身体は男でも
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6部分:第六章
第六章
「この花束を受け取って下さい」
花束は前に差し出したままだ。その花束をだというのだ。
「どうか。そうして下さい」
「・・・・・・・・・」
サワリットは暫く沈黙していた。この時は彼にとっては一瞬だった。
だがアチャカラーンにとっては永遠だった。彼女はその永遠の時を耐えた。
そしてだ。サワリットは。
まるでコマ送りの様に、アッチャカラーンからはそう見える動きでその両手をゆっくりと動かして。そのうえで。
その花束を受け取った。そして自分の胸元に持って来てだ。笑顔で言った。
「有り難う」
「えっ、ということは」
「僕でよかったらね。いいかな」
「本当にいいんですか?」
驚きを隠せない顔でだ。アッチャカラーンはサワリットに尋ねた。
「私で」
「確かに驚いたよ」
彼の身体が男であること、それはだというのだ。
「けれどそれでもね。僕に深い愛情を抱いてくれているのなら」
「いいんですか」
「そうした人と付き合ったことはなかったけれど」
微笑みだ。サワリットは自分のことも話した。
「けれどそれでもね。心が女性なら」
「それでいいんですか」
「構わないよ。だからね」
「はい、それでは」
「これから宜しくね」
サワリットは花束を手にしてアッチャカラーンに答えた。
「恋人としてね」
「こちらこそ」
アッチャカラーンも笑顔で応えた。こうして彼女は素敵な恋人を手に入れたのだった。
このことは次の日に早速会社の同僚達に話した。それを聞いてだ。同僚達は驚きを隠せない顔でだ。そのアッチャカラーンにこう言うのだった。
「また意外な展開だな」
「そうだよな。まさかな」
「相手が受け入れてくれるなんてな」
「思いも寄らなかったよ」
「私もそう思うわ」
アッチャカラーン自身もだとだ。そうだというのだ。
「まさか。受け入れてもらえるなんて」
「そのサワリットさんっていい人だな」
「かなり器の大きな人だよな」
同僚達はアッチャカラーンの話からサワリットの人物も知った。
「御前のことを知ってそのうえで受け入れてな」
「女として扱ってくれるなんてな」
「本当に凄い人だよ」
「私もそう思うわ。けれどね」
アッチャカラーンはのろけながら言う。見ればメイクもヘアセットも普段より気合が入っている。
「こうして受け入れてもらえたのはどうしてなのかしら」
「ああ、それか」
「まあ普通はないからな」
「そうした趣味の人でもない限りな」
「如何に我が国でもな」
ニューハーフや同性愛に極めて寛容なタイでもだというのだ。
「サワリットさんって少なくとも今までそんな趣味はなかったみたいだしな」
「それがそうして御前を受け入れてくれるってな」
「それで受け入れてくれたってな」
「凄い話だよ」
「そうなったのはどうしてなのかしら」
首を傾げさせてだ。アッチャカラーンは同僚達に尋ねた。
「私があの人に全て受け入れてもらえたのはどうしてかしら」
「ううん、そうだな」
ここでだ。同僚の一人がだった。腕を組んで考える顔になってだ。
その顔でだ。こうアッチャカラーンに述べた。
「御前が素直だったからじゃないのか?」
「素直って?」
「御前自分が身体は男だって正直に言ったよな」
「ええ」
このことは最初から決めていることだった。隠しても何にもならないと思ったからだ。
だがそれによってだとだ。その同僚は言うのだった。
「そのことはね」
「だからだよ」
「それでなの」
「はじめに全部言ってそのうえで告白した」
彼はアッチャラーンのその黒い琥珀の様な瞳、やはり女性のもののその瞳を見ながら話す。
「その素直さと誠実さがその人の心に届いたんだよ」
「だから私はあの人に受け入れてもらえたのね」
「そうだと思うぜ。確かにそのサワリットって人は素晴らしい人だよ」
外見だけでなく器も併せ持っただ。そうした人物だというのだ。
「けれどな。その人と付き合える御前もな」
「私も」
「その人に相応しいってことだよ。それだけ素直で誠実だからな」
「私特に自分はそうは思わないけれど」
「素直とか誠実は自覚するものじゃないんだよ」
戸惑うアッチャカラーンにだ。同僚はまた告げた。
「自然と滲み出るものなんだよ。それが御前なんだよ」
「それが私・・・・・・」
「人はその人に相応しい相手を手に入れるんだよ」
こうも言う同僚だった。
「御前にとってもな。だからな」
「その素直さと誠実さを忘れないで」
「その人と幸せになれよ」
「ええ、わかったわ」
清らかな、乙女の笑顔でだ。アッチャカラーンは答えた。
「私。あの人と幸せになるわ」
「頑張れよ。ずっとな」
同僚達はその笑顔のアッチャカラーンに笑顔で告げた。そうしてそのうえで仕事をはじめるのだった。アッチャカラーンは自分の車を丁寧に拭いてから。それから仕事に出た。清らかな笑顔で。
身体は男でも 完
2012・3・26
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