銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第九十二話 フリードリヒ四世
■ 帝国暦487年5月15日 オーディン 新無憂宮 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「ヴァレンシュタイン大将、卿の意見を聞こうではないか?」
リヒテンラーデ侯が俺に問いかけてきた。
「ローエングラム伯への処分を決める前に確認しておきたい事があります」
「何のことだ? ヴァレンシュタイン」
「今後の帝国の国防方針についてです、シュタインホフ元帥」
「国防方針?」
訝しげな表情で問いかけてきたのはシュタインホフ元帥だが、表情だけなら皇帝フリードリヒ四世、エーレンベルク、リヒテンラーデ侯も似たようなものだ。無理も無いだろう、これまで一方的に同盟に攻め込むだけだったのだ。国防方針などと言われてもピンと来ないに違いない。
それに彼らは皇帝フリードリヒ四世が急性の心臓疾患で年内に死ぬ事を知らない。もちろんこれは原作での話だ、この世界でもフリードリヒ四世が死ぬとは限らない。まして死因が急性の心臓疾患となれば長生きする可能性もある……。だが偶然に頼るわけにはいかない。
「イゼルローン要塞を奪われた今、帝国は反乱軍の侵攻に備えなければなりません。どのように対処すべきかを考えるべきでしょう。ローエングラム伯の処分もその中で決めるべきかと思います」
「ヴァレンシュタイン大将、卿には腹案が有る様じゃの」
リヒテンラーデ侯が俺に問いかけてくる。俺はリヒテンラーデ侯に頷くと話し始めた。
「帝国の取りうる方針は四つ有ると思います。先ず一つは現状を維持、反乱軍の侵攻を待って撃破する。二つ目は積極的に軍を動かしイゼルローン要塞を奪回する。三つ目はイゼルローン回廊を封鎖し帝国への侵攻を断念させる、最後に早期に反乱軍を帝国領内に誘引しこれを撃滅、帝国領内への侵攻能力を喪失させる」
皆どう判断して良いか判らないのだろう、互いに顔を見合わせている。
「最初の現状維持ですが、これは論外です。これをやれば反乱軍は国力の回復を待って帝国へ攻め込むでしょう。我々は強力になった敵と戦わなくてはなりません」
「ならばイゼルローン要塞を奪回すれば良いだけではないか」
「あれがそんな簡単に奪回できるものか! 反乱軍がどれだけ犠牲を払ったと思っているのだ卿は」
シュタインホフの無責任ともいえる言葉にエーレンベルクが顔を紅潮させて反発する。その通りだ、あの要塞を正攻法で落とす事は先ず出来ない。あれを落とすには、敵の増援を排除した上で五倍以上の兵力で要塞を包囲攻撃する必要があるだろう。
「エーレンベルク元帥の仰るとおりです。イゼルローン要塞を落とすのは難しいでしょう。落とせても、宇宙艦隊は大きな犠牲を払う事になります。取るべき方策とは思えません」
俺がエーレンベルクの意見を支持するとシュタインホフは不機嫌そうな顔をしたが反論はしなかった。彼自身も容易い事でないとわかっている。大人気ない発言だったと思っているのかもしれない。
それまで黙っていたフリードリヒ四世が不思議そうな表情で問いかけてきた。
「ヴァレンシュタイン、イゼルローン回廊の封鎖とはなんの事だ? 艦隊を回廊の入り口に貼り付けるのか? 」
「いえ、違います。イゼルローン回廊に帝国の拠点となる要塞を設置します」
「馬鹿な、敵の眼前で要塞の建設など出来るはずが無い、不可能だ」
シュタインホフが反対する。その通りだ造る事は出来ない。
「造るのでは有りません。既に出来上がっている要塞を持っていくのです」
「?」
皆不思議そうな顔をしている。無理も無い、俺だって半分キチガイ沙汰だと思っている。
「ガイエスブルク要塞をイゼルローン回廊に運びます」
「卿、何を言っている。運ぶとはどういうことだ?」
「エーレンベルク元帥、ガイエスブルク要塞にワープと通常航行用のエンジンを取り付けイゼルローン回廊に運ぶのです」
「卿、正気か?」
シュタインホフ、失礼な男だな。尤も皆声に出さないだけだろう。妙な目で俺を見ている。原作ではちゃんと出来たぞ。
