世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に
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11話
翌日の朝の教室で一夏は鬼一に先日のことを謝罪した。最初、どう伝えればいいのか全然分からなかったのだが、そのままズルズルと引き伸ばして気まずい思いをするのも嫌だし、鬼一にも悪いことをした自覚はあったのですぐに頭を下げた。
結果として鬼一はそれを受け入れた。と、いうよりもとりあえず頷いた、という方が正解だろうか。鬼一にとっては更衣室での一件など覚えていない出来事なのだ。前後の記憶が抜け落ちている以上、鬼一からすれば一夏の話は無責任ではあるが他人事と言っても良かった。
鬼一の体質を知っている人間、e-Sports側の人間なら何らかのフォローを入れたかも知れないが、IS学園で鬼一の体質を知っている人間は現状セシリアしかいない。そのセシリアが近くにいない以上フォローすることは出来ない。
だが鬼一は一夏の話から断片的ではあるが、とりあえず喧嘩みたいなことをしていたということを理解した。そして自分にも責があるというのもなんとなく感じ取れた。故に鬼一も頭を下げた。鬼一にとっては一夏は女性の世界では貴重な身近な同性なのだ。その言葉を無下にするほど、鬼一も愚かではなかった。
受け入れてもらえてホッとしたのか、明るい顔で一夏は鬼一から離れて自分の席に向かう。鬼一はそれを見て合わせるように自分の席についた。カバンの中から昨夜書き上げた書類を取り出して確認する。
朝のSHRが始まるとすぐに、セシリアは山田先生から了承を貰って席から立ち上がった。
そしてすぐに先日の暴言の数々についてクラスメイト達に頭を下げ謝罪した。
自分の行いで皆を不快にさせてしまったことを。
自分の行いで皆を傷つけてしまったことを。
自分の行いで皆を侮辱するような真似をしてしまったことを。
その振る舞いはもしかしたら貴族というには相応しくないのかもしれない。が、鬼一から見れば自分の行いを素直に受け入れ相手に頭を下げる姿勢は素直に尊敬出来た。先日の姿よりよっぽど美しく見える。
クラスメイトからの反応も上々で、一夏は少々驚いている表情をしていたことが鬼一の印象に残った。
そしてSHRは続く。その中で一夏にとってはあり得ないことが発生した。
「1年1組の代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」
真耶は嬉しそうにクラス全体に話している。クラスメイトがその言葉に盛り上がる。同時に何人かは疑問なのか困惑の表情をしていた。その言葉に鬼一は特に驚いたりせずに、手元の英語表記の書類に目を走らせている。書類の中には英語以外にグラフや数字なども羅列していた。気になる部分があるのか時折ペンで細かく書き直している。もはやこの光景になんの興味もないようだった。
と、いうよりも鬼一にとってこの作業は生活に関わっているから、他のことに意識を割いている場合ではなかった。
セシリアも特に疑問としていないのか泰然とした態度でその様子を眺めていた。
だが一夏だけは暗い顔をしている。そして迷いなく右手を挙げた。
「先生、質問です」
「はい、織斑くん」
「俺は3人の中で1番成績が悪かったのですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」
今回の模擬戦の結果を纏めると以下のようになる。
1位 月夜 鬼一 1勝0敗1分
2位 セシリア・オルコット 1勝1敗0分
3位 織斑 一夏 0勝1敗1分
そんな結果があるにも関わらず、なんで2人も上がいるのに自分がクラス代表を務めることになっているのかが理解出来なかった。
その言葉に千冬が答える。
「月夜に関してはクラス代表を辞退した。その理由は確認した上で承認している。流石に生活がかかっているということであれば、それを優先させるつもりだ」
どこか必死な様子で書類に目を通しながら英語で書き直している鬼一の姿を、千冬は僅かに苦笑しながら横目で見る。
千冬の言葉にクラスメイト全員が鬼一を見て「……生活?」と言いたげな表情で見やる。セシリアも疑問なのか鬼一の姿を見る。クラスメイトは分からないだろうが、セシリアから見たら鬼一が焦っているというのはなんとなく伝わった。
鬼一からすればそれも半分は本音なのだが、クラス代表になって事務仕事などで時間を割くことは出来ない。そんな暇があるなら1秒でも多くISに関する勉強やトレーニングに時間を費やしたかった。
