英雄伝説~光と闇の軌跡~(碧篇)
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外伝~新教授の依頼~中篇
~ウルスラ病院・研究棟~
「ふむ、ようやく来たようだな。予想していた時刻より約2分オーバーだが……まあ優秀といってよさそうだ。」
ロイド達が部屋に入ると椅子に座っている白衣の女医はロイド達を見つめて言った。
(な、なんだかおっかなそうだな……美人には違いないが。)
女医の言葉を聞いたランディはロイド達と共に冷や汗をかいた後溜息を吐いた。
「まあ、とりあえずこっちに来てくれ。この距離では話がしにくいのでな。」
「そ、そうですね。」
女医に言われたロイドは頷いた後仲間達と共に女医の正面に移動した。
「えっと、あなたがセイランド教授ですね?グノーシスの成分の分析結果が出たとのことでしたが―――」
女医―――セイランド教授の正面に立ったエリィは話しかけたが
「―――悪いが、その前に頼みたいことがあるのだ。君達には、まずそちらを先に片づけてもらいたいのだが。」
セイランドは話を制して用件を言った。
「依頼に出されていた件だね。グノーシスの分析結果を渡してもらってからではだめなのかな?」
「今回の分析結果にも関わるから先に片づけておきたいのだ。というのも、グノーシスの被害にあった患者たちに関係あることでな。」
「なるほど、そうでしたか。」
「……わかりました、先にそちらをあたらせていただきます。依頼内容をお聞かせ願えますか?」
セイランドの話を聞いたノエルは驚き、ロイドは頷いた後尋ねた。
「うむ、君達に頼みたいのは『問診表の回収』だ。……例の教団事件のあと、病院は”グノーシス”被害者のアフターケアに力を注いだ。ほとんどの患者の処置は一通り終わったのだが……最後に書いてもらった問診表を、何名かの患者が提出していなくてな。」
「なるほど……確かに分析結果にも関わりそうですね。」
「うむ、迅速にお願いしたい。……問診表が帰ってきてない患者たちは3名だ。まず、クロスベル市、旧市街に住む少年、ディーノ。次に、劇団アルカンシェルのアーティスト、ニコル。そして、クロスベル警備隊ベルガード門勤務の隊員、クレス。以上の患者に事情を話し。問診表を回収してきて欲しい。」
「なるほど、知った名前ばかりみたいだな。旧市街とアルカンシェルの2人は街で探せばすぐ見つかるだろう。クレス先輩も、多分ベルガード門の食堂でメシでも食ってる所だろうし。」
「ああ、早速行ってみるとしよう。」
「では、よろしく頼んだぞ。回収が終わったら、もう一度ここに報告に来てくれたまえ。その時、グノーシスの分析結果について改めて話をさせてもらうとしよう。」
その後ロイド達は手分けして、問診表を回収し、セイランドの元に戻った。
「……戻ってきたか。予想時刻より約5分オーバーだが……まあ及第点だな。」
(き、厳しいなあ……)
(や、やっぱりおっかねぇ。)
セイランドの言葉を聞いたリィンは苦笑し、ランディは溜息を吐いた。
「えっと、問診表を回収が終わりましたが……こちらです。」
ロイドは問診表をセイランドに渡した。
「……ふむ………………」
問診表を渡されたセイランドは問診表をそれぞれ読んで考え込み
「あ、あの……なにか問題がありましたか?」
セイランドの様子を見たエリィは尋ねた。
「……いや、逆だ。問診表を見た限りでは、後遺症などもないようだ。これでひとまずグノーシス服用者全員の治療が完了したことになる。ご苦労だったな。」
「そ、そうですか……!」
「ふふ、よかったですね。」
「ま、私が知ってる秘伝の薬を使っていたんだから当然の結果ね。」
「なかなか手間だったけどお役に立てて光栄だね。」
「では早速だが、グノーシスの分析結果を君達に報告しよう。少々、付き合ってもらおうか。」
「あ……はい、お願いします!」
そしてロイド達ソファーに座ってセイランドの説明を受け始めた。
