英雄伝説~光と闇の軌跡~(碧篇)
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外伝~シズクの夢~
ロイド達がシズクの病室に入る直前、アリオスとセルゲイは話し合っていた。
~ウルスラ病院~
「……セルゲイさん、”幻獣”の件を引き受けてくれたそうですね。本来ならば俺も遊撃士として、調査と退治に行くべきなのでしょうが……」
「お前が気に病む必要はない。幻獣に関しては、分担して対応する手筈が整っているしな。まあ、今日のところはあいつらに任せておくといい。」
「ですが……」
「ま、あいつらも成長してるし、そこまで心配することもあるまい。それにそっちには”嵐の剣神”を始めとしたとんでもない助っ人共がいるんだろう?そいつらに任せておけ。」
「……セリカ殿達はいずれ、故郷に戻る身。エステルの紹介とはいえ、あまり彼らに負担はかけたくないのですよね……特にセリカ殿は他国の客将だという話ですし、彼に何かあった時、レウィニアという国がどんな反応をしてくるのか、少々心配でして……」
セルゲイの言葉にアリオスは静かな表情で答え
「クク……”風の剣聖”と言われるお前を軽く捻る奴がそうそう危険な事に陥ることはあるまい。しかも残りの2人に関しても一人は”神”だとかいう話だし、もう一人は幽霊って話じゃねえか。普通に考えて”人間”ではまず、太刀打ちできない連中だよ。それに、普段はなかなか見舞いに来れてないんだろう。こんな時くらい娘のそばにいてやるものがオヤジの務めってもんだ。」
「……恩に来ます。それとシズク………本当にすまない事をした……………私の”我”によってせっかく治りかけた目を……………必ず”癒しの聖女”か”闇の聖女”にもう一度、お前の目を治してもらうように頼んでみる。時間はかかるかもしれないが、待っていてくれ。」
セルゲイの言葉を聞いたアリオスは目を伏せた後、重々しい様子を纏ってシズクを見つめ、頭を下げた。
「ふふ……ありがとうございます、課長さん。それと……私の事は気にしないで、お父さん。本当なら今まで見えていなかったのだから………ティア様達のお手を煩わせてはダメだよ。あの人達は私の目を治す事より、もっと大切なお仕事があるんだよ。……短い間だったけれど、再び目を見えるようにしてくれたティア様は恩人なのだから。……できればティア様達を困らせないであげて。」
「…………………………」
シズクの言葉を聞いたアリオスは重々しい様子を纏って黙り込んでいた。
「……失礼します。」
するとその時ロイド達が病室に入って来た。
「お前達……」
「なんだ、来やがったのか?ったく、忙しいんだから見舞いは俺一人でいいって言っておいたんだが……」
ロイド達を見たアリオスは驚き、セルゲイは目を丸くした後溜息を吐いた。
「す、すみません、課長。どうしてもシズクちゃんの様子が気になってしまって……」
「ふふ、みなさん……わざわざありがとうございます。」
ロイドの言葉を聞いたシズクは目を開いて微笑み
「シズクちゃん……その………目はどうなったの?」
「話によると……その……悪化してしまったという話だけど。」
シズクの言葉を聞いたエリィとノエルは心配そうな表情でシズクを見つめた。
「……それは………」
二人の言葉を聞いたシズクは言い辛そうな表情をし
「……今回の手術では、セイランド医師が執刀医として最善を尽くしてくれた。手術は成功したのだが………残念な事に、完治どころか、以前より悪化してしまった。……治癒魔術ができるイーリュンの信者やセシルの話だと恐らく”癒しの聖女”殿が治療した部分を手術中に誤って傷つけてしまい、今回のような結果になってしまったと。今は周囲の光を感じられる程度だそうだ。」
「そう、か……」
「何と言っていいか……」
アリオスの説明を聞いたランディとティオは重々しい様子を纏った。
「……アリオスの話では今回の手術で成功したとはいえ、結果的に”癒しの聖女”がせっかく治療した部分まで切ってしまった事によるシズクの視力の悪化の件で責任を感じたのか、セイランド医師は自分のコネを使って、何とか”癒しの聖女”にもう一度シズクちゃんの目の治療をしてもらえるように動いているそうだ。勿論、目を治療する新たな術式の開発をすると共にな。」
「セイランド教授のコネというと………」
セルゲイの説明を聞いたロイドは意外そうな表情をし
「レミフェリアの大公だね。何せ呼び捨てで呼び合っていたし。」
