俺の四畳半が最近安らげない件
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蛍の光と闇と
「虫…だねぇ」
珠美がパジャマ姿で呑気に呟く
「虫だよ。決まってるでしょ」
葵がイラつきを滲ませながら返した。やはり、パジャマ姿で。
朝の光のなか、私の四畳半は今、虫で満たされている。
昨日、サークルの仲良しの子達で集まってパジャマパーティーを開いた。
夜に皆でお菓子とか持ち寄ってだべるだけなんだけど。
ダウンライトがいい雰囲気だったところに、珠美がサプライズで『いいもの』を持ってきた。珠美が得意げに差し出したカゴの中身をみて、みんな歓声をあげた。
カゴいっぱいの、蛍。
薄緑色の淡い光がゆっくりゆっくり光ってて、すごく綺麗。みんな、しばらく見とれていた。薫が『ダウンライトいらないよね~』とか言うから、それも消してみた。朧月の光がぼんやり差し込んで、なんか幻想的なかんじ。
『ねぇ、放してみよっか』
誰ともなく呟いた。
『あーいいねー、なんか中学の古文であったよねー』
源氏物語の玉鬘のことだろう。
『蛍を部屋に放って幽けき光に絶世の美女が浮かび上がる…みたいな♡』
絶世の美女…そんなキーワードのせいか幻想的な雰囲気のせいか、みんな酔っていた。酒にも、蛍にも。
やがて蛍は小さなカゴから解き放たれて、その燐光を部屋中に散りばめた。それはゆっくり、ゆっくり明滅した。
―――で、今に至る。
私の四畳半で、大量にごそごそ蠢いているものは、どうしようもなく虫だ。なんのオーラもない只の虫だ。
「いや~、朝見ると思った以上に虫だねぇ。ひく程、虫だねぇ」
薫。お前だ。玉鬘の話を持ち出したのは。
「まじでチャバネと見分けがつかないわ」
そこまで言っちゃうのか。可哀想すぎないか。
「…とりあえずコレは困るから。集めよう」
みんなを促して蛍を回収させることにした。みんな渋々、虫を追い始める。
「……地味だね~、蛍狩り」
珠美がまた空気読まない発言を始めた。
「あれ紅葉狩りとかと同じ感覚の『狩り』だからね!?蛍を捕獲するイベントじゃないからね!?」
葵もいちいち怒るな。自分だってノリノリで放したくせに。
「……あ」
珠美の動きがふと止まる。
「どしたの」
「交尾してるのがいる~」
「うるさいっ、何の為に光ってると思ってんだ。交尾くらいするわ」
珠美と話してると疲れる。…ああ、疲れる。あと何匹居るんだろう。
「――そうだ珠美、これ何匹持ってきた」
「んー、100匹くらい?」
「100匹!?」
カゴの中にはようやく10匹強…。目まいがしてきた。
「ぅわ、無理。ねー梅ちゃ~ん、もう腹をくくって蛍と同居しちゃいなよ」
「あ~いいね~、照明要らず~」
―――薫、珠美。
「殺すぞお前ら」
「なんで~?1週間の辛抱だよ~?」
「1週間で死ぬ虫90匹とか益々イヤなんだけど!不吉なんだけど!」
成虫になってからは口の構造上、水しか飲めないとか聞いた事がある。1週間虫の死骸まみれとかイヤ過ぎだから。
「あ――!!誰よ踏んだ奴!!」
葵の叫び声だ。…あーあ、やっちゃたか。誰かが。
「わー、潰れてる~。あっちこっちで潰れてるね~」
言うなお前は。いちいち言うな。
「うっわ危なっ」
今度は薫か、何だ!?
「ゴキブリだ!!危ね、掴むとこだったわ」
「うっわ臭、手臭っ」
葵が指を嗅いで悶絶した。試しに自分の指を鼻先に持っていく…うわ臭っ!なにこれ!?
「あ~、蛍ね、捕まる瞬間、臭い汁出すよ~。時間が経つと超臭いよ~」
「あ~スゲェな、詳しいな!!」
でもそんな詳しいなら何でうちに持ってきた!そして何で放した!!
「も~、どうしよう。もう触るのイヤなんだけど」
唯一真面目に捕獲していた葵が音を上げ始めた。
「じゃじゃ~ん、最終兵器~」
珠美が超いい笑顔で何か取り出してきた。小型の赤い筒…みたいだけど
「バルサン~♪」
ちょ…おま…ちょっと!?
「それはダメじゃん!!も、もう少し頑張ってからにしよ?ね?」
「殺す気満々か!!そんな最終兵器よくアッサリ出してくるな!?」
「てか怖い!あんたホント怖い!!合コンとかでは塩ホッケ見て『お魚さんかわいそ~』とか目ウルウルさせてるくせに!食えよ、調理された魚は!!」
珠美は…え~だめなの~めんどくさ~いとか呟きながらバルサンを鞄に仕舞い込んだ。…この女に騙される男たちに幸いあれ。……や、騙された方が悪いか。災いあれ。
暫く黙々と作業を続けた。割と集まってきた辺りで、またもや葵の悲鳴が上がった。
「ぎゃ~!!食ってる~!!」
虫カゴの中で一匹、しきりに顎を動かしている奴がいた。こいつが、力尽きたらしい蛍の死骸を……!!
「誰よゴキブリ入れたの!!」
「チャバネと区別つかないからなぁ…」
薫、お前だろ…こういう大雑把なことするの……。
「どうせ薫でしょ、出しなさいよ!!」
「待って!?部屋にゴキブリ放さないで!?」
「も~バルサンでよくない~?」
「だからやめろって!!」
…ともあれ、すっかり日も高くなり、ほうほうの体で大多数の蛍を集めた。
「…マック行くか」
「そだね。モーニングやってるかな」
「無理っしょ。私モスのがいい」
手をしっかり洗い、もそもそ着替えながら誰かが呟いた。
「―――うちらもう、卒業式の『蛍の光』で泣けないの決定だよね」
「あーね、蛍って言葉聞くたびにこの状況思い出すよ、絶対」
「蛍の闇は深いね~」
「誰がうまいこと言えと」
マックに行く前に、蛍とゴキブリはその辺の空き地に離した。ゴキブリはともかく蛍はちょっとしたニュースになるかもしれない、そんなことを思いながら。
後書き
次回の更新は来週を予定しています
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