「―――グノーシスを徹底的に分析した結果……まず第一に、グノーシスには”脳のリミッター”を強制的に外す効果があることがわかった。」
「脳のリミッター……というと?」
「そもそも人間というものは、本来持っている身体能力の半分も使えないとされている。身体への負荷を減らすため、脳が引き出せる能力に無意識の制限をかけるからだ。このリミッターを意図的に解除することがもし可能なら……理論上、その個人が持つ限界までの能力を発揮できるようになるはずだ。」
「つまり、グノーシスとは単に筋力を強化する薬ではなく……負担は使われていない潜在能力を強引に引き出す薬というわけだね?」
セイランドの説明を聞いていたワジは真剣な表情で尋ねた。
「その通り。無論、無意識にかかっていたリミッターを外せば、体への負担は相当なものだがな。」
「確かに、教団事件の後警備隊のやつらは相当疲弊してたみたいだからな。しばらくは指一本も動かすのもキツイ有様だったようだし……ま、みっちりリハビリ訓練をやったおかげで、ようやくカンを取り戻せたみてえだが。」
「はい……そうみたいですね。」
「……カン、といえば。高まったカンを頼りにギャンブルで連勝をしていた人もいましたね。それと同時に性格や言動が豹変したようでしたが……それらも、グノーシスが脳のリミッターを外しているから、で説明がつくのでしょうか?」
「うむ、そう考えていい。この薬には五感の働きも飛躍的に高める作用も確認されているからな。副作用として神経質になり、情緒不安定な状態になることもわかっている。それが凶暴な性格への変化につながるのだろう。」
「なるほど……」
「確かに一通り説明がつきそうですね。」
セイランドの説明を聞いたロイドとノエルは頷いたが
「―――だが、あくまで生化学的に説明できるのはここまでだ。」
「え……」
セイランドが呟いた言葉を聞いて呆けた声を出した。
「いくつかの効能については非科学的としか言いようがない。具体的には、先程も話に出たツキを呼び込むという効能……そして、君達も何度か目撃したという”魔人化”という肉体変異現象だ。」
「………た、確かに……」
「そいつがあったか……」
「……魔人化を引き起こすのは紅いタイプのグノーシス……やはり蒼いタイプのものとは異なる成分だったわけですか?」
「それなんだが……実は、蒼いタイプのグノーシスも紅いタイプのグノーシスも成分的には何ら変わりはない。少なくとも生化学的にはな。」
「そ、そうなんですか!?」
セイランドの話を聞いたロイドは驚いて尋ねた。
「ああ、あの色の違いは精製時の処理の差によるものだ。主成分に何ら違いはないし、分子構造もほぼ一致している……にも関わらず、紅いタイプは肉体変異などという説明不可能な現象を引き起こしている……―――正直、魔人化というのが君達が恐怖のあまり見た”幻覚”と考えるのが一番しっくりくるくらいだ。」
「いや、そいつはさすがに……」
「アーネスト秘書の魔人化はあたしも目撃していますし……」
「わかっている。―――だからここまでが限界なんだ。グノーシスという薬物の正体を生化学という分野からのみで時明かすというアプローチではな。そういう意味ではそちらにいる女性―――エルファティシアさんやあのユイドラ領主、ウィルフレド・ディオンの娘達が開発した解毒薬とやらも全く解析できなかった。」
ランディとノエルの言葉に頷いたセイランドはエルファティシアに視線を向け
「まあ、あの薬にはエルフの神―――”ルリエン”の加護を受けた森……要するにルーンエルフ達が住まう森で取れる薬草を主成分に調合された薬だからね。”神”の加護を受けた薬を化学的に明かすなんてのは不可能よ。あの時も私の手持ちを使ったからたった2つしか調合できなかったし。しかもあの時は私が知っている調合に必要な他の材料がなかったから、その代わりとなる材料をクロスベルで見つけるのにかなり苦労したわよ……」
