奈緒あふたーっス!!
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奈緒あふたーっス!!01
前書き
01執筆中のが途中から消えてて焦ってます。
あの旅から戻ってきて数ヶ月の時が流れた。
未だにそれ以前の記憶が戻っていないが、それでも今が楽しい。それだけで充分だった。
僕は今、ある人と約束をしていて駅のホームの改札口近くにある柱に寄りかかっている。
この駅には屋根が存在しないため少しばかり日差しが眩しい。
約束の時間までまだ15分もあるのだが、その待ち人は電車から降りると日差しに照らされながら悠々とこちらへ向かってくるのが見えた。
その肌に光が反射して僕の視界が僅かに霞む。
「お待たせしましたァ。いやぁ今日も暑いッスねぇ」
薄地の淡い桃色のトップスはいわゆるノースリーブというやつで、肩から先は白い肌を露出させている奈緒…あ、いや。友利奈緒が額に手をあて日除けしている。
「そうなのかい?僕にはそれが分からないから何とも言えないんだ」
「はぁ?なに言ってるんスかぁ…あっ…なるほど。それ便利っスねぇ」
ナオが言ったそれとは僕のもつ能力(アビリティ)の一つである外気遮断のことである。
これが機能しているおかげで(そのせいで)僕は暑いとか寒いとかそういった外界の変化を感じ取れない。
それを少しばかり疎ましく思っている僕はこう答える。
「こんな能力、季節を感じられないくらいならいらないよ」
「そうですか?私は羨ましいと思いますけど」
多分本心からの言葉なのだろうけど、その裏には僕への労いの意味が含まれているのが分かる。
あの旅を続けている間は記憶が混濁していたため頑張っていたのは僕であって僕じゃない。
ただ唯一覚えていたのは全ての能力者から能力を奪うこと、そして感覚的に分かっていたのはあの単語帳が僕にとって大切な物だったということ。
だから頑張ってきたのは記憶を失う前の僕というのが最もなのかもしれない。
じゃあ僕は一体何者なんだろう?
そう疑問に思うことも少なくはないけれど、病室で目覚めて奈緒と知り合った(前からの知り合いらしいが今の僕には記憶がない)あの日から僕はこれからの未来に何があるのかが心の底から楽しみだった。
そう考えた辺りで顔に微笑が差したのを自分でも感じ、それを見た奈緒も同じような表情を見せてくれた。
「お疲れ様です。有宇くん」
「僕はまだ何もしてないよ?それにほぼ毎日言われてるような気がするよ」
「分かってます。でも、そう言わずにはいられないんス」
「いつもありがとね。奈緒」
「はい」
そう短く答えた奈緒は少し顔を赤らめて微笑み、前を向いて薄い青色をしたジーンズ生地の短パンからはみ出た生足を弾ませて目的地に向けて歩を進め始めた。
当然僕もそのあとを追う。
僕が記憶を失う前、僕と奈緒はあの旅が終わったら恋人になる約束をしていたらしい。
それも僕から彼女に想いを告白したみたいなのだが、なにせ記憶がないため初めはこんな変な女のどこが気に入ったんだ当時の僕は。と疑問に感じたこともあったけれども、毎日を共に過ごしているうちに今の僕もいつの間にか奈緒のことが好きになっていた。
そしてつい先日、僕は再び(今の僕にとって初めて)彼女に告白した。
その答えは「はい。よろしくお願いいたします」という涙混じりの返事だった。
詳細はまた別の機会に妄想回想するとして、今は奈緒とのデートだけを楽しもう。
と思考が一段落着くとほぼ同時に僕の前を歩く奈緒が肩越しに首だけを捻って僕の方を向き、その桜色の整った唇が滑らかに動く。
「喉渇きませんか?私、自販機でジュース買ってくるんでそこのベンチにでも座ってて下さい」
思わずその口許に見とれていたため僅かに口籠るが、なんとか応対する。
「あ、ええと。僕も一緒に行くよ」
「うわー、典型的なイケメンの台詞だー」
「あまり茶化さないでよ」
「冗談ッス。ありがとうございます。では一緒に買いに行きましょう」
左手で頭を掻く僕の右手を奈緒の左手がさらっていく。
半ば引っ張られていくようだが僕達は手を繋いで歩いている。
客観的に見るとちゃんと恋人同士に見えるだろうその光景を想像しているのだろうか。
奈緒の頬を一瞥すると僅かに赤みが差していて、それを隠すかのように僕を振り返らずに早足で自販機へ向かう。
今日は高校三年生の夏休みの初日にあたる。
そして我が家のカレンダーの今日の日付には大きなハートマークが付いている。
忘れただけなのだろうが今の僕にはそういったことをする意味がよく分からなかったので、それを付けたのは勿論歩未なのだけれど。
桜の花びらが完全に散り終えた五月下旬から新緑芽吹く六月を越え、若葉たちがさんさんと降る日光を浴びて天に向かって伸びて行く木々には様々な種類の蝉が千差万別の鳴き声をあげている。
本日午後十三時過ぎは絶好のデート日和といえるだろう。
(と、今朝のニュースのお天気コーナーで黒羽が言っていた)
「ねぇ」
「はい。どうかしましたか?」
「日傘…差さなくていいの?」
僕が気にすることではないのかもしれないが、この淡く雪のように透明な肌が日光に侵食されるのは何故だかとても残念に思える。
一瞬の間の後に奈緒が立ち止まると僕の足が一歩先に行き、並列して立ち止まっている男女に対して道端を行き交う人々の視線が僅かに向けられる。
斜め左上に首を回して上目遣いに僕を見つめる奈緒は明らかに難しい顔をしている。
「意外と面倒くさがりなんだね」
「意志疎通能力(テレパシー)使うなんてズルいっスよぉー!!」
暖かな陽光の下で僕の胸をポカポカと可愛らしく打つ奈緒の頭を左の掌で撫でると、「ううう」と小さく唸ってから僕の胸に頭を預けた。
「ごめんね。使おうと思って使ったわけじゃないんだ」
「分かってます。それが常時発動してておかしくなりそうなのを抑えているってことも」
「精神を安定させるような能力もあるんだよ」
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