ウルゼロ魔外伝 超古代戦士の転生者と三国の恋姫たち
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少年、外史に降り立つの事
エスメラルダで暴れまわる三体の怪獣と、それを打ち倒した三人の戦士たち。その光景が、とある暗闇の中の遺跡のような場所で、機械など一切ないにもかかわらず映像として流れていた。その映像を見て、まだ17歳前後にも見える短髪の若い男が呟き、自分の背後に振り返る。
「おい、どういうことだ。なぜ目的の奴を取り逃がした」
若い青年はいらだった様子を露にする。
「最後の最後で抵抗されてしまいましてね。申し訳ないです」
謝っている割に、責めて来た青年に対して返事をしたその男は…
ルークを浚おうとした眼鏡の男の態度はそんなに悔やんでいるようには見えなかった。
「その割には詫びれた様子が見えないのだが…」
「はは、ばれちゃいましたか。あなたのその今にも殴りかかってきそうな気迫にぞくぞくしているだけですよ」
やはり思ったとおりだ、と青年は思った。この男のこういうところは常々思ってきたこととはいえ、やはり気持ちが悪い。
「ですが、転移先の座標はこの世界に設定しておきました。この世界のどこかに、彼もまた存在しているのなら、今のところ大きな問題は無いでしょう。奴らの目もかいくぐることができましたので、時間はあります」
「…ふん、いいだろう。今回の件はそれで不問にしてやる」
「その些細な優しさもゾクッと来ますね」
「ちっ。相変わらずキモイ奴だ」
青年は眼鏡男の、昔から持つ性癖に対して心底軽蔑の舌打ちを露骨に放つ。
「だが早い内に確保することに越したことはないな。…おい、お前たち」
青年の呼びかけに、まるで影のように、三人の怪しげな格好をした三人組が現れ跪いた。
「今の話は聞いたな?」
「…問題ありませぬ。彼を見つけ次第身柄を確保…ですね?」
中央で跪いているリーダー格の仮面の男が面を上げながら青年に尋ねる。
「そうだ。そのためなら現地の傀儡共がどれほど死んでしまおうが構わん。必ず奴を捕まえて俺たちの元に連れて来い」
「もし確保が難しい場合はどうするのですか?」
「そのときは殺せ。俺たちに逆らう奴などに許されるのは、死だけだ」
「承知しました。いくぞ…『オロッチ』『ダイダラ』」
リーダー格の男は、後ろに控えている配下二人を見る。細身の男はさっきの蹴りのダメージのせいですぐに立ち上がれずに居たが、もう一人の屈強な肉体を持つ相方の肩を借りることで立ち上がった。
「…はっ」
「『ドグラマグマ』様のお望みのままに!!」
三人が闇の中に溶け込むようにその場を去った。
一つの美しく輝く惑星があった。
宇宙でも類を見ない、とても美しく青く輝く星だった。
その星を遠くの窓から見つめる誰かが声をかけてくる。
「綺麗な星ね。あれが、今回の私たちの調査対象の星かしら?」
その女性は美しい黒髪を持っていた。妖しさも持ち合わせたその美貌の裏には、年相応の少女らしさも持ち合わせていた。
「あぁ、我々が宇宙に旅に出てからしばらく経つが、あれほど美しい星は初めてだ。
恐らく環境も我らの故郷と告示しているだろう。
艦長もあの星に降りることを決断なされた」
その少女に対し、彼女を見る『自分』がそう答える。彼の声も、まるで宝探しで探している目的の宝を見つける寸前の冒険家のように興奮していることが伺える。
「どんな星なのか楽しみね。きっと美しく緑豊かな自然に囲まれているはずよ」
「間違いないさ。星の外から見ても、あれほど綺麗に輝いているんだからな」
彼もまた、彼女と同じように窓から見えるその青い星を見つめる。宇宙空間を漂う宝石のように美しく、手ですくわないと零れてしまう雫のようだ。故に、あの星をもっと知りたい。支えなければならないという欲求が生まれてきてしまう。
「あ…ところで、君とは始めて話をしたな」
彼はここで、話しかけてきた彼女とは初対面であることに気づくと、彼女もまたそれに気づいた。
「そういえばそうね。せっかくの機会だし、お互いの名前を教え合わない?」
「わかった。俺は…○○○。君は?」
「私は●●●●よ。よろしくね、○○○」
二人は互いに微笑み合う。この出会いが、もしかしたら後にお互いにとって最高の幸せの未来を描いてくれるのではと思えてならないほど輝かしい光景だった。
「ぐ…」
ルークは、起き上がった。
頭がボーっとする。また俺、夢を見てたのか。だが、今までとは少し違っていた。これまでルークが見てきた夢のないようは、いずれも巨人が戦う光景で占められていた。でも今回はどうしてだろうか。誰かの、妙に穏やかな思い出の1ページを垣間見た。
だんだんと意識がはっきりしてくるルーク。そして、自分の周囲の光景を見て絶句することになる。
(なんだ…ここ…)
