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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第四節 転向 第二話 (通算第77話)

「遅いな……カミーユの奴」
 ガンルームに様子を見に行っただけのカミーユがいつまで経っても戻らないことに、ランバンは少しだけ苛ついていた。
「俺が見てこようか?」
 メズーンが腰を浮かそうとするが、ため息を一つ吐いて座り直した。肩を竦めてみせ、おどけたような素振りをする。
「と、いう訳にもいかないから…な」
 メズーンはカミーユが所属していた空手部の主将で、硬派な外見から堅物に見られ勝ちだが、ムードメーカーであり、人望もあった。ランバンにしてみれば、嘗ての尊敬すべき人間が、投降者として目の前にいることが不思議だった。
 当のメズーンは自分の措かれた状況を正解に把握し、受け入れていた。おどけてみせたのはランバンの苛立ちを和らげようという優しさだった。投降したといっても、メズーンは《アーガマ》の正式なクルーになった訳ではない。まだ見習いといったところだ。自由に動くには艦長の許可が必要だった。カミーユたちによって身許は証明されたが、スパイではないと証明された訳ではない。
「自分と一緒なら」
 ランバンはスクッと立ち上がり、メズーンを促した。することもなく、ただ待つだけに正直なところ退屈していたのだ。それに敵が迫っている現状が、どうなっているのかも知りたかった。カミーユがガンルームの様子を見に行くのを承諾したのだって、隔離されたかの様にブリーフィングルームに残された不安からだ。
 ランバンは巨体といってもいいほど縦にも横にも大きい。厳めしい顔立ちであったが、愛嬌のある笑顔で笑うため、いつも周りに人がいた。そのランバンがニッコリと笑った。メズーンを安心させたいという気持ちもあっただろうが、信頼と信用の証でもある。
 ランバンはメズーンの監視役であり、彼を一人にすることは出来ないが、一緒に行動すれば、監視の任を放棄したことにはならないと考えた。勝手な解釈だが、部屋を出てはいけないとは言われていない――と自分に言い訳をする。
 二人はメインシャフトのセントラルエレベータから、重力ブロックを抜けて、艦底のMSハンガーへ向かう。MSハンガーへの直通のエレベータはないため、重力ブロックを通らなければならない。サラブレッド級は艦体の割りに必要人員が少ない上に《アーガマ》は定員割れの状態であり、最低乗組員数ギリギリしか居ないため、臨戦警戒中の現在、重力ブロックで誰かに見咎められる心配はない。
 MSハンガーとMSデッキのエアロックは開放されているはずだ。二人は手近のロッカールームでノーマルスーツに着替え、ハンガー脇のガンルームに入ろうとした。
「おい、聞いたか?ティターンズが人質を取ってるってよ!」
 誰が背後から声を掛けてきた。慌てている…というよりも落ち着かない風だった。
「人質だぁ~?」
 怪訝な顔でランバンが返す。何かの間違いか冗談としか思えなかったからだ。
「マジだって!ほら、なんてったけ、投降してきた……あいつの関係者だってよ!」
 メズーンもランバンも絶句した。確かにメズーンは脱走扱いにされても不自然ではない。しかし、それにしては早すぎる。あらかじめ用意していたかのような迅速さだ。
「そ、それは確かかっ!?」
 メズーンが振り返ると、デッキクルーはギョッとした顔でメズーンを見た。
「お前……」
「俺がそのパイロットだ」
 メズーンは食って掛かる様にデッキクルーに詰め寄る。泡を食った様に慌てて逃げ出そうとするクルーをランバンが遮った。
「どういうことだよ?」
 ランバンは大男だ。普段は愛嬌のある笑顔で厳つさが薄れているが、凄めば普通以上に恐い。気の弱い奴なら失神しかねない。〈笑顔のフランケンシュタイン〉とは良くいったものだ。
「し、知らないよっ……!」
 クルーに怯えの色をみると、自嘲気味に軽い舌打ちをして、顔をツルリと撫でた。人懐っこい愛嬌のある笑顔を浮かべて、クルーを覗き込む。
「白旗で来た奴が言ったのかい?」
 怯えた表情を残したまま、首を横に振る。クルーとて正確な情報を持っている訳ではない。誰かの臆測も含まれているだろうが、問題は出所だった。
「見張りが…カプセルを見たって…」
 しどろもどろなクルーから、それだけを聞き出すと、メズーンはMSデッキへ走り出した。
「メズーン!」
 ランバンが追う。だが、追い付かない。メズーンは自分が乗って来た《ガンダム》に取り付いていた。
 メズーンの機体は右肩から腕部が丸ごと取り外されており、正に解体の最中である。デッキ横のハンガーにあった《ガンダム》の周りには誰も居なかった。解体途中で放置されていたのだ。
 初めての艦であっても、連邦軍規格である以上、ハンガーやデッキの構造は大差ない。メズーンはキャットウォークを通らず、ガントリーレーンを越えて、コクピットハッチを掴むと、頭からコクピットへ飛び込んだ。
「メズーン!」
 プライベート回線で呼び掛ける。返事がないことは解っている。解っていても、呼び掛けなければいけない。自分の《ジムII》の位置を確かめつつ、オープン回線に切り替えた。
「《ガンダム》を外に出すな!」
 それが今のランバンにできる精一杯だった。 
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