不器用なマジシャン
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1部分:第一章
第一章
不器用なマジシャン
河原崎亮太はマジシャンである。
まだ若いがそれでもだ。腕は確かなことで知られていた。
黒髪を右で分け耳が完全に隠れるまで伸ばしている。黒い眉ははっきりとしていてへの字になっている。白い顔にやや高い整った鼻、目はよく見ると二重であり気さくな光を放っている。背はわりかし高く一七七程だ。
すらりとした身体をマジシャンのタキシードで包んでいる。それでシルクハットから色々なものを出したりトランプを操ったりする。
彼は若いながら売れっ子になっていた。事務所でも彼に来る仕事は多かった。
「今度はそれですね」
「うん、チャイティーで来てるけれど」
「あっ、いいですね」
チャリティーと聞いてだ。笑顔で言う彼だった。
「それじゃあその仕事受けさせてもらいます」
「いいんだ、それで」
「何か?」
「だから。チャリティーだよ」
事務所の人は彼にそのことを言った。今彼等は事務所の中にいる。そこでソファーに向かい合って座ってお茶を飲みながら話すのだった。
「君の収入にならないけれどいいの?」
「いいですよ、それは」
明るい笑顔で答える彼だった。そしてだ。
その笑顔でだ。こう言ったのである。
「だって俺のマジックで多くの人が笑顔になるんですよね」
「そうだよ。それはね」
「それじゃあです」
また言う亮太だった。
「受けさせてもらいます」
「君はマジックができればいいんだね」
「それで人が喜んでくれたら」
いいとだ。彼は言葉を付け加えてもらった。
「それでいいです」
「お金はいいんだ」
「お金は生活ができる位ならいいですし」
実際に彼はそれ位は稼いでいた。むしろ収入はわりかし多い。売れっ子マジシャンとして引っ張りだこだからだ。それだからだ。
しかし彼は無欲だった。本当に自分のマジックで人が喜んでくれるのならそれでよかった。それでこう事務所の人に尋ねた。
「それで何処ですか?」
「そのチャリティーの場所だね」
「ええ、何処ですか?」
その仕事場のことを尋ねるのだった。
「何処なんですか?」
「学校だよ」
そこだというのだ。
「身体障害者の子達のね。学校だよ」
「身体の悪い子達のですか」
「うん、知ってると思うけれど色々あってね」
事務所の人はここで難しい顔になって述べた。
「生まれついて身体が悪い人もいるじゃない」
「ですね。それは確かに」
「そうした人達の為にって思って」
つまり事務所の人の善意であった。それで仕事が来たというのだ。
「うちの事務所から誰かって思って」
「俺に声をかけてくれたんですね」
「そうなんだ。じゃあ君が行ってくれるんだね」
「はい、それじゃあそこに行きましょう」
「僕も一緒に行くよ」
事務所の人は自分も行くと申し出た。
「僕の担当の仕事になったからね」
「そうですか。小津さんも」
亮太が彼の名前を呼んだ。髪を短く刈った大柄な、いかつい顔の男だ。一見するとラガーマンに見える。一目見ると怖そうだ。
だがその目は優しく口調も穏やかだ。その小津の名前を呼んだのだ。
「一緒に来てくれるんですね」
「そうさせてもらうよ。是非ね」
「はい、俺のマネージャーさんと入れて三人で」
「一緒に行こうね」
「わかりました」
こうしてだ。亮太はチャリティーの仕事を受けることにした。そうしてその仕事の日にだ。実際にその学校に来た。そこはというと。
白い校舎に広いグラウンドがある。グラウンドの端には緑の木々がある。一見すると田舎によくあるような学校である。しかしだ。
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