さっきまで自分は一国の首都…つまり大都市の中心にいたはずだ。だが、今の彼が見渡す景色は…
見渡す限りの荒野だった。
これは一体どういうことなのだろう。まさか怪獣たちによってトリスタニアの街は跡形もなく消し飛ばされてしまったのだろうか。
いや、それ以外にも一つ忘れていることがある。ここがどこかどうかなんてことなんかじゃない。
「そうだ、テラ!テラーー!!!」
自分お墨付きともいえるメイド、テラ。一緒にあの光に巻き込まれたはずだ。近くにいるはず。だが、彼女の姿はどこにもない。
「…テラ、どこに消えちまったんだ?」
いや、正確には自分の方が消えたというべきか。
彼女は自分にとって数少ない理解者だ。そんな彼女の姿がない。しかもここはどこだか全く分からない上に孤独であるのは心細い。
…どうすればいい?くそ…!!舌打ちした。とにかくイライラした。
イラついて空を見上げると、さらにルークは驚くべき光景を目の当たりにした。彼らエスメラルダの…ハルケギニアの人間にとって月とは青い月と赤い月の二つが存在している。だが今ルークが空を見上げた際に見た月は…白い月が一つだけというものだった。
彼からすれば明らかにおかしい変化だ。月が片方吹っ飛ばされたことで、残った月が白くなりました?だなんて無理のある話だ。となるとここは…
「ここって、もしかして地球…なのか?」
自分の星は、ある事情が重なり合って20年前に地球との交流を結ぶこととなった。地球では月が一つだけということも聞いている。だが…何かおかしいと思った。地球はエスメラルダよりも近未来以上の文明を築いていたはずだ。だがここから見える景色は…どこまでも続きそうな荒野。
本当にここは地球なのか?それさえもルークにとって懐疑的なものだった。
とにかくルークは情報を整理した。
元の世界…エスメラルダでの学校帰りにて突如怪獣が空間の歪みから出現し、それを…かの有名な英雄戦士たちが現れ対峙。その間自分は、眼鏡の男がけしかけてきた白装束の奴らに追い回され、そこへテラが助けに来た。だが彼女の救援もむなしく…。
(意味わかんねえ…何でこんなことになったんだよ…)
心の中で今の現実を呪いたくなるが、ここで立ったままでいても、致し方ない。ルークはひとまずこの場から歩き出すことにした。
ルークが謎の眼鏡の男と白装束の手によって誘拐されたという情報は、テラの証言の元、この世界の防衛軍『UFZ』にも伝わった。謎の光の発生が、ちょうど彼らの基地の怪電波受信装置にキャッチされたためである。
この国…トリステインにとって最も王族に近い関係にある有名貴族の屋敷に発生した謎の事件。UFZの隊員らが派遣され、ルークが消失した地点を中心に調査が開始された。だが、詳しい原因は何もわからないという結果しか残らなかった。
「済まないな、ヴァリエール。俺たちは街で戦っていたというのに、お前のガキがみすみす浚われるのを見過ごすことになった」
ルークが消失した地点にて、シュウは桜色の髪をなびかせる美しい女性と話をしていた。その顔はルークによく似ていた。
この女性こそ、ルークの母親『ルイズ』である。
「仕方ないわ。あんたたちには別の役目があった以上、そっちを無視することができなかったんでしょ?寧ろ、私は母という立場でありながら、国の任務を優先してあの子を家に預けたままにしたのも一因だわ」
彼女は若き日の戦いでの功績から英雄の一人として讃えられている。故に各国で発生している超常的な問題の解決のために世界のあちこちに自ら赴くことが多かった。
「そうだな。俺にも愚痴をこぼしていたくらいだしな」
「あんた、ルークに会ってたの?」
「変身して戦う前に妖精亭でな。自分の父親のことを俺に尋ねてきた」
「なんですって…?」
それを言われると、ルイズは一瞬顔を驚愕の色に染め、そして落胆したように顔を沈ませた。そんな彼女を見て、シュウは少し考え込むように彼女を見るが、頭によぎった考えを振り払うように少し首を横に振り、ルイズに言った。
「…ヴァリエール。自分で管理できないなら、やはり俺たちのところで預かっていた方がよかったと思うのだが…」
「…耳が痛いわね。でも…」
「やはりな。お前ならそうだろうと思った。お前は良くも悪くも独占欲が強いからな」
「お二方がご自分を責めることはありません。寧ろ、ルイズ様からあの方を頼まれていたというのに、みすみす奴らの手に渡してしまうとは…一生の不覚です」
自らの手でわが子を守れなかったことを悔やむルークの母、ルイズ。だがテラは自分こそが悪い、自分こそが責められるべきと言った。
「皆、悔やむのは後にしよう」
そんな彼女たちを見かね、一人の別の男が彼らの元に歩いてきた。
「『ゼロ』様…」
「あんた…!」
「…ようやく来たか」
ゼロと呼ばれたその男の姿は、髪が黒く、まだ若さを残した容姿をしているにもかかわらず、何年もの間戦ってきた風格を、己のみにまとうマントに隠れた表情から漂わせていた。
