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授業なんてどうでもいい、なくてもいい

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エピローグ

 
前書き
最終話です。ぜひ最後までお付き合いよろしくお願いします。 

 
 次の週の月曜日、多田くんはHRを過ぎても学校に来なかった。

 私は隣の席の桐山くんに声をかけた。ちょうど彼は一限目の政治経済で使う教科書をエナメルバッグから引っこ抜いていた。

 「ねえ、桐山くん。多田くんと連絡取ったりした?」

 「昨日ちょっと電話してみたよ。いつもと変わらない様子だったし、別に気にしなくても大丈夫だろ」

 「そっか。……あのさ」

 「なに?」

 桐山くんが私の目を覗き込んだ。その真っ直ぐな視線に心臓が跳ね上がる。私は必死に平静を装って言葉を口にした。

 「桐山くんのメアド、教えてもらえないかな。あの、この間は一緒に話してて楽しかったし、また倫子たちも誘って遊びたいというか……。あと多田くんのメアドも」

 正直、多田くんのメアドは唐突な付け足しだった。だが、桐山くんは特に気にするふうもなく「いいよ」と言ってくれた。ポケットからシルバーのガラケーを取り出した。

 「最近はみんなスマホのアプリで連絡取ってるんだろ?三ツ橋もスマホ?」

 「ううん。私もガラケー」

 「あ、本当に?意外だな。じゃあ赤外線な」

 桐山くんはそう言ってガラケーを私の方に向けた。私もそれに習った。こんな作業をしたのはいつ以来だろう。

 「じゃあ多田のやつはメールに添付しておくから」

 「うん。ありがと」

 こうして、桐山くんのメアドは難なく手に入った。私なりの、大きな一歩だった。

*****

 とはいえ、多田くんにメールする機会がないわけではなかった。むしろ今の私には大ありだった。

 私は授業の合間を縫って多田くんに送る文章をちびちびと作成した。それが終わったのは昼休みに入ったころだった。

 『多田くんへ
   こんにちは。三ツ橋咲良です。桐山くんからメアドをもらいました。
   今日は単純にサボりですか?調子が悪いのなら話は別ですが、そうでないなら来てください。6限の時間に教室で待ってます。           』

 6限目は体育だ。男子は体育館でバスケ、女子は体育館2階で卓球となっている。つまり教室はがら空きになる。それを狙って、多田くんを呼び出すことにした。理由は簡単で、多田くんを問い質すためだ。

 別に多田くんが何か悪いことをしたわけでも、私に被害を与えたわけでもない。ただ、彼の口から本当のことを聞きたいだけだ。多田くんの狙いが何だったのか。私は単に動かされていただけなのか。そういうことを知りたかった。そのためなら、授業なんでどうでもいい。

 私はメールの送信ボタンを奥まで押し込んだ。メールは拒否されることなく、無事に送られた。

 それと同時に、倫子が私の肩をポンと叩いて言った。

 「咲良、ご飯食べよー。ってか、さっきさ……」

 倫子は口を私の耳元まで持ってきて、面白そうに呟いた。

 「さっき桐山くんとメアド交換してたでしょ」

 「……まあね」

 私は淡々とバッグから弁当を取り出して、スカーフの結ばれた部分を解いた。倫子が隣席の桐山くんの椅子に座り、机にコンビニのパンをいくつか広げる。今日はメロンパンとカレーパン、それにコッペパンだ。彼女のマイブームは買い弁らしい。今ごろかよ、と思わずツッコみたくなる。

 「意外と自分から行くのねー三ツ橋さん。見直した。今度さ、また遊びに行こうよ。この間のメンツで。まあ、夏休みが限界かなって思うけど」

 「そうだねえ」

 それから私たちはいつも通りの他愛ない会話を繰り広げて昼休みを潰していった。5限目の英会話でリスニングに集中力を費やし、ようやく6限目が近づいてきた。

 休み時間の間に、男女共に体育館に行く準備を始める。それでも支度をしない私に、桐山くんが話しかけてきた。

 「今日は体育見学?」

 「まあ、そんなとこかな」

 「三ツ橋、運動できなそうだもんな」

 そう言って桐山くんはニヤリと笑った。からかわれた、と思ったときには彼の姿は教室から消えていた。からかわれたのに、何だろう。この妙にくすぐったくて温かい感覚は。心臓の音が私の耳にバンバンと届いている。

