年月を経て
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第七章
「懐かしいな、この雰囲気がな」
「江田島なんだ」
「そうだ、潮の匂いがするだろ」
「呉にいた時からね」
それはあったとだ、恭介は自分の感性から話した。
「それはあったね」
「そうだな、けれどな」
「ここはなんだ」
「ああ、特別な匂いがするな」
曾孫にだ、彼は青空の下紺碧の海を背にして言った。
「あの頃のままだ」
「六十年前と」
「建物は増えたけれどな」
それでもというのだ。
「それは変わらないな」
「そうなんだ」
「ああ、本当にな」
それこそというのだ。
「一緒だ」
「それは海は変わらないさ」
恭介は冷めた声でだ、今も曽祖父に突っ込みを入れた。
「そうそうは」
「ははは、そう言うか」
「そうだよ、この島にしても」
江田島もというのだった、恭介は。
「テレビなかったよね」
「ああ、そんなものはな」
「それにクーラーとかも」
「なかったぞ」
全く、という返事だった。
「今はな」
「それで昔と変わってない筈ないさ」
「まあ行けばわかるさ」
「そうかな」
「じゃあ歩いて行くか」
その幹部候補生学校までというのだ。
「これからな」
「結構距離あるんじゃ」
「何、普通に歩ける」
今もとだ、豊田は実際に足を進めた。
「これでも毎日歩いてるしな」
「タクシーあるけれど」
「便利だがわしにはいらん」
こう返事するのだった。
「いつも行き来していたしな」
「確かここから江田島は」
恭介は持って来ていた江田島の地図を懐から出して見た、二人が今いる港から目指す幹部候補生学校の場所までをだ。
「山越えるんだぜ」
「ああ、緩い山だ」
「それでも山だろ」
「昔はそうしていたんじゃ」
豊田の言葉は変わらない。
「だからな」
「いいのかよ、ひい祖父ちゃん八十だぜ」
「八十でも大丈夫じゃよ」
「足で山越えるのかよ」
「昔のままな」
「本気なんだな」
「昔はタクシーなんかなかった」
彼が兵学校にいた頃はというのだ。
「教官だった頃も使わなかった」
「だからか」
「歩いて行こう」
「ひい祖父ちゃんがそこまで言うんならな」
曾孫の彼としてもだった。
「俺もいいけれどな」
「よし、では行くぞ」
「それじゃあな」
こうして二人は幹部候補生学校まで歩いて行くことになった、豊田は上り坂の道をすいすいと進んでいく。京介もそうだったが。
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