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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第四十一話 訓練は基礎中の基礎なのです。

 帝国歴485年3月7日――


 巡航艦オルレアン艦橋――。

「ほう、お前が俺の副官になろうとは、これはいかなる偶然のなせる業かな」

 ティアナが巡航艦オルレアンに着任し、艦長室に赴くと、デスク越しにロイエンタールは心持身を乗り出してティアナを見た。

「しょ~がないでしょ。私だって来たくて来たんじゃないんだもの」

 ティアナは肩をすくめた。

「それは、あいにくだったな。俺も女の副官というのは初めてなのでな、扱い方に苦慮している」
「いいわよ、別に男の副官と同様に扱ってくれても」
「大した自信だな」

 ロイエンタールの眼が細められる。

「だが、これだけは言っておこう。若干10代で少佐に昇進するとは、それなりの力量があるのだろうが、こと、人間性に関しては、俺は俺の眼で見たものしか信じないことにしている。いや、信じられないと言っておこうか」

 ティアナはうなずいた。別に怒ってはいなかった。そういう言い方はロイエンタールらしいと思ったし、周りの人間にとっては自分は一人の女性でしかないのだ。軍人として見られる以前に色々とフィルター越しに見られていることをティアナは十分理解していた。

「わかりました艦長殿。では、私の力量がどれほどのものか、艦長席でとくとご覧になるといいわ」

 さっと踵を返すと、ティアナは艦長室を出ていった。半ばティアナを見定めるように視線を細め、口元には冷笑を浮かべたロイエンタールを残して。

「俺も大人げないものだ。フロイレイン・ティアナの力量について、あの要塞で一目見た時から尋常でないことは承知しているというのに、なお、それを試そうというのだからな」

 冷笑が濃くなったが、一転、それは鋭い顔になった。

「度し難いな!我ながら」

 その言葉は自分への蔑みだった。


 その日から、ティアナはロイエンタールの傍らで副官としての職務に就き、同時に訓練に励んだ。何しろ艦長以下全員がほぼ新編の部隊なのだ。それを戦場に到着するまでの3週間弱で、第一線で活躍できる部隊にしなくてはならないというのだから、ロイエンタール&ティアナの熱の入れ方も並大抵ではなかった。
 この日も、艦に敵兵が侵入したという想定で、巡航艦の乗組員は侵入側と防衛側に分かれて演習を行っていた。

「状況を報告しろ!」

 保安主任が艦橋で指揮を執っている。それに対して艦橋保安要員はてきぱきと状況を報告し始めた。

「は!既に第一区画は敵の手で制圧され、機関室も同様です!敵は既に第二区画に侵入し、ゼッフル粒子をばらまきつつ接近しております。わが方はご覧のとおり・・・・・」

 モニター越しに先頭に立って奮戦する敵部隊の姿と、それに圧倒される味方の姿が映し出された。

「押されております」
「ふがいないぞ!!よし、私が直に言って指揮を執る!艦長!」

 保安主任はロイエンタールを見た。ロイエンタールは無言でうなずく。その顔には毛ほども同様の色は見えない。

「艦長も念のため、装甲服を着用してください。艦橋総員も戦闘準備!第三小隊は艦長の護衛を、第四小隊は私に続け!」

 バタバタと装甲服を着用した兵士たちが出ていって、30分もしない頃、バ~ン!!と艦橋の扉がぶち破られ、一団の敵兵が突入してきた。その時にはロイエンタールも装甲服を着用しており、たちまち艦橋内は乱戦の場と化した。
 疾風のように飛び込んできた一人の敵兵が振り下ろした特殊合金の剣をロイエンタールのトマホークががっしと受け止める。

「ほう、開始から1時間でここまで来るとは、さすがだと言っておこうか」

 ロイエンタールの眼は相手の眼をひたと見つめる。

「光栄だわ。でもこれからよ」

 とだけ、ティアナは言ったが、本当は声を大にして別のことを叫びたかった。
(私一人だったら、たぶん5分もかからなかったけれどね!!カップラーメン作る方が時間かかるんだって言いたいのに!!!)

