恋姫無双~2人の御使い~
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第4話
「申し訳ありません。私のせいで……」
そう言って少女は頭を下げる。
既に少女は同じ台詞を言い、頭を下げ続けていた。
「もうよい。誰も君がした事を咎めたり恨んだりはしない」
少女が頭を下げていた人達の中で、一番の年配の人物が言う。
つい先ほどまではもう少し、人がおり。
少女に罵声などを浴びせていたのだが、その人達はどこかへ行ってしまっていた。
「しかし……私が、あの賊を殺さなければ……」
「そうなっていたら、儂の孫が連れていかれた」
そう、老人は告げた。
ここは、荊州南郷郡にある城。
何度か賊の襲撃を受け、領主や多くの人々はこの城から逃げ出していた。
それでも、この場所から離れない人々がいるのも事実であり。
彼らは襲撃で荒らされる度に復興を目指していた。
そして今回もまた、数名の賊がやってきた。
彼らのやり方は、いつも同じであり。
数名で町を荒らし、誰かが邪魔をすれば本拠に戻り集団で押し寄せる。
もっとも、邪魔が無くても集団で押し寄せる訳だが。
今回は前者の方、先ほどから謝っている少女が賊の1人を討ち取ってしまったのだ。
ただし、その賊は老人の孫を連れ去ろうとしていた所を討たれた訳で。
同情は出来ない。
本来なら、安全な場所に逃げるというのが最善の方法なのかもしれない。
安全な場所があればの話なのだが……
官軍に要請してもすぐには来てくれない。
官軍自体が、手一杯の状況なのだ……
誰でもいいから、自分達を助けてほしい。
それが、ここに住む民の願いでもあった。
「ねぇ暢介。大丈夫?」
馬上から久遠が暢介に問う。
その目は呆れていたけれど。
「……い、痛い……」
暢介はぎこちない歩き方で歩く。
右側に1人支えてもらいながら。
「暢介って馬乗れなかったんだね」
「乗る機会が無かったんだよ」
馬の騎乗というのは思った以上に脚の筋肉を使うようだ。
暢介はもっと楽に乗れるものと思っていた様だが、そんな事はなかった。
旅立って、雷でちょっとした事があった後。
2人はある選択をした。
現状のまま、どこかに仕えるのはどうだろうかと。
……久遠の方だったら引く手あまたなのだろうけど。
久遠はあくまで『暢介の部下』という立場を崩す気は無いらしい。
それに、出生不明・見た事もない物を着てる男を仕官させる勢力も無いだろう。
という結論にあっさり行きついた。
それならばいっそ、暢介がトップになった方が早いんじゃないか? という話になり。
義勇軍を結成する運びとなった。
どこかに仕えるにしても、義勇軍で実績を作っておけば相手にしてもらえるかもしれない。
上手くいけば、どっかの領主ぐらいに……というのはかなり幸運でないと無理だろう。
『そうでもないんですよ。賊の大量発生で領主が逃げ出している城とか結構あるらしいですから。落ちてる城を貰っても文句は無いでしょ』
そう久遠は言っていたけれども。
目つきはマジだった。
義勇軍を結成し最初におこなったのは人数を絞る事だった。
義勇軍に入る人達の目的は様々であり、純粋に誰かを守りたいと思う人もいれば。
義勇軍に入れば何かおいしい思いが出来るんじゃないかというのもいる。
前者はどんな厳しい訓練を課しても耐え抜く事が出来る。
しかし、後者は厳しくすると逃げ出してしまう恐れがある。
そして、そんな2つの考えを持つ者を一緒の部隊にしてしまえば問題だって起こる。
『もっと厳しい訓練を』というのと『もっと楽な訓練を』というのだ。
戦場でも一緒にしては被害が大きくなる恐れがある。
その為に絞る事になったわけで。
訓練を久遠に任せた所……1週間もしないうちに人数が半分以下になっていた事に暢介は驚いたが。
「久遠、そろそろ日が暮れそうだ……今日はどうする?」
「どうしようかな。地図には近くに町があるみたいなんだけど……偽物って可能性もあるしなこの地図」
地図を見ながら久遠は呟く。
もっている地図は数日前に商人から購入したもので信憑性は不明だ。
一応、今のところは正解しているようだ。
「そっか……まぁ、野営でも一向に構わないけどもって、おい久遠」
「ん?」
「あれって町じゃないか?」
暢介の指さす方、そこには町の灯りが見えていた。
後ろに居る兵士達からも安堵の声が聞こえる。
流石にここ数日間は連日野営だったのが堪えていたのかもしれない。
しかしだ……
『兵士達全員宿屋は無理だから野営なんだけどな……』
と言っていいのか迷う暢介と久遠の2人だったのだけれど。
「だから! あの女に責任取らせればいいだろ!」
「何言ってんだ! もうあいつに何させても意味無いだろ! 金品とか出して……って俺の家もう何もねぇよ」
兵士達を外に待たせて暢介と久遠と数名の兵士を連れて街中に入ると。
人々の声があちらこちらから聞こえる。
「何が起きてるんだここ?」
「さ、さぁ?」
何が起こっているのか分からない2人と兵士達は互いの顔を見合わせる。
「このまま分からないままはまずいでしょう。何が起きているのか聞いて来て下さい」
久遠は兵士達にそう命じる。
兵士達は頷くと、人混みの中に消えていった。
「ここに来た数名の賊の1人を旅人が討ってしまい、明日の朝、その賊の集団がやってくると」
兵士達の報告を聞き、久遠は考え込む。
暢介は視線を兵士達に向ける。
