おぢばにおかえり
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第二十九話 お墓地でその十二
「覚えておいてね。阿波野君と私はそれしかないのよ」
「今のところは?」
「今のところはって他に何があるのよ」
どうしてこう訳のわからないことばかり言うんでしょうか。この子のこうしたところが本当にわかりません。しかもとか何とか言ってる間に一緒に来ていますし。第一食堂の横を通り過ぎてそのまま東寮への道を進んでいます。もう完全にこの流れになってしまっています。
「ないでしょ。違うの?」
「今はそれでいいか」
急に目線を少し上にやって言いました。
「別に。焦ることもないし」
「焦るって?」
「あっ、何でもないです」
今の私の問いには答えませんでした。
「何でもないですから」
「そうなの」
「気にしないで下さい。ところでですね」
「ええ」
「この道ですよね」
私に道を尋ねてきました。
「この道をまっすぐに行けばあれですよね」
「そうよ。東寮」
もうすぐ見えてくる距離になりました。
「この道をまっすぐに行けばね。すぐそこよ」
「へえ、案外近いんですね」
私の話を聞いて納得したような顔で頷きました。
「天理高校まで。案外」
「神殿まではもっと近いわよ」
「そうですよね。いい場所ですね」
「いい場所かどうかは色々だけれど」
「色々といいますと?」
「だから。人それぞれじゃない」
こう阿波野君に説明します。
「考え方は。私はいいけれどね」
「何事も近いっていいですよ」
阿波野君の言葉はこれまた随分とわかりやすいものでした。
「僕なんか学校まで一時間ですから」
「遠いのね」
「奈良県って凄いですからね」
実はかなり広いのが奈良県です。吉野とかまで奈良県ですから。けれど人はおぢばもある北に集中しているのでやっぱりそこから通う子が大体です。阿波野君もその一人の筈ですけれど。
「もう僕のいる場所なんて」
「そんなに遠いの?」
「車だったらすぐなんですよ」
車だったら、ってことを言います。
「けれど電車だったら」
「大変なのね」
「そういうの考えたらやっぱり有り難いじゃないですか」
「言われてみればそうかも」
「そうですよ。あっ、あれですね」
目の前に見えてきた学校の校舎そっくりの白い建物を見て声をあげました。
「あの建物ですよね」
「そうよ、あれよ」
私もそう阿波野君に答えます。
「あれが東寮なのよ」
「何か物々しいですね」
東寮を見た阿波野君の最初の言葉でした。
「壁に鉄条網はあるし窓からは何も見えないし」
「だから。女の子の寮よ」
ここが肝心です。
「ガードが固いのよ」
「あの馬鹿親子がいる場所の学校みたいですね」
「馬鹿親子!?」
「ほら、あの馬鹿共」
嫌悪感丸出しで私に言ってきました。
「ボクサーの。自分達がカリスマだとか言っている八百長ばかりしている」
「ああ、あの大阪の恥って言われている」
「ええ。清原と並ぶ」
どうやら阿波野君は清原が大嫌いみたいです。
「僕の親戚あそこの近くにいまして」
「それであの親子が通っていた学校も知ってるのね」
「はい。そこ本当に壁の上に鉄条網あるんですよ」
中々凄い学校です。
「それみたいですね、本当に」
「勿論痴漢よけだけれどね」
「それなんですか、やっぱり」
「けれどそれだけじゃないのよ」
ガードはそれに止まりません、東寮は。
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