クラス代表になれば戦いの経験には困らない、とも考えたが学園最強と戦う約束を取り付けているし、セシリアも鬼一の実戦形式のトレーニングに付き合うことを約束している。必要なら自分から頭を下げに行って他のクラス代表と模擬戦すればいい以上、鬼一にとってクラス代表になるメリットはもう感じなかった。
鬼一に関しては理解したが、まだセシリアがいる以上一夏は納得出来ない。
「ですけど、セシリアもいるじゃないですか」
その言葉にセシリアは立ち上がり、首を横に何度か振って穏やかに喋り始める。
「いえ、わたくしの過去の行いを考えればクラス代表には相応しくないでしょう。それに織斑さんには鬼一さん以上にISの経験が足りていません。ですが、クラス代表になれば模擬戦の機会も増えて補うことも可能でしょう」
その言葉に一夏は顔をしかめたままだ。理解は出来るが感情はまだ収まりがつかないと言った感じだろうか。
「いやー、セシリアわかっているねぇ!」
「そうそう。せっかくうちのクラスには男子がいるんだから、同じクラスになったんだったら持ち上げないとねー」
「織斑くんは貴重な経験を積めるし、私たちは他のクラスの子に情報が売れる。一石二鳥だね織斑くん」
セシリアの発言にクラスメイトはそれぞれ話し始め、教室内が喧騒に包まれる。そんな状態になっても鬼一は一切関与しない。
パン、と手を叩き教室内を沈めるセシリア。一度鬼一に視線を飛ばすが、鬼一はずっと書類に視線を向けたままだ。今の音も耳に入っていないみたいだ。そんな鬼一に苦笑するセシリア。
セシリアは、コホン、と小さく咳払いして気持ちと表情を切り替える。あんまり今の顔を誰かに見られたくないと思った。なぜなら鬼一だけにしか見せない顔だったからだ。
セシリアは鬼一から一夏に向き直り柔らかな声色で話し始める。
「織斑さんが宜しければですが、もしクラス代表に不安があるということであればわたくしも鬼一さんもそのお手伝いを致します。IS操縦の技術に関してはわたくしが指導することが出来ますし、鬼一さんなら一夏さんに戦略の組み立て方や対策について詳しく教えることができます」
セシリアはISに関する操縦技術に関しては代表候補生の看板に恥じず、IS学園全体で見ても上位に食い込むし学年で見たらトップクラスと言っても間違いないだろう。そしてそんなセシリアから見ても鬼一は、戦略の組み立てや対策に関して自分よりも上という評価を下していた。
相手の心理状況や立ち位置、自分の状況を客観視し、それらを踏まえて戦略や対策をその都度冷静に文字通り最速で組み上げ直すそのスタイルはセシリアには出来ない。
厳密に言えばセシリアには相手の心理状況まで思考が及ばない、という方が正確か。自分の状態や相手の武装や特徴を踏まえて戦略や対策を組み上げることは出来る。だが鬼一はもう1歩先に踏み込んだ内容だ。相手の思考や心理を読み取る、操作して攻防の選択肢を自分が握るという芸当は鬼一ならではのスタイルであり、模倣すらも困難だ。
だが、一夏にはこの能力が必要だと考えた。
純粋近接型に圧倒的な逆風が吹いているこのご時勢に、ブレード1本で1つの勝利をもぎ取るのがどれだけ困難なことか。一夏を除くIS操縦者ならもよく理解している。
そこで初めて鬼一が顔を上げて口を挟んだ。
「……これから遠からず白式のスペックが世界中に公開されますが、まず間違いなく徹底的に対策されると思いますよ。それこそ織斑先生に使えるレベルの対策が出てくるでしょう。その土壌も出来てますしね」
「鬼一」
一夏も今回のクラス代表決定戦、鬼一との戦いで対策される恐怖は身に染みるほど痛感していた。あれを超える対策が出てくるかもしれない、と考えると一夏は寒気が立つ。
「……正直なところ、今後一夏さんと白式が勝つためには技術と今あるセオリーだけではかなり困難でしょう。セオリーを覆すだけの、それこそ新しいセオリーを生み出すくらいのことをしなければ駄目だと思います」
鬼一には一夏に対して罪悪感を持っていた。先の戦いで傷つけたことではなく、今回の役目を押し付けてしまったことにだ。それに一夏にISに関することを教えると約束した以上、鬼一にはそれを果たす責任と義務がある。そして千冬から頼まれたからだ。
昨夜、鬼一、セシリア、千冬の3人で話した時に今回のことを決めた。
鬼一が辞退しセシリアも辞退した際、必然的に一夏がクラス代表になることが決まったのだが、千冬から2人に対して手助けして欲しいと頭を下げられていたのだ。辞退するなら多少でいいから手を貸してやって欲しいと。お前たちなら一夏に必要なものを少なからず教えてやれると。
