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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百十一話

 浮遊城の一角――開けた草原の近くにある森の中、かつても活動拠点として使われていたそこに、彼女は鼻歌を嗜みながら帰還した。シルフ特有の翼を畳みながらグウェンが、森のある場所に着陸する。

「ごきげんよう、ルクス。調子はどう?」

「グウェン……」

 そしてはちきれんばかりの笑顔を見せながら、木々に縛り付けられたルクスへと話しかけた。近くの仲間たちは下卑た笑みを隠さずにいて、これから起こることを楽しみにしているようだ。

「グウェン……話を、聞いてくれ」

「話ならもう聞いたじゃない。私たちの仲間になりなさい、って」

 昔の経験からこの活動拠点を知っていたルクスは、先日に単独でグウェンたちの前に現れていた。また楽しくやろう――と歓迎したグウェンに対して、ルクスはぺこりと頭を下げて『私はもうこのゲームを引退するから、みんなには迷惑をかけないでくれ』とのたまった。

 ――またルクスと楽しく遊びたいのに、引退なんてされちゃ遊べないじゃない。真摯なルクスにそう返答したグウェンは、仲間たちに命じてルクスを捕らえた。どうやっても身動きが取れないように、自らの手でログアウト出来ないように……とはいっても、この『不完全な世界』じゃ、完全にログアウトを封じることは出来ないわけだが。

 それでもルクスは、まだこうしてこの場にいたままだ。ようやく話が分かったかと思えば、彼女はまたも苦しそうにグウェンを見上げていた。

「グウェン……話を……」」

「……ハァ」

 壊れたラジオのように『話を聞いてくれ』と繰り返すのみのルクスに、グウェンはついついため息を吐いた。これから起こることが成功すれば、そういう訳にもいかないだろうが、そろそろこの問いにも飽きてきた。

「ねぇルクス。私ね、さっき、あなたのお友達のところに会ってきたの」

「えっ――」

 ようやくルクスの表情に驚愕の色が浮かび、拘束から逃れようと抵抗を始めていた。ただし決して拘束が解けることはなく、グウェンはようやく人間らしさを取り戻したルクスを見て、歓喜の色を浮かべて近づいた。

「それでね、ね――」

「――グウェン」

 喜び勇んで拘束されたルクスに近づいたグウェンだったが、目の前の恐ろしいほど冷たい声と表情を見て、ピタリとその動きを止めていた。それは今までに見たことのないルクスの表情で、その表情に浮かんでいる感情は、見紛うことはなく怒りの感情で。

「みんなに……手を出さないでくれないか」

「ふん……何よそれ、つまんない」

 口調こそは今までと同様に丁寧なものだったが、底知れぬ威圧感を伴ったルクスに対して、グウェンは少し驚きながら後退する。彼女に対して脅えている自分を自覚しないままに、グウェンに一つの伝令が届いた。

「団長殿ぉ、サラマンダー見つけたってよ」

「あら、随分と早いのね」

 その伝令を伝えてきたのは、この世界で団員にした使い捨てのプレイヤーたちとの、連絡係となっていたプレイヤーだ。近くにある開けた草原に待機させている、使い捨てのプレイヤーたちがサラマンダーを発見したらしく、グウェンは正直な感想を漏らした。するといつもの調子を取り戻しながら、ルクスに向かって指を突きつける。

「さあ、始まりよルクス。これからこの世界は……巻き戻るんだから」

 グウェンが言った通りの、この世界を旧アインクラッドに戻す計画。ルクスを自分たちの仲間にしながら、かつての《笑う棺桶》の如き暗躍を繰り返す。ひとまずはサラマンダーにルクスをリーダーと認識させた後、使い捨てのプレイヤーたちを囮に、サラマンダー領軍を闇討ちと返り討ちにするところからだ。

「それじゃあルクス。まだ会いましょう……さ、連れていって」

 その為には、ルクスは使い捨ての囮たちと一緒にいなくてはならない。木々から拘束を解かれた彼女は、仲間の一人によって所定の場所に連れ去られていく。それを投げキッスで見送るグウェンを、遠くから薄ら笑いで眺める、一人のプレイヤーが――いた。

