魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第十六話 やり直し
色々あって夕方から夜になり、時刻は午後八時ほど。
色々を一つ一つ紐解いていくと、ジュエルシードによって生み出された木々の除去。
結界の解除後は街の人々も夢を見ていたような気分になり、大きな騒ぎになることはなかった。
その後は疲労もあり、各々解散となり、それぞれの家に帰宅した――――はずだった。
「ちょっと、お話しがあるんだけど……ウチに来ない?」
帰る俺を追いかけてきた柚那が一人、数分の沈黙を置いてそう言った。
お互いに疲れてるだろうし、諸々の話しは明日でも良いと雪鳴が口にしたはずだけど、柚那は納得しなかったらしい。
早いうちに色々話したいと思ったのだろう。
そういう律儀さ、真面目さに少し驚きつつも俺は、素直に頷いた。
「ああ、いいよ」
もとより俺は、柚那の誘いを断る理由がなかった。
話したいことがあるのは俺だって同じことだし、何より柚那と雪鳴と一緒にいたいと思う気持ちの方が強かったから。
俺の返事に嬉しそうな笑みを浮かべ、そしてまたすぐにムスっとした表情になった柚那は足早に逢沢宅に向かって歩き出す。
そんな柚那に俺は苦笑しながらも足早に追いかけ、雪鳴が待つ逢沢宅を訪れることになった。
柚那と雪鳴が住んでいる家にはすぐに到着した。
閑静な住宅街にある、どこにでもあるような普通の木造の二階建て一軒家。
柚那と雪鳴の二人が住むには少し広いのではないかと思うようなその家にたどり着いた俺達は、一切の会話もなく到着し、そしてお邪魔した。
「……広いな」
「普通だと思うけど?」
入った瞬間に思った感想に、柚那はさも当たり前のような返事をする。
だけど俺の住んでいるマンションの一室で考えれば、玄関と廊下の広さや長さは倍くらい違う。
しかも新築なためかかなり綺麗に片付けられていた。
きっと自宅に戻ったら自分の部屋が汚くてしょうがなく見えるのだろう、なんて思いながら俺は用意されたスリッパに履き替えて柚那の後を追う。
玄関から真っ直ぐな廊下を歩き、正面の扉を開けると広々としたリビングに到着した。
俺が暮らしているリビングよりも広いため、どこか落ち着かない心境のまま入ると、リビングに繋がっている台所から聴き慣れた声が届く。
「柚那、お帰り。 黒鐘もお帰り」
「お姉ちゃん、ただいま」
「雪鳴……って、俺もお帰りなのか?」
そこにいたのは、買い物袋から食材を出して大きめの冷蔵庫にそれらを収納していた雪鳴だった。
どうやら解散したあと、夕飯の買い出しに出かけていたのだろう。
「柚那にとって、黒鐘は兄だから……私にとっても家族の一人。 だからお帰りなさい」
「……そういうことで、いいのか?」
俺は柚那に視線を向け、返答を求めた。
まだ、俺の中で柚那との問題は解決していない。
そんな状態であの頃のような、まるで家族のように過ごしていた日々を戻していいのだろうかと不安になった。
「……うん」
柚那は小さな声で、しかし確かに頷いて答えた。
しかし気まずいのか、気恥ずかしいのか、視線は俺から逸らされているけれど。
「そうか」
俺にはそれだけで十分、満足のいく答えだった。
それを見ていた雪鳴も小さな笑みを浮かべ、片付けを済ませたところでこちらに向かってきた。
「柚那、夕飯お願い」
「うん。 すぐに作る」
「え、柚那が作るのか?」
「お姉ちゃん、料理が苦手だから」
「なんで出来ないのか不明」
「レシピ通りにやってるはずなのに、なんでだろうね……」
「それも才能?」
「雪鳴、それは才能じゃないと思う」
買い出しが雪鳴だったから、てっきり雪鳴が作るものだと思っていたら柚那が台所に向かい、食器棚の隣にかけてあった白と茶色のストライプ柄のエプロンを身につけた。
そして慣れた手つきで道具と材料を出し、調理を始める。
「っていうか、俺も食っていいのか?」
「食べないの?」
「いや、てっきり話しをするだけだとばかり……」
困惑する俺を他所に調理する柚那の視線と意識に、俺の存在はいなくなった。