千冬の観点からすると生徒とはいえ身内である以上、千冬が教えることはほとんど出来ない。だがクラス代表になる以上、どうしてもある程度の実力は必要になる。クラス代表が惨敗を喫することになれば他のクラスメイトの評価の低下に繋がる。低下してしまえば将来の進路にも繋がる。それは1人の教師として避けなければならない。
そこで鬼一とセシリアの2人に助力を申し入れた。
そんなことを言われたら鬼一もセシリアも断ることはできない。2人で目を合わせて苦笑しながら引き受けたのだった。
―――教師としてやれることはほとんどないが、姉としての我儘で申し訳ないが弟には強くなって欲しい。
そんな感情が見え隠れしていた。
その感情を鬼一もセシリアも理解していた。
そしてそれを否定するつもりもなかった。随分と人間らしいと2人で笑ったくらいだ。
「少なくとも僕はまだ初心者の域を出ません。ですが今回の模擬戦でセシリアさんから戦略面、対策面で評価していただきましたのでお話を受けました。よろしければ一夏さんならではの、一夏さんだけのセオリーを生み出すお手伝いをさせていただきたいと思います」
あくまで2人とも千冬から頼まれたことは喋らない。これは自分の意志で引き受けたのだと。
2人が協力してくれるという話に喜びの表情になる一夏。この2人の強さはよく理解している。そんな2人が自分を思って協力してくれることに感謝の気持ちを抱く。
「あ、ありがとう! 2人が協力してくれれば絶対に強くなれる! いや、絶対に強くなる!」
そこで今まで沈黙を貫いていた箒が机を叩きながら声を上げた。
「生憎だが、一夏の教官は足りている。私が直接頼まれたからな」
私が、の部分を強調しながら立ち上がる箒。殺気立っている剣呑な瞳でセシリアと鬼一を睨んだ。
―――そんな目で見たら相手がビビるだろうが。
そんな感想を持った一夏だったが、鬼一もセシリアも随分と涼しい顔をして視線を返している。
鬼一からすれば15そこらの小娘の怒りの視線など清涼剤みたいなものだ。
e-Sportsの世界にいた頃、周りの殆どは性別問わず年上であるし第1集団に至っては歳が10、20以上離れていることなど当たり前だった。そこにいた人間たちの視線はこんなものではなかったと鬼一は思う。中には殺し屋みたいな目つきをしたプレイヤーもいたし、負かしたときの相手の憤怒の表情は言葉にできないほど怖い。それに比べれば可愛いものだ。
「篠ノ之 箒さん、でしたね。今まで貴方が教えていたんですね」
その言葉に満足気な表情になる箒。当然だ、と言わんばかりの表情。
そして鬼一は一瞬でその表情を打ち砕く。
「だったら貴方は何を教えていたんですか? あんな試合をさせて一夏さんに申し訳ないと思わないんですか? もし疑問にも思わないなら貴方は今すぐ降りるべきだ」
その言葉に教室内が凍りつく。だがセシリアも鬼一の発言に頷く。
鬼一の発言に激昂したのか箒は鬼一に怒鳴りかける。
「どういう意味だ!?」
怒りの言葉を浴びせかけられても微塵も表情が揺るがない鬼一。
「だってそうでしょう? 多分貴方は一夏さんからISのことを教えて欲しい、などで頼まれたと思います。僕の知っている限りでは2人は剣道をしていたと思いますがそれ以外に何かしましたか?」
箒の代わりに一夏が疑問に答えた。
「いや、剣道以外になにもしていないぞ」
一夏の言葉に鬼一もセシリアも表情が歪む。信じられないと言わんばかりの表情。
僅かながらに怒りが宿った言葉で一夏に問いかける。
「……戦い方や勝ち方については一切触れていない、ということですか?」
鬼一の感情が揺れたことに僅かに怯える一夏。
「そうだ、な。それ以外にはなにも」
「ISもなにもなかったのだからしょうがないだろう!?」
鬼一は落ち着くように1度だけ深呼吸する。
そして静かに口を開いた。
「ISはなくてもやれることはあったでしょう。そもそも一夏さんはこの中で誰よりも戦略的アドバンテージを持っていたのに、それを活かそうともしなかったのですか?」
「鬼一、なんだよその、戦略的あどばんてーじって」
「簡単ですよ。要は情報面での優位性についてです」
一夏の問いに具体的な話をする。
「僕の鬼神もセシリアさんのブルーティアーズも情報が正式に公開されているんです。単純なスペックやら武装の一部が公開されている以上、それを知っておけばセシリアさんや僕との試合で焦ることも少なかったと思います」
鬼一から見て一夏の試合をそう分析する。
