世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に
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4話
―――ん? 鬼一のこと? そうだなぁ……最初に出会ったのは確かゲーセンだったかな。うん。アヤネちゃんに手を握られて一緒に来てたな。あれ、何歳の頃だろ? 多分、4~5年前くらいだと思うけど。
―――どんな子供でしたか?
―――今とそんなに大きく印象は変わらないよ。両親の教育が良かったのか礼儀正しい子供だね。物怖じもしないし、ハキハキ喋るよね。
―――関わりのある他のプロゲーマーの皆さんも同じことを言っていますね。
―――あとねー、凄い負けず嫌い。で、第1印象が子供らしくないから気づかなかったけど、根っこはどこにでもいる子供だよ。
―――負けず嫌いで子供らしくないけど子供、ですか?
―――そうそう、当時アヤネが立ち上げたゲーセン『アーク』に僕を始めとしたゲーマーが凄い集まっていたんですよ。プロアマ問わず強い人が集まってたんだよねその時。だから凄いレベルが高くてね。
―――アークのレベルの高さは海外でも有名ですね。
―――鬼一のやつ、そんな猛者連中の集まりにお小遣いもらって挑みに行ってね。そりゃ周りにこてんぱんにやっつけられてね。まぁ、僕も大人気なくボッコボコにしたんですけど(笑)普通心が折れるような状態だったのに、ずっと乱入してきたんですよ。僕たち相手に。
―――だからあれだけ強くなれたんですかね?
―――どの世界にも言えると思うんですけど、極度の負けず嫌いじゃないと強くなれないと思うんですよ。僕しかり、アヤネちゃんしかり。だから鬼一はここまで登ってきたと思いますし、多分其の辺は変わってないと思うね。
―――ところで子供らしくないけど子供というのは?
―――あいつって誰に対しても礼儀正しいし、どっちかっていうと感情を押し出すタイプではないよね。中身は結構辛辣なことを考えているっぽいけどさ。人によっては子供っぽいとは思えないし、あいつも子供っぽいところは見せないしね。俺も昔そう思った。
―――確かに、勝ってもあまり感情を出すタイプではないですね。
―――でも好きなものを食べているときは凄い幸せそうな顔をするし、ムカつくことがあれば嫌な顔もする。あんまりないけど人を煽ったりもするね。1番びっくりしたのは女の子に告白されてすごい慌てふためいていたこととか、どうしたらいいのかわからなくて泣いっちゃったことかな。多分、自分の限界を超えちゃったんだろうね。
―――……想像ができないです。
―――ははは。だからそういったところを見ると、ギャップとまでは言わないけど、どこにでもいる子供なんだなって思ったよ。
―――世界最年少プロゲーマー 月夜 鬼一について生ける伝説 柿原 大吾が答える。1部抜粋
「はい、だからISはPICとカスタム・ウイングによって空を飛べるんですよ。ISによっては複数のPICを搭載して複雑な動きを実現させてます。ぶっちゃけると飛行機の翼と、それを制御するシステムみたいなものです」
放課後、僕は一夏さんにISについて教えていた。
ISというのはとにかくややこしく、専門用語が延々とひたすらに続いている。正直、専門の辞書でもないとやっていられないと思うことが多い。残念ながらISの専門辞書などはないので、とにかく根気よく調べて理解するしかないのだ。
本当はやりたいことがあったが、約束を反故にするわけにもいかないのでこうやって教えているのだ。
一夏さんは、ふんふん、と頷きながらノートを書いている。でもどこか集中しきれていないような気がする。
原因は、放課後とはいえまた女生徒たちが各所から現れ、僕たちのことを遠巻きに眺めながら小声で話し合っている。
他の休み時間もお昼休みも似たようなものだった。学食? という食事処に向かうとそれだけで沢山の人が列を作ってついてくるのだ。
あんたら暇なの? と言いたくなった。