「済まない皆。俺の方も空間の歪みから現れた怪獣に手を焼かされた」
「お前の方でも敵が出たのか」
さらにゼロは、その際に戦ったドラコが本来の固体よりも強化されていたことなど、シュウたちにドラコと戦ったときの詳細な説明をした。
「強化された怪獣…またやっかいなのが出てきたわね。しつこいったらないわ」
ルイズは面倒くさげに呟く。ただでさえ一体仕留めるだけでも苦労する相手が、パワーアップするなんて、できれば避けてほしいものだ。
「それにあの歪み、ただのワームホールじゃなかったな。壁の向こう側から無理やりこじ開けたような感じだった」
「ということは…何者かが、向こうの世界からこっちの世界に侵入しようとしていたのか?」
「ルークを狙ってきた白装束と眼鏡の男と、何か関係があるのかしら?」
あらゆる予測を立て始める一堂。すると、テラが表情を強張らせながら口を開いた。
「…奴らです。やつら以外に考えられません」
「前にも君が言っていた…『奴ら』のことか?」
もしやと思ってゼロも声をかけると、彼女は頷いた。
「白装束に眼鏡の男…間違いありません。奴らがついに動き出したんです」
「厄介な奴らが動き出したな。全く迷惑な奴らだ」
テラの知る『奴ら』については、シュウたちも認知しているようだ。以下にも奴らを厄介物としてみているような言い方までしている。
「とにかく、ルークの奪還と、ワームホールの先の世界とのコンタクトが必要だな」
「少し長い旅になりそうね…」
「ならば、俺はグラモンたちUFZの連中と連合政府との会談をすませたら、あの空間の歪みの先の世界に向かう。お前とヴァリエールは白装束共を追え」
「あぁ、わかった」
「言われなくてもそのつもりよ」
シュウの提案と方針に、自分たちもそのつもりだったゼロとルイズの二人は頷いた。ルイズの場合だと、やはり我が子の誘拐と聞いて黙って入られないと思ったのだ。
すると、テラがルイズを見て、一つ問いただしてくる。
「ルイズ様、よろしいのですか?ご実家の方々に何も言わずに…」
「言ったところで反対されるだけよ。説明するだけ無駄だわ。そんな暇があるなら、1秒でも早くあの子を助けに行くのが懸命よ」
「…わかりました」
「なら、決まりだな」
ゼロは今後の自分たちのみの振り方が決まったところで、一度目を閉ざすと、三人の方を見て、改めて決意を固めた。
「皆…なんとしても奴らの企みを阻止しよう」
彼のその言葉に頷いたときの、三人の目には迷いはなかった。
ルークは今、最大のピンチに遭遇した。
ここは故郷であるハルケギニアですらなかった。異世界であることが事実ならば、当然通貨はないも同然。つまり…
「腹減った…」
腹を空かせた彼は、ようやくたどり着いた小さな街の付近で腹の虫を抑えながら肩を落としていた。とにかく何か飯にありつかなければ餓死してしまう。
ちょうどルークは、壁とそれに囲まれる門を見つけた。見張りの兵と思われる大人の男の兵がいる。何も分からない以上、情報を集めるしかない。彼は門に立っている兵に近づいて声をかけた。
「何だ貴様。見慣れない格好のようだが」
見張り兵たちはルークの身なりを見て目を細めた。彼らから見て、ルークの服装は決して見かけることのできないものだったこともあり、不信に思った。ルークは自分が怪しまれていることを痛感する…が、それでも聞かなければならない。
「あのさ、ここってどこなんだ?」
「ここは『江陵(コウリョウ)』だ。この門に書いてあるのが見えんのか?」
兵の一人が、頭上に向けて指差す。門の扉とやぐらの間の壁の位置に、地名を刻んだ石版が張り付いている。そこに漢字で『江陵』と書かれていたが…。
「…読めねぇ」
地球人ではないルークは漢字とは無縁だったため全く読めなかった。なんだ、あの無駄に複雑に絡み合った文字は。
ちなみに光陵とは、現在ルークが飛ばされた古代地球の中国大陸、そのほぼ中央部の地域に位置しており、呉の領土のひとつである。
「おいおい。なかなかいい身なりしている割に字が読めないのか?」
ルークの反応を聞いて、もう一人の兵が呆れた様子を露にする。馬鹿にされたような口に効き方に、ルークは少しカチンと来た。
「確かに…君のその服装は見慣れないな。どこかの貴族なのか?」
「え、あ~…まぁ一応は…うん」
最初の一人の兵士から服装を観察され、ルークは思わず言葉を濁した。自分でも素行はよくないほうだとは思うが、確かに貴族だ。でも…ここは異世界だ。トリステインでもハルケギニアでも、ましてや惑星エスメラルダでもない。そこの貴族です、と答えて彼らが納得するとは思えない。
「まさかお前、度々噂を聞く黄巾党の残党ではあるまいな?」
「へ?こうきん…なんだそれ?」
怪しむ兵の口から飛び出た単語にルークは首をかしげた。
「相棒、こいつやっぱ怪しくないか?」
