Fate/guardian of zero
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四話 誘惑と驚愕 その四
片手に本を抱えた小柄な眼鏡少女は、頑丈そうな石造りの廊下を歩いていた。
かつかつと、規則的な靴音が二対。
「ねえタバサ。どこに行くの?」
「……あの人のところ」
訊かれたから応えた、とばかりに必要最低限の言葉を返す眼鏡少女、もといタバサ。
その答えを半ば予想していた二対の内のもう一対。この年代の少女とは思えないほどに妖艶な雰囲気を纏った少女、キュルケ。
キュルケは豊満な身体を揺すり、はあ。と溜息を吐いた。
「まあさっきの発言からして、そうだとは思ってたけど。でも、ダーリンがどこにいるかわかるの?」
「……探せばいい」
「つまりはどこにいるかわからないのね……」
再び、はあ。と溜息を吐く。
タバサがマイペースで、かつ外聞や細かいことを気にしない性格なのは、前々から知っていたキュルケだったが、今回のそれは輪をかけて酷かった。
授業をサボった。
言葉にすればそれだけなのだが、この学院には入学したくても出来ない下級貴族の子等が少なからずいる。
その為、この学院の授業を欠席する者など、殆どいない。
別に、キュルケは勤勉ではない。なので、正直に言えば授業は面倒で、サボってしまいたいと日常的に思う事もある。だが、貴族たるもの優秀なメイジたれ、という言葉が飛び交うぐらいにはここハルケギニアでは、メイジとしての力は貴族大きな武器の一つである。
メイジの実力はそのまま自分への評価へと直結する。だから、授業に対する態度は皆真摯であり、真剣である。中には研究の為に学んでいるという変わり者もいるが。
だがしかし、
「まあ、ダーリンも結構な事を言い出したものよねぇ……そこがまた素敵なんだけど!」
頬に手をあて、うっとりとした表情でのたまうキュルケ。
平常運転である。
それはともかく、ルイズの使い魔として召喚された平民、アーチャーはとんでもない爆弾を投下していった。
『別に一系統なくても、多少不便なこと以外は問題はなく、魔法そのものの存在には綻びは生じない。だが、あれば便利。効率がいい。互いの欠点を補いあうこともできる……つまり、四系統は全て、同価値である、ということです』
言いえて妙である。
それを聞いた直後は、メイジたちは何かを考えこみ無言が教室を支配していたが、アーチャーとルイズが退出した後に。
その理論には破綻がある。
と、クラス中から声が上がり、所詮平民だ。魔法が使えない平民が、何を偉そうに。きっと俺たちに嫉妬しているんだ。と、大体こんな感じの結論にまとまった。
だが、タバサだけは違った。
いつもは授業に出席はするが、我関せずのスタンスを貫き、終始読書をしているタバサ。
そのタバサが、途中から読書の手が完全に止まっていた。
途中、つまりは丁度アーチャーの発言のあたりから。
(普段この子が関心を示すのは、本か強力な魔法についての事だけ……そのタバサが……これは本格的に、ひょっとしてひょっとするかも……!)