どうやら料理に集中したいらしい。
「買い物に行く前、柚那が言ってた。 黒鐘も来るから少し多めに買い物してって」
「そうなのか?」
「嘘つかない」
「だよな……」
どうやら俺の知らないところで俺は、柚那に気を遣われていたらしい。
雪鳴や高町と違って思ったことを素直に言葉にできないけど、本当は優しくて気遣いが上手な女の子。
それが五年が経過して知った、柚那の姿だった。
「お茶を出すから、黒鐘はソファで待ってて」
「……それじゃ、お世話になります」
「お世話になって」
無言ながらも笑みで頷いた俺は、三人ほど座れそうな黒いソファに腰をかけて部屋を見渡す。
ソファとテーブル、それと雑誌などを置くブックラックがある以外にはこれといって目につくものはない。
雪鳴達の実家は和室ばかりの家だっただけに、こんな洋室で暮らしている二人に違和感が抜けずにいた俺だが、料理をする柚那と、その隣でお茶の用意をする雪鳴を見てどこか安心した。
二人はお互いが邪魔にならないよう無意識に気を遣い合い、流れるような動きで互いのするべきことをこなしていく。
それは二人が現在までの時間の中で紡いできた絆の賜物なのだろう。
仲のいい姉妹なんだってことが、その光景一つで伝わってきたんだ。
(そう言えば、二人はずっと一緒にいたな……)
幼い頃に見た、二人の光景が脳裏を過る。
幼いながらも多くの門下生の中に混じり、その身に合わないような木刀、竹刀を振っていた雪鳴。
それを側で憧れの眼差しで見つめていたのが柚那だった。
休憩時間、雪鳴に飲み物をすぐに差し出したのも柚那で、あの頃から気遣いのできる子だったと思う。
俺が雪鳴に声をかけて、仲良くなった時も柚那は隣にいた。
だから仲良くなったの雪鳴も柚那も同時だったし、そのあとも何をするにも一緒だった。
修練も、遊びも、食事も、お風呂も、寝るときも一緒に……一緒に過ごした。
二人の中に俺がいる時間が戻ってきた気がして、自然と頬が緩む。
「紅茶だけど、砂糖いる?」
「いや、いいよ。 ありがとう」
雪鳴は二人分のティーカップを乗せたお盆をソファの前のテーブルに置き、俺の前とその右横に置いた。
そして俺の右隣に座る……って。
「おい」
「なに?」
「なんで俺の隣に座る?」
「正面に椅子がないから」
「……」
確かにソファの正面にあるテーブルはソファに座る人用のテーブルのため、テーブルを挟むように椅子が二つ置いていなかった。
……てかそれって。
「嵌めたな?」
「気のせい」
「……」
「……気のせい」
無言で見つめると、あからさまに視線を逸らした雪鳴に理解する。
俺はどうやら、雪鳴の思惑に嵌められたらしい。
食事用の椅子とテーブルは台所の隣にあって、そこには椅子が四つ置かれている。
今更だけど、そっちに座った方が雪鳴も正面にできたのではないだろうか。
……まぁ、家に入った時から続いた緊張感とか不安とか、お邪魔している身っていう状況が相まって言われるがままだったんだけどさ。
雪鳴は俺がそういう心境だってことに気づいていたってことだろう。
「はぁ……。 取り敢えず紅茶、もらうよ」
抵抗を諦め、ため息を漏らしながらティーカップに手を付ける。
湯気を浮かべる紅茶を口に含むと、茶葉の香りが口と鼻に抜けていく。
それは少しずつ心を落ち着かせていき、そして今日一日の戦闘によって溜まった疲れが出てきた。
「疲れた?」
「色々あったからな」
「そうね」
雪鳴は納得したように頷き、自分の分の紅茶を一口含んだ。
それから俺と雪鳴は特に会話もせず、肩と肩が触れるくらいの距離感を維持していた。
視線を合わせることなく、ただただ静かに時の流れに身を任せるかのように過ごしていると、台所から材料を切る音が聞こえてくる。
それは一定のリズムで刻まれる音。
料理慣れしている人の音は、聞いていて指を切るんじゃないかという不安を抱かせる隙を与えず、むしろ心地よさすらも感じさせていた。
「柚那っていつから料理始めたんだ?」
「ちょうど一年前」
「……包丁さばきからしたら三年以上はやってそうなんだけどな」
