。知っている。世界によっては、ジンさえも苦しめた、アインクラッド最強の『NPC』。
「《アンチクリミナル・ガーディアン》……!? 馬鹿な、なんでグリーンプレイヤーを襲っているんだ……!?」
アンチクリミナル・ガーディアン。それは、《犯罪防止コード》と呼ばれる、SAOプレイヤーたちを保護していたコード、それを守護するNPC達だ。
犯罪を犯してアイコンの色がオレンジになったプレイヤー達──オレンジプレイヤーを撃滅したり、外から侵入しようとしたオレンジプレイヤーを撃退したりする、プレイヤーたちの守護者。
しかし、アインクラッド第九十五層において、『聖騎士の堕天』『裏切りの騎士事件』などと呼ばれる、聖騎士ヒースクリフが、ゲームデザイナー件ゲームマスター、即ちはSAOをデスゲームに仕立て上げた本人であると暴露し、第百層へと姿を消す、その事件を境に、アンチクリミナル・コードは消滅した。つまり、この第九十九層にあって、アンチクリミナル・ガーディアンは、もはやこの世界には存在しないはずなのだ。街の中で戦闘が起こっていることでも分かる。
余りに奇妙。余りに奇怪。ありえない光景に、ジンが硬直していると──彼の左目が、ずきり、と痛んだ。
「うっ……!?」
その感覚には、覚えがあり、そして無い。良く似た感覚は、かつて体感した。
そう、たしかそれは、己と同じ読みの名を持つ、月の瞳を持った刀使いから手に入れた、すべてを見通すユニークスキル──
「……《千里眼》……!?」
ジンの左目が黄金に輝くのを見たものは居ない。
彼の脳裏には、目の前で争う黒の戦士と白の戦士たちのステータスが全て映り込んできていた。
「アンチプレイヤブル・ガーディアン、Lv300……!? なんだこの聞いたことないスキルは……《粛清剣》……? ソードスキル《ギロティック・スラッシュ》……? マスターは、《暗黒の剣士》……カーディナルじゃない……!?」
元々相手のステータスを奪って生きてきたジンだ。未知のスキルには興味がある。だが、それすらも追い越して、ただただ、驚愕。
それを助長するのは、もう一つ。映り込んできた、白の戦士のステータスだ。
なんとなく見覚えのある、銀色の鎧を纏ったランス使いの彼のステータス、は──
「シュミット……あの馬上槍部か……? Lv240……全然届いてねぇ……ステータスは筋力値寄り……相変わらずの防御極振り装備だな…………ん? 所属ギルド……《笑う棺桶》……」
笑う、棺桶?
「馬鹿な!?」
──なんだこれ。原作崩壊なんてレベルじゃねぇぞ……!?
それは、根本的な改変だ。世界が、螺曲がる。
そういうことか、と。
あの癖毛のバケモノが言っていたのは、こういうことか、と。
「ラフコフが『正義の味方』だと……?」
これでは、『原典』など、成立するわけもない。
恐らく原因は、あの黒い塔だ。そう、ジンが悟ったのと同時に。
「……!」
背後に、殺気。《千里眼》が《策敵》の代わりとなって、その存在を教えてくれる。
ポップしたのは、漆黒の鎧に身を纏った騎士。大降りのブロードソードを構えて、こちらに狙いをつけてくる。
「アンチプレイヤブル・ガーディアン!」
まずい。
ジンは内心で冷や汗をかく。目の前の敵は、プレイヤー限界を越えたLv300のチートNPC。守護騎士出会った頃に何度か剣を交わしたが、ジンですら時々危うくなるほどのチート性能だった。当たり前である。
しかしあのときは、ジンを圏内に入れないために、撃退することだけを考えていたNPCだった。今は違う。確実に、その恐るべき性能の全てをもって、ジンを殺しに来ている。
「野郎……ッ!」
武器はない。スキルは《千里眼》だけ。今見たところ、Lvは250。これでは、届かない。
『ギギギギ、プレイヤーヲカクニン、シュクセイスル』
「うるせぇ黙れ」
恐るべき速さで繰り出されてくる斬撃。《千里眼》の力でそれを見切り、なんとかかわしていく。だが足りない。このままでは、いつか捉えられる。
「させるかよッ!」
──月光神化。
そう、心で呟く。
同時にステータスが跳ね上がる。かつて月の剣士の中にいた、新月の魔の力を借りる。これなら、行ける。
さあ、征け。
「おらっ!」
黒騎士の剣を拳で弾く。HPバーが少し削れるが、この程度なら許容範囲だ。透かさず胴に蹴りを決める。
しかし。
「マジかよ、全く減ってねえ……」
今のジンの筋力値なら、中層のフロアボス程度ならワンパンすら可能だ。
しかし──しかし。漆黒の粛清騎士には、全く通用しない。そのHPバーは、コンマ一ミリほど減った程度だった。ノックバックすら、発生せず。
「なろっ……!」
追撃をかわす。イメージは《体術》派生スキル、《軽業》。右手を大地に。大きく足を振りかぶりながら、扇形に回転──側転で、斬撃を回避。
スキルディレイだろうか。少しだけ動きを止める騎士。しかしそれは、次の瞬間には凄まじい勢いでジンへと突進して来た。ギュィィィィン、というジェット噴射の様な音。深紅に輝く刀身。
《千里眼》を通すまでもない。あのソードスキルのことをよく知っている。使われた。使った。何度も、何度も。
《片手剣》重突進ソードスキル──
「──《ヴォーパル・ストライク》……!」
その速度は尋常ではない。もっと別の、何かのようで。
そしてジンが回避行動に移る直前で、それは起こった。
彼の左目が、力を失う。神の瞳が、消失する。
「マジかよ、このタイミングで……!?」
《千里眼》の使用時間切れ。長いクールタイム。暫しの間、すべてを見通す月神の力は使えない。
そしてそれは、今のジンにとっては致命的だ──!
