杞憂
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杞憂
杞憂
牧田昌也は通っている大学で常に眉を曇らせて周りに言っていた、その言っていることはどういったものかというと。
「このままだと大変なことになるぞ」
「日本は戦争に巻き込まれる」
「徴兵制が復活するぞ」
「PKOも人手が必要だしな」
「そこでも徴兵制が言われるぞ」
「徴兵制になったら俺達も自衛隊に入ってだ」
そしてというのだ。
「戦争に行くことになるんだぞ」
「そうなったらえらいことだ」
「何とかしないといけないぞ」
「政府はおかしい」
「この状況を一刻も早く変えよう」
周りに言いだ、サークルでも休み時間広場でも周りに言ってだ、街頭演説めいたものもしていた。そしてだった。
ポスターも作って貼りだ、周囲にだった。
とかく訴えていた、だが。
周囲はその彼にだ、冷めた目でこう返すばかりだった。
「そんなのないよ」
「何で徴兵制が復活するんだ」
「ないない」
「阪神が十連覇してもな」
徴兵制の復活はというのだ。
「絶対にないさ」
「そんなのある筈ないだろ」
「何でPKOでそうなるんだ」
「戦争に巻き込まれるってまず外交だろ」
「普通の外交手段でどうにならなくてな」
「政治の一手段として執られるんだろ?」
「それはないだろ」
それこそというのだ。
「絶対にないさ」
「それこそな」
「それでどうしてなるんだよ」
「絶対にないさ」
「それこそな」
「有り得ないだろ」
こうしたことを言ってだ、彼等に言うのだった。
しかしだ、昌也はその細長く剽軽そうな目と年齢の割に免責が広い額が目立つ顔でだ、こう言うのだった。
「何で皆そう平気なんだろ」
「あのな」
その彼にだ、友人の杉本徹が言って来た。眼鏡の下は鋭い顔でだ、髪の毛は七三分けにしているやや小柄な男だ。
「そこまで言うのなら自衛隊の基地に行けよ」
「そこにか」
「そこに行ってな」
そしてというのだ。
「自衛隊をよく見てから言えよ」
「戦争をする連中をか」
「実際にものを見ろ」
こう言うのだった。
「自衛隊をな、それか」
「それか?」
「というか御前そこまで言うんだったらものを見ろ」
それこそと言うのだった。
「自衛隊自体をな」
「そうか、自衛隊をか」
「そうしたらどうだ」
「徴兵制が復活したらか」
「そうしたらどうなんだ」
こう言うのだった、昌也に。
そして昌也もだ、腕を組んで考える顔になって言った。
「行くか」
「行くんだな」
「ああ、そうする」
こう徹に答えたのだった。
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