「ねぇあなた、これでいいのよね?」

 ルクスを最後まで見送ったグウェンが、その遠巻きに眺めていたプレイヤーに問いかけた。グウェンは中層でオレンジプレイヤーとして活動していたため、攻略前半の《笑う棺桶》の前身による攻略妨害など、彼女にとって知る由もない。しかして、何故それを模した計画を建てられたかと言えば。

「…………」

 その男はグウェンの問に対して、肯定の意を示すようにニヤリと笑った。手にはナイフが握られており、戦闘中でもないというのにフードを目深に被って顔を隠していた。

「……なら、いいわ。みんなも準備した位置に着いてね」

 薄気味悪い奴――と聞こえないように吐き捨てると、グウェンは用意してあった『特等席』へと歩いていく。あくまで彼から発案されたルクスを仲間にするための策を利用しただけで、グウェンは元から欠片もその男を信用していなかった。

 ……そんな様子こそを面白そうに、男はニヤリとグウェンを見つめていたが。残っていたメンバーも三々五々、グウェンに倣って自分たちにそれぞれ用意してある、『特等席』に移動していく。

「さて……ナイスな展開に、してやろうじゃないか」

 ――その光景を、日本刀を帯びた黒衣の青年が、端から見ていることに気づかないままに。


 ……セブンからの情報に従って浮遊城のある層に到着した俺たちは、まずはPK集団がいるという場所から離れた場所に着陸した。何の策もなしに突撃するほど無計画ではないが、そう悠長に計画をたてている時間がないのも確かだった。

「……うん。ショウキくん、やっぱりいるよ。いっぱい」

 まずはセブンの情報が今もなお正しいか、リーファの魔法によるサーチャーで、PK集団の情報を確かめさせてもらっていた。リーファのサーチャー生成魔法はお世辞にも高いレベルとは言わないが、この新生ALOにコンバートしたばかりの敵相手ならば、充分に通用する。魔法の発動をキャンセルする指輪である程度は対策しているらしいが、こういった魔法にあの指輪は無力だろう。

「開けた草原にいっぱい、森の中に少数……これ、どういうことでしょうか?」

「草原にいるのが囮、森の中にいるのがグウェンたちでしょ。サラマンダーが囮を倒して、森の中にいる囮が闇討ちする形ね」

 とりあえず麻痺対策として、みんなで対麻痺ポーションを飲みながら。リーファのサーチャーが掴んだ敵の図を整理すると、草原に陣地を構えた多数の敵陣と、森の中に隠れた少数の敵陣が二つに別れている。リズの言った通りにそれは、草原の囮と森の中の本隊であろう。

「じゃあ、ルクスはどこにいるのかな?」

「私のサーチャーじゃ、どのプレイヤーかまでは分からないけど……」

「……まあ、草原のプレイヤーの方だろう」

 助けるべきルクスは草原の囮。何故ならグウェンたちの目的の、『ルクスを仲間にするために、サラマンダーにPK集団へルクスをリーダーと誤認させる』為には、ルクスは囮部隊とともにいなくてはならない。

「そうと決まりゃ、さっさと殴り込みにいこうぜ!」

「待ってクライン。このまま突っ込んだんじゃ、あいつらの思い通りよ」

 敵の配置に狙いとルクスの目的が分かった以上、クラインが言った通りにさっさと突っ込んでいきたいところではあるが、このままでは森の中にいる本隊に闇討ちされる。それこそが奴らの狙いであり、奇襲によるPKこそが得意分野だろう。わざわざ相手の土俵に乗ることもなし、それを封じるためには――

「先に本隊の方を攻撃、だ」

 囮の草原と森の中の本隊。こちらが少人数であることが幸いに、まだ向こうには気づかれていない様子のため、こちらからの奇襲も可能なタイミングだ。こうして、サラマンダーであるクラインをわざと相手に見つけさせることで、敵はサラマンダー領軍が来たかと戦闘態勢を整えていく。