 ロイエンタールのトマホークを弾き返すと、ティアナは勢いを殺さず、剣を振るった。ただし、ものすごく手加減をして、である。

 なぜか?

 前世におけるティアナが本気を出せば、一個軍を即時壊滅できるほどの実力を持っていた。その力はこの現世においても健在であったため、手を抜かなければ、即相手を殺してしまう恐れがあったのである。それはフィオーナ、そしてイルーナ、アレーナも同じであった。
 もちろん、そんなことをロイエンタールに悟られてはならない。というか、悟られてほしくはない。そんなことをすれば、誇り高いロイエンタールに一生の心の傷を負わせてしまうだろう。それに―――。

(そんなことになったら・・・なったら・・・・なったら・・・・!私困るわ!!)

 困る!?ティアナは自分で思ったことをもう一度客観的に見直してびっくりしていた。どうしてこまるんだろう?ロイエンタールが稀有な人材だから?ラインハルトとキルヒアイス、ミッターマイヤーとロイエンタールのカルテットの一画だから?

 それとも、バカ力の女だと決めつけられるのが嫌だから?

 ブルブルとティアナは心の中で首を振った。何しろ今は「戦闘中」なのだ。そんなことを思っていることは許されない。
 と、ティアナの剣の握りが緩くなったのか、思いが明後日の方向に彼女の注意をそらしたのか、いずれにしてもロイエンタールの反撃でティアナの剣が宙に舞って、艦橋の艦長席に突き刺さった。
はっと思う間はティアナの中では充分にあった。だが、周りの人間から見ればロイエンタールが間髪入れずに突進していったのだろうと見えただろう。
 と、ロイエンタールの動きが止まった。ティアナの反撃の蹴りがトマホークをふっとばし、ついで二段目の「見た目はすごいけれど当人はものすごく手加減をした蹴り」がロイエンタールを襲う。ロイエンタールは躱し、鮮やかにバク宙を決め、二人はにらみ合った。

 ティアナは息を切らしていたが、それは通常の疲労とは180度ベクトルが違う理由からだった。

(なんでこんなに疲れるわけ!?やっぱり手加減をするっていうのは予想以上に難しいのね!しかもそれを相手に悟られないようにしなくちゃならないなんて!!!)
「ほう。さすがだな。この俺と互角の戦いをするとは・・・・」
(違う!ロイエンタール!違うんだから!あぁ、でもそうなってほしいのに!!!・・・えっ!?)
「だが、戦場での経験は俺の方がまさっている」
(いや、前世から数えたら私の方が上だし!!年も上だし!!・・違う!それ違う!!そんなことを思いたくないのに!!ああもう!!どうすればいいわけ!?)

 だが、ここで救いの神が訪れた。すなわち全艦橋が制圧された旨、巡航艦のコンピューターが宣言したのだ。演習はこれで終わりとなった。

「演習終了よ。負傷者については医療班が処置を行い、艦内の損傷とエンジンの状況を整備班は確認。戦闘班は武器装甲服の手入れを怠らないように。索敵・通信班は周囲の状況の確認と重要通信の有無を確認。航海班は自動航行システムと現在位置の確認をしてちょうだい。終わった者から交代で休むようにして」

 ティアナがてきぱきと指示をすると、皆うなずいてそれぞれの任務に戻っていった。既に女性士官学校の設立から数年を経過し、続々と卒業生が乗り込んできているので、この巡航艦でも3分の1が女性士官で占められている。

「ほ~~~~~~~っ!!!」

 ヘルメットを取って、思わず大息を吐けば、ロイエンタールが歩み寄ってきた。

「流石だな、部下の的確な配置、艦の制圧に関しての最短かつ効果的な経路を瞬時に見出す手腕、かつ先頭に立って指揮を執る姿勢、見事なものだ。だが・・・・」
「だが?なに?」
「果たしてそれだけで副長が務まるものかどうか・・・なお、検討させてもらうとしよう。フロイレイン・ティアナの手腕に期待する」

