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トスカ

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2部分:第一幕その二


第一幕その二

カヴァラドゥッシ「(兄の方を向いて)何の話かはわかってるよ」
伯爵      「そうか。では話が早い」
カヴァラドゥッシ「スカルピアのことだよね」
伯爵      「(頷いて)そう、あの男のことだ」
 頷いてからまた述べる。
伯爵      「あの男が御前を狙っている。注意しろ」
カヴァラドゥッシ「それは前からだったけれどね、あの男が来る前から」
伯爵      「特に最近はだ」
 剣呑な目で弟に語る。
伯爵      「フランス軍がローマに迫っているからな」
カヴァラドゥッシ「それでだね。兄さんもここに戻って来たのは」
伯爵      「私はオーストリア、ハプスブルク家に御仕えしている。だからこそだ」
カヴァラドゥッシ「そして僕はフランスにいて。革命を知って」
伯爵      「御前の政治信念はこの際いい」
 毅然として述べる。
伯爵      「早くローマを去れ、カロリーネ陛下もあの男も御前を見ているのだぞ」
カヴァラドゥッシ「勿論そのつもりさ」
伯爵      「よし、ではすぐに去れ。さもなければ」
カヴァラドゥッシ「もう少ししたらね」
伯爵      「馬鹿な、もう時間がないんだぞ。それでもか」
カヴァラドゥッシ「今はまだね。この絵のこともあるし」
 ここで中央の布がかけられている絵を見る。
カヴァラドゥッシ「もうすぐで終わるよ、もうすぐにね」
伯爵      「それが終わったらすぐにローマを去るのか?言っておくが今は」
カヴァラドゥッシ「フローリアと一緒に行きたいんだよ」
伯爵      「フローリア!?」
 その名を聞いてまずは目を顰めさせる。
伯爵      「それはフローリア=トスカのことか」
カヴァラドゥッシ「ああ、兄さんもその名前は知っていたんだね」
伯爵      「私はまだ見ていないが素晴らしい歌姫だそうだな」
カヴァラドゥッシ「(兄の今の言葉に機嫌をよくさせて)うん、そうだよ」
 明るい笑顔で頷く。
カヴァラドゥッシ「あれだけ奇麗で見事な歌手はそうはいないだろうね」
伯爵      「しかし何故彼女なのだ?」
 怪訝な目で弟を見やる。
伯爵      「まさかとは思うが御前と彼女が」
カヴァラドゥッシ「一年前だったよ、アルジェンティーナ座で仕事をしている時に会ってね」
伯爵      「その時からだな」
カヴァラドゥッシ「そうなんだ。彼女の舞台は三日後に終わるから」
伯爵      「そして三日後にローマを出るつもりだな」
カヴァラドゥッシ「僕の方もこの絵を終わらせてね。それでどうかな」
伯爵      「それで何処に逃げる気なのだ?」
カヴァラドゥッシ「ヴェエツィアにね。彼女の次の契約地に」
伯爵      「(急に怪訝な顔になって)ヴェネツィアか」
 弟に対してその顔で問う。
カヴァラドゥッシ「そうだけれど。何かまずいのかな」
伯爵      「あの執政殿のお気に入りだったな」
カヴァラドゥッシ「ボナパルトのことだね」
伯爵      「そうだ、一つ言っておく」
 真面目な顔で弟に対して述べる。
伯爵      「あの男が求めているのは己の名誉だけだ。エジプトで何をしたのか覚えているな」
カヴァラドゥッシ「大勢の兵士を見捨ててね」
伯爵      「そうだ、あの男は油断できないぞ、いいな」
カヴァラドゥッシ「兄さんはそう見ているんだね」
伯爵      「多くの戦場でフランス軍と戦ってきた」
 真顔で弟にそう語る。
伯爵      「だからわかる。今もマレンゴから帰って来た」
カヴァラドゥッシ「そうだったんだ」
伯爵      「ああ。陛下にお伝えする為にここに一旦来たがすぐに戦場に戻る」
カヴァラドゥッシ「僕の為に来てくれたんだね、ここには」
伯爵      「二人きりの兄弟じゃないか」
 穏やかな顔になって述べる。
伯爵      「それでどうして放っておける。特にスカルピアはな」
カヴァラドゥッシ「あのシチリアの山賊あがりの評判はどうだい?」
伯爵      「陛下は信任しておられる」 
 忌々しげな顔でそう述べる。
伯爵      「もっとも。あの女好きと袖の下に弱いのは好まれておられぬがな」
カヴァラドゥッシ「当然だね」
 その言葉にはあらためて頷く。
カヴァラドゥッシ「あいつは粗野で卑劣な奴だ。どうしてあんな奴を使うのか」
伯爵      「毒を以って毒を制すということだ」
カヴァラドゥッシ「(シニカルに笑って)毒、ね」
伯爵      「ナポリから見れば御前達はそうなる。オーストリアからもな」
カヴァラドゥッシ「それは兄さんも同じかな」
伯爵      「少なくとも好きではない」
 弟の顔をじっと見て言う。
伯爵      「しかし御前は弟だからな。だから」
カヴァラドゥッシ「悪いね、本当に」
伯爵      「いい。それでトスカだが」
カヴァラドゥッシ「彼女がどうかしたのかい?」
伯爵      「噂には聞いているが。そんなに凄いのか」
カヴァラドゥッシ「(誇らしげな顔になって)歌だけじゃないからね、容姿も」
伯爵      「生まれはヴェローナの羊飼いの家だったと聞いている。両親を流行り病で亡くして修道院に引き取られたのだったな、確か」
カヴァラドゥッシ「うん、そうだよ」
 兄の言葉に頷く。
カヴァラドゥッシ「そこで歌声を注目されてね、それで」
伯爵      「作曲家のチマローザに注目されて彼に声をかけられてだったな」
カヴァラドゥッシ「彼はかなり強引に修道院と揉めてね。ヴェローナ市民を巻き込んで」
伯爵      「それは聞いている。チマローザも随分派手にやったものだ。それで教皇様も出て来られて」
カヴァラドゥッシ「その前で歌ってね」
伯爵      「教皇様が認められてか。そこからパイジェッロのニーナも歌ったらしいな」
カヴァラドゥッシ「うん、それでローマに戻っていた僕と会ったってわけさ」
伯爵      「まさに縁だな」
カヴァラドゥッシ「そう、縁だったよ。けれどおかげで」
伯爵      「その彼女と一緒に逃げてか」
カヴァラドゥッシ「何、下手なことはしないから」
 にこりと笑って兄に述べる。
カヴァラドゥッシ「それは安心して」
伯爵      「わかった、それではな」
カヴァラドゥッシ「うん、生きていたらまた会おう」
伯爵      「その時はトカイを用意しておく」
カヴァラドゥッシ「(顔を輝かせて)トカイを!?」
伯爵      「そうだ、二人で飲もう。いいな」
カヴァラドゥッシ「その時が楽しみになったよ」
 満面の笑みで兄に言う。
 
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