| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

反逆者

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四章

「その様な男に総統が務まるのか」
「答えはナイン、ですね」
「甚だ疑問だ。だからこそだ」
「航空相にはですね」
「負けるつもりはない」
 その宣伝相の席からだ。ゲッペルスは手を組み合わせて言った。
「最後に笑っているのは私だ」
「では宣伝相としては」
「あの男にこれ以上の増長は許さない」
「わかりました。それでは」
 こうしてだ。ハイドリヒがいなくなり余計にだ。ゲッペルスはゲーリングへの対抗意識を露わにさせた。そしてそれはゲーリングも同じだった。
 彼も航空省の己の部屋でだ。腹心達に言っていた。
「妻にだけ愛情を注いでいてよかった」
「はい、まさか娼館自体がハイドリヒの工作機関だったとは」
「思いも寄りませんでした」
 側近達もゲーリングの前に直立不動で立ったまま言う。ゲーリングの執務室は派手、というよりは悪趣味に飾られていた。ルネサンス期の頃のものが多い。
 その妙にサイケデリックさもある部屋の中でだ。ゲーリングは話した。
「あの男は危険だった」
「危険な謀略家でしたね」
「目的の為には手段を選ばない」
「しかしそれでもです。まさか娼館までもが工作機関だったとは」
「盗聴器を仕掛けていたとは」
「あの男らしいがな」 
 ゲーリングは忌々しげにだ。ハイドリヒについてさらに言う。
「目的の為には手段を選ばない」
「はい、そしてのしあがっていく」
「まさに悪でした」
「あの男が死んでくれてほっとしている」
 実際にだ。ゲーリングは安堵した顔になってこう漏らした。
「ヒムラーですらどうにもできなかったのだからな」
「そのヒムラー内相の暗殺説がありますが」
 側近の一人がこうゲーリングに話してきた。
「そうした話もあることは」
「知っている」
 既にだとだ。ゲーリングもその側近に答えた。
「怪我は快方に向かっていたそうだな」
「はい、しかしです」
「あの男は急死した」
「それ故にです。そうした噂が流れていますが」
「そうかも知れないな」
 ゲーリングもだ。その可能性を否定しなかった。そのうえで言うのだった。
「あのままではヒムラーも危うかった」
「失脚していましたか」
「そうなっていましたか」
「ハイドリヒはヒムラーに忠誠なぞ誓ってはいなかった」
 直属の上司であるがだ。そうだったのだ。
「ヒムラーはまだ人間だがな」
「ハイドリヒ大将は違った」
「だからこそですね」
「あの男は悪だった」
 人ではなくそれだとだ。ゲーリングは忌々しげな顔で言い捨てた。
「人ではなかった」
「まさに金髪の悪魔でしたね」
「人間味なぞありませんでした」
「そうだ、なかった」
 そういったものは全くなかったとだ。ゲーリングは言い捨てるのだった。
「若しあれ以上あの男が生きていればだ」
「内相は間違いなく失脚されていましたね」
「そしてお命も」
「私もだ」
 ゲーリング自身も危うかったとだ。彼は今度は苦い顔になって述べた。
「私自身もだ」
「危うかったですか」
「閣下も」
「そうだ。あの男は総統閣下と違う」
 ヒトラーとハイドリヒはだ。全くの別人だというのだ。
「まさに魔人だった」
「そしてその魔人がいなくなりました」
「内相は総統の座は望まれていません」
「それならナチス=ドイツの次の総統は閣下です」
「そうなりますね」
「そうなるだろう。しかしだ」
 だがそれでもだとだ。ゲーリングはまた己の顔を変えた。今度は忌々しげな顔になってだ。そのうえで己の側近達にこう話したのである。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