「そう言えば事件が終わった後、セラウィさんとシルフィエッタ様の交渉によってルーンエルフ族の森にしか取れない薬草や他の材料をメンフィル帝国やユイドラが手に入れて、メンフィル帝国を経由して、クロスベル市に届けられたそうですものね……」
視線を向けられたエルファティシアは説明した後溜息を吐き、エリィはある事を思い出して呟いた。
「……”神”の加護か……あのシズク・マクレインの盲目だった目に”神”に祈るだけでわずかとはいえ光を再び与えた事といい、”癒しの聖女”や癒しの女神教の治癒魔術といい、異世界は非科学的な事だらけだな。」
「まあ、それを言ったら私もその非科学的な存在になるでしょう?」
「ハハ……確かに。昔はエルフなんて御伽話の中だけの存在だと思われていましたしね……」
そしてセイランドが呟いた言葉を聞いたエルファティシアはからかいの表情でセイランドを見つめ、リィンは苦笑しながらエルファティシアを見つめた。
「……なるほど、わかりました…………」
一方ロイドはセイランドの説明に頷き
「最先端の近代医療の担い手としてはずいぶん殊勝な意見だね?」
ワジは口元に笑みを浮かべて尋ねた。
「近代医療は万能ではないさ。こと心と魂の問題についてはな。そしてグノーシスはおそらく、それらと肉体を共鳴させるような何らかの働きを秘めているんだろう。多分、ヨアヒムもグノーシスの全貌は掴めていなかったに違いない。教団に伝わっていた秘儀を元に試行錯誤しながら完成させ、量産化に成功しただけのはずだ。」
「確かに、そのようなことを本人も認めていたような……」
「ああ、各地で行われた儀式のデータを元に、試行錯誤しながら完成させたと言っていた……」
「ふむ、やはりそうか。ヤツは有能で熱意もあったが天才というほどズバ抜けた発想の持ち主ではなかった。それが悪い方に出てしまったか……」
「ひょっとして……」
「あのヨアヒムと個人的な知り合いだったりするんスか?」
自分達の話を聞いて納得した様子になった後、真剣な表情で呟いたセイランドの話を聞いたロイドは驚き、ランディは尋ねた。
「ああ、ヤツがレミフェリアの医科大学で学んでいた頃の同輩さ。卒業してからは会っていなかったがたまに最新の研究成果などについて手紙でやり取りはしていた。だが、まさかこのような形で医の技術を悪用し、自らの身まで滅ぼすことになるとは……」
「教授……」
「……お察しします。」
「いや、詮ないことを言った。―――いずれにせよ、私から報告できるのはここまでだ。グノーシスの真相に迫るには別のアプローチが必要になるだろう。これは完全に私のカンだが……グノーシスの原料である”プレロマ草”なる植物の特質が鍵になるのではないかと思う。」
「”プレロマ草”…………」
「教団のデータベースに記されていた名前ですね……」
「しかし、結局どんな植物でどこから手に入れていたのかもわかってねぇんだよな?」
「ああ、私も知り合いの植物学者などに当たってみたが該当するものは見つからなかった。教団にのみ伝わっていた新種か、それとも……いずれにせよ、薬の効能を考えるとその植物も”ありえない”性質を持っているのではないかと推測できる。」
「”ありえない性質”ですか……」
「フフ、何だかオカルティックで面白くなってきたじゃないか。」
セイランドの話を聞いたエリィは真剣な表情になり、ワジは笑顔で言った。
「―――セイランド教授。どうもありがとうございました。おかげで、今まで漠然としていた事がある程度整理できた気がします。」
一方ロイドは考え込んだ後セイランドに言った。
「そうか、ならばよかった。グノーシスの成分調査についてはこちらでは一旦打ち切るが……また、なにかわかったことがあれば遠慮なく訪ねてくるがいい。あくまで医者の立場からでよければ意見くらいは言わせてもらおう。」
その後研究棟を出たロイド達は病院を去る前にセシルに挨拶する為に、セシルを探した……………
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