 「おーい。三ツ橋咲良さんや。そんなに乙女な顔してどうしたんだい?」

 体操着が入ったバッグを提げた倫子がおどけたように言って私の顔を覗き込んできた。私は「何でもない」と顔を背ける。

 「私、ちょっと具合悪いから保健室行くね。今日は体育休む」

 「へえ、咲良も具合悪くなるんだ。珍しい。分かった、先生に言っとくよ」

 「ありがと」

 倫子が教室から出て行ったことで、いま教室に残っているのは私だけとなった。授業をサボるという初めての体験は、正直に言って心地良いものではなかった。みんなが体育の授業に参加している中で私だけが教室で何もせずに怠惰な時間を過ごしているのだと考えると、落ち着かない気分になる。

 授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。それと同時に、後ろ側のドアがガラリと開いた。


 多田くんは、いつも通りの着崩した学ランだった。自分の机に座っている私を見て、彼は破顔した。

 「ついに三ツ橋も授業をサボるようになったかー。もしかして俺のことをサボり神として崇めてくれてる?」

 「誰が祀り立てるのよ、そんなだらしない神様」

 「それな」

 多田くんは手近な机をいくつか合体させて、その上に寝転がった。「昨日、夜までパーリーピーポーだったからさ」とかよく分からないことを呟きながらのびをしている。

 私は言った。

 「授業なんてどうでもいいし、なくてもいいくらいに私は多田くんに用があるの」

 「うぇーい。それ俺の格言。使ってくれてんじゃん」

 「まあね」

 「で、俺に用って?授業サボってまで俺に会いたい理由は?まさか告白?んなわけねえか」

 顔をこちらに向けて、多田くんは私の目を見据えた。言葉は依然としてふざけているが、目は真面目だった。私はそれを確認してから、言葉を声に出した。

 「結局、多田くんは何がしたかったの?」

 多田くんはしばらく私を見つめていた。やがて顔を天井に向けると、彼はゆっくりと呟いた。

 「俺がしたかったことは最初に言った通りだよ。大学の入試で話す動機作り。そのために動いてたんだよ。ま、照原のせいでバーベキューはできなかったけどな。でもあのとき、一番最初に動いたのは三ツ橋だったよな。水がなくて他にも役立ちそうなものが見当たらない中で、機転を働かせて動けたのは三ツ橋だけだった。それは素ですごいと思ってるし、リスペクトしてる。ありがとな」

 「多田くんが教えてくれたことが実になったんだよ。こちらこそありがとう。でもね、まだ話はあるよ。……私、照原くんに好きだって言われたんだ」

 多田くんはまた顔を私の方に向けて、目を瞬かせた。

 「マジで?三ツ橋はなんて答えたの?」

 「『ごめんなさい』って断った。でも多田くんは分かってたでしょ?」

 「……なるほどな。照原から話は聞いているわけだ」

 多田くんは起き上がり、私と同じように机上に座った。脚をブラブラさせながら、窓の外に視線を移した。入り込んでくる陽射しに目を薄くする。

 「でも、俺は何も嘘を吐いていないよ。全てが都合よく動いたってだけなんだよ。俺の目的は大学入試の動機作り。照原は三ツ橋のことを想っているから、俺を使って近づこうとした。そして、近づいた俺の先にいた三ツ橋は自分の短所を変えようとした。最後に、それって俺の利益になるんじゃね?と思った俺がいた。たったそれだけの話だよ。ま、三ツ橋が不満に思うとこがあるとすれば、俺が誰よりも一歩、全体像を詳しく知っていたってことくらいじゃね?」

 「じゃあ、どうしてバーベキューに桐山くんを誘ったの?多田くんは友達の相談に乗ってるんだよね?」

 多田くんは苦笑して「それが残ってたか」と呟いた。

 「それに関しては完全に俺の主観だわ。三ツ橋の様子見て、何となく気づいたっつーか。で、俺が照原だけに加担して無理やりくっつかせるのは、なんか話が違うなって感じ」

 少しずつ話が見えてきた。私は目を逸らす多田くんの顔から目を離さなかった。

 「要は、私が気になってる人に気づいていたってことでしょ?」

 「……んまあ、そういうことになるんかな。なにこれ、どんな罰ゲームよ」

 「罰ゲームなんかじゃないよ。ただ、私が知りたかっただけ。裏で誰かが動いているなんて、なんだか気持ち悪くて」

 多田くんは確かに照原くんと私の梯子役だった。けれど、彼は私の気持ちを慮って、あえて桐山くんをバーベキューに誘ったのだ。友達の成功ばかりを目指すのではなく、私のことも考えて。