乙女、というか下世話なレベルの邪推をするキュルケ。
そんな事を知るはずもないタバサだが、ふとそんなピンク色の思考に反応したかのように、その足が急に止まった。
妄想と現実の狭間を行き来していたキュルケは、その急停止に反応しきれず、タバサにぶつかる。
「いたっ! ちょっとタバサ、急に止まったら危ないでしょう!?」
「……あそこ」
完全に自分に非があるにもかかわらず逆切れしていたキュルケは、タバサが指さした方向を向くと、そこには窓があり、ガラスを隔てた向こう側に中庭の様子が見て取れた。
「なによ……って、あれってもしかして、アーチャー?」
そこには、水場でせっせと洗い物をこなすアーチャーの姿があった。
広いようで狭いんだなーこの学院は、と完全に場違いな感想を抱くキュルケだったが、まあ、何はともあれ見つかったのだから結果オーライ。
(でも、あのタバサが興味を示すなんて、一体どんな言葉が飛び出すやら……)
目標を見つけたタバサは、迷うことなく窓を開け、窓枠に足をかけて外に出た。
勿論、マナー違反である。
幸い授業中なのでそれを見咎められることはないだろうと自分に免罪符をかざした後に、キュルケも便乗して窓から外へ出る。
近づき、声を掛けようとしたその時、キュルケは思考が停止した。
「へ?」
そこには、アーチャーがいた。
それは間違いない。だが、そこには変態もいた。
主人の下着を顔に押し当て、苦悶の表情を浮かべるアーチャー。変態だった。変態はしかして、アーチャーであった。
今までメリットのみが観測されていた、左手甲のルーン魔術。
しかし、世の中メリットだけのうまい話などあるはずもなく、まさに魔法級とばかりの恩恵に見合った代償が用意されていた。
それが、精神浸食。いや、精神汚染と言い換えても差し支えはないだろう。
力の底上げと言語の補助。その代わりに契約を交わした主に絶対服従とはいかずとも、主に好意的な印象を抱かせる。また、思考を改ざんではなく誘導し、冷静な思考を吹き飛ばして行動に移してしまう。
そう、少し前の自分のように。
(……恩恵ばかりで、害がなかったこと疑わなかったわけではないが、流石にこれは看過しかねるな……)
そう判決を下したアーチャーは、とある宝具の設計図を脳内に広げる。
破戒すべき全ての符。
さきの聖杯戦争でキャスターとして召喚されたギリシャの魔女が所持していた、剣型の宝具である。
その形状はおおよそ類を観ないほど奇怪で、つるまきばねの出来損ないです、と言われれば納得してしまうような複雑屈折剣である。しまいには切れ味は普通のナイフと同程度であるが、その形状から果物を切るには少しばかり性格が悪い。
さて、ここまでかのルーン魔術とは反対にデメリットばかりを列挙していったが、世の中デメリットのみの事象や道具などはそうそう存在せず、したとしてもそれは、通常よりも大きな意味を持つことが多い。
デメリットばかりのこの宝具。やはりそのデメリットを推してもおいしいメリットがある。それは、
(あらゆる魔術を初期化する、か……改めて考えなくとも、とんでもない宝具だ)
自身の固有結界のことは棚上にあげるどころか、棚の奥に増設した隠しスペースに押し込んだアーチャーは、破戒すべき全ての符の効果を加味し、自身の左手甲に刻まれたルーン魔術にそれが通用するかを推理する。
(この世界の魔法が、魔術とは全く違う体系から成り立っているのは理解した。……がしかし、自身の魔術がきちんと動作するのも確認したのだ。であれば、令呪などという規格外の代物を断ったのならば、こちらの系統外の契約を破棄するぐらいどうということはないはずだ)
契約を破棄、という部分に反応したのか、ルーン魔術がここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくる。
頭痛に顔を顰め、自然と手が額を掴む。
(……ッ! 修復開始……! ……っと、これは中々面倒な。先の案を実行するにしても、精神修復と同時並行で行わねばならないか)
先の案、と要点を誤魔化すと、ルーンは反応せずに大人しく静観しているようだった。
つまりは、直接的な表現を用いなければ、強力な精神汚染は行われないようだ。
だが、常時こちらの精神を見張られているのは中々によろしくない。はっきり言って、不愉快だった。
と、そんな時、
