世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に
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6話 セシリア戦
―――もっとシンプルに、その欲求に従ってもいいんだよあの子は。
―――シンプルに、欲求に従う、ですか?
―――そうそう。あの子はまだまだ子供だし注目も浴びているから色んなことを考えているんだよね。言い方は正直あんまりよくないけど集中しきれていないんだよ。
―――あの強さで、ですか?
―――うん。今は結構集中しきっていることが多くなったから成績を出せるようになってきたけど、どの試合でも集中が最高潮に入るなら今よりも勝率が上がるよ。
―――ここ最近、大きな活躍が目立つようになった月夜選手ですが、アヤネ選手から見るとまだ上があると?
―――プレイヤーとしてのピークはまだまだ先だろうし、経験も足りていないよ。だけどあの子の集中力ははっきり言って14歳のそれじゃないよね。
―――と、言うと?
―――普通あれくらいの子供ってさ、どうしてもその日の体調とか調子に振り回されるんだよね。だからプロゲーマーとして安定した成績を出し続けるってのは本来不可能なの。
―――ですが月夜選手は国別対抗戦、三大大会、そしてワールドリーグなど様々な大会で結果を出していますね。
―――プロゲーマーとして、とか、勝負の場は、とか色々と考えているけどぶっちゃけあの子にとってそれは『不純物』なの。
―――『不純物』ですか?
―――そう。あの集中力を生み出しているのは誇りだとか使命みたいな物じゃなくて、プレイヤーとしてすごいシンプルなの。
―――その答えは一体?
―――ふふっ、『負けたくない、勝ちたい』っていう思いだよ。あの子のシンプルな欲求はとんでもない力を引き出すよ。時に格上を食うほどにね。だから数多くの逆転劇を生み出し、鬼とまで言われるようになったのよ。
―――ワールドリーグ決勝後 女性トッププレイヤー アヤネ インタビューから一部抜粋。
指先と心に熱が宿るが、頭と意識は冷め切っているという不可思議な感覚。
過去に何度も経験した理想に近い精神状態。e-Sportsの大会でこの状態にコントロールすることは何度もあった。感情をコントロールできないプレイヤーは最後に勝利を取ることはできない、昔、鬼一はそう教えてもらっていた。
数多くのプレイヤーたちと全てを賭して戦う時のスタートライン、身も心も焼き尽くして相手にぶつけるための儀式のようなものだ。
何度も、静かに、深く、呼吸を繰り返す。
鬼一の体にフィットする黒に赤色のラインが入った、ISスーツに身を纏って何度も深呼吸を繰り返す。
イギリス代表候補生のセシリア・オルコットとの模擬戦。クラス代表を決める戦い。だが、そんなことはどうでもいい。
勝率は限りなく低い。鬼一の中では1桁あるかどうかだと思っているがそれもまた2の次の問題。
相手は最先端技術の結晶である、第3世代の専用ISでこれまで200時間を楽に超える操縦訓練を行ってきた手練だ。
鬼一も第3世代ISを使うが、そこには絶望的なまでに積み重ねてきた時間が違う。
IS適正が発覚してから1ヶ月そこらで鬼一も出来うる限りのことをしてきた。ISに関する知識の座学、基本的な操縦訓練とその応用。IS戦に必要な知識と戦略と戦術の構築。
膨大な数の映像資料やレポートを見てそこにある情報を片っ端から分解を行い、一般的なセオリーやその理由の解析から始まり、自分が相対したときの対処法や自分が相手にどのような行動を行うのかベストなのか、思いつく限りの手段を徹底的にトライアンドエラーを繰り返す。
プロゲーマーとして行ってきたその姿勢はISでも十分に使えた。
ブルーティアーズの特徴や対策、そして操縦者のセシリア・オルコットの考え方や癖を押さえることが出来たのは大きなアドバンテージだ。このアドバンテージをどう活かすかが大きな鍵になるだろう。
鬼一の脳内に1週間前に言われた言葉が木霊する。
『たかがゲーマー』
ガリっ、と歯を食いしばる。
今でも、あの言葉を許すことができない。
「……たかが、とかで片付けられるもんじゃないさ……」
