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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第四十五話 意地と意地のぶつかり合いです。

 戦いは続いている――。

 帝国軍本隊3万隻は同盟軍左翼艦隊を突破した後、ジョウカイ進撃をつづけ、一路同盟軍本隊を直撃しようとしていた。同盟軍本隊は1万隻、帝国軍本隊は3万隻、数の上では圧倒的に帝国軍に有利である。

 その有利さをビリデルリング元帥は最大限に活かそうと、全艦隊に最大戦速で突進するように指令していた。既に展開させた偵察艦隊によって、敵の本隊の位置を割り出すことに成功していたのである。

「進めェッ!!!敵の位置は知れたわ!!!数では圧倒的にわが方に有利じゃぞ!!敵の総司令官を討ち取った者には特進が待っておるぞ!!」

 元帥の叱咤激励は全軍に染みわたり、各艦隊は手柄を真っ先にたてようと我先に猛進し始めた。

『元帥閣下、少し全軍の速度が速すぎはしませんか?』

 副司令長官ミュッケンベルガー大将の献言を、この猛攻型の老将軍は良しとしなかった。

「何を言うか!敵の陣容が薄い今こそ、速攻撃破する好機ではないか!多少の敵の妨害など織り込み済みであるわ!!それを勢いに任せて蹴散らすことこそ、わが艦隊の本領よ!!」
『ですが、ここに来たからこそは今一つ慎重に――』
「ええい!!うるさいわ!!若造めが!!それほどまでに自重したければ、儂が先鋒を務めるッ!!貴様は後方にあって、周囲を警戒しておれッ!!」
『イノシシ武者の様に突き進むだけが、艦隊戦ではありませんぞ!!』

 ミュッケンベルガー大将も剛の人だった。闘将猛将全開オーラのビリデルリング元帥の陰に隠れてしまうのは否めなかったが、それでもいうべきことは信念をもって言う人である。

「ええ、くそっ!!!・・・・」

 ビリデルリング元帥は舌打ちしたが、さすがにミュッケンベルガー大将の忠告を無視するほど頑迷な人でもなかった。偵察艦隊からの報告があるとはいえ、敵は伏兵を置いているかもしれないし、先ほど突破した敵の艦隊がこちらの動きをすでに伝えているかもしれない。敵の増援が接近しつつあることは十分可能性としてはあるのである。

「わかったわッ!!少し艦隊の速度を落とし、隊列を整える!!これでよいかッ!?」

 ビリデルリング元帥の駄々っ子のような剣幕にミュッケンベルガー大将は苦笑をかみ殺して、うなずいた。

『お聞き入れくださり、ありがとうございます』
「フン!!」

 そう言ったきり、ビリデルリング元帥は通信を切ってしまった。

「なにもあそこまで意固地におなりにならんでもよいではありませんか」

 そう言ったのは、総参謀長のリュフトバッフェル大将であった。片や元帥、片や大将ではあるが、この二人、士官学校の同期であり、リュフトバッフェル大将もまたたたき上げの軍人であった。

「ナァに、構わんのだ。あの若造が儂に向かって反抗するようになれば、一人前。そうでなければ、ただのひよっこじゃからのう」
「さようですか、それでは閣下――」
「閣下は余計じゃろうが。昔の様にお前俺、いいや、もうジジイなのじゃから、儂の仲で呼び合うとしよう。どうせここは遮音力場の中。参謀や副官は皆外に出ておる。聞く者もおらんからのう」
「では、お言葉に甘えて――」

 リュフトバッフェル大将はガラッと口ぶりを変えて、

「まさかとは思うが、ここにきて引退を決意するのではあるまいな?」
「そのまさかじゃ。ここまで気負いだけでやってきたが、さすがにそれには限界があるでなぁ。そろそろ後進に譲ろうかと思っておったところじゃ」
「フーム。するとお前さんは、あのミュッケンベルガー大将に後をゆだねるつもりなのじゃな?」
「はて、どうかのう。他にも将官はおるが。ま、それもこれもこの戦いが終わってからじゃがな」

 ビリデルリング元帥はニィッと僚友に笑いかけた。それに笑い返しながら、

「そうじゃな。ジジイが二人、せいぜい帝国の老元帥と老大将の名に恥じないように、戦い抜くとしようか」

 うむ、とビリデルリング元帥は椅子から立ち上がった。たちまちのうちに副官、参謀たちが遮音力場の中に入ってくる。その瞬間は帝国軍本隊が同盟軍本隊をその舳先の真正面に捕えた瞬間でもあった。