「そうだな…おい、ちょっと我々に着いてきてもらおうか」
「やば…!」
完全に容疑者と職務質問する警官のような関係が成立しつつあった。これ以上はまずいと感じたルークは、兵たちから背中を向け、逃げた。
「あ、こら!待て!」
兵たちはルークに対する確信めいた疑惑を抱きながら、彼を追い始めた。
一方…その頃の外史世界の蜀の首都『成都城』、一刀は彼女の寝室に来ていた。
「桃香、調子は?」
「うん、ちょっと吐き気はしたりするけど、大丈夫。もう歩けるよ」
ベッドに腰掛けているこの女性。彼女が劉備…真名を桃香。蜀の王となった女性で人徳あふれる人物。同時に天然で人を信じやすいほどの純粋すぎることをよく指摘される。
「ところで、ご主人様はこれからお出掛け?」
珍しく察しがいいなと一刀は思った。桃香は結構天然ボケでそこまで頭がいい印象がないので、失礼とわかっていてもついつい彼女がお馬鹿キャラだと思ってしまう。
「今、すっごい失礼なこと考えてなかった?」
頬を膨らませ、ジト目で桃香が睨みつけてくる。う…本当に鋭いな…と一刀はたじろいだ。
「こ…これから遺跡調査に向かうところなんだ。その前に様子を見に来てさ」
なんとか乾いた笑みを浮かべてひとつ前の質問に答えることで誤魔化した。
「遺跡…?この辺りにあったのかな?どんなものなの?その遺跡」
蜀の統治者でもある桃香さえも例の遺跡のことは知り得なかったことらしい。
「それが、ただの遺跡とは大きく違うようなんだ。どうも、巨人の姿をした石像だと…」
「巨人?もしかして、おっきな人の?」
そういった時の桃香の頭の中には、2mほどの身長を持つ体の大きな人間が自分たちを見下ろしている光景が浮かぶ。
「い、いや…単に背が高い人のってわけじゃないんだ。」
「じゃあ…は!もしかして人食い人種!?」
そのとき、今度は隊長3mから15mほどの体長を誇る巨人たちが人々を喰らう姿を想像してしまった。そしてそいつらはどんなに剣で切り裂きにかかっても死なず、唯一項(うなじ)を切り裂かないと死なない特殊体質を持つという…。
「イェエエエ○アアアア!!!!……って違う!違うから!!!」
「違うの?」
青ざめた顔から一転してポカンとした表情に変わる桃香は首を傾げる。
「そう言ってるじゃんか…はあ…」
ここまで桃香が妄想爆発したことがあったか?
妄想といえば、魏の荀彧…桂花が男嫌いな性格のあまり一刀がしゃべるたびに「この全身○○男!」と酷いことをいうわ、「犯される~!」と喚いたりなど被害妄想が激しいのだが、まさか彼女の悪い部分が感染りつつあるのか?以前、魏が絡んだ会談で彼女は一刀の顔を見るや否や、いきなり女尊男卑的な暴言を飛ばし、当然華琳たちから注意を受けたが…。
いや、やめよう。それこそ自分が桂花の悪い部分が感染ったことになる。
「私も行ったらダメ…だよね?せっかく平和になったんだもの。自分の目で、平和になったこの国を見てみたいの」
桃香が自分も行きたいと頼んできたが、一刀はそれを聞いて一瞬笑みを見せかけたが、すぐにうーん、と微妙な顔を浮かべた。
「それはさすがにまずいだろ。成都の中ならまだしも、二人そろって成都の外に出るのは、愛紗たちだってきっと許さないよ。どんな危険があるかわからないんだから…」
「そうだよね…ごめんね」
一刀の言い分が最もであることがわからないほど、桃香は馬鹿でも愚かでもない。自分たちは蜀の主だ。しかも一刀は天の御使いとしてこの世界に留まっている。うかつに出歩ける立場ではない。だが、目の前にいる愛しい男と二人きりで出かけたいと思うのは当然のことだ。
「いや、いいんだ。思えば、俺たち二人で出かけることって少なくなってるもんな」
皆が幸せであり続けられる日常こそ大切なものと認識している桃香の気持ちを、一刀は理解している。
「そろそろいくよ。俺が直々に行きたいって頼んだのに、あまり待たせるとみんなに悪いし」
「うん…」
桃香は寂しそうに声を漏らしながらも、一刀に向けて笑顔を再び浮かべた。
「気を付けてね、ご主人様」
「ああ、行ってきます」
一刀もまた桃香に笑顔を見せ、彼女の部屋を後にした。
その一時の別れが、平和になったはずの二人の日常に…世界に…
暗黒の闇が降りかかるとは、誰も予想しなかった…
「ふう…」
ルークはなんとか追っ手から逃げ切ることができた。いくら相手が訓練された兵だとしても、ルークの常人を超えた身体能力には敵わなかったらしく、街を囲む城壁の曲がり角を曲がったところでルークを見失った。彼を見失った兵たちが「いたか!?」「どこに消えた!」と騒ぎ立てている。
最初からこうすればよかったな…と、ルークは思った。今の彼は、ちょうど城壁の曲がり角から5m以上もの城壁の上へジャンプし、下で自分を探し続けている兵士たちを眺めていた。何も正面から町に入ることはなかったのだ。…といっても、ルークは不良ではあるものの、立場上は王家と姻戚関係にある貴族のはしくれであることは自覚しており、そんな賊のような真似は個人的にも避けたかった。