「後はセイランド社の創業者達でしょうね。」
「大公に医療機器メーカーの上層部が動いているのなら、案外あっさりとまたクロスベルに”癒しの聖女”が来れるかもしれねぇな。」
ワジとエリィはそれぞれ口元に笑みを浮かべて呟き、2人の言葉を聞いたランディは明るい表情をした。
「………いや……正直な所、そのどちらも”癒しの聖女”………というよりもイーリュン教自体とはあまり縁がないため、正直難しいだろう。」
「え……ど、どうしてですか?医療機器の会社や医療が発展した国の大公と治癒を主とした宗教………接点はありそうな感じに思えるのですが………」
しかし重々しい様子を纏って呟いたアリオスの言葉を聞いたノエルは戸惑い
「……俺もレミフェリアに行った事があり、わかっているのだがイーリュン教の教会支部はあまり大きくない。」
「え………どうしてですか……?」
アリオスの話を聞いたロイドは不思議そうな表情をし
「……そもそも医療が発達しているレミフェリアにはイーリュン教の力は正直に言って、あまり必要ないからだ。」
「あ……………」
「……確かに言われてみればそうですね……医療の発達していない場所が、大陸中に多くの信者が存在し、フットワークのあるイーリュン教の信者達が求められている傾向がありますものね……」
「そういう意味では最先端の医療技術があるこのウルスラ病院があるクロスベルにも”癒しの聖女”みたいな高位の治癒術士は求められていないって事になるって訳か。」
「……適材適所ってヤツだな。今回はそれが裏目に出てしまったって事か………」
アリオスの説明を聞いたエリィはある事に気付いて声を上げ、ティオは複雑そうな表情で呟き、ワジとランディは重々しい様子を纏って頷き
「ああ……ティア神官長があんなに長くクロスベルに留まる事ができたのは治療が必要な患者があまりにも多すぎて、ウルスラ病院だけではとても手が回らないという事が一番の理由だからな……」
ロイドは溜息を吐いて言った。
「ちなみに、”闇の聖女”も”癒しの聖女”同様、このクロスベルに来るにはあまりにも難しすぎる。……そういう意味ではティオ。ガイがお前の治療の為にクロスベルに”闇の聖女”を連れてこられた確率はぶっちゃけ言うと、かなり低かったんだぜ?」
そしてセルゲイは説明を続けた後ティオに視線を向け
「…………でしょうね。メンフィルに何のコネもないガイさんが皇族かつ宗教の最高責任者であるペテレーネさんをクロスベルに連れてくるなんて、普通に考えてありえない事ですから。」
視線を向けられたティオは静かな表情で頷いた。
「あの、気にしないで下さい。私は大丈夫ですから。それよりお父さん……私、みんなで屋上に行きたいな。」
するとその時シズクが申し出た。
「ああ、いいかもしれねえな。病室にこれだけの人数が集まってるのも何だし、新鮮な空気を吸いたいとこだ。」
シズクの言葉にセルゲイは頷き
「で、でもシズクちゃん、手術して間もないんだし無理しないほうが……」
ロイドは戸惑い
「……いや、医師によれば強い光に長時間晒さなければそこまで悪影響はないらしい。今日くらいの天気なら、多少の外出も問題ないはずだ。……許可をもらってくる。すまないがシズクの準備を手伝ってやってくれ。」
アリオスは答えた後病室を出て行った。
「あ……」
「やれやれ、あの”風の剣聖”も娘にはとことん甘いみたいだね。」
アリオスの行動を見たエリィは呆け、ワジは静かな笑みを浮かべ
「お父さんは普段からとっても優しいんですよ。」
ワジの言葉を聞いたシズクは微笑んだ。
「ま、そういう話ならせっかくだし付き合ってくか。」
「ええ……そうですね。」
「ふふ、よろしくお願いします。」
その後ロイド達は屋上に出た。
「シズク、足元に気を付けろ。」
「うん、ありがとうお父さん。ふふ、いい風……それに、日の光が明るくて、あったかくて気持ちいい……」
「はは……それはよかった。……そういえばさっき、周囲の光が感じられるようになったって言ってたけど……」
「ええ、といってもそんなに細かくはわかりませんけど。あたり一面に真っ白なモヤがかかったようになって、明るさを感じられるくらいです。」
ロイドの言葉にシズクは目を閉じて答えた。
「そう……」
「光を感じられるっつっても、やっぱ見えてるってレベルじゃないみたいだな……」
一方エリィは悲しそうな表情をし、ランディは重々しい様子を纏い