若干、疲れた表情を見せているのは人混みの波にもまれてしまったからだろうか。
それとも、マシンガンの如く話す人物に当たってしまったのだろうか。
「明日には賊が来る事が分かってるんだよな久遠」
「そうだね」
「俺達でどうにか出来るなら」
「助けないとね……まずはここの領主に会わないとだけど」
そこまで久遠が言うと、兵士の1人が慌てて口をはさむ。
「それが、既に領主はここから逃げているそうで。現在、ここを取り仕切っているのはこの街に長く住んでいる長老格の老人の様です」
「……だってさ久遠」
「その老人の元へ行きましょう……あぁ、あなた達は他の兵士達に事情を説明してください。明日、戦闘になると」
「はっ!」
兵士達が駆けだしていくのを見送り、暢介と久遠は老人に会う為に歩を進めた。
住民に老人の場所を聞くと、住民は『あの人ですよ』といい指を指す。
そこには小柄で腰の曲がった老人が他の住民達と話こんでいた。
ふと、その老人の横に居る女性に目が行った。
身長は久遠と同じぐらいか、少し小さいぐらい。
髪の色は黒でショートカット。
久遠に負けず劣らずのスタイルをしているが、暢介の視線はそこではなく。
女性の被っている帽子に目が行っている。
(あれって……あれだよな……)
暢介の脳裏に浮かんだ人物は2人。
彼女の被っている帽子と全く同じ色で、冒険好きで蛇が苦手な考古学者に。
その色を黒にすると、赤や緑、時にはピンクのジャケットを羽織る怪盗の相棒になる。
(……あれと同じ帽子、親父も持ってたっけな)
そんな事を考えている暢介の肩を久遠が叩く。
叩かれた事に気付いた暢介が久遠の方を見ると、ジト目で暢介を見ている。
「何を見てるの?」
何を見ていたのか久遠には見当はついていたがあえて聞いた。
「いや……ちょっと珍しい帽子だなって、あの子の」
「珍しい? まぁ、僕もあんまりみない帽子だけど……ってそういう事じゃ無くて、行くよ」
そう言って久遠は老人の方へ進む。
「ちょ、ちょっと待てって久遠」
暢介は慌てて後を追った。
「あの……」
久遠が話しかけると、話し込んでいた町の人達の視線が一斉に2人に集まる。
「あなた方は……見ない顔ですな」
「はい。僕達は先ほどここに立ち寄ったもので」
「旅人でしたか、何と悪い時に来ましたな……ここは」
「明日には賊が来るようですね。皆、そう言っていましたので」
「えぇ……その通りです」
そう言って老人達は俯く。
「……私のせいなんです。私が賊を討たなければ」
ソフト帽を被った女性が呟く。
しかし……
「君が討たなくても、あいつらはここを荒らしていた……その日が近づいただけだよ」
老人が優しく諭す。
「あの……」
「旅人の方は急いで出て行かれた方が良いでしょう。ここからなら……」
そこまで老人が言った所で、久遠が右手を少しだけあげて老人の言葉を止める。
「僕らは旅人ではなく、義勇軍を率いている者です」
その言葉に老人達の顔が上がる。
「義勇軍ですか?」
若い男の言葉に久遠は頷く。
「ええ。と言っても何千の兵という訳ではありませんが……」
2人が率いている義勇軍の兵士の数は千にも満たない数。
ただし、厳しい訓練をこなしてきた人達であり。
既に何戦も賊との戦いを経験していた。
「ここに来たのも何かの縁でしょう。明日の賊との戦い、参戦させてもらいます」
久遠の言葉に老人達の表情が明るくなる。
しかし……
「ただ、皆さんにも出てもらいたい。この地を守りたいと言うのなら……皆さんの力も貸していただきたい」
「わ、私達もですか」
不安な表情を浮かべる住民達。
恐らく、戦闘は義勇軍がやってくれて自分達は何もしなくていいと思っていたのかもしれない。
「本気でこの地を守るのならば、あなた方も武器を取ってくだい。僕らは死ぬ気で戦います。あなた方も同じ様な気持ちで戦って下さい」
「……」
老人達が顔を見合わせる。
「僕らは兵士達に事情を説明せねばならないので一旦戻ります。皆さんが良い選択をしてくださる事を祈っています」
そう言って2人は老人達に背を向けて去っていった。
(あれ? 主役って俺だよね? 台詞……一回も無かったけど?)
という暢介の悲しみはスルーしておこう。
「……皆に伝えよう。この地を守る為に戦うとな」
「しかし長老。あの者達……本当に大丈夫なのでしょうか?」
「?」
「噂では、賊から村を守った後に金品を要求し強奪する義勇軍もいるといいます」
賊から街や村を守るが、その代わりに多額の金品や食料。
ひどいものだと娘などを要求する、殆ど賊と変わらない事をやっている義勇軍もいる。
もしも、あの2人も同じ様なものだったら。
賊を追い払っても、その後の展開を考えると……と、男性は老人に話す。
「しかし、このままなら賊に全てを奪われるだけじゃがな」
「それは……そうですが」
賊に奪われるか、義勇軍に奪われるか。
既に男性の中で暢介と久遠の2人は賊と同じ様と判断されている様だ。
「責任はわしが取る。住民達に説明し、男は武器を取り義勇軍の者達と共に戦おう……といっても、この老いぼれは戦場には立てぬようだが」
老人の決意に周囲の人々は頷く。
先ほどまで異論を唱えていた男性もまた、頷く。
そして皆が事情を説明する為に去った後、老人は女性の方を見る。
「あなたはどうするのですかな?」
その言葉に女性は静かに言った。
「私も戦います」
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