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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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47.ロスタイム・ロスト

 
前書き
人を選ぶ小説を書いてる気は自分でしてるけど、今はそれでいい気がする。 

 
 
 穴の捜索にはそれなりに手間取った。
 目撃証言があまりに少ないことから、キャロラインは礼の穴が2階へ続く主なルートとはまるで違う「旨味の少ないエリア」にあると予想した。しかし、そもそもダンジョン1階層分の面積は結構広く、街一つ分はある。その範囲に張り巡らされた細かい通路なども含めて確認するのは難しく、調査は数日に及んだ。

 そして、とうとうその時がやってきた。

「見つけた………これだよ絶対」

 それは、直径7Mはあろうかという穴だった。巨大と呼んで差支えない大きさだろう。岩盤の断面は、どういうわけか一度くり抜いた後にその断面を精密な立方体型のミノで整えたように幾何学的な立方体の連なりになっており、一見しただけではどのように穴を空けたのかがまるで予測できない。
 
 キャロラインは昔、これと似たものを見たことがある。鉱物マニアだった「夜の友達」の家に、こんな美しい形をした銀色の物体があった。確かビスマスとかいう金属で、彼曰く「高熱で溶かした金属が結晶化したもの」だと言っていたが、自然に存在する物質があれほど人工的な角度90の直角になるとはにわかに信じがたく思ったのを覚えている。
 しかしダンジョンの床は金属ではないし、彼の言う特殊な環境がここに当て嵌まるとも考えづらい。そもそもビスマスは脆い金属だし、この断面と結晶化には因果関係はないだろう。

「少しずつ塞がっているみたい。ここ見て、穴を縁取ったように埃が一切乗っていない地面がある。元々はもっと外まで穴が開いてたけど、時間をかけて地面が狭まってきてるんだわ。あと1時間も経てばここに大穴が空いてたなんて誰も気付かなくなるね」
「人ノ手で穿タレたものだが、人ノ腕で穿タレたものではない。つまらん、魔法ノ類か」
「順当に考えるとそうなるかな。何の魔法使えばこんな意味不明な形跡になんのかが謎だけど」

 その手の推理ならオーネストが得意だろう。彼の知識の豊富さは賢者と呼んで差支えない。しかも賢者の癖に危険思想でバリバリの肉体派という所が彼の恐ろしい所だろう。つくづくお約束な物語の定番を崩す男である。こういう強キャラは真の敵が出てきたときにやられちゃいがちなのだが、残念なことに彼は狂キャラな上に性格が限りなく敵側だ。

 ともかく原因を探るのは難しいが、誰が穴を空けたのかは判明させておきたい。

「………かなり、深いな。しかも下ノ階層まで穿ッテいる。最低でも5階層以上は奥まで続いているな」
「みたいねぇ。ちょっとユグー、落ちてきてどこまで続いてたか確かめてよ」
「階層ノ数を数えるのが面倒極まりない。お前ノ所に戻ってくるまでに数は忘れるだろう」
「ちぇっ、役に立たないんだから………ん?」

 ちょっとだけ名案だと思っていた策が駄目になってふてくされた顔をしたキャロラインは、穴の下に見える第二階層を覗き込んで首を傾げる。なにか、穴の近くに光で反射しているものが見えた。確認するか――そう考えたキャロラインはユグーの肩に飛び乗る。

「第二階層までうまい具合に飛び降りて頂戴!」
「お前は自力デ到達デキるだろう。何故俺に乗る?」
「男は女の尻に敷かれてナンボよ」
「理由になっていないが、依頼者ノ命令と言う事にしておこう」

 たぶん横にアズとオーネストがいたら「やっちゃえバーサーカー!」「俺も『狂闘士(バーサーカー)』なの忘れてないかお前?」と言っていただろう。二人は1階層の穴から2階層の地盤へと飛び降り、例の光を反射する者の正体を確認した。
 半透明な物質だ。それなりに大きく、1M四方はある。触ってみると表面は微かに濡れており、恐ろしく冷たい。これは氷だ、とキャロラインはすぐ気付く。半透明なのは氷が形成される際に空気を多く含んだのが内部で気泡として現れているのだろう。