「情報があったのなら最低でも何をしてはいけないのか、何をさせてはいけないのかくらいは予想できます。ISがあろうがなかろうとね。ざっくりとしていますけど、完璧なゼロからのスタートよりかは余程マシですよ。僕にしてもセシリアさんにしても映像やデータから弱点を見つけるのは可能でしょうし、それさえ分かれば最終的には負けていてもお互いにもっと価値のある試合に出来ていたと思います」
もしこの状態で一夏の順番が初戦からだったらと考えると惨敗を喫していても不思議ではなかったし、情報を正しく運用出来ていれば一夏は精神的にもっと楽、余裕が生まれたと鬼一は思う。精神的に余裕が生まれれば体力を余計に削ることもなかっただろう。その結果、鬼一との試合は引き分けなどではなく勝利も充分にありえた。
「しかも一夏さんの試合は3人の中で一番最後の順番です。僕たち以上に情報を得ることは出来ましたし、逆に僕らは一夏さんの情報がギリギリまで分からなかった」
現に鬼一は一夏の情報が少なすぎて、思い切りに欠けた判断を下さずにはいかなかった。結果、長期戦になり鬼一は一時とはいえ敗北に足を掛ける状態にまで追い詰められた。
「セシリアさんとの試合はともかく、僕との試合に関しては情報のメリットを活かしていれば勝っていたと思います」
紛うことのない本音である。僕の状態や鬼神の状態を少なからず理解されていれば鬼一は敗北していたであろう。そう言う意味では鬼一の1位というのは薄氷のものであった。だが、大多数からすればその結果しか見ない。
「だけど、結果は最下位」
蓋を開けてみれば一夏は最下位という競争の世界では不名誉の烙印を刻まれてしまった。
「正直、この結果は一夏さんの姿勢の甘さもあったと思いますが、ですがその責任の一部は貴方にもあります。一部とはいえ大きな責任がね。教えるという意識が少しでもあれば情報の大切さを説くのは当然です。何の知識もないスポーツに突然試合をさせて、しかも勝てと言っているようなものですよこれ。そしてそれを怠った段階で、貴方の指導官としての能力、まぁ能力というよりも意識の面は疑いますよ」
その言葉に顔を赤く染め上げ、拳を震わせる箒。怒りの余り言葉に出来ないようだ。
箒を落ち着かせる意味もあるのか千冬は近づいて出席簿で叩く。そして反対側の鬼一にも近づき言い過ぎだと咎めるように出席簿を振り下ろす。
「落ち着け馬鹿者ども。くだらん揉め事は結構だが他の生徒の時間も使っているのだ自重しろ」
千冬はそのまま前に出て話の結論を話し、締める。
「クラス代表は織斑一夏。織斑のフォローに関しては3人でやれ。異存はないな」
―――そう、まとめるしかないよな。
鬼一は人知れず小さく溜息をついて、頭をさすった。
――――――――――――
放課後、鬼一、一夏、セシリア、箒の4人は他のクラスメイトが既にいなくなった1年1組の教室にいた。
今日はアリーナが他の生徒に使われている状態であり、自分たちが使えなかったので一夏の勉強を行うことにした。教室の利用許可は昨夜3人の密会の際に鬼一がちゃっかり取っていた。
鬼一は教壇の上に立っており隣にはセシリアが控えている。一夏は一番前の自分の席に座っていて机には真新しいノートが置かれている。箒は窓際の自分の席に座っていた。その表情は不機嫌さが露骨ににじみ出ており、隠そうともしていない。
鬼一は手元のタブレットを操作して一夏から見て左前に、鬼一やセシリアから見ると右に教室の大型モニターを表示させた。モニターに2つの動画が分割で表示される。セシリアとの試合と鬼一との試合だ。
鬼一を除く3人の視線がモニターに向けられる。
「ではこれから白式のデータや過去の試合映像を用いて、一夏さんが現実的に行えそうな戦略を考えていきたいと思います。この勉強会で思いついたことは全てISを用いた練習、実戦形式で試していきたいと思います。一見無駄に見えそうな方法でも、そこから新たなヒントが生まれることもあるので積極的にアイデアを出していきましょう」
その言葉に一夏とセシリアが頷く。一夏はノートを開いてペンを持って記入の準備を進めた。今回の勉強会は自分の為に開かれていると理解しているため、必死になって全てを糧にする、と一夏は心に決める。
停止状態だったモニターの映像が動き始める。
「まず確認していきますが、一夏さんは単一使用能力『零落白夜』を利用して攻撃していることに間違いないでしょうか?」
「ああ、千冬姉も言っていたから間違いないと思う」
「そうですか……。じゃあ質問ですが『零落白夜』のオンオフは可能ですか?」
零落白夜に使われるエネルギーはとにかく膨大なのだ。一撃で決着をつけることは出来るが、その破壊力に見合ったエネルギー消費は常に付いて回る。それなら必要な時だけ使えるようにすれば消耗を抑えられると考えた。