何がともあれ、まずは飯を探さなければならない。
(腹減ってだいぶ時間が過ぎたしな)
とりあえず城壁の内側に広がる町の、人気の少ないところに飛び降り、街の中に入った。
ルークから見て、街の様式は変わっていた。あんな街はハルケギニアでは全く見かけない。ルークは地球を知らないから、それをどういった形で説明するべきかも分からないが、知っている者から見れば中華風の様式以外に捉えようがなかった。
噂に聞く地球という世界にしても、妙だ。どこか…いやな言い方になるが旧世代的な傾向に見受けられる。だが、トリスタニアにはない雰囲気がとても心地いい。ルークにも好奇心が強く出る部分があるため、初めて見る街の景色には目を奪われた。
「こんな街があるなんてな…っと、そうだ。飯飯…」
とりあえずまずは飯屋を探しに…
「って…そうだ!金!持ってないじゃねぇか!」
と、ここでルークはあることを思い出す。そう、この世界が自分の故郷とは異なる世界。当然通貨が共通であるはずがない。自分の財布の中に詰まっているのは無駄遣いを避けるようにとケチなメイドのせいで限られた分の金だけ。だがそんな金で買えるものもこの世界にはなかったのだ。
「ぐぅ…ちくしょう~どうすんだよ、俺…」
ぐぅぅ~、と鳴り続ける腹の虫を押さえながらルークはその場で立ちすくむ。ダメだ、食い飽きてきた屋敷の料理が恋しくなってきた。誰か飯を恵んで…ってそれこそだめだ!そんな物乞いみたいな真似をしたらお袋や伯母上からどんな大目玉をくらうことか…。
ふと、制服の上着のポケットにごそっ…と何かが入っているのに気づく。もしかして、食い置きしていた菓子を入れたままにしていたのだろうか。もちろんこの程度で腹を満たせるとは思っていないが、ルークはそれを取り出してみる。
が、それは菓子などではなく、………地球産のタバコだった。
「んだよ…」
期待して損した気分だ。
ちなみにルークはまだ未成年。当然タバコなど吸ってはいけない年齢だ。だが叔母たちの耳障りな説教を聞いてイライラした時とかは、隙を見て吸うようになっていた。…よい子は真似しないように。とりあえずタバコに火をつけて吸ってみて、腹減りを…が、味だけを楽しむタバコに腹を満たすような効果があるわけもない。やはり腹が張っているのを感じたままだ。
「やっぱタバコなんかじゃ気はまぎれないか…」
♪~
ふと、ルークの耳に歌声が聞こえてきた。誰かがストリートライブでもしているのだろうか。といっても、バックミュージックもなく、歌の歌詞のみが聞こえてくる。いったいだれが歌っているのだろうか。視線を泳がせてみると…。
そこには、長いピンクのストレートヘアを黄色いリボンで結った少女がいた。スタイルもよく、顔立ちもまさに美少女といっても過言ではない容姿だった。その口から発せられる歌声は、歌い手もそうだがとても綺麗だった。
彼女の美貌と美しい歌に惹かれ、既に何人もの人たちが集まっていた。
「…かわいい…はっ!?」
ルークは思わず見ほれていた自分に気づいてぶんぶんと首を横に振った。
何考えているんだ俺は!いくら…その、美人な女の子を見かけたからって声に出すとははしたない!必死に照れていた自分を誤魔化そうとする。
しかしどんなに脳内で言いつくろおうとしても、ルークも思春期の少年。かわいらしい女の子や、スタイル抜群の美女にはどうしても目移りするなど、年相応でもある。
が、熱くなった顔を一気に覚ます…いや、違う方向で熱くさせるような展開が起きた。
「ご清聴、ありがとうございました!よろしければ、お心づけを…」
どうやらその少女は歌で生活費を稼いでいるらしく、お金を恵んでほしいと、歌を聞いてくれた人たちに申し出る。
「おぉおぉ、お嬢ちゃん。なかなかいい歌じゃねぇの」
だがそんな彼女の元に、三人の黄色いバンダナをつけた男たちが、聞いていた大衆たちを押しのけ、少女の前に並んだ。
一人は脂肪の塊のような大男、もう一人はかなり小柄なくせに粋がっているのが見え見えのチビ、最後の一人は普通の体系を保っている髭の生えた中年の男だった。
「あ、あの…」
少女に厚かましく迫る男たちに、少女は怯え始める。
「けどお嬢ちゃんよ、ここで一人で商売するのはいけないなぁ。俺たちみたいな野郎に狙われるからよぉ?」
チビは怯える少女の顔を見て、そのリアクションさえも楽しんでいるのか下卑た笑みを浮かべている。
「あの、お金は…」
「あぁん?」
少女から金の話を持ちかけられると、リーダーと思われる髭の男は少女に向けて迫力を込めたガン飛ばしてくる。その迫力に少女はさらに怖気づいて縮こまった。
「金だあ?歌を歌ったくらいで俺たちが金をよこすとでも思ってんのかぁ?