「何でこんなところにこんなデカい氷が………?」
「魔法だろう。珍しくもない」
「ううん、魔法だってのはいいけど妙なのよね……攻撃魔法で必要になる氷ってのは硬度が必要だけど、この氷は気泡が入っているから硬度が劣る。魔法で出来た氷って普通はもっと透き通っているもんよ」
「デは戦闘用以外での氷魔法だというのか?ナンだそれは、ダンジョンでは使い道がない」
「それもありうるんだけどぉ………この氷、もしかして。ユグー、これひっくり返して」
「自力デ出来るだろう。何故俺に頼む?」
「男はすべからく荷物持ちよ」
「面倒ダカラ次から依頼者命令と言え。ソレで納得してやる」

 呆れた表情で1M四方の氷の塊をひっくり返すユグー。裏返った氷の形状を確認したキャロラインは自分の予想が的中したことを悟り、やっぱり、と呟く。

「斜めに続く規則的な段差………これは氷で出来た階段よ!戦うためじゃなくて速度を優先したから透明ではなかっのね」
「………よく見ればそれ以外にも氷塊ガ転ガッテているな。折れたのではなく、切られている」
「自分の後に続く人間を排除するためか、或いは安全の為か……下の階層にもそれらしいのがある。この氷の作り主は氷の階段で延々と下に降りていったみたい。こりゃ相当な魔法の使い手ね……『酷氷姫(キオネー)』並みじゃないといいけど」

 この街の頂点に迫る数多の冒険者の中でも『最強の氷の使い手』と評されるレベル6の美しい後姿を見てちょっと涎を垂らしそうになりながらも、キャロラインは最悪の予感を予測する。ユグーは嫌な予感どころかレベル6クラスの敵の戦闘の可能性に期待を膨らませて涎を垂らしそうになっている。

 ……実は自分もユグーも似た者同士なんじゃないか、とは思いたくなかったキャロラインは、偶然の一致だと考えることにした。

 ともかく、穴を空けた犯人を探って二人は穴を飛び降り続けた。
 不思議な事に、穴の周囲には魔物が少ないか、まったくいない場合が多かった。原因は定かではないが、もしかしたら穴を空けた張本人が全て始末して魔石を回収したのかもしれない。そうだとしたらそれなりには儲かっただろう――そう思いながら飛び降り続けたが、流石に十数階層ほど降りると階層の高度そのものが高くなりすぎて移動が難しくなってきたため、途中からはロープを使ったり正規ルートで追ったりと手間がかかり始める。しかもそんな苦心をしているうちにもダンジョンの穴は塞がり始めているため、時間にも追われる羽目に陥った。

 そして大穴はとうとう18階層の安全圏に到達したところで消滅。
 ここに来て、ひとつ目の手がかりは途切れた。

 ……かに見えた。

「見たんだよ、昨日!とびっきりの上玉なネエちゃんが氷の螺旋階段を下りてくるのを!!」
「酒の飲み過ぎで頭がパァになってただけだろ。この前水晶に反射してる自分に喧嘩ふっかけて拳の骨が折れたのに全然懲りてねぇな」
「ウソじゃねえって!!マジだって!!昨日までこのフロアの宿にいんのを見たんだって!!」

 安酒を煽る冒険者を眺めながら、キャロラインは思わぬ情報に頬をゆるませた。

「まだツキには見放されてないわねぇ~♪」
「俺も酒を飲みたい。退屈ヲ紛ラワスには酒の刺激が一番だ」
「ン………まぁ今から調査するには時間帯がアレだし、一杯ひっかけて今日は宿で寝ますか!」


 その日、一組の男女が店で酒を『樽二本』開けて飲み干したという噂が流布されたらしい。
 この二人、アズに負けず劣らずの酒豪なのである。


 = =



「では、穴を空けた犯人を捜しに行くぞー!!」
『おー!!』
『応!!』
「……消極的おー」
「依頼者命令」
「何よ二人ともノリ悪いわね」

 ここで、捜索に新メンバーが加わる。最近18階層のあちこちから生えた結晶を新たな彫刻として売り出せないか画策していたアルル・ファミリアのヴェルトールとそのしもべたち(ドナとウォノ)である。
 ヴェルトールは女好きだが、キャロラインみたいな性的な部分に特化した相手は苦手としている。しかもこのキャロライン、実は獣の耳や尻尾を触るのが三度の飯並みに好きという困った御仁。当然ながらヴェルトールはこの捜索隊の誘いを懇切丁寧かつ大胆不敵に断ろうとした。

 ところが。

『楽しそう!!』
『興味深い……』

 好奇心が旺盛すぎるドナとウォノが見事にヴェルトールの意志を無視して捜索隊に参加。この二人を単独行動させるわけにはいかない保護者のヴェルトールは、いやいやながら捜索隊に参加させられたのであった。