 そして俺は、そのそれぞれの『特等席』で囮部隊が虐殺され、虐殺したサラマンダーを自分たちが闇討ちする、そんな光景を今か今かと待つPK集団のメンバーを――一人一人、闇討ちしていくのだ。

「……ッ!?」

 草原がよく見える木々の上。トンファーを手に持ったフード付きの妖精が、草原を眺めながらニヤニヤと笑っている。しかし突如として、その『特等席』として用意された大きい木の枝は両断され、トンファーを持ったプレイヤーは大地に落下していった。

「……どうも」

 落下ダメージによって大きくHPゲージを減じさせた、フード付き妖精が最後に――最期に見たものは、俺と俺が構える白銀の刃。落下ダメージにより削られていたHPゲージは、その白銀の一振りによってポリゴン片と化した。

「おい、どうし――」

 木の枝が落下する音を聞いたのか、他のフード付き妖精が木々の間からその姿を現した。しかして彼が俺の姿を捉えるより速く、俺は高速移動術《縮地》によって、彼が現れた木々の枝の上に移動していた。ポリゴン片と化した仲間に駆け寄ろうとした彼に向かって、落下する勢いを乗せた蹴りが後頭部に炸裂する。

「うわっ!?」

 何の用意もなく後頭部に強大な衝撃を受けた彼は、たまらず大地に向けて倒れ込んだ。さらに大地と倒れ込んだ彼を縫い合わせるように、日本刀《銀ノ月》をその無防備な背中に向けて突き刺した。

 日本刀《銀ノ月》の鋭い刃は軽装だったらしい彼の装甲を易々と貫通し、大地に突き刺さった一本の棒となる。倒れ伏したまま大地に倒れ伏した彼は、身動き一つ出来ずにHPゲージが減っていくが、そのまま悠長に自然消滅を待っていられるわけもなく。うつ伏せで寝たままの無防備な首に、ポケットから取り出したクナイを突き刺し、そのHPゲージにトドメを刺した。

「これで二人、と……」

 大地から日本刀《銀ノ月》を抜き放つと、ポリゴン片を振り払うように一度振って鞘にしまいこみ。思ったよりも神経を使うとばかりに、一度ゆったりとした息を吐く。まるで使った試しのなかった、《隠蔽》スキルが伴った漆黒のコートに感謝しながら、俺はジャンプして木々の枝に飛び乗った。

 翼は使わない、音が目立つからだ。闇討ちが得意な筈のPK集団を相手どっていたが、故に自分たちが闇討ちをされた経験がないのだろう。木々を飛び移って次の目標を探すと――とはいえ、大体は草原がよく見える位置にいるので、特に探すことに苦労はしない――煙玉を手に持って遊ぶ、フード付きの妖精の姿を木々の中に発見する。

「友達にこうも迷惑かけられたんだ……」

 木々を飛び移って、その煙玉を持ったプレイヤーへと近づいていく。まだ木々が鬱屈と生い茂っているために、敵はこちらに気づいてはいない。バランスを保ちながら、専用のポーチからクナイを取り出した。

「俺だって怒る時は怒るぞ……!」

 怒りの感情を込めたクナイが放たれると、木々の隙間を縫うように煙玉を持ったプレイヤーに向かっていく。風を放つ魔法の支援を受けて高速化し、フード付き妖精の手中に収まっていた煙玉を、ピンポイントに撃ち抜くことに成功する。

「うぉわ!?」

 すると当然のことながら、クナイで貫かれた煙玉は煙を放出していき、そのフード付き妖精の視界を純白に染め上げた。そこを高速で木々を飛び越えていき、風を発生させる魔法で煙を一瞬にして吹き飛ばした――ついでに、木々の上に乗っていたフード付き妖精もだ。しかし、木々から落下することとなったフード付き妖精は、慌てずにその背中についた翼を展開し――その翼を、日本刀《銀ノ月》の抜刀術が斬り裂いた。すると重力には逆らうことが出来ずに、歪な音をたてながら頭から落下していく。