確かにいい声で歌ってたがよぉ、金を要求するなら、あの『張角』様のような歌唱力になってからにしろよ。あの方と比べりゃ、いくらかわいくたって月とすっぽん並みの差でしかねぇのさ。それで金をとろうだなんてお笑いだぜぇ!」
「ッ…!」
チビから嘲笑われ、屈辱を覚えた少女は反射的にチビを睨み付けた。怒りを孕んだその顔から、今すぐにでも言い返してやりたいという気持ちが露わになっている。だが、髭男たちは全く怯まず、寧ろ少女が自分たちに逆らう気があることを察する。
「なんだぁ、その目はよ?お嬢ちゃん、まさか俺たちに文句でもあんのか?」
「………」
「そうだな…俺たちの要求を聞くってなら、金をくれてやってもいいぜ?」
「な、なんですか…?」
「俺たちの女になれってことだよ」
それを聞いた瞬間、恐怖が蘇った少女は男たちから逃げ出そうとした。だが、チビと髭とはまたもう一人の、デブの大男が瞬時に彼女の左手首を握って捕まえる。
「は、離して!」
「おどなじぐずるんだな~」
デブの大男が少女のもう片方の腕も握って。額には脂が乗っていて、さらに見た目の醜さを引き立てている。
「アニキ、このまま連れて帰りましょうや。たっぷりと楽しんだから、こいつも連れてこの町からおさらばしちゃいましょうぜ」
「おで、だのじみなんだな~」
「へへ、ここしばらく三国の連中が鼻っ柱を立ててばかりでなかなか表に出られなかったが…ようやく見つけた上玉だ。あまり手荒く扱うんじゃねぇぞチビ、デク」
チビとデクは、互いにアニキと呼ぶひげ男を見て、吐き気を催しそうないやらしい笑みを浮かべながら言った。それにつられてアニキも笑い返す。
「おい、早く兵を呼んだ方がいいんじゃ…」
「ここに来るまで時間かかっちまうだろ!その間にあの子が浚われちまうぞ」
「じゃあ、お前の腕ならあのデブ男に勝てるのかよ!」
「そ、それは…」
周囲の人たちは我が身かわいさだったり、相手にはかなわないという恐怖から、彼女を助けようとしない。
それを見て、少女はさっきまで自分の歌を聞いてくれていた人たちに対して絶望を抱いた。自分がたゆまぬ努力と、誰かの心を癒したいという願いから始めた歌なのに、いざ自分たちが危険にさらされると、こうも簡単に手のひらを返すのか。
「や、誰か…助けて…」
それでも少女は必死に助けを請い続けた。
(………)
ルークは、それを見て自分の腹減りのことなどすっかり忘れた。手に持っていたタバコの吸い殻を、デクの顔に向けてダーツの矢のように投げつけた。
「あ゛、熱ぃ!!熱いどぉ!?」
「あ…ッ!」
「デク!?って、おい!逃げるな!」
不意に顔を攻撃され、デクはタバコが当たった個所を押さえながら悶絶し、少女を離してしまう。その隙に、少女は握られた手の痛みを感じつつも三人からすぐに離れた。
「くそが!だ、誰だゴラぁ!!」
チビが声を荒げながら周囲を見渡す。いったいどこのどいつだとみていると、ルークが彼らの前に出てきた。
「おいそこのおっさん共、その女に何をしようと…」
三人組に爪与党としたルークの顔を見た途端、チビが中年の男に向けて興奮気味に叫んだ。
「おぉ、兄貴!こいつなかなかいい女ですぜ!」
ピキッ
「…あ?」
女…だと?