 18階層前後ならレベル2程度でもそれなりに動き回れるエリアだ。ここでレベル4相当の戦力が3人に増えれば戦闘も格段に楽になる。そう考えたキャロラインは全体を指揮し、周辺の捜索を開始した。
 ところが19,20階層と探しても痕跡がまるで見つからない。ならばと氷の階段を下りてきたという女性を探すも、そちらも碌に情報が無かった。もしかしたら開けた大穴の位置がどんどん変わっているか、塞がったまま開けられてない可能性があった。

 この調子が続くようならばいったん諦めるべきか――そう誰もが思っていたその日、22階層の探索日に、事態が動き出す。

「………これは、最初のアレとは違う穴だよね?」
「半径2M程度の洞穴……ま、人間が通るには十分すぎる構造だが――こいつ、なんか変だぞ」

 魔物の食堂である「食糧庫」の付近に、それはあった。人間が通るのにちょうどよい大きさの洞穴だ。ただの洞穴ならダンジョン内にもあるが、この穴だけに注目したのにはもちろん理由がある。一番その違いを理解していたのは、奇しくもここに来たく無かったヴェルトールだった。

「こいつは明らかに人工的に掘られたものだ。ダンジョンに通常存在する洞穴に比べて露骨に小さいし、地面を斜め下に突き抜けるような構造の洞穴は俺の知るが限りダンジョンにはない。何より壁面が荒すぎる。ダンジョン内の洞穴の壁はもっとなめらかだ」
『サスガはマスター!!そーいうジューバコのスミをつつくような細かいトコロがカッコいい!!』
『うむ!!その鬱陶しくてみみっちいまでの観察眼とどうでもいい部分に着眼点を置く面倒くささは流石我らが主さまよ!!』
「お前ら気のせいか俺の事けなしてない!?あれ!?俺おまえらの父親にして母親だよね!?」
『つまり「おかま」か?』
「そのボケはもう聞いたッ!そうではなくて俺が言いたいのはだなぁ!」
「あー、そろそろ長くなるから閑話休題で」
「尺を勝手に縮めるなぁッ!!何なの俺の最近のこの扱い!?オーネスト相手に超お気楽キャラやってた頃とのこの扱いの違いは何!?」

 以降の話はバッサリカットするが、ともかく洞穴を見つけたドナ・ウォノ・ヴェルトールは内部調査に入る。どうやらこの洞穴は「人工的に削られたのにダンジョンの自己修復機能が働いていない」らしく、埃の溜まり方から見ても昨日今日で空けられたものではないことは明白だった。

 つまり、この穴を空けた存在と上層の穴の犯人は別人だろう。彫り方が全く違うし、そもそもこっちの穴が塞がっていない理由がまるで不明な時点で明らかに性質が異なる。ただ、元『闇派閥』のユグーによると、ダンジョンの最深部にいる存在から反神の加護を受ければある程度のダンジョン内地形操作が可能になるとのことだ。

「何その恐ろしい情報……ってゆーか何でアンタがそれ知ってんのよ!!」
「俺は闇派閥の上級幹部ノ末席に座ったことがあるのだから、知っているのは当然ノ事だろう。今は既に失ワレタ過去の物だ」
(ダンジョン最深部の存在て………何気にそっちも問題発言だよなぁ。ひょっとしてコイツがゴースト・ファミリアにいるのってかなりの奇跡なんじゃ?)

 キャロラインは大して気にしていないようだが、今のはギルドが聞けばひっくり返るとんでもないマル秘情報大放出である。というか闇派閥の幹部格が持っている情報などトップシークレットも良い所の貴重情報確定済みだ。

 ダンジョンの最深部にいる反神存在。
 それはつまり、神に弑逆せんとする存在を意味する。
 オラリオを根本から覆そうとする最悪の敵の影を知ってしまった一同だった。

 ただし。

(……ま、いざとなったらオーネストかアズが何とかするっしょ)
(アレを相手取って災厄ノ騒乱ニ興ズルも又好し………クキキッ)
(『完成人形』で勝てねぇ相手じゃないだろうし、気にすることもねぇか?俺の作品は最強だかんなぁ………っとと、封印したのにもう復活を考えるなんて節操がなさすぎるか)