「正気です。ワープ航法は既に確立された技術です。いささか物が大きいですからワープ・エンジンを要塞に複数取り付ける必要が有るでしょうが可能だと思います。まあ最終的には科学技術総監部に確認する必要は有るでしょう」
「イゼルローン回廊をガイエスブルク要塞で塞ぐか……。それが上手くいけば帝国は外敵に怯えずに済む、名案かもしれん」
リヒテンラーデ侯が喜色を浮かべて話す。エーレンベルク、シュタインホフも半信半疑ながら頷く。
「小官は反対です」
「なんじゃと? 卿自身がいったのじゃぞ」
リヒテンラーデ侯が眼を剥いている。怒っているのか? しかし賛成は出来ない。
「通常なら小官も反対はしません。しかし帝国の現状を考えると賛成できないのです」
「どういうことだ、ヴァレンシュタイン?」
エーレンベルク元帥が眉を寄せ訝しげに問いかけてくる。
「陛下の御前でこのようなことを言うのは心苦しいのですが、帝国は内乱の危機にあります」
「控えよ! ヴァレンシュタイン」
「良い、続けよ」
リヒテンラーデ侯が俺を叱責したが、フリードリヒ四世が侯を抑えた。
「はっ。今現状でイゼルローン回廊を塞いだとします。反乱軍は直ぐにはガイエスブルク要塞の攻略には出ないでしょう。先ずは戦力の回復を図るはずです」
「うむ」
皆頷いている。そう、此処が問題だ、同盟の戦力が回復する……。そして帝国には危機が存在したままだ。
「彼らは考えるでしょう。帝国はイゼルローン回廊を反乱軍に自由に使わせる意思は無い、しかし何とか帝国領へ侵攻できないかと。そして最終的にはイゼルローン回廊が使えなければフェザーン回廊を使えば良いと気がつくはずです」
「! 有り得る」
「フェザーン回廊か」
老人たちは顔を見合わせながら口々に同意する。
「しかし、フェザーンが通行を許すかの、中立を守るのではないか?」
「陛下、フェザーンの中立は帝国への義理立てではありません。あくまで自国の利益のためです。今回のイゼルローン要塞攻防戦がそれを証明しています。フェザーンは明らかに反乱軍寄りの行動をしました。あれが無ければあのような惨敗は無かったはずです」
「陛下、ヴァレンシュタインの言うとおりです。フェザーンは自分たちの利になると思えばフェザーン回廊の通行を許す可能性があると思います」
エーレンベルク元帥が俺に加勢する。シュタインホフ元帥も頷いている。
「帝国が内乱状態になれば、反乱軍は必ずこれを好機と捉え帝国領への出兵を考えます。そしてフェザーン回廊の通行を実行しようとするでしょう。フェザーンは軍事力が有りません、これを拒めない。いやフェザーンの方が積極的に回廊の通過を勧めるかもしれません」
「国内が内乱状態にある中、フェザーン回廊から反乱軍が攻め寄せるか……」
沈痛な表情でリヒテンラーデ侯が呟く。そして思い付いた様に口を開く。
「エルウィン・ヨーゼフ殿下を皇太子にしてはどうじゃ。内乱は防げるのではないか」
「無理です。殿下には有力な後ろ盾がありません。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、その周りもそれを知っています。皇位を諦めないでしょう」
フリードリヒ四世がエルウィン・ヨーゼフを皇太子に指名しなかったのもそれが一因だと思っている。これまでの銀河帝国の歴史でも似たような事はあった。そして後ろ盾の無い皇族は殺されるか、自ら皇位継承を諦めて命を永らえた……。俺とリヒテンラーデ侯が組んでも彼らは諦めないだろう。
むしろ過激になるに違いない。俺やラインハルト等の新しい力が出て来た事に彼らは焦っているのだ。彼らには戦うための理由がある。自分たちの既得権益を守るために彼らは戦うだろう。
特に俺が宇宙艦隊司令長官になることは彼らにとって脅威だろう。これまで平民が宇宙艦隊副司令長官になった事は無い。それが今度は司令長官になろうとしている。彼らにとって平民は貴族に従うべき存在であって貴族を従える存在ではない。
リヒテンラーデ侯もエーレンベルク元帥も何処までそれを理解して俺を使っただろう。おそらく自分が生き残るために必死でそんな事まで考えている余裕は無かったろう。この世界の内乱は原作ほど権力闘争の色は濃くないだろう、むしろ階級闘争の色が強くなるに違いない……。