「突撃じゃあ!!!敵を一隻たりとも取り逃がすなッ!!!帝国軍宇宙艦隊の名に懸けて、反徒共をこの星域の塵にしてやれッ!!!」

 おうッ!!という高らかな応えを、旗艦はおろか3万隻の全軍が上げた。ビリデルリング元帥は3万隻を凸形陣形にすると、猛速度で突進を開始した。遮るものとて周りにはなく、まっしぐらに真正面の敵の本隊に突き刺さるようにして突撃していったのである。



 同盟軍艦隊本隊 総旗艦アイアース――。
 艦内では緊急警報が鳴り響いていた。あわただしく走り回る靴音が艦内の冷たく無機質な床に虚ろな音を立てつづけている。砲手席に着くもの、レーダー席にかじりつくもの、通信席に飛び込んで、慌てて無電をうち続けるもの、すべてが目の前に出現した敵の大部隊に対して備えを事欠いていたことを示している。

『突破されましたぁ!!』

 というなんとものんびりした調子の間抜けな報告(と通信を傍受した総司令部の人間は皆思っていた。)が第九艦隊から入ったのが、つい6時間前である。原因は通信妨害が激しかったからだと向こうは言うのである。もっとも現実には、ビュンシェ艦隊が完全に突破されてから30分と時間はたっていなかったのだが、報告の調子が総司令部幕僚たちに数時間もほったらかしにしていたかのごとく思わせてしまっていた。

 ロボスとその幕僚たちは血管を破裂させそうになったが、やっとのことで思いとどまり、早く救援にこいと第九艦隊にカツを入れ、第十二艦隊のボロディン提督には、周辺を警戒しつつ援軍にこいと、指示を飛ばし、第十艦隊と第五艦隊については、敵の後背を襲えと叱咤した。
 ところが、距離にしてまだ12時間は敵の到達はないと思っていたところ、なんとしたことか、敵はその半分の時間でついてしまった。驚くべき速度である。

「なにをやっていた!?」

 と、ロボスは喚いたが、時すでに遅し、戦闘配備にかかるほかなかったのである。
 敵はジョウカイ運動を信じられない速度でやってのけたのだと参謀たちはとっさに思った。敵はわが方右翼の第九艦隊を突破し、時計回りに進撃を続け、いつの間にかわが軍の後方に出てきたのだと。

「味方はどこでどうしている?」
「まだ予備隊の第十二艦隊と連絡は取れんのか!!」
「第五艦隊はどうした?第十艦隊はどうなっている!?」
「第九艦隊の奴らめ、突破されたからと言って地べたに座り込んで休憩か!?」

 参謀たちは口々に友軍を罵ったが、どうしようもない。地上と違って広大な宇宙では、火事が起こった隣の家に消火活動の手助けに駆けこむように援軍に駆けつけるというわけにもいかない。

「全艦隊、戦闘準備!!」

 ロボスが指令する。彼にしてみれば、ここは戦うしかない。戦わずに逃げれば、敵はあの速度で背後からかみついて、此方をズタズタに食い破ってしまうであろう。守勢に徹し、少しでも時間を稼ぎ、援軍の到着を待って反撃に出るのがセオリーだった。

「敵艦隊、距離、65光秒!!」
「まだだぞ!!まだ早い!!20光秒まで接近してから砲撃開始だ!!」

 ロボスが焦る味方を制している。ブラッドレー大将から散々「ボケが始まった」だの「帝国の女スパイに性病を移された」だの言われ続けている彼であるが、窮地に陥ってアドレナリンが往時の彼を復活させたのか、その機敏ぶり、指揮ぶりは平素と別人のようである。

「敵艦隊、22光秒!!」
「よぉし、主砲構え・・・・」

 ロボスの右手が上がる。

 「撃て!!」

 さっと振り下ろされた手と共に、1万隻から放たれた収束主砲の光は、帝国軍先鋒中央を直撃した。中央を圧迫された帝国軍であったが、その動きは止まらず、逆に左右が突出して凹陣形の様になりながらも突進してくる。