「ッ!」

 そして落下したフード付き妖精に対して、日本刀《銀ノ月》の刀身を発射する機構によって、胴体を貫通せしめる一撃を放つことでトドメとしていると。何かが飛来する音と気配を感じた方向から、木々の合間をすり抜けて鎖鎌が迫ってきていた。発射した刀身が即座に復活した日本刀《銀ノ月》で両断しようとも考えたが、その武器にははソードスキルの光が伴っていて。

 切断することは不可能だと瞬時に判断した俺は、日本刀《銀ノ月》を柄にしまい込んで柄を腰から外すと、柄に入れた日本刀《銀ノ月》を当てて鎖鎌の軌道を逸らす。そのまま俺の背後にあった大木の幹に巻きつくと、ソードスキルの効力によって幹を捕縛していく。

「おっ……りゃぁ!」

 腰から外した日本刀《銀ノ月》を再び帯びながら、木の幹を捕縛した鎖鎌の鎖を、背負うようにして無理やり引っ張った。そこそこ鍛えられた俺の筋力値によって引っ張られた鎖が、その持ち主であるフード付き妖精を隠れていた木々から引っ張り出した。そのままバランスを崩して、木の根に転んだフード付き妖精に対して、枝から飛び降りた勢いのまま踏みつけた。

「ォ――」

 そして背中に落下された衝撃によって、人とは思えない叫び声が鳴ろうとしたところ、フード付き妖精は突如として言葉を失った。いや、言葉どころか獣のような叫び声すらあげられず、その日本刀《銀ノ月》が突き刺さった喉から、コヒュー、コヒュー、と声ならぬ空気の音が漏れていた。

 まだHPゲージが全損した訳ではなかったが、喉を貫かれたことで空気が吸えない感覚を感じ取ったのか、《アミュスフィア》によって強制終了される。悶え苦しみながらログアウトしていく妖精を足蹴に、あとはリーダーのグウェンを除けば五人ほどだったか――と思案する。まだまだ数は多いな、と辟易していると、二人ほどの足音がこちらに近づいてくる気配を感じる。

「……暴れすぎたかな」

 今から考えれば、闇討ちするにも木々の枝を斬り倒したりしていれば、音も鳴るし目立つというものか。それよりは探す手間が省けた、と、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいながらどちらから来るか気配を探っていると。

 ――迫り来る気配とは、別の方向から物体が飛来した。

「っと」

 俺の頭を的確に狙った投擲物。木々の隙間から隙間に、まるでラジコンのように自由自在に操られるのは見事だが、結局は俺の目の前に来るのは正面だ。頭を少しズラしてその投擲物を避け、何が飛来してきたか確認すると――円形の投擲用武器、チャクラムが木の幹に刺さっていた。

 厄介だな、と他人事のように思っていると、俺の真上にある木々の枝がざわめきだした。何かの比喩表現という訳ではなく――物理的に、太短様々な木の枝が、俺を押し潰さんと落下してきた。先のチャクラムは俺に攻撃した訳ではなく、俺の直上にある木の枝を狙っていたのだ。

 迫り来る丸太のような木の枝を前にして、俺は柄にアタッチメントを装着していく。刀身に属性を付与するアタッチメント――今回装填するのは風、《疾風》のアタッチメントであり、柄の中に仕舞われた刃が旋風を纏っていく。

「セィッ!」

 そして抜刀術《十六夜》による一撃は、柄の中に渦巻いていた旋風が解き放たれ、さながら小型の台風のように現出する。俺自身が台風の目と化した疾風は、迫り来る木々をどこかに吹き飛ばしていき、そんな木々とともに襲おうとしていたらしい、丸太に隠れたフード付き妖精を、抜刀術とともに放たれたカマイタチが両断した。