 この時点で誰もその存在を不安に思っていないのは、流石と言うべきかなんというべきか。

 結局その穴は大柄なユグーが入れないということでヴェルトール達だけで調べたが、アリの巣のように入り組んだそれは一度侵入すれば出られる保証のない文字通りの迷宮だった。そのため調査は難航し、結局はユグーが嘗て使用していた大柄な存在や魔物の運搬用の通路を利用しながら穴の調査をすることになった。

 しかし、元々の目的である大穴や氷の階段についての情報はほぼ皆無。穴の性質が違う以上はあれは闇派閥の仕業ではないだろうという、そこまでしか判明しなかった。そんなこんなで途中から目的はヴェルトールとキャロラインによる未到達ダンジョン見学と化していた。

 そして――気が付けば彼らが辿り着いたのは50層。

「後は………分かるよね?」
「イヤー全然全く予測がつかないわー。50層に着いた途端に遠征中だったオリオン・ファミリアと出くわしたついでにココと合流した後で俺達の噂を聞いて駆けつけたら何故かこんな階層まで空いていた謎の大穴を辿ってオーネスト追いかけて下まで降りてきたリージュさんと合流して最終的にここに集結したかどうかなんてまるで見当がつかないわ~」
「全部わかってんじゃないの死神モドキ。あたしゃロキじゃないからそう言う茶番には付き合わなわいよ」
「冷たいなぁ……ちょっとくらい付き合ってくれてもいいんじゃないの?」
「お望みとあらば夜のベッドで一カ所を重点的に温めてあげよーか?突き合いも勿論……ぐふふ、ガードが堅かったそのコートの中をまさぐらせなさい!」
「おいアズ、こういう品性の欠片も感じられない人間って無性に殺したくならないか?」
「気持ちは分からないでもないけどその刃は引っ込めようかマイフレンド」

 とりあえず、能面のような無表情で剣を片手に迫ってくるオーネストには流石に命の危機を感じたキャロラインだった。



 = =



「ええと、戦う前に確認しておくことがあるんだけど」
「なになに~?」
「キャロライン、ヴェルトール達、ココは戦力外だから絶対前に出ないでね?」
「なん……だと……?」

 主にココが絶望的な顔をしているが、当たり前と言えば当たり前だ。なにせオッタルの耳をもぎもぎしたオーネストでさえほぼ一方的にやられたような空前絶後の強敵が相手なのだから、最低でもレベル6はないと参戦資格がない。つまり、実質4人パーティである。

「納得いかない……あたしこれでもレベル5よ?立派な上位冒険者よ?そこの白雪姫にだって剣なら負けない自負アリなんですけど」
「聞き捨てならんな、『朝霧の君(アルテミシア)』。時代遅れの遊牧民族がわが剣筋を見切れるとでも?そもそもレベル5とレベル6の間には絶対的な差があることを理解できていないとは、無知蒙昧な……」

 二人の女剣士の目線が激しい火花を散らす。この二人、単純に同じ剣士として自分が上だと信じて疑わないらしい。……もしかしたらオーネストとの人間関係的な張り合いもあるかもしれないが。
 ともかく、黒竜討伐発案者とされた俺としてはこの諍いを止めなければならない。

「あーもー喧嘩しないの。ココは確かにレベル5じゃ最上位かもしんないけど、リージュさんはオーネストも認めるレベル6最上位なんだから、差があるのは当たり前でしょ?ついでに言うと魔法の利便性。悪いけどココは参加しても無意味に命を散らす率の方が高いからね」

 直接見たことはないが、リージュ・ディアマンテの実力はオーネストが「戦力になる」と明言しているレベルなのだから、俺としては疑う余地はない。またユグーも「どーせ殺しても死なない」という評価を受けているので、まぁ参加させても問題なかろう。

 だがココ、テメーは駄目だ。

「ハッキリ言って、今のココちゃんのステイタスじゃセンスが間に合っても体がまるで間に合わないと思う。黒竜相手に攻撃を捌ける絶対値としての能力がまだ足りてないんだよ。速度だけギリギリ掠ってる程度かな」
「うごっ………そ、そんなに駄目なん?」
「君が駄目なんじゃないけど、黒竜相手はなぁ……オーネストどう思う?」
「盾ごと真っ二つか剣ごと真っ二つか、あるいはそのまま真っ二つだな。後は全身の組織を押し潰されて雑巾みてぇにペシャンコになるか、全身の皮膚がブレスの熱で爛れ……」
「うん、まぁそう言う事らしい。あとオーネストはそこまで詳細に予測しなくていいから」
「昔から想像力が豊かなんだ」
「心は確実に荒れ果てた荒野だぞオイ……豊かにするために植林しろ植林」
「砂漠に新芽は芽吹かん。どちらにせよココ、お前が命を賭けるのは今日じゃないのは確かかもな」
「………ちぇっ」

