魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第2話『キミのなまえ』
『……で、どういう事さ?』
「言った通りだ。ちょいと特殊なケースでな、協力してくれ」
耳に付けた魔力遠信機に手を当て、内側の魔石から響く気怠げな声に苦笑しつつ答える。
隣で首を傾げている少女を横目に確認し、自分の浅はかさを再度呪う。
取り敢えず、大体の事情は察した。
恐らく、この死徒には人間への敵意が無い。前例が無い故に確証は出来ないが、むしろ被害者側。
デルアの証言によると、この少女はかつて町を訪れた事があるらしい。そして追い返され、ここに住み着いた。
更に町の人間が開拓を進めようとし、彼らは死徒である彼女を認識。攻撃した。
彼女がそれほどの耐久力を持っているのかは確認していないので分からないが、デルアの証言だとその硬さで人間達をなんとか追い返し、自らの住処を守ったという事。
--魔族である以上、仕方の無い事ではあるのだが。
先程の彼女の怯えは、『魔族』という単語に反応してのものだった。人々が彼女に攻撃を仕掛けた際、恐らく人々は『魔族』という言葉を多く用いたのだろう。故に、ジークがその単語を口にした際も、ジークが攻撃を仕掛けてくると勘違いした。
……まぁ、そうなると初めの落ち着き様は何だったのかと問いたくなるが、生憎彼女の喉は使い物にならないらしい。
取り敢えず、人間の要求を伝えねばならない。言葉が通じるのなら一言、『ここから立ち退いてくれ』と頼み、説得すればいい。彼女は自発的に人を襲わず、そして間接的に害を及ぼす訳でもない。
無用な殺生は不要だ。
隣の少女に聞こえない様、声を落として通話の相手にその旨を伝える。
「……兎に角、要観察対象だ。下手すりゃ、魔族と人類が敵対せずに共存出来る切っ掛けになる可能性がある」
声のトーンを落として真剣な面持ちで伝える。相手にもそれが伝わったらしく、真剣に返答を--
『惚れたか』
「お前は一体何を聞いてたっ!?」
『えー?だってよ、その死徒見た目と、お前の観察結果から察するに性格も女の子なんだろ?『対魔傭兵』の中でもまあまあ古参なお前が魔族相手にそこまで情を掛けるって事は……』
「要・観・察・対・象だっつってんだろうがっ!お前は何でもかんでも色恋沙汰に繋げるなぁメフィス!?」
急激な大声に死徒の少女はビクリと震え、気付いたジークがそれを宥める。遠信機からは相変わらず朗らかな笑い声が響き、『まあまあ』と癪に障る態度で言葉を続けた。
『で、その死徒ちゃんを観察対象に設定するとして、座標が分からん。ポイントマーカー、忘れるなよ』
「分かってるよ。今それ用の魔方陣を組み上げてる。後は……根元魔力に接続すれば終わりだ」
『手際の良い事で。んじゃああと二日三日って所かな、気長に待つとするさ』
「了解。なるだけ早めに済ませるよ」
魔石に通していた魔力を戻し、魔石をポーチに仕舞い込む。街で何枚か買っておいた魔力補充用のクッキーを咥えて、もう一枚を少女に渡す。別に彼女は魔力を消費した訳ではないが、魔力は一定以上溜まると勝手に体の構造強化に回される為、摂りすぎて悪いという事は無い。加えて普通に食料としても使える。問題は無いだろう。
クッキーを受け取った少女は嬉しそうにそれを咥え、サクサクという音と共に咀嚼する。
死徒とはいえ、温かみを感じるその光景に心を和ませつつ、咀嚼しきった自分のソレを飲み込み、問い掛ける。
「そういや、名前とかあるのか?」
「…………?……ぁ、か……ぃ」
一瞬硬直して首を傾げた少女は、やっと意味を理解したかの様に口を開く。が、そこから紡がれる声は途切れ途切れで、掠れきった声は辛うじて空気を震わせるのみに留まる。
顔を暗くした少女は、何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回しだした。
「ぁ--ごめん、喉が使えないんだったな。別にいいんだ、必要って訳でもないし」
それでも少女は見回すのを止めず、付近にあった小枝を掴むと、それを地面に当てた。そのまま動きを止める事なくペンの様に小枝を滑らせ、昨日の雨で少し湿っていた砂の地面に文字を──
「……って、文字も書けるのかっ!?」
「……?」
さも当然というかの如くコクリと頷き、拙いながらもこちらに分かる様、文字を綴っていく。
──"わからない なまえも おもいでも ぜんぶないの"──
……死徒ならば、珍しい事でもないだろう。そも、肉体が部分的とはいえ腐っているのが特徴の種族なのだ。記憶に障害が出でもおかしくはない。
「……死徒特有の腐食か。それとも、物心着いたのが最近って事か……?」
「……ぅ、……?」
無駄な憶測だけが脳裏を飛び交い、億劫さを感じて思考を止める。ここで幾ら推論を出そうと、その全ては確認の取りようがない。ならば、有意義に行動を起こすのが得策というものだ。
本題を、切り出すとしよう。
「……君を襲った人たちの事、覚えているか?」
「……!」
ピクリ、と。
肩に僅かな怯えが現れ、明らかに暗い表情を浮かべる。が、ここで話を切り上げる訳にもいかない。彼女には悪いが、伝えるだけは伝えねばならない。
「……その人達がわざわざここに来てまで君を襲ったのは、君を殺す事自体が目的じゃないんだ。ここを欲しがっていた。この使われなくなった墓場を、新しい土地として使いたかった……って言えば、分かるかな」