「いや、試してみたけどこっちじゃ切り替えの操作は出来なかった」
その言葉に鬼一は僅かに顔をしかめる。が、他に質問があるので続けて一夏に問いかける。
「次にエネルギーの消費についてですが、『零落白夜』に使われるエネルギーは攻撃の際のみですか?」
鬼一の問いかけに一夏は腕を組んで思い出すように思考する。
「……持っているだけで、だな。俺の勘違いじゃなければ常に起動していたと思う」
「ということは行動の全てに絡んでいる以上、通常よりも消費量が増えているということですか。なんて燃費の悪い……」
「当たれば勝ち、というのは分かりやすいですが些か極端過ぎますわね……」
一夏の答えに鬼一とセシリアは困ったような表情に染まる。ここまでメリットデメリットが極端なものだというのは予想外だったらしい。
とはいえ、文句を言っていてもしょうがないので鬼一は思いついたことを口にする。
「セシリアさん、カスタム・ウイングに使われるエネルギーについてですが、アレってこちらで調整できますか?」
「可能ですわ。少々複雑な調整は必要ですが上手く調整できれば、今よりも多少エネルギーを浮かすことは出来ますわね。とはいえ被弾や移動に使われるエネルギーも考えると誤差の範囲内かと……」
「ですが燃費の悪さを少しでも改善しなければ少し持久戦になったらそれで終わりです。今のままでしたら僕なら徹底的に守りを固めて持久戦にします」
カスタム・ウイングに使われるエネルギー、すなわち移動に関するエネルギーの消費を抑えることで少しでも戦闘時間を増やすことを鬼一は考えた。零落白夜の性質を考えれば少しでも戦闘時間を引き伸ばした方がメリットが大きいと考えたからだ。
「そうですわね。なら今後、織斑さんには訓練とその映像を元にベストだと考えられるエネルギー調整してもらいましょう」
その言葉に一夏は頷きノートに記載する。今後の課題その1、スラスターのエネルギー調整による消費量減少、と。
「一夏さんの戦い方に関してですが、ちょっと考えがあります」
「なんだ鬼一、その考えって」
「考えというか基本方針ですね。今まで一夏さんは踏み込んで切る、もしくは打ち合ってそこから切る、という感じなのですが、まず、打ち合いから隙を見つけて切るという発想は捨てましょう。現状ほぼ無意味です」
自身と一夏の試合を見ながら鬼一は断言する。打ち合いから隙を作るのは今後のことを考えると難しいと。
「へ?」
「どういうことだそれは!」
間の抜けた声を出す一夏。そして鬼一の言葉に納得できないのか箒は声を荒げて問いかける。
箒のそんな声も気にせずに2人に伝える。
「簡単です。そもそも『零落白夜』の存在を知っている人なら、ワンミスで敗北するのにそんなリスクを犯してまで打ち合う必要がないからですよ。ほとんどの人にとってそれは最後の手段になります。もし打ち合うという人がいるならそれは、一夏さんの比ではない、近接戦に絶対的な自信があり高いレベルの操縦者くらいです」
織斑 千冬が使った『零落白夜』は全世界に公表されている単一使用能力だ。織斑 千冬の対策の中にはもちろん『零落白夜』も組み込まれている。1回のミスで決着に繋がる以上、絶対の自信がないなら徹底して形振り構わず近接戦を避けようとするだろう。
「純粋近接型に対して徹底的な対策を考えられている状況なのに、頑固に近接戦にこだわって白星を上げれる人は織斑先生クラス、とまでは言いすぎでしょうがその域に近い人種だけです。そんな人種相手に今の一夏さんが勝てるわけないでしょう」
一夏のセンスは確かに一握りの天才のそれだ。だがそれが本格的に光を放つのは相手と駆け引きするだけの地力があってこそ意味がある。地力の差に絶対的な壁がある以上、意味がないと鬼一は言う。
「僕との試合では打ち合いになりそうになっている局面がありますが、でもこれはあくまでも僕の出した結論上そうなっただけです。大部分の操縦者は最初から最後まで踏み込ませないことを考えますよ。一夏さんより技量の高い操縦者が多い現状だと、考えなしに飛び込んだらそれこそ蜂の巣です」
セシリアと一夏の戦いを見て鬼一は考える。もし、セシリアが崩れていない状態で一切の油断がない全力の状態だったなら、この戦いはそれを表したお手本みたいなものではなかったのかと。
「となると基本方針としては能動的に動いて切る、よりも相手のミスを『引きずり出して』致命的な隙を晒している内に切る、が今のところ良いのかな?」
