SAO-銀ノ月-
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第二十七話
前書き
リズ視点
「たっだいま〜!」
「お邪魔します、と」
ショウキと共に、朝ご飯を食べた後にあの怪しい宿屋から出たあたしは、早速自らの店である《リズベット武具店》に戻ってきていた。
たかが1日程度しか離れていないのに、なんだか懐かしい感じがしてしまうのは、ショウキと過ごした昨日の1日の密度が濃かったことの証明だろうか。
「お帰りなさいませ。いらっしゃいませ」
この店の店員である、店員NPCのハルナがあたしたちに声をかけてくれる。
今までは所詮NPC、と扱ってきたかもしれないけれど、これからは一緒に働いてくれているし、もう少しキチンと接してみよう。
「お疲れ様、あたしは工房に入るからね……ちょっとショウキ。こっちこっち!」
ハルナに労いの言葉をかけた後、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回しているショウキの和服の裾を掴み、鍛冶の仕事をする為の部屋に連れ込もうとする。
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てるショウキには悪いけど、一刻も早く新しいカタナを造りたいあたしは、小走りで工房に向かう。
カウンター奥のドアを開け、水車のゴトンゴトンという音が更に響くようになる。
「さてと、新しいカタナを造る前に……ショウキ。ちょっと、提案があるの」
ショウキから受けた依頼について、昨日から考えていたことを打ち明ける。
これはあたしが決められるものではなく、依頼主のショウキにしか決められないことだ。
「……何だ?」
「今なら、あのボスゴーレムから出した《ダイアモンド・インゴット》であんたのカタナは充分強化できる。だけど、強化するにもいつか限界があるし、《銀ノ月》をもっと強化したいなら、その《銀ノ月》を一回インゴットにして、あの《ダイアモンド・インゴット》と併せて新しいカタナを造れば、もっと強力なカタナが出来るわ」
この方法は、使う剣に愛着があるプレイヤーが良く使う方法で、ずっと使ってきた剣を新しい剣の材料にすることで、新しい剣の質を上げると共に、愛着のあった剣もずっと使っていられるということだ。
あのアスナも、第一層から今まで、ずっとその方法で剣を使ってきているらしい。
一見優秀なこのシステムだけど、もちろん問題点はある。
それは、この方法をとるためにインゴットにした古い剣は、二度と元々の剣の形状には戻せないということだ。
愛剣をインゴットにしたにもかかわらず、鍛冶屋の失敗でインゴットが消失してしまった場合……その剣は、この浮遊城から永遠にその姿を消してしまうのだ。
つまり、インゴットにしたら最後、後は赤の他人である鍛冶屋に自らの愛剣を全て任せなければならなくなる……
「もちろん、相応のデメリットも……」
「よろしく頼む」
剣をインゴットにする方法のデメリットをあたしが教えようとした時、ショウキから彼の愛刀である日本刀《銀ノ月》が手渡される。
その表情は、少し真剣な表情をしていた。
「刀をインゴットにするデメリットは俺も知ってる。……一応、鍛冶スキルも上げてるしな。それに」
そこでショウキは表情を変えて、いつもの気さくな笑いを顔に浮かべた。
「リズなら大丈夫だろ、信用してる」
……一体どうして、あんたはこのデスゲームで……いや、MMORPGでそう、人に全幅の信頼をおけるの?