「……」
未だその身には怯えを宿しているものの、彼女は小さく頷く。感情に飲まれて話が通じなくなる--などという最悪の展開にならずに済んだのは彼女の精神力に感謝し、彼女に手を出さず、且つ街の希望を叶える方法。つまりは『代案』。
事前にこの一帯を回っておいて良かったと過去の自分の行いを振り返りつつ、少女に切り出す。言葉は選ばなければならない。彼女を傷付けぬ様に、なるべく柔らかい物言いを心掛ける。
「突然だけど、ここに愛着があったりする?」
「……?」
唐突な質問に、少女が首を傾げる。
それでも何とか質問の内容は解したらしく、少々考え込んだ後、ふるふると首を横に振った。
「そうか、良かった。多分その人達は、そろそろここを奪いに来る。また襲われるのは嫌だろ?だから──」
ジークはポーチから一枚の羊皮紙を取り出し、ぺたんと座り込む少女の前にそれを広げた。
開かれたのは地図。ジークはその内の一点、この墓を包む森とは離れた林。その中央を横切る川の付近を指差し--
「引越しをしよう。良い所……かは微妙だけど、多分此処よりは住みやすい場所。知ってるんだ」
◇ ◇ ◇
時は進み、場所は変わり、日も頂点から落ちかける時刻。
水の流れる音が穏やかに聞こえ、辺りを囲う木々が夕日を抑制し、その隙間から木漏れ日を落とす。
白銀の髪を靡かせた少女は楽しそうにパシャパシャと音を立てて、小走りに川を渡った。
「気に入ってくれたみたいで何より」
「……ぅ、……!」
先程の暗い顔は何処へやら、太陽の様な微笑みを浮かべて、掠れた喉を震わせる。
中立平原ミューラと呼ばれる場所に広がるこの林は文字通りの街の領土とは切り離され、中立地帯とされる場所。故に、街の開拓の対象になる事もなく、数多の自然が残されている。
その中心を流れるこの川は付近の山からの直通であり、川上には村もない。流れる水の美しさは折り紙付きだ。
「ほら、そんなにはしゃぐと服が濡れるぞ。上がってこいよ」
「……ぁ、……ぅ!」
少女はその若草色のドレスの裾を小さくたくし上げ、今度は水を波立てないよう慎重にこちらに向けて歩き、やがて川を渡り終える。握っていたドレスを離し、そのまま手を胸元の服のボタンまで持って行ってそれを外そうと--
「いやちょっと待てっ!何してるっ!?」
「……?」
慌てて腕を掴み止める。不思議そうに首を傾げる少女に驚愕した後、彼女が人間ではない事を思い出す。人間としての常識も教わっていないのだから、羞恥心が無くともおかしくは無いのか。いやでも死徒とは言え大元は人間の魂なのだし羞恥心もある筈──
「ってそれどころじゃなくてだなぁ!」
「……???」
ますます不思議そうに首を傾げる少女。 ついさっきに出会った相手に対して警戒心薄すぎやしないだろうか。若干心配になってくる。気を取り直して少女を手招きし、目的の場所まで誘導する。
「……ぁ、……」
「最低限生活用具は一式揃ってる。前に俺が使ってたとこで悪いけど、これでもマシにしてあるんだ。我慢してくれ」
紹介したのは、普段遠征用に使っている洞窟内に設置したキャンプ。別に誰かが使っている訳でもなし、人もあまり近付かない。人知れず暮らす分には問題無いだろう。他にある多少の問題は──
「害獣避けの結界は……よし、ちゃんと機能してるな」
入り口に刻んだ術式が遺憾無く効果を発揮し、獣のみを寄せ付けない壁を展開している。心配は無い。保護環境とするには十分だろう。
紅眼の少女は目を見開き、キャンプを見回している。やがて小さく歩み始めたかと思うと簡素なベッドの側にしゃがみ込み、ベッドを上から軽く押す。力が反発して手を押し返し、柔らかな布が少女の小さな手を包む。
少女は嬉し混じりに驚きの表情を浮かべ、そのままベッドに横になった。
心地良さそうに枕を抱き締め、頬を緩ませる。死徒なのだから当たり前と言えば当たり前だが、今までマトモな環境で寝た事が無かったのだろう。その幸せそうな笑みは本当に生きた人間の様で--
「……ぁぃ……ぁ、ぉ……!」
『ありがとう』、と言いたかったのだろう。
掠れた音しか出ない喉から出来る限りの言葉を並べ、彼女は柔らかな笑顔を見せた。ジークが微笑み返して頭を撫でてやると、心地良さそうに手へ頭を擦り付けてくる。
これで、一先ずは大丈夫だろう。討伐とは言われたが、それはあの森の開拓の障害となるから。無害ならば、他の土地へ逃がせば問題ない。
取り敢えずは報告か--
「……ぁ、ぁ……ぇ」
「……ん?」
街へ戻ろうと踵を返した所で、服の裾を引っ張られる。見れば、少女がしっかりと裾は掴んだまま、慌てて辺りを見回していた。やがて一つの小石を拾い上げるとジークの手を引いて小走りに洞窟の壁へと向かっていき、石で壁に文字を書き始める。
--"なまえ は?"--
「ん?あー、俺の?」
こくり、と頷く。
そうか、そういえばまだ伝えていなかった。声を出せないなら名を呼ぶ事は無いだろうが、知っておいてもらった方がなにかと便利だろう。
「ジーク。ジーク・スカーレッド。よろしくな」
「……ぃ、い……ぅ。……い……ぅ」
何度か名を呼ぼうとしたのだろうが、やはり声は掠れて出ない。彼女は不満そうに口を尖らせたが、やがて表情を笑顔に変えると、精一杯の声を絞り出して--
「ぁ、あ……ぇ、ぃ……ぅ」
手を振りながら、そう言った。
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