占い中毒 ~占いにハマる女たち~
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症例2 選択を諦めた安井様
2階の住居フロアから1階のオフィスに
下りるとすぐ、私は掃除機をかけます。
実は、フロアに白い毛がいっぱい落ちてるからなんです。
その毛の主は『白龍』。
オフィス猫として2年前から飼い始めました。
名付け親はうちの母です。
うちの母は人相・手相・易占が得意ですが、
直感もするどく、もらわれてきた子猫の顔を見た瞬間、
この名前が雷のように落ちてきたと言っていました。
まあ毛は白いし、大きくなるにつれゴジラみたいな目つきなってきたので
名前に違和感はないのですが…、ただこの子、メスなんですよね…。
私が占い師としてデビューするときに通り名を付けてくれたのも母なんです。
唯一神。この名前には風格とカリスマ性があって、
占い師にはぴったりの名前なんですって。
実際の私とはずいぶん違いますけどね。
私の性格は、よく言えば思慮深く控えめ、悪く言えば引っ込み思案。
でも、そのお陰で敵も作らず平穏な人生です。
私の右頬にぷくっと生きボクロがあるのですが
母曰く、これは貧乏ボクロだそうです。
このホクロを見るたび、早く取っちゃいなさいと言われますが、
私自身はそれほど気にしていません。
そんなこと言ったらスターウォーズのパドメはどうなるの?
って、あれは付けボクロですけど…。
今日は日曜日。
平日は夜の占いが多いのですが、土日休日は別。
朝から大忙しです。
スタートを待ち構えていたかのように
9時きっかりに全回線が塞がります。
忙しいと職員が手順を飛ばしたりするので、トラブルも多くて…。
人気の高い占い師は、客の待ちがみるみる増えていきます。
中にはしびれを切らして、順番が来るまでの間、
ほかの先生にみてもらいたいというお客様も出てきます。
空いているのは慣れない新人先生か
ちょっと癖のある難しい先生ばかりですから、
お客様との話しがうまく噛み合わず、苦情になることもあるんです。
その他、予約時間をコロコロ変えてくるお客様や
時間が来ても連絡が取れなくなってしまうお客様もいたりして、
スケジュールを組み直すのも、なかなか大変なんですよ。
私は今日既に7人の予約が入っています。
最初のお客様は安井様。
この方とはもうずいぶん長いお付き合いで、彼女が結婚する前から
ずっとご相談にのって参りました。
略奪愛だの借金だの、諸々な事情を抱えておいででしたが
昨年の春、めでたくご結婚され、しばらくご利用もなかったので
円満にお暮らしのことと安心しておりましたが、
さて、何かまたお悩みなのでしょうか…。
「先生、お久しぶりです。」
「安井さん、お元気でしたか。結婚生活はいかがですか。」
「ええ、なんとかやっています。
それでね、先生。私、ママになるの!」
「ええ、そうなの? それはおめでとう。予定日はいつ?」
「来年の3月です。」
「性別はどちらかわかっているの?」
「男の子ですって。」
「男の子ですかぁ。それは楽しみね。」
「ええ。それで先生に選んでほしくて。息子の名前。」
「ずいぶん気が早いわね。で、候補は?」
「はい。いくつかあったんですが、最終的に二つが候補に残りまして…。
でも、どちらも気に入っていて、どうしても選べないんです。
服だったらどちらか迷った時、両方選べばいいですけど、
名前はそうはいかないでしょ? それやっちゃったら寿限無になっちゃう…。」
「うふふふ、ほんとね。でもそれなら、赤ちゃんが生まれたあと、
顔を見てから決めたらどう?」
「それも考えたんですけど、実は旦那の両親が
なんだかんだ口を挟んでくるんです。
名づけについても、キラキラネームはダメとか、
お義父さんの名前の一字を使ったらとか…。
もう、初孫だから気合が入っちゃって…。
だから、先生に占ってもらって、いい方の名前を選んでほしいんです。」
「なるほどね。名前に裏打ちがほしいわけね。
わかりました。じゃあ、とりあえずみてあげるわ。
候補の名前を漢字でそれぞれ教えてくれる?」
「はい。ひとつは、文士、名士の“士”という字に
恩人の“恩”と書いて“しおん”。
もうひとつは、甲斐の国の“甲斐”に“人”と書いて“かいと”です。」
「うーん、どちらも響きのいい名前じゃない。」
「そう思います?」
「ええ。名前っていうのは響きがとっても大事なのよ。
その響きからいろんなことが想像できるような名前は特にいいの。
一度聞いたら忘れないでしょ?」
「そうですよね。」
「じゃあ、それぞれカードで見てみるから、少し時間をちょうだい。」
私は念を込めながら、二者択一のスプレッドにカードを並べ、
それぞれの名前の未来を見てみました。
「うーん、カードでは甲斐人ちゃんがいいと出てるわ。」
「そうですか。」
「甲斐人ちゃんの未来のカードは帝王の正位置。
これは指導者を意味するの。リーダーシップのある一国一城の主ね。
士恩ちゃんの未来のカードは女帝の逆位置。これは甘ったれ、怠慢、マザコンを意味するの。」
「そう…ですか…。」
「…まだ迷ってる? もちろん、これは私の見立てで、あくまで参考程度に受け止めてね。
最後はママであるあなたが選んであげるべきよ。」
「私が選べないから先生にお願いしてるんじゃないですかぁ~。」
どうやら、安井様は自ら選択することを諦めてしまわれたようです。
私たちは生きていく上で常に選択を迫られます。
人類進化の過程もまたしかり。
尾てい骨はしっぽの名残で、
目頭のピンクのふくらみはもうひとつの瞼でした。
そして虫垂はかつて硬いものを消化する器官だったのです。
ですが、今はどれも退化して役に立ちません。
こうして、進化の過程で取捨選択がなされた結果が今の我々なのです。
つまり、選択を諦めてしまえば、そこで進化もストップしてしまいます。
まあ、これは少し大げさなたとえだったかもしれません…。
ですが、子供を生むことで女性は人生のステージを一段のぼります。
まさに、女性が母へと進化する瞬間なのです。
そして、名づけは親から子への初めてのプレゼント。
心のこもったお名前を是非あなたご自身が選んであげてください。
どうしても決められない時は何も考えず直感で。
そう、直感による選択は案外正しいものです。
だって、あなたが選んできた今の人生、幸せなんでしょ?
だとすればそれは、あなたの直感が正しかったという証拠です。
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