「……よし」


 思っていた以上に上手く言ったことに頷きながら、台風の爆心地のようになった森で満足げに微笑んだ。《疾風》を生じさせるアタッチメントを鞘から排出すると、日本刀《銀ノ月》を右方向に向けて引き金を引く。鈍重な音とともに発射された刀身は、《疾風》によって薙ぎ倒された邪魔な木々をすり抜けて、逃げようとしていたチャクラム持ちのフード付き妖精の肩部に炸裂する。肩から先を吹き飛ばさんとするような一撃が炸裂したが、幸いにも、肩に貫通して腕が使い物にならなくなっただけで済んだようだ。

「くそっ! ……あっ?」

 残る片腕で果敢にもチャクラムを構え、逃亡するだけの隙を作ろうとする男の視界には、もはや俺のことは移っていなかっただろう。……眼部から一刀両断されては、見えるものも見えないに違いない。血を振り抜くように――ポリゴン片が血というならば、血に間違いはないだろうが――新たに生成された日本刀《銀ノ月》の刀身を振り抜き、この森に生まれた六つのエンドフレイムを数えた。こんな地形が変わるほど暴れてしまえば、もう闇討ちとかいう問題ではなく――俺を待ち受けていたように、グウェンを除いた残り三人が姿を現した。

「お前……」

 例外なく姿や得物を隠すためのフードを被っていたが、そのうちの1人だけは様子が違っていた。フードというよりはマントを着用しており、顔を隠すためのフードもそのニヤケた笑顔のみは隠さない程度の丈だ。明らかに格好の違う一人や、随伴する残り二人のフード付き妖精とは違う泰然自若とした動きから、そのVR慣れを伺わせる。グウェンの次のPK集団の副長とも思ったが、確か副長と呼ばれていたプレイヤーは、トンファーを武器としたプレイヤーで――一番最初にこの日本刀《銀ノ月》が斬り倒した筈だ。

「……誰だ?」

 不気味さすら感じさせるその人物に、俺はつい疑問の言葉を発していた。マントの男は答えの代わりだと言わんばかりに、フードから見える笑みをさらに深くしていて――

 ――その手には、銀色に光るナイフが握られていた。


「へぇ。なんだ、あなたたちだったの?」

「悪かったわね」

 そしてショウキがPK集団のギルドメンバーと戦闘を繰り広げている最中、リズも愛用のメイスを持って戦場にいた。相手はつまらないとばかりに溜め息を吐いた、ギルドリーダーであり今回の件の仕掛け人――グウェンだ。

「ルクスを殴って連れ戻すんじゃあなかったかしら?」

「それは他の友達に任せたの。あたしがぶん殴るのはね、アンタよ」

 自らがかなりの時間を賭けて作り出したメイスでもって、リズはそう宣言しながらグウェンに突きつけた。少し開けた森の中において、精練な気配が司る静寂がその空間を支配する。そしてつまらなそうな表情で髪を弄っていたグウェンは、そのリズの宣言を聞いた途端――声をあげて笑うことによって、その静寂にメスを入れた。

「あはははは! いいわねあなた! 笑わせるのは天下一品じゃない!」

「ッ……」

 確かに、そうグウェンが笑うのも仕方がない戦力差よね――とリズは奥歯を噛む。片や対人戦の経験もさほどない生産職プレイヤーに、デスゲームの二年間を人と争うことで生還した、生粋のPKプレイヤーだ。……それでもこいつだけは、この手でぶん殴りたいとこのポジションに就いた。

『危なかったら、いつでも呼んでくれ』

 ……なんて、ショウキは、自分だけにしか聞こえないぐらいに言ってくれたけれど――それくらい、みんなの前でかっこよく決めてみせろ照れ屋め――彼は彼でこのグウェン以外の全員を相手にしているのだ。いい加減、助けを求められるものか。

「どうせ意趣返しのつもりで、仲間がどっか隠れてんでしょ? 早く呼ぶことをオススメするわ」

「……さあね」

 ――もちろん、仲間たちなど潜んではいない。他のメンバーは、最も相手をする数が多い草原の囮部隊と戦い、ルクスを救出するためのメンバーだ。そのメンバーがこんなところにいるはずもないが、とりあえずリズは白を切っておく。どこかに誰か隠れている、と思ってくれていた方がありがたい。