「左右の敵にけん制射撃だ!!用意!!・・・・撃てッ!!」

 ロボスの第二射撃は帝国軍の左右それぞれ先頭集団の動きをけん制したが、ビリデルリング元帥にとってこれは予測できた行動であった。

「フフン、反乱軍め、想像のど真ん中を射抜く戦いぶりだのう!!」

 元帥は不敵にニヤリと笑う。

「だがそれもここまでよ!!宇宙は広いのじゃ!!前と左右に気を取られていると、思わぬところから手が伸びてくるぞ!!」

 その言葉が終わらないうちに、銀河基準面天井方向から、つまり同盟軍艦隊の頭上からビーム主砲の雨が降り注いできた。

「秩序をもって砲撃火力線を構築し、敵の反撃を許すな!!」

 この部隊を率いるのはミュッケンベルガー大将である。かれは後方に位置していて、敵艦隊と味方本隊の戦闘が始まり、耳目がそちらに集中しだす頃合いを見事に見計らって部隊を急伸させ、たちどころに砲撃ポイントに到達、頭上砲撃を敢行したのである。先ほど言い争っていた割には、老元帥と副司令官の呼吸は見事にあっている。
 帝国同盟双方の艦船は主砲は主に艦首正面にあり、上方下方には少ない。したがって、もし敵に上下から襲われた場合には艦首をぐっとその方向に向けなくてはならないが、それには回頭というタイムラグが生まれる。その間に狙い撃ちされれば、ひとたまりもない。

「流石じゃのう!ミュッケンベルガー!!」

 ビリデルリング元帥が手放しでほめる。彼は人をけなすときは大声でけなし、人をほめる時はより大きな声でほめる。

「そりゃあ!!敵を押し包めッ!!包囲して跡形もないほど殲滅してやれッ!!」

 帝国軍は勝利の雄叫びを上げ、左右から腕を一基に回して、1万隻を袋の鼠にしようと襲い掛かった。

* * * * *
 ロボスは青い顔をしながらも懸命にプレッシャーに耐え、指揮を執っていた。

「まだあきらめるな!!もう少しだ!!もう少しで援軍が来る!!ボロディンが来る!!ビュンシェが来る!!ビュコックが来る!!第十艦隊の友軍もやってくる!!ここで我々が負けてしまったら、皆に笑われるだけだぞ!!」

 懸命な叱咤と身を乗り出すような指揮に兵たちの士気はかろうじて保たれていたが、何しろ相手は3倍の兵力である。しかもきちんと連携を取って攻撃の手を緩めないでいる。ロボスがどう頑張ろうと、じわじわと押し込まれるのはどうしようもない。

(バカな!!こちらは包囲する手はずだった!!帝国軍を引きずり込んで、包囲して、それで勝つはずではなかったのか!?)

 あのビュンシェめ!!と、ロボスは陽気な40代の髭面を脳裏に描いて罵った。ロボスの頭の中では、今回の包囲体制をしくじらせたのもビュンシェであれば、帝国軍の突破を許したのもビュンシェであり、そしてそれを恥とも思わない陽気な報告をしてくる間抜け野郎もビュンシェと、すべての元凶がビュンシェビュンシェビュンシェであると固く信じ込んでいた。ある程度はそうなのであるが、だからといって彼一人に責任をおっかぶせるのは筋違いだろうと居並ぶ幕僚は内心そう思っていた。
 儂が生きて帰ったら、絶対奴を降格にしてやる!!ロボスは憤怒で全身を震わせながら、心の中で叫びまくっていた。

「・・・・・・・!!」

 不意ロボスは総身を震わせた。旗艦すれすれに敵主砲の光の矢がとび、右隣にいた護衛艦を爆砕してしまったのである。その衝撃波は旗艦にまで達し、大地震にでもあったように艦内が震えた。

 悲鳴があちこちから飛び出す。

 ロボスの脳裏に初めて「死」という文字が浮かび上がった。後一瞬後には旗艦ごと敵の主砲で打ち抜かれ、爆沈して宇宙に散るのだろう。
 ふと、そんなことが頭をよぎった。

「ここまでか・・・・・!」

 急に足の力が萎えたのか、ロボスはその肥満した体をどさっと司令官席に預けてしまった。

「総司令官!!」
「司令官閣下ッ!!」
「まだあきらめてはいけません!!」
「閣下!!指揮を!!」
「閣下!!」

 周りの幕僚が叱咤激励するが、もはやロボスの顔色は顔面蒼白。先ほど叱咤激励しつつ指揮を執った姿はもはやない。

「閣下ァッ!!!」

 ひときわ大きな声がした。それも耳元のど真ん中である。ロボスが蒼白な顔を震わせながら、ゆっくりと見上げると、若い、まだ本当に若い若者が立っていた。10代後半と言ったところか、赤い髪を持つ同盟軍士官だ。ちょっと繊細そうな白面は、端正な顔立ちの部類に入るだろう。