 ティアナは敬礼した。なんとなくそうしなければ、どういう顔をしていいかわからなかったからだ。ロイエンタールは答礼を返すと、部下に装甲ヘルメットを預け、着替えのために去っていった。


* * * * *

「よろしいのですか?」

 ロイエンタールが自室に入ろうとするところ、保安主任が話しかけてきた。

「ディッタースドルフか。『よろしいのですか?』とはどういう意味だ?」

 ディッタースドルフは、原作ではロイエンタール麾下の提督として第二次ランテマリオ星域で奮戦した一人である。

「つまり、フロイレイン・ティアナに副長として指揮をまかせておいて、という意味ですが」
「ほう?つまり卿はフロイレイン・ティアナよりも自分の方がこの艦をまとめ上げる自信がある、ということか」
「いや、それは・・・・」

 ディッタースドルフは沈黙する。だが、彼は意を決したようにして言った。

「情けない話ですが、小官は嫉妬しているのかもしれません。あのような若く美しい女性が自分たちの上に立ち、さも当然のように指示をしている。しかもその指示が的確であり、当人も奢っていないと来ては・・・・」
「実を言うと、俺もだ。ディッタースドルフ」

 ロイエンタールが苦笑した。

「あの一騎打ちはあきらかにフロイレイン・ティアナは手を抜いていた。あれは俺よりも数段、いや、次元の違う闘技の持ち主だ。天が与えたもうた才能にしてはなかなか物騒ではある」

 ロイエンタールは淡々と話している。その顔にはいささかも傷ついた色はない。

「それだけなら俺の矜持は傷ついていただろう。だが、奴はそれを俺に悟られないように必死だった。誰にも傷をつけないようにとな。一見ただの気の強い小娘だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。・・・・いじらしいな」

 最後の言葉をロイエンタールの口は苦々しげに吐き出したが、目は複雑そうな色を浮かべていた。

「艦長・・・・」
「ディッタースドルフ。事はフロイレイン・ティアナ一人の問題ではないぞ。例の女子士官学校が設立されて以来、多くの女性士官が乗り込んできている。この艦にもだ。俺はこの艦の艦長席についてまだ日は浅いが、水面下では男女の問題が起こっていることは承知している」

 ディッタースドルフは瞠目した。そう、アレーナが皇帝陛下におねだりして出した訓示、そしてそれに伴う通達にもかかわらず、水面下ではまだまだ女性に対する蔑視の風潮はあった。当たり前のことだが、数百年続く帝国軍はそれまで男児一色。そこに女性が入り込んできてまだ数年にしかならない。
 伝統という強固なコンクリートには女性がすっと入ることのできる割れ目一つすらない。

「いかがいたしましょう?小官も保安主任として職責を全うしますが、部下たちが一斉に離反しだしたら、抑えられるかどうか・・・・・」
「心配するな。俺にも考えはある。平時の訓練であれば軋轢や対立はむしろ自然の生み出すところ。だが、ひとたび戦闘に入れば、たとえ呉越同舟の仲であろうと、否応なく協力するほかなくなるのだ。ひとまず、下がってくれ。ご苦労だった」

 ディッタースドルフは敬礼し、ロイエンタールは答礼を返し、二人は分れた。ロイエンタールは自室に備え付けられた簡易浴室でシャワーを浴び、軍服を着帰ると、デスクに歩み寄った。卓上通信装置が赤く点滅している。誰かが連絡をしてきているらしかった。

 ロイエンタールが通信装置を入れると、蜂蜜色の収まりの悪い髪をした親友が映し出された。

『よう、ロイエンタール。しばらくぶりだな』
「ミッターマイヤーか。元気そうだな」

 さっと回転椅子に座りながら、ロイエンタールは応えた。イゼルローン要塞を出立してまだ一週間であるが、それまではお互いによく会っていただけに、久しぶりという感は否めない。