「……最先端医療でそこまでするのがやっとなのに、視力が悪い状況まで治療した”癒しの聖女”様の力はやっぱり凄いですよね……」
「……まあ、それは仕方ないかと。ティアさんやペテレーネさん達――――イーリュン教やアーライナ教は本物の”神”に祈って”奇蹟”を起こしますから。”奇蹟”なんて科学的に解明できない上、決して起こす事なんてできませんよ。……それとイーリュンの治癒魔術は術士によっては条件はありますが、死者蘇生も可能ですよ。」
ノエルは複雑そうな表情で呟き、ティオは静かな表情で答えた。
「そんな事もできるのか……」
「お、おいおい……マジかよ……」
ティオの話を聞いたロイドとランディは驚き
「……その言い方だとまるで見てきたかのような言い方だね?ひょっとして死者が生き返る瞬間を見た事があるのかい?」
ある事を疑問に思ったワジはティオに尋ねた。
「はい。―――というかわたしが”影の国”で先を阻む強敵と戦った時、仲間の人達もそうですがわたしも生死の境をさまよった事が何度かあります。その時に死者蘇生の治癒術が使える方達によって助けてもらいました。」
「ええっ!?」
「ティ、ティオちゃんやエステルさん達が……!?」
「しかも何度かって……あんな超豪華メンバーがそこまで追い詰められるって、一体どんな相手と戦ったんだ?」
ティオの答えを聞いたロイドは声を上げ、エリィは信じられない表情をし、ランディは信じられない表情で尋ねた。
「――――フェミリンスさんです。今思い返せば”幻影城”での最後の戦いよりフェミリンスさんとの戦いの方が激戦でしたね。あの時のメンバーに加えて、ラグタス達――――契約している異種族達全員で挑んで、ようやく勝てたのですから。……あの戦いが終わってからわたしを含めたほとんどの人達が拠点にしている”庭園”で、長時間の激戦による疲労で眠りましたし。……特に強力な治癒術を使う人達の負担が大きく、治癒術を使ってた人達が起きてくるのが一番遅かったです。」
「な、なるほど………」
「た、確かに”神”が相手なら納得よね……それもあの伝説の”姫神フェミリンス”なら。」
「つーか、”神”に勝つエステルちゃん達もどんだけ出鱈目だって話だけど、あんな超豪華メンバーと互角以上に戦ったあのフェミリンスって女神は一体どんだけ強いんだよ……」
そしてティオの説明を聞いたそれぞれ冷や汗をかいたロイドとエリィは表情を引き攣らせ、ランディは疲れた表情で言い
「…………………………」
アリオスは何も語らず黙り込み、そしてその場にいる全員は黙り込んだ。
「……え、えっと。皆さん、そんなに暗くならないでください。私は、今回の手術の結果にはとても喜んでるんですから。」
するとその時周囲の空気に耐えかねたシズクが笑顔で言った。
「へえ……そうなのかい?」
「せっかく見えるようになった目が見えなくなったのに、どうして……?」
シズクの答えを聞いたワジは意外そうな表情をし、ノエルは戸惑った様子で尋ねた。
「……確かに最初はまた見えなくなったことに落ち込みもしました。もう、絶対に見えなくなるんじゃないかって……諦めそうになったんです。」
「シズクさん……」
「でも、考えてみれば、こうまで”治療が進んだ”のは今回が初めてなんです。だから私の目はゆっくりだけど、きっとよくなっていく……改めてそう思うことができました。それにセシルさん、何とかしてティア様にまた私の目を治してもらう為にクロスベルに来てもらうよう頑張るって言ってましたし……以前のようにもしかしたら、またティア様がクロスベルに来る機会があるかもしれません。その時は最優先で私を治療してもらえるようにするってセイランド先生が言ってました。そして支えてくれるお父さんや病院の皆さん、キーアちゃんのためにも……これからも諦めずに治療を続け、イーリュン様にお祈りしていこうと思います……いつか私の目を治して下さいって。」
「シズクちゃん……」
「え……じゃあ、もしかしてシズクちゃんはイーリュン教の信者になったのかしら?」
シズクの答えを聞いたノエルは笑顔になり、エリィは意外そうな表情で尋ね
「はい。きっかけはティア様に目を治してもらった事ですけど……私もティア様やセシルさんみたいに皆に優しい人達になりたいと思ってイーリュン教の信者になったのです。セシルさんに教えてもらったお蔭で、これでもちょっとだけですけど治癒魔術が使えるのですよ?」
「マジかっ!?」
「へえ……見せてもらってもいいかい?」