目を静かに開き、席から立ち上がった。
――――――――――――
第三アリーナ Aピット
ピット内にカツンカツンと音を鳴らしながら歩いてきたのは鬼一。
初めてのIS戦に緊張しているであろう鬼一に真耶は、緊張をほぐす為に声をかけようとした。
「月夜くん、調子は―――!?」
そこにいたのは傍目からでも分かるほど集中している鬼一の姿。
だが、その集中力は14歳の少年とは思えないほど漲っていた。近づくことさえできないほどのプレッシャー。見ている人間にも圧力を感じさせ、対戦しているものには冷や汗をかかせるほどの緊張感を与える絶対的な存在。
真耶が現役時代に何度か見たことある、所謂天才と言われる人のそれだった。真耶の中ではこれほどの存在は、程度に差はあれども織斑 千冬と同種の集中力だ。
それだけの集中を僅か14歳ほどの少年が発していることに驚きを隠せない。
同じピット内にいた一夏や箒も気圧されてか声をかけることが出来なかった。
「ほぉ、準備は万全のようだな月夜」
千冬は驚くどころかむしろ、どこか楽しげな声色で声をかける。
「大丈夫です。いつでも行けます」
返事は強く、暗い熱を宿した瞳は前だけを見ている。
それ以外は見えていないようだった。
「そうか、ならばISを展開し準備しろ」
その言葉に返事はせず、無言のまま鬼一はISを展開する。
一瞬光ったあと、そこには鬼神に身を包んだ鬼一がいた。
鬼一は訓練で何度もISを乗っているが、展開したら湧いてくるこの不快感は未だに慣れることができなかった。
叫び声を上げたくなるような恐怖感にも似た感覚。
初めてISを動かしたその日、ISは競技用、スポーツに収まるものではないと肌で感じていた。
ブレードを振れば人間の体など真っ二つに出来るだろうし、ライフルの引き金を引けば一瞬で人体に風穴を作れることを理解した。
そんな簡単に人を殺せる代物に乗れることをどうしてクラスメイトやセシリアは喜んでいられるのか、どうして笑っているのか、どうして人を殺せる力を持ってあんな醜い顔ができるのか、鬼一は心底出来なかった。
この危険性を理解しているからこそ、鬼一はISを乗るたびに逃げたくなる。
いくら絶対防御なんて機能があるからと言って、失敗した人間が生み出したものなんだ、ちょっとした不具合で絶対防御が起動しなかったら自分が傷つくかもしれない、相手を傷つけるかもしれない、最悪人を殺すことだって考えられるのだ。
なぜ周りの人間はそれを疑わないのか。
IS学園はその危険性をどうして教えないのか。
どうしてそこまで信じていられるのか。
そこまで考えて鬼一は頭を振りかぶった。今必要なのはこんな余計な思考じゃない。これからの戦いだ。
一度まぶたを閉じて、自身のISに小さく語りかけるように声をかけた。
「臆病者で悪いけど力を貸して」
静かに、だけど力強くスラスターを展開する。
嫌悪感も恐怖も、僅かにある高揚感も情熱も全て内に秘め、戦いに不必要な感情を無くす。
「鬼神、行くよ」
――――――――――――
勢いよくピットから飛び出した僕はスムーズに地面に着地する。
「ふふん、逃げずに来ましたのね」
オルコットさんは僕のことを見下ろしながら、馬鹿にするような口調で声をかけてきた。
周りを見渡すと、自分のクラス以外の人間も随分いるようだった。その中にはたっちゃん先輩もいた。
応援しに行くって言ってたけどまさかホントに来るとは思っていなかった。手を振っているのがちょっとムカつく。
だが、たっちゃん先輩以外の女生徒のほとんどは口元をニヤニヤと笑っている。1週間前のことを知っているんだろうな。そしてこうとも考えているんだろう。
女に勝負を挑む愚かな『たかがゲーマー』である男。
違う今はそんなことはどうでもいい。今重要なのは目の前にいる対戦相手だ。
ブルーティアーズ、イギリスの最新型IS。手にある特殊ライフルはスターライトMk3、現行しているレーザーライフルの中でも特に精度や速射性が優れた武装。それに加えて自立武装『ブルーティアーズ』による多角的な攻撃。近接武装はショートナイフのインターセプターが搭載。
あらかじめ調べている情報を言い聞かせるように確認する。