雪鳴の回答に驚き、少しだけ思考が停止してしまったが、徐々に回復した思考が納得させていく。
再会してまだ少ししか経過していないけど、柚那が責任感の強い子なんだっていうのが分かった。
一年前……つまり去年といえば、雪鳴が右腕を負傷した年。
恐らく柚那は、自分が傍にいながら雪鳴を負傷させてしまったことに責任を感じ、自分なりにできることを覚えたのだろう。
それが料理であり、柚那はこの一年で必死に努力したんだ。
「俺も一人暮らしを初めてからは自炊してるけど、こんなに必死になってないな」
姉さんが起きた時、色んな面でサポートできるようにと料理に手をつけているけど、どこまで必死にやってるかと聞かれれば大したことはしていない。
人並みに料理して、人並みに満足している。
柚那ほど必死になって、満足しないで努力するなんてことはできてない。
「柚那って、凄いな」
「自慢の妹」
無表情ながらもどこか誇らしげな雪鳴に、俺は微笑を浮かべながら頷く。
俺には妹はいなかったから、妹がどういう存在なのかよくわからない。
だけど、もし姉さんだけじゃなくて妹がいたとしたら……。
「やっぱりちょっと、羨ましいな」
そんな風に思ってしまう。
甘えん坊だけど優秀な姉に、真面目で責任感がある優しい妹。
それは妄想でしかないけれど、そんな人生だったら今の俺はこんな人じゃなかったかもしれない。
そう思ってしまうのは、家族と言うものが恋しいと思っているからかな?
感傷に浸る俺の右頬に柚那の手が触れる。
「ど、どした?」
ひんやりと冷たい手に驚いた俺は慌てて振り向くと、そこには瞳に涙が溜まり、今にも流れそうな雪鳴がこちらを見つめていた。
何がどうしてそうなっているのか混乱し、言葉を失う俺に雪鳴は掠れ、震えながらも言葉を紡ぎだす。
「私も、黒鐘の家族になりたかった。 そうすれば、黒鐘を独りにしないで済んだ」
「っ――――!?」
息が詰まるほどの驚愕が俺の全身を襲い、頭は鈍器で殴られたんじゃないかってくらいに揺さぶられた。
記憶に蘇るのは、五年前のあの日――――。
無力な俺が経験した、人生最大の喪失。
一夜にして家族全員を失い、孤独になったあの日あの時。
俺はずっと寂しかった。
支えてくれるものを失って、一人で立っていることすらできないくらいに落ち込んで、苦しくて、悲しくて。
弱い自分、情けない自分が恥ずかしくて悔しかった。
だから誰にも話せなかったし、甘えることなんてできなかった。
もしも雪鳴と柚那が一緒にいたら、甘えられたのか?
そう思った瞬間、胸の中で張っていた糸がプツンと切れた音がして、それと同時に震えが止まらなくなった。
呼吸が不安定になるくらい、震え。
心の底から冷めていく感覚。
そして瞳から溢れ出る涙。
「黒鐘……」
そんな俺を雪鳴は、そっと抱きしめてくれた。
「せつ、な……」
「大丈夫。 私も柚那も、ここにいる。 いなくなったりしない」
「……ぁぁっ」
さっきまで冷たいと感じた雪鳴の身体は、命の温もりを感じさせてくれて……俺の全身を襲った震えや冷えを消し去っていく。
涙も次第に収まっていき、思考も安定してようやく気づいた。
俺は五年前からずっと、『寂しさ』を堪えて生きてきて、雪鳴の言葉で堪えきれなくなったんだ。
優しく、慈愛に満ちた言葉に俺は……五年分の寂しさを抑えきれず、感じてしまった。
そうならないために強くなろうって思って、ずっと努力してきたのに……。
だけど今の俺には、一人でこの寂しさを抑える術がなくて、雪鳴に甘えることしかできない。
「ごめん、雪鳴……もう少しだけ、このまま」
「言われなくてもそのつもり」
淡々と答えた雪鳴は、より一層力を込めて俺を抱きしめる。
俺も温もりを求めて、安心感を求めて、雪鳴に縋った。
なんて情けない姿だ。
冷静に戻ったら、きっと恥ずかしさで死にたくなるだろう。
誰にも見せたことのない姿を、大事な人に晒している。
その恥ずかしさを無視して俺は雪鳴の胸に顔をうずめた。
こうして誰かに甘えるのは、何年ぶりだろうと思い返して……五年前、母さんと姉さんに抱きつかれた時を思い出して、また涙が溢れた。