その時、僕が食べている食事を見て一夏さんや周りの人たちは口を開けて唖然としていたが、何を驚くことがあったのか未だによくわからない。
ふぅ、と疲れたのか一夏さんは短くため息をついて、ペンを机に置いた。
「鬼一、今日はごめんな。せっかく止めてくれたのに、巻き込んでしまって」
「別に構いませんよ。遅かれ早かれこうなってたでしょうし」
一夏さんのバツの悪そうな表情と申し訳なさそうな声色で謝ってくる。
実際気にしていない。僕も我慢すればよかったのに喧嘩を買ったから同罪だ。
ああいう手合いはどこかで黙らせる必要があるが、それが1週間後になっただけの話だ。
だが、負けるわけにはいかないので相応の準備をする必要はあるので一夏さんに断りを入れる。
「一夏さん、引き受けて早々申し訳ないのですが、オルコットさんを倒す準備をするのでこれから勉強を教えられないこともあるかもしれません」
「い、いや、俺こそ鬼一に教えてもらうばかりじゃなくて自分で勉強したり、先生にも聞くようにするよ」
そう言ってもらえるとこちらも助かる。
「なぁ鬼一、本当に勝てるのか?」
不安そうに聞いてくる一夏さん。
一夏さん、そんなことはもう大して問題じゃないんですよ。
「一夏さん、ISについては僕もまだ知らないことが多いのですが、それでもハッキリ分かってることがあります」
僕の言葉に、なんだ? と首をかしげる一夏さん。
「ISは今、強大な軍事力として利用される可能性があるのは分かりますよね? 条約で表向きは軍事利用するのは禁止にされていますが、それはそこまで重要ではありません」
僕の言わんとすることがイマイチ理解できないのか難しい顔をする一夏さん。
ここからが本題だ。
「追い込まれた人間はなりふり構っていられないから、条約なんて簡単に破られてしまいますよ。そしてISが軍事利用される状態、それは絶対に敗北が許される状況ではないんです。だってISが負けたらもう敵のISに対する対抗策がもうないかもしれないから」
そう、僕たちIS操縦者が戦いに赴く時、それは絶対に負けてはならない戦いを強制されるのだ。自分たちが負ければ、自分の後ろにあるものが全て失ってしまう、奪われてしまうこととイコールなのだ。
ISについて調べれば調べるほど、理解すれば理解するほど僕はISについてそんな認識を抱いていた。
だけど、ISを倒せるのはISだけとは個人的には微塵も思っていない。それを証明する証拠がないからだ。あるのは開発者の言葉の『ISを倒せるのはISだけである』。これだけだ。それを真っ向から信じるほど僕はお人好しでもない。
エネルギーで動いている以上、ISじゃなくても勝算は少なからずあるだろう。でもそれを口にする必要はない。
僕の言うことが理解できたのか顔を青くする一夏さん。大量虐殺者に関する話についてはしない。そこまで目の前の人に教えてやる義理も恩もない。
「そうです、だから僕にとって勝てるのか? 負けるのか? というのは然程重要なわけじゃないんです。なぜなら絶対に勝つしかないんですから」
そこまで言い切って、顔の青い一夏さんにおどけるように声をかける。
「まあ、それはあくまで僕たちが人としてではなく兵器を運用する歯車として使われる時の話しですけどね。今回の戦いは真剣勝負ですけど、命がかかってるわけではないので深く考えなくてもいいと思いますよ」
その言葉に顔色が良くなる一夏さん。
だけど、僕の言ったことを重く感じ取ったのかやや難しい顔のままだ。
それでいい、いざという時に覚悟できなくて何もできないのが1番まずい。
僕だって覚悟ができているわけではない。
考えたくもない、人を殺すだとか人の大切なものを奪うなんて。
だけど、自分の大切なものを守ろうとする覚悟は自分の左手が欠けた時から覚悟している。
だからこそ、今回の戦いには覚悟を持って臨む。
あの女は僕の大切なものを馬鹿にしたのだ。それを見過ごす訳にはいかない。
だから証明しなければならない。
勝負の重さを、そしてゲームは馬鹿にされるものではないと。