「もーダーリンったら、そんなに女性ものの下着が恋しいんだったら、私のをプレゼントするのに……‼」
自身の内部に集中していたせいか、外部への警戒がまたも途切れてしまっていた。
不覚、とアーチャーは死してなお自身の未熟を恥じ、声の主へ向き直った。
「……何か用かね? ミス……キュルケ?」
「そういえば、ちゃんとした自己紹介はまだでしたわね、ミスタ?」
そこにいたのは、今朝ルイズと言い合いをしていた赤毛のメイジと、教室の隅で授業中にも関わらず読書をしていた青い頭髪特徴的な眼鏡の少女だった。
そして、赤毛のメイジ、確かルイズはキュルケと呼んでいたそれは、急に佇まいを直し、スカートの端をつまんで軽く頭を下げた。
「ゲルマニアの貴族、ツェルプストー家の長女、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は「微熱」。微熱のキュルケですわ。……お気軽に、キュルケとお呼びくださいませ?」
先の軽薄な態度とは打って変わった貴族っぷりに、アーチャーはしばし呆れていた。
きっと、このようなに様々な仮面と自慢のプロポーションによって、数多の男どもが涙に枕を濡らしたのだろうと、簡単に察することが出来た。
「わかった、よろしく頼むキュルケ。……私のことは、ダーリン、などという代名詞以外ならば、好きに呼んでくれたまえ。まあ、アーチャーという呼び名が定着し始めているようなのでな。呼び名の統一により、やはりアーチャーと呼んでくれたまえ」
「ええ、分かったわ。ダーリン♪」
「理解した。貴女は話が通じないタイプの人間なのだな。……話が通じないならば、通じないなりの会話というのもありだが、その前に。私が女性ものの下着に飢えている、などという不名誉な発言に対して、異議を申し立てたいのだが?」
「ええ? だってダーリン、あなたさっきまでルイズの下着を顔に押し付けていたじゃない。これが下着に飢えていると言わずに、なんというの?……まあ、でも、肉食系のダーリンも、ス・テ・キ♪」
「……ああ、そういえば確かに、頬に冷たい感触を感じていたな……」
回想してみると、確かに手を額に押し当てていた時に、冷たい感触がやけに広範囲に広がっていた。
なるほど、その感触は現在進行形で洗濯している主人の下着のものだったらしい。
「……いや、すまない。そういった邪な気持ちは一片たりともなかった。……ただ、突然頭痛に襲われてな……ああ、今現在、別の理由でも頭痛に襲われている…」
「つまりは、邪な考えはなくて、純粋に下着を堪能したかったと?」
「そうじゃない。いうなれば、あれは事故なんだ……だから、私が一部業の深い人間などではなく……」
と、アーチャーがみっともなく言い訳を続けていると、そこに眼鏡の少女が言葉でもって介入した。
「……タバサ」
「……タバサ? 君の名前かね?」
「そう」
「あ、あのタバサが、自己紹介をしている!?」
突然に会話に飛び込んできた小柄な少女、タバサはシンプルに名前だけを告げる。
何故かそのことにキュルケは驚き、先の会話の内容をすっかり忘れ、「ほ、本当にあなたタバサ?じ、実は偽物だったりして……いえ、これは本格的にダーリンのことを……」などと一人の世界に没入してしまった。
アーチャーとしてはありがたいのだが、このキュルケという貴族は、二つ名を「微熱」と言ったが実は「急熱」だったりしないのか、とあまりのテンションの上下に若干引き気味だった。
そんな事は些事だ、とばかりにキュルケを押しのけ、タバサは髪とお揃いのその青い瞳でアーチャーを見据え、率直に尋ねた。
「……あなたは、何が言いたかったの?」
言葉数は少なかったが、率直であり、曲がり一つない言葉の意図をアーチャーは察した。
ルーン魔術のデメリットによって零れた本音に、何かを感じ取ったのだ。この少女は。
「……君たちの授業の邪魔をしてしまったようで、すまなかったね。あれは自分に酔った愚か者の戯言だ。気を留める必要はない」
「……何が、言いたかったの?」
あれは確かに本音であったが、自身の言葉を押し付けていると自覚した今、それを改めて話すことなど、できようか。いや、出来ない。
そう考え、気にするなと言葉を並べたアーチャーだったが、タバサは引かず、なおも答えを求めた。
瞳と瞳が見つめ合い、しばしの時間が流れた。やがてアーチャーは嘆息し、
