Fate/guardian of zero
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幕間 抵抗
とある弓兵のおかげで、貴族たちが意識をフライアウェイさせた昼の出来事。
人々は、その事件を『マルトーの覚醒』と呼んでいる。この字面からわかるように弓兵のその密かな暗躍は、厨房と彼の主の間でのみの認識になっている。
料理長のマルトーは、彼の活躍を大々的に公表しようと試みたが、当の本人が目立つのは苦手だ、と言ってしまっているので、それ以上何も言えなかった。
主の方はと言うと……まあ、学友が少ないとだけ言っておこう。察してくれれば幸いである。
因みに夕食の方はいつも通りであり、貴族たちはやはり昼のアレは数年に一度の軌跡だったのか……と勝手に解釈してくれている。
閑話休題。
現在、午後の授業は何事もなく終了し、アーチャーはルイズの自室の藁束の上で座禅を組んでいた。
両足の内腿を天井に向けて足を組み、手は組んだ膝の上に預けた。
別段彼は仏教徒というわけではなかったが、今から行う作業はこの姿勢が一番適していると判断し、この体勢となっている。
(では、始めようか……)
心中で呟いた彼は、目を閉じて周囲に意識を薄く広く染み込ませてゆく。
(このフロアにいるのは、私と、隣室のキュルケ。そして名も知らぬ貴族が他に三人といったところか……ルイズは、まだ湯浴みから戻ってくる兆しはない)
部屋の四隅に小さく描かれた魔法陣に意識をやり、異常がないことを確認した。
(人払いの結界を簡易的に張った甲斐はあったようだな……)
彼が張ったのは簡易的な人払いの結界。
部屋の四隅に魔法陣の描かれたガラス板を媒介に、この部屋には用はない。だから近づかない。とそんな簡易的な結界を張った。
勿論、意識を少し誘導する程度なので、確たる意思を持って抵抗するか、魔術を用いることで、簡単に突破できる。
何故、もっと強力な結界を張らなかったかといえば、アーチャー自身が魔術を不得手としていることもあるが、もしかすると何かしらのセンサーに引っかかってしまうかもしれない、という今更ではあるが一応の懸念。
まあ、投影を行使した際に何も感知されていないので、こちらは保険程度である。
あと一つ。範囲はそこまで広くなくてもいい。何故か。
主人は友達が少ない、とこの一文から察してもらえればいいだろう。
さて、結界の規模と強度についての疑問は解消されたが、そもそもなぜこのような結界を張っているかと言えば、
―――解析
―――魔術回路二十七本確認―――
―――動作可能回路二十七本正常―――
―――魔力量正常―――
―――身体に損傷個所なし―――
―――神経、内臓等も損傷個所なし―――
―――身体機能の異常なし―――
――――ルーン魔術による精神汚染は確認されず――――
(まあ、まだだろうな……)
結果を加味し、作業を続ける。
――――精神構造を解析――――
――――解析終了。続いて、汚染を受けた箇所を過去のログから算出――――
――――算出完了。行動原理の分野に多く干渉。また、庇護の感情にも汚染の記録を確認―――
(さて、洗い出しは完了した……次は、どこまで出来るか……)
―――――過去の干渉データから、ワクチンを生成――――――
――――生成完了――――――
そう、アーチャーはこのとき、彼の精神を浸食したルーンの干渉から、自身を守るための対策を講じていた。
(対策、と呼べるのかどうか微妙だな……どれ、実験してみるか)
試しに、破戒すべき全ての符で彼女の刻んだルーンを消せないかという今朝の案を脳内で思考してみる。
すると、
――――ルーンからの精神汚染を感知――――
(やはり来たか……!)
即座にワクチンを流し込み、干渉を断とうとする。
――――ワクチンを適用―――――
――――精神汚染の遅延を確認。停止まであと五秒――――
(行けるか……?)
ファイブカウントにかすかな期待を乗せ、作業を続行する。
――――四―――――
――――三―――――
――――二―――――
―――ルーンの精神汚染が再開されました―――――
(ダメか!)
ズキリ、とさっきまでの報復だ、とばかりに激しい痛みがアーチャーの脳を襲う。
実験は失敗。即座に思考を停止。精神の修復に専念する。
幾分経っただろうか。それは完全に収まった頃に、アーチャーは一息ついた。
(これは、一筋縄ではいかないな……随分と立派な首輪をつけられたものだな、私は)
座禅を解き、四隅のガラス板を爪先で割った。パキリ、という破砕音は鳴るが、破片は床に散ることなく、まるでそこには何もなかったかのように四散する。
はあ、と息を吐き出し、窓からこちらを柔く照らす二つの月を見やる。
「まあ、今はダメでも今後がダメと決まったわけではないか」
現実主義者の彼にしては、希望観測的な言葉が口から漏れた。
だが実際、アーチャーはこの世界での事を学院の生徒用に解放された図書館の蔵書でしか知らない。だから、今後このルーンをどうにか出来るかもしれないという希望は一応は維持される。
それまでは、恩恵をありがたく頂戴しながら、精神汚染という名の隣人と仲良くやっていこうとアーチャーは妥協した。
(さて、そろそろこの部屋の主が帰還を果たす頃合いか。利子はつかずに汚れが溜まるのだ。洗濯物は溜めず、早めに出してほしいものだな)
などと若干所帯じみた皮肉を脳内に浮かべながら、主人の帰りを待った。
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