シズクの説明を聞いたランディは声を上げ、ワジは興味深そうな表情をし
「はい。……イーリュン様……どうか、皆に御力を……」
ワジの言葉を聞いたシズクが祈るとロイド達全員に弱弱しい淡い光が纏った。
「ほう………」
「こ、これは……」
「暖かいわね……」
光を纏ったセルゲイとノエルは驚き、エリィは静かな笑みを浮かべ
「―――イーリュン教が伝えている治癒魔術の一つ、”癒しの風”です。でも、ほんのちょっぴり……すり傷くらいしか治せませんけどね。」
祈り終えたシズクは苦笑しながら答えた。
「そ、それでも十分凄いわよ……」
「ええ。将来は立派な治癒術士になれるんじゃないですか?」
「ハハ、さすがは”風の剣聖”の娘だけあって、中々なポテンシャルを秘めているじゃねえか。」
シズクの答えを聞いたエリィは冷や汗をかいて苦笑し、ティオは静かな笑みを浮かべ、ランディは口元に笑みを浮かべて言い
「そ、そんな。さすがに褒めすぎですよ。…………でも、そう言ってもらえると嬉しいです。将来はこの力を活かして、ティア様やセシルさんみたいに傷ついている人達に優しくして、癒したいなと思っていますので。」
シズクは謙遜した後微笑みながら言い
「……君は強いな、本当に。」
シズクの言葉を聞いたロイドは静かな笑みを浮かべた。
「え、えっと……すみません、流石に偉そうですよね。治療費に加えて、わざわざ点字にしてもらったイーリュン教の聖書にかかったお金だってお父さんに出してもらって、いつも迷惑かけてるのに……」
「……お前が諦めないというなら、俺は今まで通りに支えていき、目指す夢があるなら、父としてできるだけ応援していくつもりだ。余計な事は考えずに、光を再び取り戻す事に集中するといい。サヤも、それを望んでいるだろう。」
申し訳なさそうな表情をしているシズクにアリオスは静かな笑みを浮かべて言った。
「お父さん……そうだね。女神様達の元にいるお母さんのためにも……これからも頑張るから。」
「クク、アリオス。やはりお前の子供だな。」
「ハハ、確かに。芯の強いところがソックリだぜ。」
シズクの様子を見て口元に笑みを浮かべたセルゲイの言葉にランディは笑顔で頷いた。
「……きっと、母親に似たんだろう。―――そろそろ外出時間は終わりだな。シズク、病室に戻るぞ。」
「あ……うん、わかった。」
「それじゃあ、戻るとしましょう。」
その後、ロイド達はシズクの病室で一時の歓談を楽しんだのだった。
「……それじゃあ俺は、そろそろ支援課に戻らせてもらうとしよう。アリオス、今日はしっかりとシズクちゃんのそばにいてやれ。」
「……ええ、そうさせて頂きます。」
「お疲れ様です、課長。」
「ああ、お前らの方は引き続き、”幻獣”の調査を進めとけ。”風の剣聖”が動けない内にせいぜい実績を上げるんだな。」
「か、課長……」
セルゲイの言葉を聞いたエリィは仲間達と共に冷や汗をかいて呆れた表情で溜息を吐き
「クク、それじゃあな。」
「あ……ありがとうございました。」
セルゲイは病室を出て行った。
「やれやれ、当の”風の剣聖”を目の前に言う事かっつーの。」
「フフ、相変わらずだよね。」
「フフ、俺の警察時代から優秀な上司であることは間違いないのだがな。……”幻獣”の調査のことは、俺の方からもよろしく頼む。俺も明日には復帰して加わる予定だが、それまではスコットたちを助けてやってくれ。」
「はい、善処させて頂きます。」
「皆さんも本当にありがとうございました。色々お話しできて楽しかったです。」
「ううん、私達もすごく楽しかったよ。」
「また来るから、元気にしていてくれ。」
その後ロイド達は病院を出発した。
シズク・マクレインが抱く小さな夢……後にその夢がシズクの運命を大きく変え、成長し、母から受け継いだ美しい黒髪をなびかせる事からゼムリア大陸中の人々に”漆麗の聖女”、そして幼い頃ある人物が犯した”罪”を自分が代わりにつぐなう為に活動しているようにも見られた事から”贖罪の聖女”とも呼ばれ、ティア、ペテレーネに続くように後に世に現れ、さまざまな名が付く”聖女”で呼ばれる事になり、世界中の多くの人々に称えられ、慕われるであろうある人物達を含め、”ゼムリア六大聖女”の一人として称えられ、多くの人々に慕われる事になるきっかけになるとは、この時は誰も予想していなかった…………………
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