「不味ッ…………!!」
間に合わない。直感的に悟る。
死ぬ。直撃したら、このHPバーは塵と消える。そうすれば、デスゲームであるこのSAOにおいて、ジンは死ぬ。リアルでも、死ぬ。どこに有るのかわからないジンの本体と共に、死ぬのだ。
「……ッざけんじゃねぇぞ……!」
罵る。誰を? 騎士を。神を。そして己を。この事態をどうすることもできない、己を──
──銀の光が走ったのは、その時だった。
かかかかッ、という軽快な音。しかしそれが与えたダメージは甚大。粛清騎士の漆黒の鎧に大きく傷を作り、HPを減らす。
それをなしたのは、白いポンチョで身を包んだ、奇妙な人物だった。どこかで見たような容貌をしつつも、決定的な違和感を覚えるその姿。
「ふっ……」
予想外に高い声で、まるで包丁のような短剣を振るう白いプレイヤー。銀色の輝きを宿した包丁剣が繰り出すのは、短剣四連撃ソードスキル、《ラピットバイト》だろうか。
それは狙いたがわず騎士の傷跡を抉り、同時に凄まじい閃光を放つ。クリティカルヒットだ。意図的に、それを引き起こしたのだ──
──なんだ、コイツ。
既知感。そう、既知感だ。知っている。こいつの剣技を知っている。こいつを、知っている。
「──勇敢なる《笑う棺桶》の同志達よ!」
『そいつ』は声を張り上げた。知らない声だ。
「漆黒の騎士達を足止めしてくれたことに、大きく感謝します!」
『そいつ』は白の騎士達を鼓舞する。知っている手口だ。
「遅れてしまって申し訳ありません──今こそ、反撃の時です!」
『そいつ』な左手で何かを取り出す。群青色のクリスタル──あれは、回廊結晶だ。だが──模様が違う。回廊結晶では、ない……?
「ダブルコリドー・オープン!」
──《相補回廊結晶》。そんな名前が、ジンの脳裏に閃いて。
啓いたデータの狭間から、無数の白い騎士達が出現する。どの騎士も一目で圧倒的と分かる上位装備で身を包み、黒い騎士達に向かって躍りかかった。
それらが全て出撃し。コリドーの窓が消滅し。そしてその場に誰もいなくなった後。
『そいつ』は、ジンの方を見た。
白いポンチョを取り払う。純白の髪が舞う。銀色の瞳が、こちらを射抜く。
それは少女だ。聖女──いや、天使? 何か、異質なものすら纏った、美しい少女。
彼女は確かな戦意と、しかし慈愛をたたえた瞳でジンを見つめ、剣を納めて空になった、その右手を差しだした。
「私は『PoH』──『Princes-of-Heaven』。セイバーズギルド《笑う棺桶》のギルドマスターをしています」
そして一歩踏み出すと、柔らかな微笑みと共に、言った。
「先程の素晴らしい戦い、見せていただきました。私たちと一緒に、戦ってくれませんか?」
後書き
はいヒロイン降臨!
刹「なんですかこのトンデモ改変……」
当時(半年ほど前)の俺の趣味!いいね?
刹「アッハイ……とでも言うと思いましたかこの馬鹿作者!」(ざしゅっ
ひっさびさに斬られましたぁ!
さて、ここから先はストックもなにもあったもんじゃないので、続きがあるかは反応とモチベーション次第にござる。
刹「ええぇぇ……」
ではではー。
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