「ああ、織斑くんに月夜くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」
「はい?」
「なんでしょう? 山田先生」
山田先生の声がしたので後ろに体ごと振り向く。
ゆっくりと教室に山田先生が書類片手に入ってきた。小柄な印象があったけど、こうやって見ると僕とあまり身長に差はないんだな。
僕の身長が160ないので、実際にはほとんど差がない。
「えっとですね。月夜くんは以前から決まっていたのですが、織斑くんの寮の部屋が今日決まりました」
そう言って僕と一夏さんに部屋の鍵をそれぞれ渡す。
IS学園は全寮制であり、原則生徒は全員寮で生活をすることを決められている。IS学園の生徒は言い換えると国の資産と言ってもいいだろう。
優秀なIS操縦者は国にとって何人いても構わない。最終的には自国の防衛に直結しているのだから。話では世界各国優秀なIS操縦者を入手するために学生時代からアプローチするらしい。
僕はISの適性があると分かってからはIS学園に必要な荷物を全て送り、それからは日本の研究所で監視兼保護されていた。その間にひたすら勉強したりトレーニングをしていた。
そういえば、今日荷物が搬入されると言っていたがあとで確認しないと。
「あれ、俺の部屋決まっていなかったと思うんですけど? 電話で話した時だと、例外で1週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」
あれ? 一夏さん、最初から寮に入るわけではなかったんだ。
僕はかなり早い段階からアークキャッツ経由で学園に問い合わせしたとき、普通に個室を割り振られると聞いていた。一夏さんはそういうわけではなかったのか。
ちなみに、今回の連絡役を志願した僕の元マネージャー(仏のような顔をした優しい男性、名前はマーク)が部屋について鬼のように電話をして個室にしてもらったのを知ったのはずっと後のお話。
「元々はそうなんですけど、事情が事情ですので一時的な処置として部屋割りを例外的に変更したんです。………………」
最後の方は一夏さんだけに聞こえるように耳打ちしていた。
どんな事情があるのか分からないが、自分が首を突っ込んでいい内容ではなさそうだ。
とはいえ、なんとなく推測はできる。
多分、日本政府が数少ない男性操縦者に監視と保護をつけたい、のではないかと思った。
一夏さんは普通の中学生だと言っていたから、男性操縦者のニュースが流れてから自宅にマスコミやら研究者が押しかけたのだと思う。
僕の場合はすぐにアークキャッツが働いたから、そこまで人目に触れず研究所まで行くことができたし、IS学園にも接触ができたのだと思う。
日本政府も思ったより足が遅い。
万が一殺されたりしたらどうするつもりだったのか。女性にしか動かせないISを男性が動かしたのだ。自分たちの持つ利権や旨味を守るために何らかの行動を起こしていたら洒落にもならん。
一夏さんから離れる山田先生。
「とにかく、織斑くんを月夜くん同様寮に入れることを最優先したみたいです。少しすれば専用の個室が準備できるので、それまでは相部屋で我慢してください」
相部屋? 相部屋は分かるけど誰と一緒になるんだろう?
僕は完全な個室だから僕と一緒ではないはず。身内の織斑先生とかかな?
「わかりました。それで、部屋は分かりましたけど、荷物は1回帰らないと準備できないんで、1度帰ってもいいですか?」
「えっと、荷物なら―――」
すっ、と教室に入ってくる織斑先生。
「私が手配してやった。ありがたく思え」
凄い滑らかに入ってきたので、違和感が全然なかった。
萎縮する一夏さん。一夏さん、姉のことが苦手なんだろうか?
「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと携帯電話の充電器くらいがあればいいだろう」
大雑把ではあるけど、確かにそうだな。
でも一夏さんはまだ遊び盛りの15歳、娯楽品くらいはあってもよかったのでは?
