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反逆者

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第二章

「御前以外にはいらない。だからだ」
「その淑女の方にはですか」
「帰ってもらう」
 確かな微笑みで。ゲーリングはまた言った。
「そうするのだ」
「わかりました。それではそうお伝えします」
 こうしてだ。ゲーリングは贈りものは受け取っても女性は返した。しかしだ。
 黒いオールバックの小柄な男、如何にも頭の回転が早そうな彼はだ。部下達にケーキとコーヒーを前にしたうえでだ。こう言ったのである。
「航空相は相変わらずか」
「はい、贈りものに囲まれています」
「そして美食を楽しんでいるな」
「ワインもです」
「不潔だな」
 やや不快げにだ。ゲッペルスは言った。
「私はそうしたことはしない」
「では閣下が楽しまれるのは」
「美女だけだ。それもだ」
「それもですね」
「女優や美女だけだ。手当たり次第ではない」
 こう言うのだった。
「彼は贈りものを手当たり次第に受け取っているがな」
「では閣下は」
「手当たり次第。豚とは違うのだ」
 はっきりとだ。ゲーリングの肥満を揶揄したのである。
「ああしたことは好まない。それにだ」
「それにといいますと」
「何を有頂天になっているのだ」
 ゲッペルスはケーキを食べながらだ。こんなことも言ったのである。
「総統閣下に後継者と言われているからか」
「その様です」
「そんなことは何時でもどうでもなる」
 こうも言うのだった。
「変わるものだ」
「そういえば内相も」
「ヒムラーだな」
「航空相には反発を覚えておられるとか」
「あの男はあの男で危険だ」
 ゲッペルスはそのヒムラーについてもいい感情を見せなかった。そのうえでの言葉だった。
「敵に回せば。わかるな」
「はい」
 宣伝省の官僚は背筋を伸ばしてゲッペルスのその言葉に答えた。
「あの方に睨まれればそれこそ」
「何をされるかわからないぞ」
「ゲシュタポですね」
「彼等は特別だ」
 超法規的な存在、それがゲシュタポなのだ。
「どんなことでもする。例えそれが同じナチス党員であってもだ」
「そのゲシュタポがあの方の下にあることは」
「それだけでも危険だ。だが、だ」
「だがですか」
「実は問題はヒムラーではない」
 その危険な男であるという彼ではないというのだ。ナチスの裏で危険な存在は。
「ハイドリヒだ」
「ハイドリヒ大将ですか」
「あの男こそが真に危険な存在だ」
「そうですね。どうやらハイドリヒ大将は本気で総統の後継者を狙っておられますね」
「ヒムラーはその本質はただの官僚だ」
 幾ら危険な存在であってもだ。ヒムラーはそれに過ぎないというのだ。
「あの立場で満足しているふしがある」
「しかしハイドリヒ大将は」
「ナチスの総統を狙っている」
 ヒトラーのだ。その座をだというのだ。
「総統閣下の後継者の地位をだ」
「あの方が総統になれば」
 どうなるか。官僚は蒼白になりゲッペルスに答えた。
「あの、非常にです」
「わかるな。彼が総統になれば」
「相当な切れ者です」
 誰もが認めることだった。ハイドリヒの鋭利な鋭さは。彼は恐ろしいまでに切れる頭脳の持ち主なのだ。
「辣腕家であります」
「我がナチスの裏の部分は彼が一人で創り上げたと言っていい」
「はい」
「彼は有能だ。悪魔的なまでにな」
 あえてだ。ゲッペルスはハイドリヒをこう評した。
「しかしだ。彼はだ」
「その目的の為には手段を選びません」
「私も人のことは言えないだろうが好色だ」
 このことでもだ。ハイドリヒは知られていた。 
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