媚薬
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1部分:第一章
第一章
媚薬
人間的にはともかくだ。少なくとも天才は天才だ。
緒田津波は天才科学者と謳われている。様々な博士号を持ち多くの薬品を開発しまたロボット工学の権威でもある。外科医としても優秀であり多くの貴重な人命も救ってもいる。そして生物学者でもある。
その彼女だが人間的には非常に無愛想なことで知られている。とにかく無表情で喋らない。
外見は幼い。一四五あるかどうかわからない程小柄であり膝の辺りまでかかるその黒髪をポニーテールにしている。大きなはっきりとした黒い目に細い眉、そして右目に片眼鏡をかけている。
いつも白衣でその白衣にはスパナやねじ回しが備えられている。その白衣の下はいつも愛想のない格好である。
その彼女を見てだ。周りはいつも言う。
「天才なんだけれどな」
「それでもな。よくわからない人だよな」
「無愛想で無口で」
「何考えてるかな」
「さっぱりわからないよな」
これが周りの彼女への評価だ。
「気付いたら物凄い研究とか発明とか出してくるけれどな」
「やっぱり。何考えてるかわからないからな」
「世の役に立つ発明はしてくれるけれどな」
「けれどやっぱり」
「わからない人だよ」
そしてだ。その日常生活についてもだ。こんなことを言われていた。
「いつも一人で研究室だからな」
「殆んど家に帰ってないだろ」
「っていうかあの人家あるのか?」
このこと自体が疑問視されている程だった。
「何食ってるんだろうな」
「傍にいても変な匂いしないから着替えとかシャワーはちゃんとしてるみたいだけれどな」
「本当に何者だろうな」
「恋愛は?」
このこともどうかと言われた。
「あの人独身だよな」
「ああ、多分な」
「彼氏もいないだろ」
「ずっと研究室だからな」
生粋の研究者なのだ。それではだった。
「彼氏どころか好きな相手もいないだろうな」
「何か。生活臭のしない人だな」
「というか人間なのかね」
「自分をサイボーグにしたんじゃないのか?」
こんなことまで言われる始末だった。とにかく津波は謎に包まれた人物だった。
その津波の研究室はだ。中に入ると。
暗くしかも様々な化学用具や機械、それに薬品が置かれ常に何かしらの研究や開発、設計が行われていた。中にはかなり怪しそうなものもある。
彼女はほぼ常にその部屋の中にいる。そしてだ。
研究室には彼女以外にだ。こんなものもいた。
金色の目に黒地で虎模様、足首は白く白い腹も黒いそれが入っている猫がいる。だがその猫は。
「機械の猫らしいな」
「というか喋る猫いたら怖いだろ」
「あれも博士が造ったんだよ」
つまりだ。ロボット猫なのだ。
「名前は比佐重っていうらしいぜ」
「ふうん、比佐重ねえ」
「博士の助手もしてるらしいからな」
そうしたネコ型ロボットだというのだ。そんなロボットも一緒だった。
そしてだ。その比佐重がである。今日も研究室の中で研究や開発に没頭している津波の傍に座ってだ。そのうえで尋ねたのである。
「あのですね、博士」
「何だ」
津波はパソコンに何かを打ち込みながら彼の言葉に応えた。
「何かあるのか」
「何か最近ですね」
「皆が私の話をしているのだな」
「はい、そうです」
「そうか」
その話を聞いてだ。津波は。
小さくしかも抑揚のない声でだ。こう言ったのである。
「いつものことだ」
「御気にはなされないんですね」
「興味がない」
そうだというのだ。
「そうしたことにはだ」
「そうですか」
「そうだ。だからどうでもいい」
本当にそう思っていることがよくわかる言葉の調子だった。実際に目はパソコンのモニターを凝視していて指は勤勉に打ち込みを続けている。
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