「何をしておられるんですか!!こんなところで座り込んで、ただ殺されるのを待つんですか!?」

 誰かが「おい!!総司令官に向かって何たる無礼だ!!口を慎め、若造!!」などと叱っている声をロボスは遠くぼんやりと聞いていた。だが、声の主は諦めない。

「閣下!!しっかりしてください!!いいんですか!?『半ボケ!!』『帝国の女スパイに性病を移された廃人!!』なんて影口を一生叩かれますよ!!!」

 とたんにロボスが跳ね起きた。その途端四肢にみずみずしいほどの力が戻ってくるのを感じた。本当に久しぶりだ。ロボスはその余波を思いっきり脇にいる若造に叩き付けた。

「貴様ァッ!!!」

 総司令官の渾身の怒声が周囲の人間を直撃する。誰もが震え上がった。だが、当の本人は顔面蒼白になりながらも、その暴風に耐えきっていた。

「よくぞ言った!!その言葉、忘れるなよ!!後で軍法会議にかけてやる!!」

 高らかにそう宣言し、次いで思いっきり笑いを響かせたロボスは両腕を振り回した。

「よぉし!!まだ我々は負けたわけではないッ!!ここでせり負けるな!!援軍としてやってくる友軍艦隊に『不甲斐ない総司令部』だと笑われるぞ!!全艦隊球形陣形をとれ!!」

 その一言は先ほどまで座り込んでいた半老人とは別人のものであった。肥満体の隅々から総司令官たるオーラが発散され、その声を聴いた艦橋要員も艦隊も高揚していた。

『応ッ!』

 という高らかな答えが返り、1万隻の本隊は先ほどまでとは別人のごとく、奮戦しだしたのである。


* * * * *

「これはどういうことじゃ!?」

 ビリデルリング元帥は不快さを隠しきらない顔をしている。先ほどまで圧倒的な勢いで攻めたてていた帝国軍に、1万隻の敵は突如陣形を再編して球形陣形にし、徹底した粘り強い防御戦闘に切り替えてきたのである。

「たかが1万隻の敵ではないか!!押して押して押しまくれば、おのずと自壊するわ!!ええい!!不甲斐ないッ!!」

 ビリデルリング元帥は叱咤した。

『総司令官閣下、いったんここは引きましょう。新たな敵が10時方向から急速接近中です。さらに2時方向からも援軍が来つつあります。時間はありますが、ここでとまっていると今度は我々が包囲されてしまいます』

 ミュッケンベルガー大将の意見をビリデルリング元帥はセンブリを10杯飲んだような顔つきで聞いていた。

『お気持ちは十分わかりますが、ここは一時の屈辱にまみれても――』
「ええい!!クソ!!!」

 ビリデルリング元帥は臍をかんだが、総司令官として瞬時に結論を下していた。

「一時撤退じゃ!!余力があるうちに撤退するぞッ!!全軍交戦しながら120光秒地点にまで後退じゃ!!」

 やけくそのように声を張り上げたビリデルリング元帥の指揮下、帝国軍は戦闘行動のまま後退していった。同盟軍艦隊も追いすがろうとしたが、重厚な布陣をもって攻勢と同じレベルで応戦するビリデルリング元帥とミュッケンベルガー大将の艦隊指揮の前に手も足も出ず、立ち見状態であった。このままいけば敵の包囲体制構築前に撤退できるだろうと誰もが思っていた。

「そ、総司令官ッ!!」

 突如索敵主任が司令席を振り返って絶叫した。

「なんじゃい!!」
「は、八時時方向に重力子反応!!だ、大艦隊です!!わ、ワープアウトしてきます!!」
「何ッ!?」

 その方向を振り向いたビリデルリング元帥の眼の先、スクリーンには次々と光点が明滅し、ワープアウトしてくる大艦隊の姿があった。

「間に合ったか。きわどいタイミングだったな」

 シドニー・シトレ大将は第八艦隊旗艦へクトル艦上でヤンを振り返った。シドニー・シトレ大将率いる第八艦隊と、臨時にその麾下に加わっている第十八、第十九、第二十分艦隊合計25000隻は、一糸乱れぬ体制でワープアウトして、敵の側面後方にぴたりと張り付いていたのである。
がら空きになった寸胴にナイフをつきつけたようなものであった。