ステージの広さは直径200メートル、完全遠距離型に対してひたすら射撃戦をするのは自殺行為。となると必然的に弾幕をくぐり抜け、近距離戦にまで持っていくか。
過去の映像からだとオルコットさんは近距離戦を行っている様子はなく、踏み込ませないように立ち回っていた。
つまり何らかの対策を行っている可能性はあるが、近距離戦は期待特性と相まって不得手な可能性が高い。幸い単純な機動力はこちらの方が高いし、対策も十分に考え、そこに関するトレーニングも行った。
細かく動いて被弾を減らしながらじりじりと間合いを詰める、もしくは射撃の弾幕が薄くなったら一気に踏み込む、のが基本。
とは言っても、今回僕がやれるのは後者しかないんだけど。
心の中で苦笑する。
試合開始の合図である鐘が鳴る。
「最後のチャンスを上げますわ」
腰に当てていた手を僕に向け、人差し指を突きつける。ライフルの銃口はまだ向けられていない。
馬鹿か? この人。もう試合は始まっているんだぞ。
この間に右手に羅刹、左手に夜叉を展開させる。
「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロな惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝ると言うなら、先日の無礼を許してあげないこともなくってよ」
そう言ってオルコットさんは笑いながら目を細める。
僕はそれを見て―――
「つくづく馬鹿だな、あんた」
オープンチャンネルで容赦なく、下らないと断じる。
僕の発言でアリーナ内は一気に冷たくなったような気がした。
「自分の薄っぺらい自尊心を満たすために、そして女が男に勝てるわけがない、などと根拠のない思い込みを捨てろ。これから僕はあんたを全てを賭して倒させてもらうんだが、負かしたあとで下らない言い訳をされて逃げられたくないんだよこっちは」
今の発言は目の前にいるバカだけではなく、アリーナの観客、そしてピット内にいる人たちにも聞こえるように発した。
「一方的な勝利? 勝負の世界に絶対など存在しない。ボロボロな惨めな姿を晒す? このISを使う勝負の世界はどれだけ惨めに見えても勝利を掴まなければならない世界なんじゃないのか? ああ、失礼、あんたの生きてきた世界はそれだけ楽だったと分かったから喋らなくていいよ。時間の無駄だから」
途中から何か口を挟もうと思ったのか、口を開けたのを見て先に塞ぐ。
「今ここで謝る? 戦いの場で相手を貶めるのが貴族の、そしてイギリス代表候補生の姿勢なのか? 随分なご身分なんだな羨ましいよ」
皮肉と煽りを交えて淡々と声に出す。
つくづく、舐めた連中ばかりだなこいつらは。
ISからアラート音が鳴る。ロックオンされた際の警告音。ブルーティアーズ、射撃モードに移行。
視界の隅にそんな表示が出る。武装のセーフティーロックも解除したか。
顔を赤くしたオルコットさんは声を荒げながら銃口を僕に向ける。
さあ、ここからだ。
「よろしいですわ! そこまで言うならもはや、泣いて謝っても許しませんわ!」
僕はすかさずスラスターを短く噴射して僅かに前に進む。
この距離じゃないと出来ない。
「お別れですわ!」
ズギュン、と耳に届く独特な発砲音。銃口から発射される閃光。
「……っシ!」
左足を鋭く踏み込むと同時に、右手の籠手に防御用のエネルギーが展開される。
なぎ払うように右手を振るう。
レーザーとエネルギーがぶつかり合い、相殺する音がアリーナに響く。
鬼神の無力化武装『鬼手』が光を打ち消す。
「……っえ?」
誰が発したのかそんな間の抜けた声が聞こえる。
今起きた出来事を正確に理解したのは僕だけだった。
まずはクリア。
理解できない、という顔をしているオルコットさんを確認して最速でスラスターを最大出力で飛び立つ。
先手を取るために羅刹を向け、引き金を絞る。
「!?」
動揺していても流石代表候補生、狙いの甘い射撃は簡単に避けるか。
僕とて自分の射撃技能ではいくら不意をついても、遠距離戦で当てれるとは思っていない。
だけど、重要なのはそこではない。
オルコットさんの表情を見るに、今の出来事をまだ把握しきれていないみたいだ。
いいのかオルコットさん? 考えている間に戦いはどんどん進むぞ?