「解った……これは、愚かな平民の独り言だ。……魔法は、目的じゃない。手段だ。目的に至るまでの手段は、まさに星の数ほどある。……だが、大きな光にかき消された星もある。なに、それだけさ」
「……そう」
アーチャーの独り言を聴き終えたタバサは、未だにトリップしたまま戻ってこないキュルケをよそに、その場を後にし、水洗いが済んだアーチャーも桶を抱え、物干し場へと向かった。
その場に残されたのは、未だにピンク色の妄想を吐息と共に吐き出すキュルケのみだった。
「学園長、来週に差し迫った品評会についてなのですが……」
ミス・ロングビルは、今日も今日とて処務に追われていた。
毎日毎日、魔法学院では彼女を忙殺せんと、様々な書類が持ち込まれ、捌かれていった。
その中でも特に差し迫った案件と言えば、使い魔のお披露目、品評会であった。
「院内全域の清掃、壊れてしまった城壁の修理、貴賓席の準備。そして、晩餐会の支度まで、ミスタ・コルベールの指揮の下、全て滞りなく進んでおります……学院長?」
「あ、ああ。ええと、品評会の件であったの。それについては、後で書類は既に確認済み。あとはその日を迎えるのみじゃ……」
と、報告を済ませていた彼女だったが、昨日から学院長オスマンの様子が、どうにもおかしい。
何故か、と問われれば。―――――――――真面目なのだ。
質問された事項には率直に答え、仕事は過剰なまでのクオリティで仕上げる。その上娯楽などには一切手を出さず、常に賢者のように椅子に座ったまま動かない。ミス・ロングビルへのセクハラも皆無。
並べてみれば、この魔法学院の長たる者の振舞いそのもの。
これは異常事態である。
つまり、学院長がまともであることが、まともではない証拠だった。
「それと、当日の姫様の護衛についてなのですが……」
「そ、それについては、宝物庫の衛士を姫様の近衛兵と連携させればよかろう……」
オスマンは若干言葉につかえながらも、意見を述べた。
筋は通っているので、特に訝しむ必要はないのだが、
(明らかに、姫様という単語に反応したわね……)
ミス・ロングビルは目ざとくその事に気づき、心のメモに書き足す。オスマンは姫様、又は王族に後ろめたいことがあると推測される、と。
その上で、揺さぶりをかける。
「ですが、オスマン学院長。それでは宝物庫の守りが手薄になってしまいませんか?近頃、土くれのフーケとかいう泥棒が、この学院の宝物庫を狙っている、というのを耳にしまして」
「何、問題なかろう。あそこはトライグルクラスのメイジが何人も束になって固定化と対魔法結界を施しておる。衛士も王宮へ体裁を繕っているにすぎん。いかに土くれのフーケといえども、あの守りを突破するのは不可能じゃろうて」
「そうでしたわね……」
沈黙が訪れる。
明らかに不自然な沈黙が。
そして、その沈黙は意外な人物によって破られた。
コンコン、と扉がノックされ、来客を知らせた。
「入りなさい」
「失礼いたします!わたくし、郵便師のメンビルと申します!ミス・ロングビル宛に、お手紙でございます!」
入口でビシと敬礼を決めた青年は、要件を伝えた。
すると、ミス・ロングビルは私に?と自身を指さし、確認を取る。
そうです、と返したメンビルは大きく膨らんだ黒い革製のバッグの中身をまさぐり、一通の手紙を取り出した。
便箋を受け取り、受領書にサインをさらさらと流した後、では! と威勢よく挨拶を終え、メンビルは退室した。
「珍しいの。ミス・ロングビル宛に手紙とは」
「え、ええ。誰からでしょうか……ああ、あの子でしたか」
「あの子とは?……ああ、何。言いたくなければ言わんでよい」
「いえ、あの子……彼女は私の妹のようなもので、たまに手紙を送ってきてくれるのです」
「……ほう。なるほど」
それ以上は何も言わず、オスマンは手元の書類に目を戻した。
やはり、おかしい。そう思いながらも、詮索されないのはありがたい、とミス・ロングビルは様子のおかしいオスマンに首を傾げながらも、自身のデスクに戻り、手紙を開いた。
(……あの子は、変わりないみたいね。子供たちも元気でやっているみたいね……ああ、また子供を拾ってきたのね、あの子は……黒い髪で、ボロボロの恰好だった、か。……でもまあ、それ以外は特に何事もなく、皆元気に暮らしています、か。……ええ、あなたは平和でなければならない。だからこそ、私は、やらなくてはいけない)
手紙を読みながら、彼女は心を固めた。
ページ上へ戻る