『どうだ?卿のところは。順調にまとめているか?』
「なかなかそうもいかなくてな。俺も苦慮している。平時の訓練などはまだ大丈夫だが、こと、男女の対立の問題についてこうまで頭を悩ますことになるとは思わなかった」
『ほう、卿にも悩みはあるのだな』
「俺も人間だからな。悲しい性の一つだ。もっとも、悩むという感情があるからこそ、人は成長していけるやもしれんが」
『いや、実を言うと俺もだ。お互い巡航艦の艦長になったが、やはり上は上で苦労をするものだな。ま、曲がりなりにもこうして一国一城の主になったのだから、まずはめでたいということだ。それを過去形にはしたくはないがな』

 ロイエンタールはうなずいて、

「同感だな。どうだ、落ち着いたら一杯やらんか。幸い、卿の艦と俺の艦はそうはなれてはない。非番の時であれば、差し支えないだろう」
『そうだな、まだ帝国領内にいるうちに一杯やるとしよう』

 二人は再会を約束しあって通信を切った。だが、ロイエンタールはミッターマイヤーの最後の言葉を思い返し、眉をひそめていた。
 おかしなものだ、とロイエンタールは思う。もとは帝国の囚人であったきゃつらが、外敵とは。いつから自由惑星同盟とやら称する反徒共は外敵扱いになったのだろう。そうだ、あのイゼルローン要塞ができて、回廊の存在意義が確立されてからだったか。

「いずれにしても、軍人として道を歩むと決めたからには、良い敵と出会いたいものだ。この無意味な戦いに一片の彩りを添えてくれる敵が、な」

* * * * *

 一方の女性士官代表――と本人は毛ほども思ってないし、蔑視していたが、周りはそう思っていた――たるティアナもまた、シャワールームで女性士官に捕まっていた。
 綺麗な桜色の髪をサイドテールにした若い美人女性士官がティアナに話しかけている。その顔はさえない。

「ティアナ」
「何よバーバラ」
「私もう限界よ。これ以上女の子たちの不満を抑えられない」
「何言ってんの。前世じゃ私たちの騎士団なんて、男女混合。一緒にミッションに就くことなんて当たり前だったじゃないの」

 そうティアナが言ったところを見ると、このバーバラ・フォン・パディントンという士官もまた、前世からの転生者の一人ということになる。

「それはそうだけれど、でもそれはずっと最初から決まっていた事じゃない。こことは違うわ」
「そこを何とかするのが、あなたの仕事・・・う~んわかったわよ。私も手伝う。あなた一人だとそのうちぶっ倒れるかもしれないわね、心労で」
「わ、私はそんなにヤワじゃないわ!!」
「私に弱音を吐いている時点で、そう思うけれどね。あんたは昔っから・・・あ~前世からそうだったわ」
「・・・・・・・・」
「前にも言ったことだけれど、貴族だからってエライわけじゃないのよ」

 ティアナの言う『貴族』とはこの現世の貴族ではなく、自分たちの前世における『貴族』のことである。

「それは、わかっているつもりだったけれど・・・・」
「貴族体制の打破を狙う私たちの一人が、貴族の味方してちゃぁ、どうしようもないじゃない。ま、私だって貴族が全部悪いなんて言うつもりはないけれど、でも、それを擁護しようとも思わない」
「・・・自分も『フォン』の称号を帯びているのに?」
「これは『私』を現す一画だからね、貴族貴族している意味で使ってるんじゃないもの」
「それは――」


 その時、けたたましい警報が鳴った。非常時の「戦闘配置ニツケ」という警報である。


「バーバラ、後で話を聞くわ!!」

 ティアナとバーバラはあわただしくシャンプーを落とし、髪を乾かす暇もないまま、軍服にそでを通し、それぞれの部署に駆け出していった。


「何だっていうの!!・・・・ったく!!」

 走りながらティアナは毒づく。まだイゼルローン回廊を抜けたばかりであり、そんなところで戦闘が起ころうとは予測していなかった。それは独りよがりな観測だったのか?
 
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