*****
「お兄ちゃん……泣いてる」
料理中、ふと気になってお姉ちゃんとお兄ちゃんの方を向くと、お兄ちゃんが涙を流していた。
それをお姉ちゃんが抱きしめてあげる光景が目に映って、アタシは料理をする手を止めてしまう。
お兄ちゃんの好き嫌いが分からないから、誰でも好きなカレーを作って、あとは鍋の底に焦げ付かないように注意しながらかき混ぜるだけ。
もうすぐできると声を掛けようとしても、アタシは介入するタイミングを失っていた。
グツグツと煮込む音と、換気扇の音が強く響くけど、修練で鍛えているアタシの聴力は皮肉にもお兄ちゃんとお姉ちゃんの会話を聴いてしまう。
五年前、お兄ちゃんの身に起こったことはあまりにも理不尽で不幸な出来事だった。
当事者ではないアタシには、その程度の感想しか抱けなくて、同時に強い後悔の念を抱く。
だってアタシはお兄ちゃんに再会するやいなや、一方的な言葉だけぶつけて、傷つけてしまった。
お兄ちゃんにだってお兄ちゃんの人生があって、お兄ちゃんにだってお兄ちゃんの不幸があったのに。
何も知らなかったアタシは、アタシとお姉ちゃんだけが不幸になったと勘違いしてしまった。
この五年間、お姉ちゃんはお兄ちゃんのことを一度だって恨んだことはなかったのを覚えてる。
むしろ再会する日を楽しみにしてて、その日のために強くなろうって誰よりも努力していた。
勝手に誰かを不幸だと決めつけて、勝手に誰かを悪役にして、勝手な言葉をぶつけて……。
「ほんと、私って……」
考えるだけで自分が嫌いになる。
本当に謝るべきなのはどちらなのか。
そんなの、分かりきっているのに。
本当は今すぐにでもお兄ちゃんに謝りたいのに、アタシはこうして逃げて、時間を稼いでしまう。
だけどお兄ちゃんの涙を見て、それを受け止めるお姉ちゃんを見て、決心がついた。
全部話して、ちゃんと謝ろう。
お兄ちゃんは許してくれないかもしれない。
このまま一生、元には戻れないかもしれない。
それでも、悲しむならせめてやれることは全部やってから悲しみたい。
じゃなきゃこの先十年、二十年以上続く人生で一生引きずることになるはずだから。
お兄ちゃんのことはちゃんと精算したい。
どんな結果になろうとも。
そう決意したアタシは火を止め、お兄ちゃんとお姉ちゃんのもとに歩み寄った――――。
*****
「ありがとう、雪鳴」
「大丈夫?」
「ああ、充分だ」
「よかった」
泣き止み、心も穏やかになったところで俺は雪鳴から離れる。
雪鳴の両手が名残惜しそうに肩から指先まで滑るように離れていったことに、ちょっとだけ恥ずかしさを抱きながら俺は雪鳴の顔を見つめると、雪鳴も少し照れくさそうに頬を紅く染めていた。
こうして抱えてるものを全部吐き出して、俺の心は軽くなった気がする。
重いものが抜けてくれたような、そんな感覚。
孤独、喪失、絶望、悲愴……。
色んな負の感情が重荷となって溜まっていて、それら全部が抜けていったのは不思議な気分だ。
決して嫌ではないけれど、今度はスッカスカになって不安になる。
この空いた空間に、今度は何が溜まっていくのだろうかと不安になる。
だけど同時に、期待することもある。
それはきっと――――、
「お兄ちゃん」
「柚那……?」
「話しがあるの」
「……ああ」
台所から離れ、俺と雪鳴の前に柚那が現れた。
柚那は怯えた様子で両手でエプロンの裾をギュッと握り締め、しかし視線は俺を見つめて離さない。
震える唇から吐息が少し漏れると、一度頷き、決意新たにといった面持ちで俺に話す。
「アタシ、お兄ちゃんがいなくなってからの五年間、ずっと寂しかったの」
それは雪鳴の妹としてではなく、柚那自身の話しであり、言葉。
「お兄ちゃんと一緒にいるのが楽しかったから、もう二度と会えないだと思ったら怖くて、寂しくて……。 だけど、お姉さんも同じだって知った時に、お兄ちゃんを思う気持ちに嘘をついたの」
柚那は隠すことなく当時の、そして今に至るまでの心境を語る。
それを俺と雪鳴は無言で見つめ、柚那の言葉に耳を傾けた。