 彼らは主戦場には参加していない。ブラッドレー大将の思惑の下、迎撃艦隊の後詰として参戦したのである。ブラッドレー大将はいくつもの想定を立てていたが、その中に「帝国軍がジョウカイ進撃を行えば、必ず同盟軍本隊を突く。その際には側面から急速接近し、もって敵の動揺を誘うべし。」と指示していたのだ。
 戦場で第九艦隊が突破されたという報告は第九艦隊から四方八方に飛んだが、それを第八艦隊の偵察部隊がキャッチし、いち早く旗艦に伝えたのである。
 これで敵のジョウカイ進撃は確実となり、後は迎撃作戦を具体化するだけである。その立案を瞬時にしてのけたのが、再び第八艦隊の参謀として配属されていたヤン・ウェンリーであった。

「流石は貴官だ。敵艦隊の進路、戦術、そして戦闘推移、時間軸ごとの敵艦隊と本隊の予想地点を正確に割り出していたな」

 上官であり元校長でもあるシトレ大将の賞賛の言葉にヤンは頭を掻いた。

「たまたまですよ。どうもかつての校長に褒められるというのは複雑な気分でして」
「はっはっは。謙遜だな。まぁいい。ではヤン大佐。次の行動に移るとしようか」
「はっ」

 うなずくヤンに一瞬笑いかけたシトレはすぐに表情を引き締めた。

「全艦隊、正面の帝国軍本隊中枢に向け、一点集中砲撃だ!!撃てッ!!」

 振りぬかれた腕と共に25000隻の主砲が火を噴いた。光の花束は正確に一直線を暗黒銀河に描き、その線上にあった敵艦をたちまち補足して粉砕したのである。

 先年、エル・ファシル星域での戦いの際、シドニー・シトレは敵艦隊旗艦を粉砕、轟沈させることで指揮系統の混乱をもたらした。今回、彼は帝国軍遠征軍を可能な限り精査して情報を集めた結果、帝国軍宇宙艦隊司令長官が直接率いるものであるという情報を手に入れていた。そして、その宇宙艦隊司令長官が猛将であり、彼の言葉によって士気が上げ下げされると知った時、エル・ファシル星域と同じ戦法を取ることを決断したのである。


 すなわち、帝国軍総司令官をつぶすことができれば、この帝国遠征軍は瓦解する、と。


 旗艦の前後左右に敵の攻撃が集中し、防ごうとした護衛艦が次々と致命傷を負って離脱、あるいは撃沈されていく。

「き、旗艦を!!敵は明らかにこの旗艦を狙っておりますッ!!」

 副官、参謀たちの言葉を老将二人は不敵にすら見える笑みで返した。

「フン!!やはりのう。同盟軍とやらを称する反乱軍にも少しばかり骨のあるやつがいると見える。のう、リュフトバッフェル」
「はっはっは!違いない!やはり150年間も戦争をしているとはいえ、儂らの見えないところでは少しずつ時代は動いておるのじゃのう」
「その通りよ!これで面白くなってきおった」

 ビリデルリング元帥はさっと右腕を振った。

「全艦隊、後退を継続しつつ、目標をあの目障りな艦隊にむけい!!あの反徒共をのさばらせるなッ!!」

 猛将の号令一下、3万隻の艦隊はその主砲を援軍に向けた。たちまち双方の間に主砲の光がまだんなく交換され、主砲の光、それをはじくシールドの光、ミサイルの爆散する光、運が悪く撃破されて、爆沈していく艦船の光等があたりを鮮やかに彩り始めた。

「あちらが儂らを狙うというのなら、儂らもあちらの旗艦を狙うだけじゃ!!特定はできるか?」

 ビリデルリング元帥の言葉に、索敵主任は「全力を挙げて取り組みますッ!!」と返答したが、言葉に相違して旗艦の位置をなかなか特定できなかった。帝国軍の索敵システム性能は同盟軍よりもやや劣っている。今回はそれが仇になった。