ルークには、実はある一つのコンプレックスがあった。それは…美しく整った容姿を持つ母親似の、男子にしては妙に女の子に近い顔である。髪の色も長くしてしまえば完全に女の子だとばれないくらいにだ。不細工じゃないだけ遥かにマシとも言えるが、身も心も男として生きてきたルークにとって…『屈辱』以外のなんでもなかった。
しかし、そんなルークの不快感を読み取りもせずにアニキは下卑た笑みを浮かべた。
「おぉ、確かに。なかなか綺麗な顔してんじゃねぇか。その妙な格好のせいで男くささを感じはするがよ」
「おでの好みだ~」
デクがルークを見て、顔を赤らめながらふんふんと鼻息を荒くする。
「なんだぁデク。お前男っぽい感じの女がよかったのか?てっきりちっこい女が好みだと思ってたんだがよ」
「好みは確かにちっこい女だ~。でもおではこの男のような感じの女も嫌いじゃねぇど~」
「へへっ、不細工な顔して贅沢な奴だぜ」
チビはそんなデクの興奮に嫌悪感は示さず寧ろ同調していた。
「なぁ、嬢ちゃん。っちに来て俺たちと『いいこと』しねぇか?悪いようにはしねぇからよ」
俯くルークに顔を寄せて、アニキは息をもわっと吹きかけながら、ルークが実は男だとも気づかずに彼に詰め寄る。
「…せえ」
「あん?」
よく聞き取れねぇな、とアニキが尋ねなおす。すると、ルークは顔を上げて、それはもう不愉快ですと顔だけでいえるくらいのマジギレ顔を晒し、三人組に向けて怒鳴り散らした。
「くせえ息を吹きかけてんじゃねぇって言ってんだよ!!この糞犬野郎!!」
それは少年らしい高めの声では合ったが、女の声とは十分に縁遠かった。ようやく三人組たちはルークが男であることに気がついた。
「な、声が…まさかこいつ!」
「男!!?」
「お、おでの夢があああああ!!」
三人は衝撃を受け、特にデクは奇声を上げている。
ルークはそれを見てめちゃくちゃ気持ち悪いと思った。女だろうが男だろうが、こんなキモいだけのケダモノに言い寄られるなんて、記憶の片隅にも留めて置きたくない。
「ちぃ、紛らわしい顔しやがって!」
「うるせぇ!俺だって好きでこんな顔で生まれたわけじゃねぇ!」
ルークは三人組に中指を付きたてながら乱暴に言い返した。
「じゃあてめえはいらねぇ!代わりに、てめえの着ている服を置いていきやがれ!」
「はぁ!?」
アニキはルークの学ランを指さしながら叫ぶ。
「その服、なかなかいいもんじゃねぇか。売り飛ばせばなかなかの値打ちになりそうだな」
やはり、女一人をかこっていた時点でそうだとは思っていたが、こいつらは賊だったか。ルークは目の前の三人組に対して嫌悪感を募らせる。しかし、こんな奴らに膝を折る理由などない。
「なんであんたらみたいな下種犬どもに俺の服をくれてやる理由があるんだ?」
「あぁん!?てめえ俺たちをなめてるのか!?この糞餓鬼!」
ルークの言い分にチビが逆上する。自分たちはこいつよりも幾分年を食っていて、それでいて何度も悪事を成功してのけた自信がある。こんな女みたいな顔をしたひょろひょろのガキなんかに負けるわけがない。
「だったら力ずくで俺たちを怒らせたことを後悔させてやる。チビ、デク、やってしまえ!」
「へへ、バカな野郎だぜ!俺たちを怒らせるなんてよぉ!こいつでてめえの喉をぶっ刺してやるぜ!」
「げっ、げっ、げっ」
チビがナイフを取り出し、既に勝ち誇ったように嫌な笑みを見せつけてくる。デクもぎこちないものの、ルークを笑っている。
「死にやがれ!!」
真っ先に飛び出してきたのは、ナイフを持ったチビの方だった。ナイフを持ってその小柄な体格を生かしたすばしっこい動きでルークに接近した。だが、ルークにはそんなチビの動きは遅く見えた。それなら避けることもできたのだが…彼は避けるそぶりも見せなかった。
(こいつ、よけもしねぇのか!喧嘩のド素人だぜ!)
チビは完全にルークを下に見ていた。そのまま自慢のナイフで刺し殺そうとルークに石鹸を続けた。もうすでに、一歩手前にまで近づいていた。
だが、突然チビの動きが止まった。
「な…!」
「どうした?俺の喉をぶっ刺すんじゃなかったのかよ?」
チビは自分の手元を見る。そこには、信じられない光景があった。
「げぇ!!?こいつ馬鹿かぁ!!?小刀を、素手で受け止めてやがる!?」
なんと、ルークは自分の体にチビのナイフが突き刺さる前に、その刀身を、素手で文字通り握りしめる形でつかんでいたのだ。
「さて、ここで問題を出しましょうか。おチビのおじさん?」
ルークは見下すような視線でチビを見下ろしながら、急に奇妙なことを言い出した。
「て、てめえ…小刀から手を放しやがれ!!さもねぇと指をそのままそぎ落とすぞごら!」
チビはすでにそういいながらも、ルークの手からナイフを引っこ抜こうとしていた。だが、どうしたことか。まるでコンクリートにそのまま埋め込まれてしかっているかのように、ナイフは1mm足りとも動かない。
「おいおい、まだ問題の途中だぜ?最後まで聞けよ」
「ふ、ふざけんじゃねぇ!」
「ったく…仕方ないな。
じゃあ問題を言うぞ。今から始まる喧嘩で無様に負けるのはどちらでしょう?