無機質な電子音が耳に入る。どうやらロックオンされたみたいだ。
それなら―――!
身をよじり左に強引に進路を変更する。
再度放たれた閃光が右肩の装甲を剥がしながら通過する。
っち! わかっていたが本当に速い!
オートガード機能によって身体を保護してくれているが、それでも全てのダメージを打ち消すことは出来ない。
鋭い痛みが走り、体制を崩しそうになるがすぐさま体制を立て直し再度直進。
バリア貫通 ダメージ29
ダメージ量が表示され、自身のシールドエネルギーを確認する。
残り561、450を切るまでにあのビットを引きずり出さないとかなり厳しい展開になる。だけど練習のおかげで操作にミスはない。
この操作精度を維持しながら、位置調整して距離を潰せばアレが出てくる。
僕はオルコットさんの対策を考えている際、オルコットさんは開始直後はビットをほとんど使わずあのライフルを中心に戦う傾向があるのを知った。ある程度距離を詰めて中距離に切り替わったらビットを射出する、多分無意識の癖なんだろう。
僕の考えは間違えていなかったが、ここで大きな誤算が発生する。
それは、予定の距離に踏み込んでいないのにビット『ブルーティアーズ』を射出してきたのだ。
「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!」
「!? ……っく!」
4基のブルーティアーズが射出され僕に向かってきた。
ラッキーだ。こんなに早く出してくれて。
すかさず軌道を反転させ、地面に向かう。
さあ、ここからだ。
――――――――――――
「なんで、鬼一は地面に降りるんだ?」
ピット内で見ていた一夏は素朴な疑問を出した。
一夏から見たらセシリアは遠距離型のISにしか見えないし、遠距離型が相手なら距離を詰めなければ勝てないと思ったからだ。
そんな一夏の疑問に対して教師2人は。
「月夜め、かなり研究しているな」
「はい、月夜くんの判断、正確ですね」
と、高評価を下した。
「え、どういうことだ千冬姉」
その言葉に千冬は一夏の頭に出席簿を振り下ろす。
「織斑先生だ、馬鹿者」
あまりの痛さに頭のを押さえる一夏。
そんな一夏に真耶が苦笑いしながら問いかける。
「織斑くん、あなたから見てオルコットさんのビット、ブルーティアーズをどう思いますか?」
その言葉に一夏は頭を摩りながら考える。
「ん、とあれって色んな角度から攻撃が出来るってことと、射撃の手数を増やせることですか?」
「そうです、オルコットさんの攻撃の最大の特徴はそれです。月夜くんは客観的に自分を見て、自分の技量では全方位から攻撃されたら対応できないと判断したんでしょうね」
モニターに映されている鬼一は地面まで降下すると、そのまま背中をアリーナに向けてそのまま壁沿いに周るように移動を開始する。
「だからああやって、正面と上からしか攻められないようにしたんです。自分の技量ならこれなら十分対応できるって信じて」
モニターの鬼一はビット攻撃に晒されるがそのほとんどを回避し、時にはブレード夜叉を盾代わりにして防御する。そのおかげかほとんどシールドエネルギーが減らずに済んでいる。
「月夜はかなり高いレベルでオルコットの対策を考えてきている。自分の技量で出来ることで最前の策を導き、それを高い精度でコントロールするために鍛錬を行いこの戦いに臨んでいる」
「へぇ……あっ!」
教師2人の声を聞いて感嘆の声を出した一夏だったが、足元を撃たれ体制を崩した鬼一を見て不安の声を出す。
だが、すかさず鬼神の両肩にあるミサイルポッドが開かれミサイルが四方八方に発射される。