「正面の敵、攻勢に転じましたッ!!」

 オペレーターの叫びがビリデルリング元帥の鼓膜を突き破った。

「何ッ!?」

 いったん劣勢に立たされていた同盟軍本隊も息を吹き返し、シトレ艦隊と共に歩調をとって攻め始めたからである。あれほど叩いたのだから、再攻の元気もあるまい。そう思っていたビリデルリング元帥にとってこれはまさに寝耳に水の驚きだった。

 攻守が逆転した。この時ほどビリデルリング元帥にとって憤怒を感じたことはなかったかもしれない。だが彼は案に相違して大笑したっきり、後は黙ってしまった。

「リュフトバッフェル!!」

 ややあって、ビリデルリング元帥は友人に話しかけた。

「なんじゃな?」
「どうやら儂も年貢の納め時のようじゃ!!こうボケが進んではもはや艦隊司令長官などつとまらんわ!!」

 ビリデルリング元帥はむしろ清々しさを感じさせるほどの朗らかな調子でそういってのけたのである。


 本隊上方にいてその状況を俯瞰できていたミュッケンベルガー大将は、敵の砲撃から、総旗艦が危ない、と判断、再三にわたって総旗艦退避を勧告し、自らが殿を買って出る旨を具申した。
だが、これに対するビリデルリング元帥の返事は、まさにビリデルリング元帥らしいものであった。

「司令長官たるものが、全軍を置いて退避すれば、必死に戦っておる兵たちはどうなるか!?沈む船から逃げるネズミのような真似をせいと貴様は言うのか!?そんな卑怯なことをすれば、今後帝国軍の司令長官が舐められるわ!!なによりも先に戦死した将兵たちに申し訳が立たん!!それでも貴様はいいのかッ!!??」

 この返事を聞いたミュッケンベルガー大将は一瞬瞑目し、次の瞬間苦笑してこう言った。

「やはり元帥閣下は元帥閣下だ。あの方がこの艦隊の司令長官である限りは、そうあるべきであろう」

 ミュッケンベルガー大将も敵のロボス正面艦隊に集中斉射を行い、いったんはこれを押し返すことに成功したが、状況は時と共に帝国軍に不利になりつつあった。なぜならば、10時方向から、ボロディン提督率いる第十二艦隊が来援し、さらに2時方向からは先ほど突破された第九艦隊が体勢を立て直して本隊と合流を図ろうとして進撃してきたからである。

 3方向から包囲された帝国軍本隊はじりじりと押されることになった。この時、帝国軍本隊3万隻に対し、同盟軍艦隊は、5万隻以上。しかも3方向からの同時攻撃である。差はあっという間に逆転してしまったのである。状況は刻々と悪くなる一方だった。ビリデルリング元帥とミュッケンベルガー大将の指揮の元かろうじて指揮系統は保たれているが、もはや崩壊まで時間の問題であった。

 その直後、ビリデルリング元帥から指令が来た。曰く――。

「本艦が最後尾にあって殿をする。青二才の貴様に殿は任せられん。速やかに艦隊をまとめ、一路イゼルローン要塞に引き返すべし」

 であった。つまり、指揮権の委譲を暗に意味している。その指令を聞いた誰しもが司令長官の戦死を脳裏に描いた。そしてそれはあの元帥閣下の気質ならば当然のことだと誰しもが思っていた。こういっては何だが、負けてすごすごと犬の様に引っ込むよりも、華やかに戦って戦死を遂げた方がビリデルリング元帥の気質にかなっているのではないかと。

「やむをえん・・・・・」

 ミュッケンベルガー大将の脳裏には今までビリデルリング元帥と出会ってからの日々が通り過ぎていた。コンビを組んで日が浅いが、ビリデルリング元帥のことはずっと以前から知っていた。「若造がッ!!」「青二才がッ!!」などと罵倒されながらも、時には老将の邸に足を運んで、酒を組みかわし、本気で兵法などの議論を行ったりしたものである。
 ビリデルリング元帥は猛将であったが、生粋の軍人でもあった。すなわち軍隊こそが生きがいであり趣味であるという人なのである。そのため趣味らしい趣味は持っていなかった。

 唯一ミュッケンベルガー大将が知っている元帥の趣味は「囲碁」である。遥か昔中国、そして日本という国ではやった白と黒の石を碁盤にならべ陣取りをする遊戯であるが、ビリデルリング元帥はそれを好んでいた。不思議なことであるが、これほどの猛将が、囲碁となると決して強いわけではない。だが、一手一手を長い時間かけて考えつつ、その合間合間に酒を酌み交わし、話をする。そんな何でもないことがミュッケンベルガーにとって何よりも心休まる一時であったし、老将と語り合うことができる貴重な時間であった。