……だけど、彼のそういうところが好きなのかもしれない……危なっかしくて、放っておけなくて。
だったらあたしは、その信頼を裏切ったりしないようにする。
ショウキの手から日本刀《銀ノ月》を受け取って、工房のレバーを倒してふいごに火を通し、炉を稼動させた。
あっという間に炉は真っ赤に染まり、いつでも初めて良い準備は完了する。
「……本当に、良いの?」
「ああ、構わない」
あたしの最後の確認にも、ショウキはサラリと頷く。
それは自らの愛刀を軽んじているわけでは決してなく、ただただあたしを信頼しているだけだということが分かる。
「……入れるわよ」
ショウキの愛刀である、日本刀《銀ノ月》を炉にそっと入れると、料理を始めとする大体のことが簡略化されているこのアインクラッドのこと、手早くインゴットになった日本刀《銀ノ月》を炉からヤットコを使って取りだす。
……これでもう、後戻りは出来なくなった。
「それじゃ新しいカタナを造るから、造るのに使うインゴットを用意しておいて」
あたしが愛用の鍛冶用ハンマーを取りに行っている間に、言われたショウキはアイテムストレージから二種類のインゴットを取りだしていた。
一つはあのゴーレムから取れたダイアモンド・インゴットで、もう一つは元々日本刀《銀ノ月》を強化するために使う予定だっただろう、銀色のインゴットだった。
確かに最高峰のインゴットを重複させて使えば、出来上がるカタナもそれ相応の業物になるだろう。
「良いの? そのインゴットも使って……」
だけど、失敗した時は当然無駄になる……そんなことは知ってるだろうに、ショウキはあっけらかんと言ってのける。
「さっきも言ったろ、大丈夫だって。……それとも、成功率低かったりするのか?」
「そ、そんなわけ無いじゃない!」
そう、あたしの鍛え上げた鍛冶スキルならば不可能な依頼じゃない。
今まで受けた中で、最も難しい依頼なのは確かだけれど。
三つのインゴットを炉に入れ、少し待つ。
鍛冶のコツは、武器を造る時は余計なことを考えず、ハンマーを振る右手に意識を集中させ、無の境地で打つべし――ということなので、深く深呼吸をする。
その間に、インゴットは充分溶け合って焼けているようだったので、再びヤットコを使って取りだし、金床の上に固定した。
「ふーっ……」
……やっぱりあたし、柄にもなく緊張してる。
ドクドクという緊張の音があたしを揺さぶりにかかっ――
「ひゃっ!」
その時、あたしのハンマーを持つ両手に、他の人の手が触れる。
ここには当然、あたしの他にはあと一人しかおらず、そしてこの手の温もりは間違えようもなく……ショウキだ。
「あ、あんた、何を……」
「なに……俺も鍛冶スキル上げてるからな。二人して叩けば、システム上有り得ない1600とかの鍛冶スキルで叩けるんじゃないか?」
何言ってるの、とショウキに言い返そうとした時、あたしは……今まであたしを襲っていた緊張が、消え失せていたことに気づいた。
代わりにあるのは、手から感じる温もりと、緊張の時とは違う心地よい鼓動――
「合わせてよ、ショウキ」
「任せろよ、約束だ」
お互いにニヤリと笑い合い、ハンマーを大きく振り上げて、赤く輝くインゴットの集合体に打ちつける。
そして店内に響くカーン! という小気味よい音と、あたしの身体に響くドクンという心地よい鼓動。
……なんだかロマンチックな話だけれど、あたしたちがハンマーを打ちつけるリズムと、あたしの鼓動は、連動していた。
カーン、ドクン、カーン、ドクンとあたしたちはリズミカルにハンマーを打っているけれど、あたしの心はまた別のことに支配されていた。
この依頼が完了して、ショウキの新しいカタナが出来たとしたら……彼との関係は終わってしまうのだろうか。
いや、知り合いということでカタナのメンテナンスぐらいには来てくれるかも知れないけれど、彼は仕事上、いくつかの層を渡りながら暮らしているらしい。
だから遠くの層にいたら……会えない。
そんなのは……そんなのはイヤだ。
わがままだっていうのは分かってるし、彼のことをそんな風に縛り付ける権利なんてあたしには無い。
彼は……ショウキは、もっと多くの人を助けに行くのだろう。
だけど、あたしの気持ちだけは知っていて欲しい。
このカタナがショウキの納得のいくカタナなら、あたしは彼に、ショウキに、この気持ちを告白しよう。
――無の境地にはほど遠いけれど、ショウキと一緒にいることで生じるあたしの鼓動は、正確にリズムを告げてくれた。
あたしの思いが確固になっていくと共に、インゴットも確固たる形を形成していく。
そして、インゴットが光り輝き始める。
インゴットが一際大きい光を放つと、長方形であるインゴットから鍔らしき物体が現出しだす。
「おお……!」
ハンマーを下ろしたショウキが、あたしの横で歓声を上げた。