「ふーん……ま、いいわ。そんなに構ってる暇ないから――さっさと死んでくれる?」

「お断りよ!」

 そうして戦闘が始まった。普段のエプロンドレスの上に重装甲の鎧を纏ったリズは、とにかくメイスの一撃を当てるべく狙いを絞る。リズがグウェンに適うところと言えば、その鍛え上げられた筋力値からの一撃において他はない。

「せっかくだから、少しは楽しませなさい!」

 そんな砦の如き堅牢さを誇るリズに対して、グウェンは太もものホルスターからクナイを取り出すと、リズの眼に向かって投げ放った。真正面から馬鹿正直に飛来するクナイなど、リズとて軽々とメイスで弾いてみせるが、その隙に忍刀を持ったグウェンの接近を許す。

「そらっ!」

「いっつ……!」

 リズが重装甲に覆われているにもかかわらず、グウェンの振るう忍刀はリズの皮膚を的確に抉った。装甲と装甲の隙間を狙った一撃は、重装甲など意味を成さずにHPゲージを嫌らしく削る。痛みの代用として感じさせる苦痛に顔を歪めながら、リズはメイスを振るうもグウェンは軽々とそれを避けてみせる。

「ほらほら、動かないとそのまま血まみれよ!」

「このっ……!」

 針を通すような一撃がグウェンから放たれるとともに、リズの鎧の下に血がにじんでいく。せっかく用意してきた、フィールドに出る用の鎧もこうなってはただの重りだ……とはいえ脱ぐわけにもいかずに、リズはソードスキルを伴ったメイスを振り下ろす。

「あら、遅い遅い」
 
 ソードスキルのライトエフェクトとともに振り下ろされたメイスは、大地に直撃しリズを中心にして地響きを鳴らす。ギリギリにメイスを避けてカウンターを狙っていたならば、地響きに巻き込まれていただろうが、グウェンは地響きの範囲外にバックステップしていた。発動しようとしているソードスキルがどんなものか読んでいる、という経験の差を感じさせるその動きにリズは歯噛みしていると、顔面に忍刀が迫るのを視界に捉えた。

「っつ!」

「そっちじゃない!」

 ソードスキルによって生じた硬直の最中、顔面に迫る忍刀を何とか鎧の部分で受けようとしていると、突如としてリズの身体は宙に浮いた。これ見よがしに顔面に迫っていた忍刀はフェイクであり、グウェンの足払いがリズの身体を中空に浮かばせた。

「キャッ――んのっ!」

「あははっ。……悪いけど、飽きたわ」

 浮遊する感覚を全身で受け止めながらも、ソードスキルの硬直が解けたリズがメイスを振りかぶるものの、あっさりとグウェンはそれを避けながら接近する。転んだような体勢となったリズが翼を展開するより早く、彼女を背中から支配する姿勢となった。あとはその無防備な首筋に、その忍刀を突きつけるだけで――

「飽きたとこ悪いけどこっちはね、まだ用事があんのよ!」

 ――だがグウェンの忍刀が首を貫通するより以前。前に転んだような体勢で浮かぶリズが、その視界に入れられたものは一つ。そのフラフラと揺れるものに、リズは必死で手を伸ばして掴み取った。

「これでもう、ふらっふらと逃がさないわ!」

 それはグウェンが自慢げに伸ばしていたツインテール。髪の毛を引っ張られたことで体勢が崩れた一瞬、対照的にリズは翼をコントロールして体勢を整えた。先程避けられたメイスをもう一度振りかぶり、無防備なグウェンの腹に向かって炸裂させる……!