 そんな僚友、いや、大先輩を見捨てていけと言うのか。ミュッケンベルガー大将が沈黙したのは一瞬だったが、その一瞬の中でどれほどの葛藤があったのか、周りの者は知ることができなかった。

「よし、艦隊は私が引き継ぐ。通信主任!!」

 ミュッケンベルガーは階下の通信主任に冷厳な顔を向けた。

「ハッ!!」
「総司令官に伝えよ。『帝国軍艦隊ハ不滅ナリ。ソレハ貴艦モマタ同様ナリ。速ヤカ且ツ壮麗ナ武勲ヲ上ゲ、モッテ我艦隊ニ帰投、合流スベク奮戦サレヨ。』・・・以上だ」

 誰しもがその裏に隠されている感情を読み取って、こみあげて来る思いをこらえるのに苦労していた。淡々と言ったミュッケンベルガーも、その声に相違して目には感情の揺らぎが映っていた。それを受け取った旗艦艦橋では、

「ハッハッハ!!」

 ビリデルリング元帥は高らかに笑った。

「リュフトバッフェル、聞いたか!?あの若造があんなことを言うて来たぞ!!」
「はっはっは!これは傑作だな。自分が一流の武人であるかのように言ってきおるとはな。まだまだ引退には早かったのではないか?ビリデルリング」
「そうじゃのう!!じゃが、奴の肝の大きさは分ったつもりじゃ。度量のほどもな。フン!」

 最後の「フン!」は軽蔑の調子であったが、若干そこに嬉しそうな調子も交じっていた。
総司令官旗艦は最後尾にあって、敵の攻撃を防ぎとめて奮戦している。見かねて3000隻ほどの艦隊が総旗艦を囲むようにして奮戦している。ビリデルリング元帥は何度も「要らぬ!早く逃げろ!」と叱責したのだが、彼らは決して逃げようとしなかった。

「リュフトバッフェル、世の中にはバカが随分と多いの」

 総旗艦艦上で退艦命令を受け入れず、残った者たちに酒を配り、自らもリュフトバッフェルと杯を酌み交わしながらビリデルリング元帥が言う。

「そうじゃのう。味方もバカ、儂もバカ、おぬしもバカ。あのミュッケンベルガーもバカ。そして自由惑星同盟と称する反徒共もバカじゃ」
「じゃが、そのバカ共から次の時代を動かす奴が出てくるのじゃ。儂らはあの世からそれをとっくりと見物するとしようかの!!」

 元帥が高らかに笑った。今までで一番の豪放な笑いに、艦橋に集まっていた要員も皆一斉に笑い出した。

「敵艦隊より通信が入っておりますが!!いかがいたしましょうか?」

 通信主任が言う。

「何?よし、聞いてやろう。最後の一興じゃ。つなげッ!!」

 ビリデルリング元帥がそういうと、たちまち画面が切り替わった。


 之より少し前、形勢逆転した自由惑星同盟の艦隊では、最後まで踏みとどまっている帝国軍艦隊総旗艦に降伏勧告をするべきだという意見が沸騰してきた。

「あのような勇敢な敵将に対してなぶり殺しをするのは同盟軍艦隊としていかがなものか。礼節を尽くし降伏勧告を行うべきであろう」というのである。第八艦隊から上がった声はたちまち他の艦隊、そして総司令部も賛同する運びとなった。
 敵が総司令官である以上、こちらも総司令官であるロボスが行うべきである、という第八艦隊からの意見がやがて多数を占め、ロボスが通信を行うことになった。
 ロボスにしてみれば意外なことであったろう。ライバルのシトレがわざわざ自分を推薦してきたのだから。だが、それは総司令官たる自分を立てていることで、当然のことなのだとロボスはごく自然に納得していた。
 ロボスは太った体を「よっこらしょ」と立ち上げ、通信主任からマイクを受け取ると、ゴホンゴホンあ~あ~と咳払いした。どうも調子が悪い。のどをからして奮戦したせいなのか、それとも先ほどのどの渇きを潤すためにオーダーしたハチミツをたっぷり入れた紅茶が悪かったのか。ロボスは甘党で有った。

