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トスカ

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12部分:第二幕その五


第二幕その五

王妃       「頼みましたよ」
トスカ      「わかりました。それでは」
 演奏の場へと向かいそこに置かれている台に登った。パイジェッロが指揮棒を手に取り曲がはじまる。
 次々と色彩りを買え歌われるその歌はその場にいた全ての者を魅了した。その歌声と技量に誰もが言葉を失う。
 スカルピアもその一人である。だが彼は他の者とは異なる感情を抱いているかのように獣めいた目を彼女に向けている。しかしそれには誰も気付かない。
 カンタータは終わる。部屋や下の広間からは割れんばかりの拍手が沸き起こる。歓声が轟く。やがてそれはナポリ王国とオーストリア軍、そして王妃を讃える声となっていく。
侍従      「陛下」
 王妃に恭しく声をかける。
侍従      「民衆が貴女を讃えています。愛すべき彼等に陛下の慈しみをお示しになって下さい」
王妃      「わかりました。それでは」
 その言葉に笑顔で頷く。そうして左手のバルコニーに向かい微笑みで以って応える。その時にトスカにも声をかける。
王妃      「貴女も」
トスカ     「宜しいのですか?それは」
王妃      「(優しい笑みを浮かべて)はい。だからこそ共に」
トスカ     「有り難き幸せ。それでは」
王妃      「はい」
民衆      「王妃様万歳!王妃様万歳!」
 下から声が聞こえてくる。王妃が姿を現わすとその声は一層激しくなる。王妃は笑顔で彼等に手を振る。
民衆      「万歳!万歳!」
 次いでトスカが姿を現わすとトスカへの歓声になる。  
民衆      「トスカ!トスカ!」
民衆      「我等が歌姫!」
 トスカは恥ずかしそうに彼等に手を振る。ここで別の声が入ってきた。
民衆      「フランスを倒せ!ナポレオンを倒せ!」
民衆      「それにへつらう者達を許すな!アンジェロッティを許すな!」
スカルピア  「御聞きになりましたか、陛下」
 ここにスカルピアもやって来る。
スカルピア  「ローマの者達はアンジェロッティのく美を求めております」
王妃      「それだけでしょうか」
 スカルピアを見て笑って言う。
王妃      「果たしてそれだけでしょうか」
スカルピア  「といいますと」
民衆      「スカルピアを倒せ!スカルピアを倒せ!」
民衆      「シチリアに帰れ!御前は来るな!」
王妃      「今度はそなたの首」
 スカルピアを見て笑う。これには広間にいる者も広場にいる者も笑う。さしものスカルピアもこれには苦虫を噛み潰した顔になる。
 トスカはその間にバルコニーから広間に戻っていた。そこであの紅い服の男に声をかけられていた。
紅い男     「この服ですか。牛の乳から作ったのですよ」
トスカ      「(いきなり声をかけられて驚いた顔になり)えっ!?」
 驚いた顔で彼を見る。
トスカ      「まだ何も言っていませんが」
紅い男     「ははは、聞こえましたよ」
トスカ      「そうですか、すいません。しかし牛の乳からですか」
紅い男     「(にこやかに笑って頷く)はい、そうです」
トスカ      「それで服が作れるのですか」
紅い男     「少しコツがありましてね。いずれ皆が着られるようになります」
トスカ      「(信じられないといった顔で)はあ、それは」
紅い男     「それでです」
 ここで話を変えてくる。
紅い男     「実は貴女にお渡ししたいものがありまして参上しました」
トスカ      「私にですか」
紅い男     「そうです、これです」
 懐からある物を取り出してきた。それは銀色に輝く大きなロザリオであった。
トスカ      「ロザリオですか」
紅い男     「貴女にはよく似合うと思いまして。きっと貴女を護ってくれるでしょう」
トスカ      「御護りですか」
紅い男     「はい、貴女だけではありません」
トスカ      「私だけではないと」
紅い男     「貴女の愛しい方もまた」
トスカ      「有り難い申し出ですが」
 弱った顔になる。
トスカ      「あの人はあまりこういったことは」
紅い男     「そんなことはありませんよ。このロザリオに貴女も彼もきっと感謝される筈です」
トスカ      「そうでしょうか」
紅い男     「そうです、ですから」
トスカ      「そこまで仰るのなら。是非」
紅い男     「はい、どうぞ」
 ロザリオを受け取る。そうして懐の中に収める。その時スカルピアは広間の端で一人呟いていた。
スカルピア   「アンジェロッティに逃げられたことは痛いな。公爵夫人はここぞとばかりに陛下に讒言してくる。きっと今でも」
 ちらりと王妃を見る。見れば王妃と公爵夫人が話をしている。スカルピアはそれを見てあらためて不機嫌な顔になる。
スカルピア   「くそっ、あのイギリス女が余計なことを言わなければ。どいつもこいつもわしの失脚を狙っている。一体どうすればいいのか」
 忌々しげに飲みかけの杯を置く。長く溜息を吐いた。高ぶりだしていた気えお落ち着かせてからまた呟く。
スカルピア   「落ち着け。だとすれば逃げた男を捕まえれば良い。おそらくマリオ=カヴァラドゥッシが匿っている筈だ。あの男を探し出せばそこにアンジェロッティもいる」
 そう思い直して思案に入る。
スカルピア   「だが用心深い奴のことだ。姿を現わす頃にはアンジェロッティは高飛びしている。奴は無理にしても奴の妹ならこの扇を証拠にして捕まえられる」
 懐から扇を取り出し手に取る。
 
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