ミサイルがあらぬ方向に発射されるのを見て、教師2人を除く生徒2人は疑問なのか顔をしかめる。
だが、これも鬼一のブルーティアーズ対策の1つだった。
「防御弾頭……そんなものまで積んでいるんですか」
真耶の呟きに、どういうものか質問しようとした一夏だったがその前に目の前の光景で理解した。
ビット『ブルーティアーズ』の前までそれぞれ飛んでいったミサイルが、突然青白い球体状の爆発を起こす。
ビットから発射された青い閃光がその爆発に触れた途端、壁に阻まれたように『消されてしまった』。
その光景を見た千冬は楽しそうに鼻を鳴らす。
「ふん、どうやら月夜は徹底的にオルコットに攻めさせないようにするつもりだな」
攻撃が一瞬止んだその隙に鬼一は体制を立て直し、再度セシリアの行動に備える。
だが、自分から攻める様子はまだ見せない。
「だけどあれじゃあ鬼一は勝つのが難しいんじゃ」
今回の模擬戦の勝利条件が『どちらかのシールドエネルギーを0にする』である以上、鬼一の勝利はないと思った一夏は千冬に指摘する。
「それはあくまで次のステップだ」
その言葉に理解できないといった顔をした一夏は首をかしげる。
それを見て真耶が答える。
「まず初心者にとって重要なのは自分のリズムと呼吸を作ることなんです。
初心者と格上の戦いでありがちなのは何も理解できないまま一方的に敗北することでして、だから月夜くんはまず自分のペースを作る、維持することにして相手のペースに振り回されないように意識してああしてるんです。自分のペースで戦うことが出来れば視野を広く持つことができますし、思考にも余裕が生まれるんです」
「この際、攻める攻められるはほとんど関係ない。月夜は自分のペースで戦いを進めているから現に対応に余裕さえも感じられる。
それに対してオルコットは自分が負けるなんて一切考えていないだろうな。攻めているから自分のペースだと錯覚し、シールドエネルギーを不必要に削っている」
それを聞いた一夏はモニターに表示されている鬼一とセシリアのシールドエネルギーの残量を見る。
確かに鬼一はほとんど消費せず、セシリアの消耗の方が激しい。
すげえ、一夏は鬼一にそんな感想を抱いていた。
―――――――――
ビットによる嵐のような射撃が降り注ぐ。
だが飛んでくる射撃の方向が決まっている以上、吐くまで練習した操縦訓練のおかげで全てを避けることは出来ないけど大ダメージに繋がる射撃は全て対応できていた。
僕はここまでの試合で集まった情報を整理する。
やはりオルコットさんのビット攻撃は目標対象の反応が遅れるところでダメージを取りに来てる。4つのビットで散々誘導して、煽って、それで1番警戒が薄いところに撃ってくる。
右から飛んできた射撃を夜叉でガードし、左前方に見えたビットは防御弾頭で対応する。
ビットの射撃の合間に細かく観察する。
オルコットさんはビットを展開している間はライフルによる狙撃はできない。多分、ビットの制御に意識を割いているからなんだろう。
だけど途中様子見でレール砲を撃ってみたがあっさり回避された。回避行動は問題ないが、狙撃には繊細な集中力と技術が要求されるから実行できない。
現在の試合時間は始まってから既に25分を超えている。
ここまで1回もビットを回収していない。
そろそろか。
だが、突然閃光の嵐が止み、ビットがオルコットさんの元へ戻っていく。
よし―――。
「?」
なんだ? 回収するわけじゃないのか?
「26分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ」
突然何を言い始めるんだ?