「せー……のぉ!」

「――――!」

 何の防御もない腹部へのメイスの炸裂と、その衝撃によってリズに掴まれた髪が引きちぎられていく。メキメキと衝撃が伝播する腹とブチブチと炸裂する髪に、グウェンは声にならない声をあげながら吹き飛び、翼を使って大地に着地する。リズを下から睨みつけるその表情は、先程までの遊びの表示ではなく、憎しみが籠もった瞳だった。

「女の命の髪。ぞんざいに扱って悪かったわね!」

「――殺すわ!」

 悪かった、と言いながら適当に手に残った髪を投げ捨てながら、リズは展開した翼をそのままに上空に飛翔する。リズ自身は空中戦闘が得意という訳ではないが、グウェンもALOに来たばかりということならば、空中戦闘のキャリアはそうはないはず――という推測からだった。そして血走った眼をしたグウェンは、リズの思惑など構わずに、同じく展開した翼で飛翔した。

「よくも……私がいない間に、ルクスを奪った分際でっ!」

「ルクスはアンタのもんじゃないって言ってんのよ!」



「ショウキにリズ、大丈夫かな……」

 そして本隊を叩くべく移動した二人と、囮のために飛翔していったクライン以外のメンバーは、ルクスを助け出すべく待機していた。そうは言っても心配が尽きることはなく、ユウキは何度目になるか分からない呟きをこぼした。

「確かに、もう一人くらいついて行っても良かったかも……」

「ダメですって! 後はわたしたちで、一番の大部隊を相手しなくちゃいけないんですから!」

 とはいえ二人を心配している余裕は、こちらに残っているメンバーにもさほどない。目標はルクスの救出であるとはいえ、これから彼女たちは、数においては最も戦力差の激しい戦いに挑むのだから。

「……うん、ごめんシリカ。ルクスを助けることだけ……考えなきゃね」

「はい! リズさんがいない今、わたしがリーダー代行ですよ!」

 ついつい弱音を吐いてしまったことを自省すると、自称リーダー代行らしいシリカが胸を張った。その頭の上では、ピナも似たような動作をしていて――ユウキは耐えられず、そんなシリカたちに吹きだしていた。

「なんで笑うんですかぁ!?」

「ふふ……ごめん、だって……」

「うん、じゃあよろしく。リーダー代行! ……ふふ」

「リーファさんまでぇ!」

 ――どこが面白いところだったんですか、とシリカが不満げに呟いていると、囮に出ていたクラインが戻ってきた。サラマンダーが近づいて来たことで、お目当てのサラマンダー領軍だと錯覚させる――というのは、サラマンダーであるクラインにしか出来ない仕事だったからだ。

「ぃよし! アイツ等戦闘準備完了したぜ。多分、ルクスもそん中に準備されたろうな」

「そんな景品みたいな……」

 クラインがあえて敵に姿を見せたことで、敵は戦闘準備を完了させる代わりに、ルクスは今から攻める部隊の一員に配置されただろう。あえて囮部隊を壊滅させて、そこにいたルクスをリーダーとして錯覚させ、その間に森から本隊が闇討ちする――という敵の計画上。

「森の敵はどうよ?」

「うん、徐々に減ってる……ショウキくん、上手くやってるみたい」

 そして森の中にいる本隊は、ショウキがかき回して闇討ちするどころではなくしている。それらを指揮するグウェンは、リズが戦っているが――その戦いがどうなっているかまでは、リーファのサーチャーでは調べきることは出来ない。

「ショウキもリズも頑張ってる……ボクたちも行こう!」

「うん!」

「合点承知ってな」

「クラインさん、冷やかさないでください!」

 そしてユウキの号令によって、こちらのメンバーも思い思いの武器を持って飛翔していく。救出すべきルクスの場所も分かった、闇討ちされる心配もない――けれど、それらを代償に、草原にいる大部隊は戦闘準備を完了している。

「ルクスを――助けよう!」

 しかして、そんなことはユウキの頭に既になく。友達の力になるために、彼女たちもまた、戦いに臨んでいった。
 
 

 
後書き
「出来たよ! ショウキの初めての無双シーンが!」

「でかした!」

(彼岸島感)

 いや無双シーンと呼べるのだろうか今回。予定では、全員まとめて同時に戦って無双する予定だったのだが、ううむ。代わりにちょっとおこなので、戦い方がちょっとダーティー……いや普段通りか 
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