 ぬくもりも癒しも会話さえも根絶やしにする不毛の大地オーネストの忠告まで来ると、ココも流石に引き下がる。ヴェルトール達は最初から見学に徹するつもりらしく、ココをおいでおいでしていた。どことなく落伍者の集まる負け犬オーラを感じるが、多分気のせいだと思いたい。

「そういえばユグー。闇派閥の間じゃ黒竜ってどんな存在なんだ?ダンジョンの主の直系のしもべな訳?」
「………闇派閥にも種類がある。ダンジョンの主を信望スル派閥などごく少数に過ぎず、後はダンジョンに然程興味ノ無イ犯罪組織の集団だ。俺はそのどちらとも繋ガリがあったが、どちらにも腰を落ち着かせることはなかった」
「ふーん………俺、オリヴァスのことがあったせいで闇派閥のことなんか誤解してたわ」

 あいつはなんと自分の肉体に魔石を植え込んだ猛者だったが、考えてみれば闇派閥というのはやくざ者が寄せ集まって形成された反秩序集団であって、ダンジョンと直接結びつく存在とは限らない。ここ数年闇派閥の活動が消極的になっているとかでその実態をよく知らなかった俺としては、初歩的な勘違いに気付いた気分だ。
 しかし、あのサバトマンの事を考えると、言い方は悪いが犯罪組織の方がまだ好ましい。
 あんな哀れな存在になるくらいなら、まだ犯罪者の方が意味のある存在だ。悪人はまだ『生きている』が、善人でも悪人でも、人間でさえなくなった連中というのは救いようがない。

「しかし………黒竜は、決して服従ヲ良シトセヌとは聞いた。ダンジョンノ言イナリにもならぬ、魔物の本能ノ言イナリにもならぬ。奴はどこまでも孤高で、愚かしく、しかしてその意識こそが奴を獣ではない上位ノ存在としてあらせる。故にダンジョンの主もそれに触れようとはせぬ、と」
「………確かにアレは他の有象無象の魔物とは訳が違う。あれは自分が唯一無二の戦士であることを自覚し、それを貫こうとしているんだろう」

 どこか人事のように呟くオーネストを見て、俺はなんとはなしに思う。

「だから、黒竜になら殺されてもいいと思ったのか?」
「………さぁな。別に黒竜じゃなくとも、俺が納得して死ねればそれでいいからな」
「今日は、そうじゃないんだろうな?」
「……………なんだお前、もしかして未来(あす)が欲しいってのか?」

 オーネストは意外そうな顔をした。

 未来が欲しいのか――か。俺も自分がいつか死ぬことは知っているので、それが訪れたら迷いなく受け入れるだろう。それはいい。それは自己満足の世界であって、答えは俺だけの胸の中に存在するからだ。俺は生の今際に残影を探す、あの世行き列車を待ち続ける死人予備軍でしかない。

 しかし、こいつと一緒に列車に乗るのは、果たして俺にとって満足できる事なのだろうか。もしそうでないのなら、俺の納得する答えとは何だ。生きとし生けるものの終焉の日を、友達の分だけ拒絶する理由は何だ。

 それは考えても分からない。

 分からないから、「分かるまでの時間」とやらを稼いでも、悪くない。

「1日ぐらいは未来(あす)をねだってもいいんじゃないか?」
「1日ぐらい、ねぇ………主賓がそう言うんなら、今日はそれに足並みを合わせてやるよ」

 オーネストは御機嫌でもなく、不機嫌でもなく、しかしどこかいつもの自分本位なオーラのない返事と共に歩き出した。

 もしかしたら、オーネストは変わろうとしているのかもしれない。

 そう考えると少し嬉しくて――そして、何故かそれが俺とオーネストの距離をこじ開けるような予感がした。
  
 

 
後書き
22階層の穴を空けたのが誰か直ぐに分かった人は作者より凄い。

オーネストはもっとクソ野郎なんです。ただ、そのクソ具合を活かせる展開に持って行けないのは私の技量が不足しているからです。許せ、クソ野郎……!(謝意) 
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