 それはなんだか、ものすごく綱渡りな話なんじゃないか。確率の問題だ。

 「だから照原がフラれるのも薄々分かってた。だからバーベキューが最終決戦だった。そういうことの全てがバーベキューで決まると踏んでた。それなのに肝心の照原がバカしやがったからなあ。アイツはホントにバカ。コスミックバカ」

 「多田くんも大差ないじゃん」

 「はあ?俺の方が頭の作りが違うし。俺モンゴルだし」

 「モンゴル関係ないから」

 それにしても、私の態度は分かりやすいのだろうか。毎日を真面目に淡々と過ごしているつもりなのに、周りの人間はいとも簡単に私が気になっている人を当ててしまう。

 「三ツ橋はね、表には出さないけど目で分かる。冷静に周囲を見て判断してるのかもしれないけど、無意識に桐山に視線連発してる。そういうときの三ツ橋、すっげー可愛い」

 もはや殴りたい。恥ずかしいを通り越して物理的な何かを起こしてやりたい。

 「ていうか、私の心読まないでよ。いっそのこと心理学でも学べば?」

 「友達の先輩の妹が人の心読むのうまくてさあ、教えてもらったことあるんだよね。三ツ橋にも今度教えようか?」

 思わず「お願い」と言ってしまいそうになった。人の心の中を覗くなんてずるい気がするし、知りたくないことを知ってしまいそうだ。

 「私は真正面から行くタイプだから大丈夫」

 「三ツ橋って意外とグイグイ系だよな。ひとまず俺は応援に徹するわ。もうお節介なことには手ぇ出さない。つか、照原ともちゃんと喋れよ?」

 もちろんだ。気まずい気持ちはあるが、彼だって最初から私の様子には気づいていたはずだ。なにせ、友達の多田くんが気づいているんだから。だとすれば、それほど気負うことなんてない気がする。

 多田くんは溜め息を漏らした。

 「そういや、俺が三ツ橋のケツ触った後、めっちゃ照原にキレられたわー。お前ふざけんなとか言ってガチでキレてんの。俺マジで本気で謝ったわ。それでも1時間近くずっと説教みたいなもんダーダーダーダー喋りまくってさ。そのせいで頭痛が痛くなったんだよね」

 「あ、そういう理由だったんだ。ちなみに頭痛が痛いって言葉はないよ」

 「あっ、そうなの?」

 私は教室を見渡した。空虚な世界だ。こんなところでのんびりしているくらいなら、授業に出た方がマシだ。隣の教室のドアが開いているのか、英語リスニングのダンディな男性ボイスが聞こえてくる。会話が途切れたことで、再びサボったことへの緊張感やら罪悪感が込み上げてきた。

 「私、やっぱり体育行ってくる」

 「え?なんで?もうサボっちゃえよ。どうせあと25分だぜ?俺とここでパーリラアフタヌーンフィーバーナイトしようぜ」

 ますますここにはいられない。多田くんとなんちゃらフィーバーなんて恐ろしすぎる。クラスは愚か、学校中から奇異の目で見られるに違いない。そもそも昼なのか夜なのかハッキリしてほしい。

 私はバッグを持ってドアをスライドさせた。最後に、教室に取り残された不満顔の多田くんに振り返って一言呟いた。

 「要は済んだから、帰ってもいいよ」

 「いや、HR出るから帰らないでここでまったりする。授業よりはどうでもよくないからな、あれは。連絡事項を聞かなきゃいけねえし」

 「真面目じゃん」

 私は廊下に出て、ドアを閉めた。さて、とりあえず体育館に行こう。それまでに遅刻の理由を考えておかないと。これも初めての出来事だ。

 基本的にサボりは良くない。だけど、死刑になるほどものすごく悪いわけじゃないかな。私はそう思った。
                                 終 
 

 
後書き
これにて『授業なんて~』は完結です。ここまで読んで下さった皆様には深くお礼を申し上げます。お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ちなみに、本編で多田の本名は一切明かされませんでしたが、設定上は『多田泰彦』という名前でした。やっすい名前ですね本当に(笑) 
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