「お姉ちゃんを泣かせたお兄ちゃんは悪者だって思うようにして、お兄ちゃんに対する思いを無かったことにして、お兄ちゃんを倒すために強くなろう想い続けようとしたの」
「だけど……」と言った所で柚那の声は震え、掠れ、瞳からは涙が溢れていた。
それを必死に堪えながら、俺の瞳を……その先にある、俺の心を見つめて話し続ける。
「だけど、思い出に嘘は付けなかった。 さっき、お兄ちゃんが助けてくれた時に思い出したの。 アタシが転んだり落ちたり溺れたりしたら、お姉ちゃんよりも早く助けてくれたのがお兄ちゃんだってこと。 どんな時でもアタシを助けてくれた……アタシのヒーローが、お兄ちゃんだってこと!」
柚那は声を張り上げてそういった。
俺は彼女にとってのヒーローなのだと。
それは柚那にとって、どれほど大きな存在なのか俺にはよくわからない。
ヒーローと聞いてピンと来ないからなのか、それすらも分からないけど。
ただ一つ言えるのは、柚那は雪鳴と同じようにこの五年間……ずっと俺のことを考えてくれたってこと。
ずっと俺のことを、本物の家族のように思ってくれたってことが伝わってきて、心の底から嬉しい。
俺は自分自身、大したことなんてしてないと思ってたし、五年前のあの頃はしばらくすれば俺のことなんて忘れるだろうと高を括ってたところもあった。
ほんの僅かな時間しか一緒にいなかったから、きっとすぐに思い出は薄れて消えていくだろう。
そんな風に思ってたけど、雪鳴も柚那も忘れずにいてくれた。
家族を失って、独りになった俺にとってそれがどれだけ嬉しかったことか。
「だから昨日は……お兄ちゃんを傷つけて、ごめんなさい」
深々と頭を下げた柚那に、俺は言葉に悩んで雪鳴の方を向く。
すると雪鳴は俺を見つめ、無言で頷いた。
きっとそれには、俺の答えに全てを委ねるってことが意味合いとしてあるのだと思った。
そうだ。
これは誰かから答えを聞いて解決できることじゃない。
俺が俺なりの言葉で、柚那に伝えないといけないことなんだ。
それが五年という月日で柚那を傷つけた、俺の責任だから。
「……柚那」
「はい」
「俺、五年前に両親を事件で亡くして、姉さんも意識不明になったんだ」
「お姉ちゃんから、少しだけ聞いた」
「そうか……」
本当は、俺の口から話したかったけど、話しちゃったか。
いや、もしかしたら話すんじゃないかって予感はあった。
手間が省けた……と、思うのは失礼だよな。
「姉さんな、すぐ近くの病院でまだ眠ってて、見た目とか記憶とかが五年前から停止してるんだ」
「……」
「姉さんに会うと、五年前のことが鮮明に蘇るんだ。 あの時の辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったこと全部……忘れられないんだ」
「……」
深々と頭を下げたまま、返事のない柚那に俺も変わらず言葉を続ける。
「忘れられないこと、沢山あって、嫌なことだらけだった。 だけど、その度に雪鳴と柚那に会いたいって思ったんだ」
「っ……」
ビクッと、柚那の身体は驚いたかのように震えた。
「もう、俺を抱きしめてくれる家族がいない。 会話ができる家族がいない。 甘えられる家族がいない。 そう思った時、何度も雪鳴と柚那のことを思い出した。 だって俺にとって二人は、大事な家族だったから」
ゆっくりと柚那に近寄り、肩を掴んで起こさせる。
震える瞳でこちらを見つめる柚那に、俺は出来る限りの笑顔を見せて言った。
「会いたかった。 ずっと……ずっと、会いたかったんだ」
再会して、容姿が変わって気付かなかったのはきっと、ずっと五年前のまま変わらなかった……いや、変われなかったから。
姉さんの身体と共に、俺の記憶もまた、五年前から進めなかったんだ。
だけど会いたくてしょうがなかった。
本当はこうして起こったこと全部話して、甘えたかった。
ずっとずっと、会いたくて堪らなかったのに、強がって言えなくて。
でも寂しかったのは柚那も同じだったんだ。
雪鳴も寂しかった、柚那も寂しかった、俺も……寂しかった。
もっと早くに気づいていればよかったって、そう思う。