最後は疑問符がついているが鬼一自身もそれを正解だとは思っていないからだ。でも可能性はあるかもしれないから口にした。
「? 鬼一、いまいち言いたいことが分からない」
純粋に鬼一の言いたいことが分からなかったのか、難しい顔のまま一夏は首をかしげる。
「じゃあ一夏さん、例えばご自身が『零落白夜』を受ける側だったらどう感じます?」
鬼一からすればこれはあくまでも一夏の勉強会、なので自分やセシリアがメインなのではない。一夏がメインなのだ。だから一夏に考えてもらう。自分はヒント、もしくは取っ掛かりになりそうなものを掲示することしかしない。
一夏は考えるのが苦手なんだと今回の試合や短い付き合いの中でそう感じた。勢いと感性で生きている人間だと。だがそれではダメなのだ。一定の強さならそれでもいいだろうが、他人に真似できない絶対的な強さを生み出すためには思考する力は不可欠なんだと鬼一は過去の経験から一夏に伝える。
「どう感じるって……うーん」
「なんだっていいですよ。素直に思ったことだけを口にしてください」
最初から全てを求めるつもりはない。例え間違えであっても必死に考えて答えを出す、それが最初の1歩だからだ。強くなるための小さな1歩。
「……えーっと、……怖い? 間合いに踏み込ませたくない? 近寄らせたくない?」
頭が湯気が出そうなほど思考を回転させる一夏。相手の立場で物事を考える癖も必要だと考えた鬼一は、それは難しいと理解している上で一夏に質問した。
一夏の答えにニヤリ、と擬音が合いそうな笑顔になる鬼一。鬼一を知っている人間ならこう評すだろう。
―――悪いことを考えてる顔だ、と。
「どれも正解です一夏さん。特にその『怖い』が重要なんです。もう少し掘り下げてみましょうか。その『怖い』が具体的にどんな形で自分に影響が出てきます?」
「えぇ? ……ちょっと待ってくれ。考えさせて」
鬼一の間髪を入れない質問に情けない顔になる一夏。だがそんな顔はすぐに引っ込め、再度顔をしかめながら考える。そして余程自信がないのか小さな声で呟く。
「……視野が狭くなる?」
―――まあ、最初はこんなものだろう。
もはや恐怖を感じさせるような薄い笑みを浮かべたまま鬼一は自分の考えを楽しそうに述べる。
「そうですね一夏さん。その怖さ、要は恐怖感から視野が狭くなって考えが小さくなる、ということですが突き詰めると、相手の行動にいちいち付き合わなくていけないということです」
大きな恐怖感が目前に迫った時、人は自分を制御することが困難だと鬼一は理解している。
「それがどういう意味なのか? 相手の行動を気にするあまり自分のペースで試合を進めることが出来ないことだと考えられませんか?」
一夏の『零落白夜』は相手からすれば悪夢じみた代物だろう。なんせ一撃とも言えないような、掠っただけでも絶対防御を強制的に発動させられてエネルギーを根こそぎ持っていくのだから。
ISに精通していればいるほどこれほど理不尽だと考えさせられるものは存在しない。暴力めいた理不尽は人に恐怖を植え付ける。人の心を縛り付ける圧倒的なものだと鬼一は思う。
知らなかったとは言えそんなものに剣1本とレール砲のみで、しかも近接戦に絶対の自信があるわけでもないのに歯向かった鬼一は頭がオカシイと言われても不思議ではない。しかも鬼一は1度その答えにたどり着いた上で戦ったのだから。
「そこまで来れば簡単ですよ。あとはフェイントを挟んで相手を振り回して崩したら踏み込んで切って試合終了です」
とはいえ、ここまで鬼一はさも簡単そうに話しているがそれがどれだけ難しいのかは理解している。
「結論としては、被弾と大きな移動を減らしてジリジリと間合いを詰めながら相手に徹底的にプレッシャーをかけて、間合いに入ったら相手の様子を伺いながら時々に合わせて騙し、崩れたらそのまま切る、ということです」
だからこそ『零落白夜』から放たれるプレッシャーを『盾』として利用することが大切なんだと伝える。
「まあ、あくまでもこれは一つの形ですね。ざっくり過ぎるから、考えれば穴なんて山ほどありますし。ですので戦いながら、戦った後でもいいので必ず振り返って自分で反省し、修正していってください。僕は戦い方のヒントは出せても決めて実行するのは一夏さんなんですから」
そもそもIS操縦者、その中でも過去も今も問わず専用機持ちは我の強い連中かもしれないと鬼一は考える。そんな連中は自分の戦いに絶対の自信を持っているはずだし、自信がある以上容易にペースを握らせてくれないことも分かる。だけど、それくらいのことをしないと一夏は勝てないと漠然と感じた。
