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たった一つの笑顔

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第二章

「冗談じゃないから」
「課長もそう言われますね」
「そこまで強いる企業も駄目だし」
 所謂ブラック企業だ、ただし超過勤務だけがブラック企業の条件ではないだろう。問題のある営業を行っている企業全てに当てはまる言葉ではないだろうか。
「そこまで働く人もね」
「駄目ですね」
「肉体労働のお酒のチェーン店で朝の九時から夜遅くまで働いて」
 池山は具体的な例も話に出した。
「そして棚卸で朝までとかやれるかい?」
「そんな会社もあるんですか」
「あるよ、学生時代アルバイトして」
 池山自身の経験だった。
「一日で逃げたんだ」
「そのお酒のお店からですか」
「うん、これは駄目だって思ってね」
「それで別のアルバイトに行かれたんですね」
「そうしたよ、こうした会社で働いても」
「いいことはない」
「自分の身体を壊すだけだよ」
 それこそというのだ。
「一日二十時間労働って会社もあるそうだしね」
「それも酷いですね」
「とにかく、休める時は休む」
「こうした時もですね」
「そのことは気をつけてね」
「はい、毎日家に帰って休んでいます」
「それは何よりだよ」
 池山は沙織のその言葉を聞いてほっとした顔になって微笑んだ、そして実際に沙織は夜遅くなっても家に帰って朝早くに出勤していた。
 会社にいる間はとにかく自分の仕事に専念していた。しかし。
 家に帰ると朝にはすっきりとした顔で出社して来る、それでこの修羅場の中を過ごしていって。 
 全てのソフトの開発と販売まで終わってだ、ようやく。
 会社は落ち着いた、皆ここでほっとして言った。
「いや、終わった終わった」
「大変だったな」
「ああ、今回はな」
「何本も重なったから」
「何もかもが大変だった」
「目が回りそうだったよ」
「戦場にいるみたいだったな」
 修羅場の状況はそうしたものだったというのだ。
「何時終わるかって思ったけれど」
「やっと終わった」
「有給休暇サービスで出るってな」
「ボーナスもな、特別にな」
 頑張った社員達へのお礼としてだ。
「やっぱり八条グループだな」
「俺達社員のこと考えてくれてるな」
「ああ、打ち上げも楽しみだな」
「久しぶりに飲むか」
 とにかく酒も飲める状況ではなかった、誰もがかなりストレスを溜めていた。 
 しかしそれが終わってだ、彼等は安堵していた。
 それは沙織もだった、全てが終わったと聞いて。
 自分の席でパソコンを前に前のめりになった、そのうえでこう言った。
「終わりました」
「いや、お疲れさん」
 池山も自分の席から彼女に言う。
「頑張ってくれたね」
「売れて欲しいですね、後は」
「うん、そうだね」
「吉報を待ちます」
「どのゲームも出来はかなりいいから」
 それで、とだ。池山は沙織に言った。
「絶対にね」
「売上もいいですか」
「どのゲームもね」
「なら楽しみにしています」
「さあ、今日はね」 
 池山は沙織からだ、課の部下達全員に言った。 
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