「……」
まあいい。
チラリと鬼神の状態を確認。
シールドエネルギー残量348。機体ダメージ小破。両肩ミサイルランチャー中破。残弾64発。羅刹残弾15発。レール砲残弾12発。夜叉使用可能。
よし、十分すぎるほどだ。まだ全然戦える。
「このブルティアーズを前にして、初見でこうまで耐えたのはあなたが初めてですわね」
そう呟きながらオルコットさんは浮いているビットを撫でる。
素直に回収してエネルギー回復しておけば、きっと勝てていたのにな。今はもうエネルギー残っていないだろうな。
目の前にいるのが男だからか、それとも初心者だからか、それともその両方か。余裕の表情を崩さない。
安心するのはまだ早いぞセシリア・オルコット。
僕の戦いはここからなのだから。
「では、閉幕と参りましょう」
ここからが開幕、の間違いだよそれは!
銃口が僕に向けられる。それに呼応するようにビット4基が接近する。
正面に再度展開されたそれを見て、スラスターを全開で噴射し飛び出す。強い衝撃に一瞬意識が白くなるが、歯が砕けんばかりに食いしばり耐え抜く。
複数の光が鬼神をすり抜ける。
突然の僕の行動に虚を突かれるオルコットさん。が、すぐさま引き金を引く。
僕の攻めを凌いだら、そっちの勝ちだ。
「左足、いただきましたわ!」
「っ! おおおおおおぉぉおぉっ!」
左足に突き刺さる閃光。保護機能があってもその衝撃と痛みは決してなくならない。あまりの激痛に叫び声を上げる。
でも、そんなのはどうでもいい。
勢いをそのままにオルコットさんとの距離を詰める。
それを見てオルコットさんは、すぐにビットを僕に向けて飛ばす。
再度、光の乱舞が襲いかかる。
装甲が剥がれ、武装が壊され、衝撃と痛みが次々と襲いかかる。
だが、それもすぐに止まる。
「!? しまった、エネルギーが!?」
ビットが止まり、オルコットさんの元に戻る。
その様子を確認した僕は残っていたミサイルを発射しリロード、残りを撃ち尽くす。弾がなくなった瞬間にすぐさまパージして身を軽くする。
パージと同時にレール砲と羅刹による同時射撃。
飛来してくる弾丸を避け、追いかけてくる高誘導ミサイルを迎撃するオルコットさん。だが、全部で64発にも渡る数なのだ。しかも扇状に発射している以上、回避にも意識を割いている以上対応には時間がかかる。
迎撃しているなら―――!
ここが正念場だ! 力を貸してくれ鬼神!
迎撃する間に更に距離を詰める。
打ち消せないほどのGに身体が悲鳴を上げるが、そんなことは関係ないと言わんばかりに再度加速。
付け焼刃とは言え、このテクニックはこの状況なら十分に使えるはず―――!
瞬時加速 イグニッションブースト。
羅刹を放り投げ夜叉を構えて突進する。
速度の上がった鬼神で肉迫する。
僕は試合が始まってからずっとこうなるように動いていた。
オルコットさんがビットのエネルギーを切らし回収する時を。
距離を詰めることは鬼神の基本性能と被弾覚悟で臨めば、十分にクリア出来る内容だった。
だが、ビットの攻略の最終的な結論として、僕は『ブルーティアーズ』そのものの攻略は断念した。技術があれば落とすことも出来たと思うがそれは出来なかった。
僕の技術では落とすことも条件付きでなければ回避も防御もおぼつかない。
故に、リスク承知でビットのエネルギー切れを起こさせることに神経を削った。
僕はビットの強みは多角的な攻撃、ではなく攻防ともに使える利便性の高さだと思った。
自身の周りに展開すれば、回避しながら近づいてくる相手を迎撃できる、それが1番怖かった。
いくらなんでもダメージを負った薄い装甲の鬼神では、ビットの迎撃を耐え抜くことは困難だ。
回避しながら近づくことが出来れば話は別だが、今の僕にはそんなことは出来ない。だからこそ、早い段階でビットを吐かせて遠距離で僕に攻撃させる必要があった。
そして、いま、僕にとって最大にして最後のチャンスが巡ってきた。
「おぉおおおあああああああっ!」
僕は咆哮を上げながら裂帛の気合を込めて斬りかかる。
さあ、出してこい。最後の兵装を―――!