「でも一夏さんに必要なトレーニングもこれでなんとなく分かったと思います」
「ひとまずは回避、距離を詰めるための機動の練習と観察力と洞察力を身につけるトレーニング。情報を扱う力。そしてフェイントの練習、といったものですわね」
鬼一の考えからセシリアが引き継ぐかのように答えを口にする。
「フェイントの練習に関しては視線や表情、動作から色々と試行錯誤してみるしかないですね。自分で練習することで相手のフェイントも少なからず見抜けるようになりますし」
「ごめん質問。自分のは分かるけど相手のを見抜くことは必要なのか?」
「僕なら状況次第では意図的に穴を作り、飛び込ませてカウンターを狙うことも考えます」
「あ、そっか。観察力と洞察力に関してはどうすればいいんだ?」
「周りを意識することですね。人でも周りでもなんでも、小さなことでもいいんで観察します。そしてなんでもいいんで少しでも多くの情報を得ることを意識してください」
ある意味、一夏は鬼一以上に情報を習得する力が必要なのかもしれない。
「情報を得たらそれらを疑問として考えてください。その疑問からより多くの情報をキャッチできるようになりますし、得た情報の中から何が重要なのかもなんとなく分かります。IS戦だったらその情報から相手の思考や行動なんかも漠然と読み取れるようになりますから」
その習得した情報から更に深い情報を得て、そこから最適解を弾き出す。戦い方に幅を出すことが出来ない以上、誰よりも自分や相手の状態を知る力と活かす力に長けていないといけない。じゃなければ一夏は勝つどころか、戦うことも覚束なくなると鬼一は断じる。
「……鬼一が情報を大切に考えている理由がようやくわかったような気がする……」
鬼一の考えに一夏はげっそりとした表情で呟く。鬼一のこの姿勢があったからこそあそこまで戦えたのだと理解できた。そして自分はある意味鬼一以上の情報に関する力を得ないと、今後は駄目なのだと痛感した。
「その情報と整理する力、そして答えを出す力がなかったら僕は最下位確定でしたよ。多分、間違いなく」
鬼一はどことなく楽しそうに話す。それはそれで面白かったかもしれないと。絶望的な状況から這い上がる快感を超える快感はそうはない。
「一夏さんのこれからの戦いは、少なくとも自分が有利な状態で始まることなんてほぼないでしょうね。だから手持ちのカードで戦える癖、前に進む癖を身につけないといけません。自分とISが自分のカードなら、情報は相手のカードとそのカードを切る順番を知るようなものです」
頭を使うことは苦手だが、それの必要性は十分に理解した一夏はここまでの話をノートに書き残す。
「ありがたいことに一夏さんのスタイルに噛み合いにくいのがここに2人いますからね。練習にはそう困らないと思いますよ」
多種多様な武器を使い、多数の戦略や対策を生み出し続ける鬼一。
遠距離武装で固められ、距離を詰ませないで戦うことに特化されたセシリア。
この練習は3人にとって有意義なものになるだろうと確信する。
鬼一にとっては持て余している武装を研究するまたとない機会。
セシリアにとっては距離を詰められてしまった時の、いざという時の対応を身につけるための機会。
一夏にとっては不利をつけられている相手に対して、どうやって戦うのか? どうやって勝つのかを頭でも身体でも知るための機会。
今までは我慢していた箒だったが我慢が出来なくなったのか勢いよく立ち上がり、声を張り上げる。
「一夏にそんな戦い方は必要ないっ! そんな邪道のようなもの! 私との鍛錬だけで十分だ!」
その言葉に鬼一、セシリアは唖然とした表情になる。何を聞いていたんだこいつは? とでも言いたげな表情だ。
だがそんな表情も一瞬。鬼一は冷たく問いかける。
「……一夏さんの戦い方を貴方が決めるものではないでしょう。それに鍛錬は自分だけで充分だと仰いましたが、貴方との鍛錬の結果がこのザマなんですよ?」
鬼一はこの瞬間、篠ノ之 箒という少女の評価を低下させた。
「それに今なんて言いました? 中々面白いことが聞こえましたね。邪道、て」
「当たり前だろう!? 相手の弱点を見つけてそれを突くような真似など、真っ向勝負で勝つことに意味があるだろう!」
「アハハハッ!」
突然笑い始める鬼一。その笑いは楽しそうなものではなく、相手を馬鹿にしているようなものだった。心底面白そうに笑った鬼一は興奮したように喋る。
「随分面白いことを言うんですね! 相手の弱点を見つける? 見つけた弱点を突く? それの何が悪いと言うんですか!?」