「つまり、卿は反乱軍を誘引し撃滅するべきだと言うのだな?」
エーレンベルク元帥が俺に確かめるように問いかけてきた。
「はい、反乱軍に大兵力にて出兵させこれを撃滅します。認めていただけぬので有れば、小官は宇宙艦隊司令長官へは就任出来ません。帝国の防衛に自信がもてないのです」
「……」
謁見の間を沈黙が支配した。何時内乱が起きるかわからないなかで帝国領に大兵力の反乱軍を誘引する。一つ間違えば帝国は滅びかねない。簡単には決断できないだろう。
「ヴァレンシュタイン、もしその案を認めた場合、ローエングラム伯の処分をどうするつもりだ」
フリードリヒ四世が問いかけてきた。
「伯を一階級降格して大将にします、その上で宇宙艦隊副司令長官を」
「それでは甘すぎる、軍の統制が取れなくなる」
「必要以上に厳しくしろとは言わぬがシュタインホフ元帥の言うとおり甘すぎるのではないか?」
エーレンベルク、シュタインホフの両元帥が処分が甘いと言って来る。シュタインホフ元帥も反発から言っているのではないだろう。
「反乱軍もそう思うでしょう。帝国の宇宙艦隊司令長官は病弱で前線に出られぬ、副司令長官は大敗を喫しながらも皇帝の寵姫の弟であることを利用して軍内に地位を得ている。おまけに二人とも未だ二十歳を過ぎたばかりの小僧、今の帝国軍にはミュッケンベルガー元帥の頃の武威は無い。今こそ攻めるべきだと」
「それに、小官は万一のためにオーディンに留まる必要があります。実際に宇宙艦隊を指揮統率するのはローエングラム伯にお願いする事になるでしょう」
「……」
しばらく沈黙が流れた。皆視線を落とし考え込んでいる。
「卿の考えは判る。しかしそれだけで反乱軍が攻め込むか?」
シュタインホフ元帥が呟くように問いかけてきた。彼の疑問は尤もだ。他にも手は打たねばならないが、此処は引けない。
「攻め込ませます」
「!」
俺の答えに皆何かを感じたのだろう。リヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフの両元帥は顔を合わせると互いに頷いた。
「陛下、臣等はヴァレンシュタイン大将の考えを支持します」
リヒテンラーデ侯がフリードリヒ四世に話しかけた。これでラインハルトの処分は決まった。後は皇帝の判断しだいだ。皇帝は一つ頷くと俺に問いかけてきた。
「ヴァレンシュタイン、反乱軍を何時までに撃滅するつもりか」
「……年内には撃滅いたします」
「そうか、そちは予の寿命を年内一杯と見積もったか」
「!」
フリードリヒ四世の言葉に室内の空気が一気に緊張した。
「陛下、何を仰られますか」
リヒテンラーデ侯が皇帝をたしなめるが、皇帝はむしろ楽しそうに話を続けた。
「国務尚書、そちとて同じような事は考えたであろう、ちがうか?」
「……」
「面白いの、この帝国の危機に予の寿命まで冷静に図って策を立てるとは。面白い男が居るものじゃ」
「……」
フリードリヒ四世は益々上機嫌に話し続ける。
「ヴァレンシュタイン、そちには借りが有ったの」
「借りでございますか」
「うむ、予が意識不明になった時、それにクロプシュトック侯の一件、どちらも卿には世話になった」
「……」
「そちに帝国と予の命運を預けよう」
「はっ、必ず反乱軍を撃滅いたします」
「予が生きている間にその報を聞きたいものじゃ」
皇帝は何処までも上機嫌だった。俺はなんとなく反発したくなった。
「陛下、一つ間違えば帝国は滅びます。それでもよろしいのでしょうか?」
「ヴァレンシュタイン!」
「滅ぶか? それも良かろう。どうせ滅びるのであれば、せいぜい華麗に滅びればよいのだ」
俺を咎めるリヒテンラーデ侯を無視し、皇帝は愉快そうに言い放つと哄笑した。謁見室に皇帝の笑い声だけが響く。俺は、いや俺だけではない、リヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフの両元帥が呆然と見詰める中、皇帝だけが愉快そうに笑い続けた……。
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