元々の日本刀《銀ノ月》を造っている筈だから、見るのは始めてではないはずだが……不覚にも、あたしも何故か夢中で見入ってしまっていた。
そして数秒後、オブジェクトのジェネレートが完了し、新たな日本刀が完成する。
柄と鍔の部分は漆黒に染まっているが、刀身は晴れた夜の新月のような銀色。
余計な装飾がなくとも重厚な美しさを醸し出した、機能美を追求した日本刀だった。
金床から新たな日本刀を持って――少し重くなっていて、持つ時に少し驚いた――鑑定スキルでどんなものかを見てみる。
「ええと……ステータスは問題なし、製作者名はショウキ/リズベット……二人の名前になってるのね。そして、この日本刀の名前は……《銀ノ月》」
このアインクラッドで造られる武器の名前は、全てシステムがランダムで決定する。
よって、同じ名前になる確率は0ではない……けれど、限りなく低い確率だろう。
今までのあたしならば『偶然』という言葉で済ませたかも知れないけれど、今なら言える。
これはショウキが引き起こした、必然だ。
「はい、ショウキ。あんたの新しいカタナ、日本刀《銀ノ月》よ」
「……ちょっと重くなったな」
あたしから新たな日本刀《銀ノ月》を受け取ったショウキの、第一の感想はそれだった。
もしかして、ショウキは重くなって不満なのかと思って少し不安にかられたが、あたしから離れて試しに振っているショウキの姿を見ると、その心配は杞憂なようだ。
「ありがとう、リズ。凄い日本刀だ。……やっぱり、本職は違うな」
「ほ、ホント!? やった!」
満足そうに笑うショウキを見て、あたしはついガッツポーズを繰り出した。
その後右手を突き合わせ、ショウキの右手とコツンと突き合わせる。
そして、鞘は元々あった昔の日本刀《銀ノ月》の鞘を使うようだ。
なんでも、鞘にも剣を速く繰り出す為の工夫が成されているらしく、一般の流通品ではダメだそうだ。
……あとで、鞘も造ってあげようかしら。
それと、造るといえば。
「……無の境地でやれ、っていうのは、間違いかも……」
「おいおい、俺はキチンと無の境地で打ってたぞ?」
「そもそも、よく考えると無の境地って何なのかしらね?」
新たな日本刀《銀ノ月》を造り終わり、緊張の糸が途切れたのか軽口の応酬が始まりだすと、ショウキがふと慌てたように口を開いた。
「この日本刀《銀ノ月》の代金、どれぐらいだ? ……出来れば、ちょっとサービスしてくれればありがたいが」
――来た。
今までで一番の勇気を出せリズベット……いや、篠崎里香。
「――お金は要らない」
「いやいや、それは流石に悪いって……」
予想通りに断られる。
サービスしてくれと言いつつ、サービスを受け取る気は無いくせのか、コイツは。
「その代わり……依頼が終わったら、毎回ここに来て、装備のメンテナンスをさせてほしい」
心臓が早鐘を打つ。
その表現が、もっとも今のあたしを正しく表現しているだろう。
後は、たった二文字の言葉を告げるだけだ。
昨日は言えた。
心の中でも言えた。
そして、あたしがようやく口を開こうてした時に。
「……こっちからお願いしたいぐらいだ」
ショウキの言葉が、あたしの言葉を遮った。
そのショウキの言葉を、あたしは脳内で必死に反復する『こっちからお願いしたいぐらい』、と。
それは、それはつまり……
「これからは、この店を常連にさせてもらう」
「……あ、うん」
早まってしまったが、考えてみればまだショウキには毎回あたしの店に来て欲しいとしか言ってない。
だったら、その答えを返されるのが当然であって……はぁ。
「で、何だ? なんか言おうとしてたろ?」
「ふぇ!?」
流石は攻略組、相手の一挙手一投足を良く見ている……じゃなくて、ええと、その……
「言いたくないなら言わなくて良いさ。それより、やっぱ無料っていうのは……」
……せっかく決意したのに、言うタイミングを逃してしまった。
だけど、これから毎回あたしの店に来てくれるなら、きっとまたチャンスはある。
うん、そう思うことにしよう。
――これまであたしは、ただここで暮らしているだけで、生きてはいなかった……ここは、所詮仮想空間であり、現実とは違うと勝手に決めつけて。
だけど、ショウキのおかげで人の温もりを思いだして、ようやく明日からは、この世界で真に生きていけるのだと思う。
ありがとう、ショウキ。
リズベットを、篠崎里香をこのアインクラッドで人の温もりを与えてくれて。
そして、いつか絶対に言うんだ……今回は言い損ねた、あの二文字を。
後書き
これにてリズ編は終了となります。
原作では彼女のDEBANは実質終わりますが、この作品ではきちんとヒロインさせたいところですね。
では、感想・アドバイス待ってます。
時に、SAO十一巻読破しました。
面白かったですよ。
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