「・・・・・・・」

 その緊張感のなさに艦橋要員は白けた目を向ける。ロボス本人からすれば喉の調子を直そうとしていたのだが、傍目から見れば不適切な動きである。仮にも敵将に対してのこちらの最高司令官としての降伏勧告なのだ。もう少し謹厳さをもってやってほしい。

「敵艦隊に告ぐ、敵艦隊に告ぐ」

 ロボスが「あ~あ~」というマイクテストを行う調子で声を張り上げた。

「貴艦らは既に包囲されている。ここまでのご勇戦に対し、わが自由惑星同盟艦隊は敬意を表するものである。貴艦らの勇敢さは戦死させるにまことに惜しい。願わくば降伏し、その生命を全うされんことを」

 というのが趣旨であった。文面としてはまぁまぁであるが、問題はそれをしゃべった本人である。まるで運動会の予行演習のような一本調子で「あ~あ~」交じりに話されたのでは、せっかくの文面も空振りしすぎて引かれてしまう。

この瞬間、誰もがロボスを降伏勧告者に選んだことを後悔していた。ブラッドレー大将の思惑はこうして実現することとなる。

 この「あ~あ~」交じりの降伏勧告を受け取った帝国軍総旗艦では、誰もが一様に白けた顔をしていた。せっかく高揚した気分がどこかに行ってしまったような、うっかりと賞味期限切れの酒を飲んでしまったような、そんな気分になっていた。

「フン!!」

 ビリデルリング元帥は鼻を鳴らした。

「リュフトバッフェル。お前の言う通りじゃ。やはり同盟軍とやらはバカの集まりじゃの。文面はともかく、あんな一本調子でしゃべられては、こっちの気が抜けてしまうわ」
「白けるのう。ビリデルリングよ、ここはひとつ、帝国軍人の総帥として、あるべき姿を見せてやらねばな」
「儂はそのような大それたことはできん。儂の流儀でやるだけよ!!」

 ビリデルリング元帥は椅子から立ち上がり、フンと一つ鼻息を吐き、通信主任に音声を全開にするように指示した。

「自由惑星同盟を称する反徒共ッ!!」

 キ~~~~ンという金属音と共にその豊かな罵声が自由惑星同盟全軍に襲い掛かった。

「降伏勧告という大層な提案が来おったから、定めしどんな提案をするであろうと期待したが、あれは何じゃ!?阿呆らしい!!!あんな一本調子の声で話しおって!!ここは小学校の運動会ではないのじゃぞ!!もっとしゃっきりせい!!青二才がッ!!!」

 自由惑星同盟の総旗艦では皆が青くなった。敵将の罵声が容赦なく降り注ぐが、その矛先は他ならぬ総司令官に直撃しているのである。当のロボスはむしろあっけにとられたような風であんぐりと口を半開きにして目の前のスクリーンを眺めているだけであった。

「儂らは貴様らなどには降伏せんぞッ!!幾千幾万の戦死した将兵に申し訳がたつかッ!!よいか、ようく聞けッ!!儂を殺しても、なお帝国軍には100万隻の艦艇と、数億人の将兵がおる!!それらを相手にできる根性が貴様らにあるか!?貴様ら鼠共は自分たちの巣に帰って震えているか、自分の毛の虱でも取っておれッ!!」

 一方的に通信は切れた。誰もが破天荒な総司令官の言葉に唖然とし、動くことを忘れてしまったかのように固まってしまっている。

「・・・・・・・」

 し~んと静まり返った艦橋というのも妙なものである。だが、ただ一人それからいち早く立ち直った人物がいる。ロボスであった。

「あ、あの老人!!!よくもワシをコケにしおったな!!許せんぞ!!撃て!!撃って撃って撃ちまくれ!!あのおいぼれを宇宙の塵にしてしまえ!!!」

 ロボスはたちまち怒号して、戦闘開始を指令した。
 たちまちのうちに5万隻の艦隊から放たれた容赦のない主砲は総旗艦を貫き、いたるところに損害を生じせしめた。

「フン!!たかが1隻を沈めるのに5万隻がよってたかってかかるとは大人げないわ。まぁよいわ!!あの世で見ているぞッ!!貴様らの――」

 ビリデルリング元帥の言葉は閃光にかき消され、リュフトバッフェル大将やそのほかの艦橋要員もろとも光の中に消えていった。
 
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