「―――かかりましたわ」
不得手な距離に詰められてもオルコットさんは余裕を崩さず、笑みすら浮かべて告げた。
「おあいにく様、ブルーティアーズは6基ありましてよ!」
スカート状アーマーから突起が外れ、それが発射された。
回避も迎撃も不可能。間違いなく必殺と言える2発―――!
だが、それはあくまでもまったく知らなければの話し。
「―――読んでんだよ、んなものぉ!」
再度イグニッションブースト。
だがダブル、トリプルイグニッションブーストは出来ない僕はディレイを挟んでから使用する。
だが、それは前進のためにではない。
真後ろにだ。
「なっ!?」
驚く声が聞こえるが、全速力で後退する。
1回目のイグニッションブーストの衝撃を消しきれていないまま2回目のイグニッションブースト。
そのダメージは予想を僕の遥か上を超え、呼吸が止まりそうになる。
「っっっ!」
熱暴走関係なくレール砲を連射し、後退しながらミサイルの迎撃を行う。
ゴォォォンっ、と2発のミサイルを撃ち落とす。
熱暴走が起こり冷却システムが開始したレール砲をパージして、更に身を軽くする。
「―――っぎ」
そして3度目のイグニッションブースト。
呼吸が止まり、全身がバラバラになりそうなほどの衝撃。意識がブラックアウトしそうになる。
十分な訓練を受けていない操縦者には手に余るほどの無謀な行動。
あの世界は、軽くない、馬鹿にするな、証明できない、証明するんだ、負けたくない、、負けたくないんだ、勝ちたい、……勝つんだ!
一瞬バラバラになる思考だったが、最後の思いが意識に火を灯す。
「―――ぅぉおおおぉおおおおおおっ!」
だがここで、僕に予想もしなかった出来事が起きる。
オルコットさんが狙いが甘いまま射撃を敢行してきたのだが、それが偶然的に僕の手元を撃ち抜いたのだ。
高速で後ろに流れていく夜叉。最後の武装がなくなる。
だけど、戻る時間はない。なら行けるところまで行くしかないっ!
右手でライフルを握り、そのままグシャリと音を立てて破壊、同時に鬼火を操作し90度高速回転。回転の際に左足をオルコットさんの腹部に叩き込む。
ギシィ、と軋むような衝撃と、がぁん、と装甲から轟音がアリーナ内に響かせオルコットさんは弾き飛ぶ。
そのまま僕は追撃し、距離を詰める。
左肩からオルコットさんに突進し、崩れていた体制が更に崩れ無防備になる。
「ふっ!」
右の掌底を胸に叩き込みすかさず左肘で顎を打ち上げる。一瞬浮いた身体に左の正拳をねじ込む。ぐらりと崩れ落ちそうになる身体。大きく踏み込み右から左へとなぎ払うように右手を左脇に叩き込む。
いくら絶対防御があるとはいえ、その痛みや衝撃を完全に打ち消すことはできない。
なら代表候補生とその専用機といえども必ずダメージはあるはず。
ここで決着をつけないと負けるのは僕だ。故に攻める手を緩めない。終わるまで攻め続ける。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る!
苛烈と言えるほどの猛攻。体制を立て直す隙も与えない。与えてはいけない、与えて立て直されたら終わりだ。
「……きゃああああっ!」
地面目掛けてオルコットさんを叩き落とす。満足に受身も取れないまま地面に叩きつけられる。
まだだ、終わりの合図がないならまだ攻め続ける必要がある―――!
地面に急降下し、立ち上がろうとするオルコットさんに追撃をいれようとした瞬間、
『試合終了。勝者、月夜 鬼一』
戦いの終わりを告げるブザーが鳴った。
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