1、トリステイン貴族の名門出身で、喧嘩で負けなしの俺…ルーク・ド・ラ・ヴァリエール。
2、女の子を恐喝し、あまつさえ俺に喧嘩を売る身の程知らずな屑犬三人組のおっさん…
さあ……」
バキン!!瞬間、チビのナイフが砕けて飛び散ってしまう。
「へ…?…うげ!?」
チビは自分のナイフが、地面にたたきつけられたガラスのように砕け散ってしまったのを、夢でも見ているかのように、ただ茫然と見ていただけだった。その直後…脳天にルークのチョップが振り下ろされ、チビはそのまま気絶した。
「どっちでしょう?」
倒れたチビなど完全に無視し、手に残ったナイフの刀身の破片を手で払うと、問題の末端を告げながらルークは残った二人を睨み付けた。その顔は、中性的な美しい顔などではなく…完全にヤクザのような歪みようだった。
両手をボキボキと鳴らしながら、睨み付けるルークに、アニキは恐怖した。
「お、おいデク!なにしてやがる!早くあの餓鬼を殺して身ぐるみ剥いじまいな!」
「おう…」
アニキに命令され、デクはルークの前に出る。ルークよりも一回り大きな体格は、一種の岩のようだ。
「へへ、そいつは俺でさえもうならせる腕っぷしの持ち主だ。その気になりゃ大木だって折っちまうぜ?」
ルークへの恐怖は残っていたせいもあって少々ひきつってはいるが、アニキはデクの力ならこの生意気な小僧に勝てると思っていた。
「こ、降参した方がいいんだな」
デクは、どういうわけかルークに降参を促してくる。悪党のくせに相手を気遣うというのか。その剛腕に剣を握って、ルークに向けて振り下ろした。
だが、チビの時以上の衝撃がアニキとデクの二人の目に飛び込む。
「う、嘘だろ…」
アニキは思わず声を漏らす。
デクの腕は、脂肪と筋肉が付きすぎている事もあってルークの3倍以上も太くなっている。だが、ルークはそんな相手の腕よりも幾分も細い腕で、あっさりと受け止めていたのだ。
握られた手首を離そうとするデクだが、ルークの手は全く振りほどくことができない。
「デク、てめえまで何してる!その餓鬼をさっさと始末しろ!」
「で、でもアニキ…こいつの手…全然振りほどけない…」
と、デクが言いかけた時だった。
ボキッ!!と何かがへし折れた音が鳴り響き、デクはその場で右腕を押さえながら膝を着いた。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
「で、デク!?デク、おい!しっかりしろ!」
思わずアニキがデクのもとに駆けつける。アニキはデクの右腕を見て、青ざめた。自慢の剛腕を持つはずのデクの腕が、見事にへし折れてプラプラとぶら下がっていた。
まさか、このガキの方がデクよりも力があるっていうのか!?
「ひ、ひどいやつだど…腕折るなんて…」
デクは顔を上げてルークを睨み付けようとした…が、直後にアニキと彼の間の地面にヒュンッ!と剣が降ってきて突き刺さった。ルークが、デクの持っていた剣を投げつけたのだ。
「「ひぃ!!?」」
突き刺さった剣を見て、さっきまでの威勢は完全に吹き飛んでしまったアニキとデクは互いに抱き合いながら腰を抜かしてしまう。
「いいや、慈悲深い方だぜ?腕を切断しなかっただけな」
冷たい視線で腰を抜かした二人を見下ろすルーク。やばい、こいつ本気でやる気だ!二人の本能がそう悟った。
「ち、畜生!覚えてやがれ!」
アニキはチビを無理やり蹴り起こし、デブに担がせてせっせと逃げ去って行った。
周囲の街の人たちは、すげえ…と、一目見たところでは明らかに優位に立っていたはずの三人組をあっさりと退けたルークに感動し、中には拍手を送る者もいた。
ふぅ、とルークは去っていく三人組を見ながらため息を漏らした。あんな奴らの相手をしないといけないだなんて、面倒なことこの上ないが、かといってああいう手合いに好き放題されかける女の子を見逃すことは、ヴァリエールの家の者である以前に、人として見逃すべきことではなかったのも事実だ。後悔などしてたまるものか。
しかし、たかがチンピラを追い払っただけで拍手を浴びせられるとは思わなかった。
(き、気まずい…)
あまりほめられるのには慣れていないルークからすれば、今街の人たちから向けられる視線は少々苦手というか、照れくさいというか…とにかく気まずかった。
「何事だ!」
と、思っている間に、この町の警備を勤めている兵が数人ほど押し寄せてきた。
(や、やばい!やり過ぎたか…?)
ルークははっきり思った。警備の連中が来たのだ。以前ルークは街で好き放題悪さをしていた連中を叩きのめしたことで騒ぎとなり、叔母や遠くから戻ってきた母から大目玉をくらってしまったことがある。しかもここは異世界、誰の助けも借りることができない。ここは逃げた方がよさそうだ。
「こっち!」
「うお!?なんだ!?」
しかし、突如ルークは背中から誰かに引っ張られる感覚を覚えた。誰が引っ張っているのかもわからないまま、彼は路地裏の狭い道の方へと引っ張られ、そのまま姿を消したのだった。
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