「柚那、ごめんな。 寂しい思いさせて……ほんとに、ごめんな」
「ううん、もういいの。 でも、お願いがあるの」
「なんだ?」
「もう、何も言わずにいなくなったりしないで」
「……」
それは偶然にも、雪鳴が俺に言ったお願いと全く同じだった。
姉妹だからこその必然なのか、それともただの偶然なのか。
……いや、そんなことはどうでもいい。
「ああ。 今度は全部話すし、これからはずっと一緒だ」
「……うん、うん!」
俺の言葉に柚那は涙をこぼし、しかし喜びに満ちた笑みで俺に抱きついた。
抱きしめ返すと、腕の中に収まった柚那の身体の温もりが伝わってくる。
そして五年前の幸せな時間が呼び起こされて、止まっていた時計が動き出した……そんな気がした。
抱きしめ返し、右手で頭を撫でると、柚那ははにかみながら上目遣いでこちらを見つめる。
「お兄ちゃん、大好き」
「っ……俺も、大好きだ」
突然の告白に動揺するも、それが家族の好きだと理解した俺は同じ意味の言葉で返した。
五年が経過して、しっかりものの女の子になったとばかり思っていたけど、この時の姿は五年前のころと全く変わらず可愛らしくて、愛らしかった。
「ずるい」
「へ……うおっ!?」
「わっ!?」
背後から聞こえた低く冷たい声に驚くと、同時に横から俺と柚那を纏めて抱きしめる細い腕が伸びた。
「せ、雪鳴!?」
「お姉ちゃん!?」
「二人とも、私のこと忘れてた」
「「そ、そんなこと……」」
「……」
「「ごめんなさい」」
俺と柚那は奇跡的なハモりをしながら謝罪すると、雪鳴はふっと笑みをこぼして抱きしめる腕に力を込める。
二人分だから腰までしか伸びていない腕だけど、俺たち三人の温もりが分かち合えている実感を感じるには十分だった。
「やっと、元通りだね」
雪鳴の一言に、俺と柚那は満面の笑みで頷く。
それは子供の頃の戻ったような、屈託のないもので――――、
「お兄ちゃん、カレーを作ったんだけど大丈夫?」
「大好物だ。 柚那の手料理、楽しみにしてるよ」
「絶対美味しい」
「なんでお姉ちゃんが誇らしげなの?」
「雪鳴のお墨付きなら、尚更期待できそうだな」
「お兄ちゃんまで……。 も、もぉ~ハードル上げないでよ!」
「……ふふ」
「はははっ」
「わ、笑わないでよぉ~!」
こうして三人でふざけあって、笑い合える日々を過ごして俺は誓った。
この幸せな時間を、今度こそ俺は守り抜いてみせると。
そう思って、そう誓ってふと今も眠りにつく姉さんのことが脳裏をよぎった。
まだ姉さんは五年前から時が止めっていて、今の俺がどういう日々を過ごしているか知らないだろう。
だけどもし今、この光景を見ていたら姉さんならこういうのだろう。
――――「よかったね。 そして、大事にしてね」
今も眠りにつく姉さんが、そんなことを言いながら笑っているような気がした――――。
後書き
ということで無印編の序章がこの話しで終了しました。
この序章ではジュエルシードを巡るフェイトとの絡みと、五年前の過去を引きずる逢沢姉妹との和解を描いた感じで、原作で主役のなのはが目立たない内容になってしまったと思います。
そこで(と前フリすると後付けの設定に聞こえてしまいますが)次回からはなのはやなのはの周辺との絡みを中心に描きたいと思っています。
もちろん雪鳴と柚那も登場するので二人が気にってくれた方々はご安心を!
ちなみにこのお話しで一番好きなセリフが柚那のこのセリフ。
「お兄ちゃん、大好き」
です。
柚那「や、やめてぇええええ!!!」
IKA「ちょっ!? こっちに風月輪を飛ばさないで!?」
柚那「なかったことに……なかったことにいいいいい!!」
IKA「え、魔法陣まで投げてきt――――ああああああああああああ!!」
黒鐘「自業自得ってやつだな」
雪鳴「南無」
IKA「じ、次回からもお楽しみ、に……ガクッ」
柚那「は、恥ずかしいよぉ……」
雪鳴「そんな柚那も可愛い」
黒鐘「愛でてないで慰めてやれよ……」
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