弱点を見つけることも、弱点を突かれることなど、それは悪ではないと鬼一は断言する。それを晒す方が悪だと思うし、突かれる方が悪なんだと、そしてそれを行わないのは弱者の傲慢でしかないと声を上げる。
「ええ圧倒的な実力がある、理不尽なまでの強者なら真っ向勝負でもいいでしょうね。でも人のことを言えませんが現実問題、一夏さんにそんな実力はありません。そしてそんな実力を身につける時間なんてないですし、それを待ってくれる相手も状況でもありません」
「……どういうことだ鬼一?」
鬼一の遠まわしの弱者発言を特に気にした風もなく一夏は問いかける。今回の代表決定戦とこの勉強会で未熟さを痛感させられた今、一夏は自分が弱いということを理解したからだ。
「ちょっと考えれば辿り着く答えですよ。こんなこと話すつもりはなかったんですけどね。ちなみに、一夏さんクラス代表になりましたがその意味を理解していますか?」
一夏は考えてみたが、鬼一のいう答えにたどり着けなかった。素直に降参する。
「まぁ、しょうがないですねこれは。答えを言うとこれは他のクラスメイトの評価に繋がりかねないことなんですよ」
「……え?」
その言葉の意味が一夏には理解出来なかった。なぜ自分がクラス代表になることと、他のクラスメイトの評価に繋がるのか分からなかった。
「他のクラスの生徒や愚かな教師、あとは外部の人間でしょうか。その人たちは一夏さんの結果を通して他のクラスメイトを見るんですよ」
「……マジかよ?」
信じられないと言わんばかりの一夏。自分だけじゃなくて他の人間にも少なからず影響が出ることなんて、考えもしなかったみたいんだ。
「例えば専用機持ちである一夏さんが他のクラス代表に負けたとしましょうか。しかも訓練機持ちに。そうなると大多数の人間は結果を見てこう思うんですよ」
鬼一もそれを何度も味わったから骨の髄まで理解している。大会で自分が負けたとき、周りのクラスメイトの評価が下がってしまったことを。
「『織斑 一夏というクラス代表がこの程度なら、他のクラスメイトの評価などたかが知れたもの』ってね』
そしてその評価はとても残酷なことを。
「まぁ、僕やセシリアさんは究極的にはどうでもいいことなんですよそれは。僕たちはそれを挽回する舞台が1つ2つあるから」
鬼一にしろセシリアにしろ、望むにしろ望まないにしろ必ず舞台に立つことになる。
「でもほとんどの生徒はそれを挽回するチャンスすらもないんですよ? そして悪くなった評価はそのまま今後の進路などにも影響が出てきます」
本当にこんなことを喋るつもりはなかった。
「だから一夏さんは一刻も早く強くなって、舞台に立たされた時には結果を出せるようにならないといけない」
そこまで喋って鬼一は言葉を切る。そしてセシリアと一夏だけに聞こえるように小さく呟く。
「……ま、こんなことを言いましたが、まだ1年ならそんな評価されることもないでしょうけどね」
箒を黙らせるつもりで鬼一はこのように話した。その言葉に一夏はホッとする。実際にはもっとシビアな評価が下されるようになるのは2年の後半か分岐点に立つ3年からだ。もし、そんなことになるのであれば自分たちの都合を優先させるつもりなどはない。
だけど、一夏の取り巻く環境を考えれば早く強くならないといけないのは確かだ。
一夏は姉である織斑 千冬の弟という色眼鏡で必ず見られるようになる。そんな千冬の状況を変化させる機会を握っているのだ。千冬自身は気にしないだろう。一夏はまだ理解していないようだが、一夏は千冬を、姉の名を守るとあの戦いを通して公言したのだ。
―――クラス代表にならないのもそうだが、クラス代表になって安易に敗北することは絶対に許されないのだ。
「篠ノ之さん、別に貴方がどんな主張をするのは構いませんよ。だけど貴方の行いで既に一夏さんの評価を不要に下げてしまったことは自覚してください」
「……な、なんだと」
「あの戦いはこのクラス以外の人間も山ほど見ていたんですよ? そして一夏さんは結果的に最下位というレッテルを貼られたんです。このレッテルをひっくり返すというのは容易じゃない」
どれだけ強くなっても1度貼られたレッテルを払拭しても、それは一生付き纏うことになる。
「で、聞きましょうか篠ノ之さん? 一夏さんはこれから嫌というほど行う試行錯誤の末に戦い方と勝つ力を身につけます。貴方はそれを否定して自分のやり方だけを押し付けるのですか? 責任は一夏さんに全部あるのに。だから僕たちはヒントしか出せないんですよ。自分たちのやり方を押し付けて負けても責任を負えないから」
後書き
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