「じゃあ、2人とも時間を見て部屋に行ってくださいね。それから夕食は6時から7時で、寮の1年生用食堂で取ってください。各部屋にはシャワーとユニットバスがあるのですが、専用の大浴場もあります。えっと、その、お2人は今のところ使えないんです」
大浴場使えないのか、それは残念だな。これだけの人数が入る大浴場ならさぞ大きくて気持ちよかっただろうに。
まぁ、でも仕方ない。女性が今まで使っていて、僕たちは突然現れたんだから使えるわけもない。
異性と一緒に入るわけにもいかないし、異性が使っていたお湯を使うのもお互い嫌だろうからそれはしょうがない。諦めよう。
「え、なんでですか?」
……。
「阿呆かお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「あー…………」
一夏さんは今度から1度考えてから話すようにしたほうがいいと思います。
「お、織斑くん!? 女の子と一緒にお風呂に入りたいんですか!? それは、ダメですよ!?」
「い、いや、入りたくないです!」
「ええ!? 女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題のような気が……」
さっきの授業の時もそうだったがこの人は曲解しすぎではないだろうか?
いや、話を聞いていないのか?
今の会話が聞こえていたのか教室の外からは女生徒たちの声が聞こえる。
「織斑くんって、女に興味がないのかしら?」
「……いいわね」
「交友関係を調べて! すぐにね! 急いで裏付けをとって!」
最後、それはストーカー、もしくは犯罪。
「それじゃあ、私たちは会議があるので、これで。織斑くんに月夜くん、ちゃんと寮に帰るんですよ? 道草食っちゃダメですよ?」
学園から寮まで5~60メートルくらいしかないのに、何を言っているんだこの人は。
規律を平然と破るほど、馬鹿ではないつもりなんだか。
―――――――――
その後、部屋に行くといった一夏さんと分かれて僕は第3アリーナにいた。
第3アリーナがどんな場所かの確認と、ISの練習をしたかったからだ。
右手にあるタブレットを操作しながら、観客席をグルリと歩きながら情報を確認する。
「……直径200メートルの広さ。障害物とかもせっちできるみたいだけど当日設置することはない……。遮蔽物なども一切なし。広さに制限はあれど比較的イーブンな状態での対決」
そのままタブレットを操作し、公式で発表されているオルコットさんの情報を開く。
「……オルコットさんの専用IS、ブルーティアーズは完全遠距離型のIS。大きな特徴はそのビット『ブルーティアーズ』。稼働時間に制限はあれども、遠隔操作可能な自立兵器。これによって多角的な攻撃をIS1機で可能にしている」
自分に言い聞かせるように、相手の情報を呟く。
足を止め、公式演習の映像データをダウンロードしそのままタブレットで再生する。
「……ブルーティアーズも厄介だけどオルコットさんのこの高い射撃能力、狙撃能力も対応が難しいな。射撃発生までのラグが短く、高速で目標を打ち抜くことができる『スターライトMk3』。オルコットさんと抜群に相性が良い」
相手の長所を分析し、それにどう対応するか考える。
「ブルーティアーズとオルコットさんの特性上、近接戦接近戦は明確な穴だ。いや、仮にも代表候補生と専用機だ。確実に何らかの対応策があるはず。だけど、少なくともオルコットさんも近距離での戦いは避けたいはず」
再び歩き始める。
「となると僕がまずやらなきゃいけないことは、様々な角度からの攻撃に対応できるようになること。その上で対応したあとに距離を詰めるなり、反撃が出来るように練習すること」
今、僕が出来る事は基本的な起動が多少スムーズなのと、動いていない的と同じく動いていない状態なら当てれる程度の射撃能力。これらを次のステップに移行させること。それが困難なら別の手段を構築すること。
「よし」
ざっくりとした内容だったが、それでもやることが見つかったので早速ピット内に向かう。
入学する前から連絡し、あらかじめアリーナを使えるようにしていたからだ。
――――――――――――
「来い、『鬼神』」
語りかけるように呟くと左耳のピアスが光を発する。
次の瞬間には僕の身体には黒色の無骨な鎧が纏っていた。
日本開発、第3世代IS鬼神
第2世代IS鬼をアップグレードした専用機だ。
日本でも有名なISがあるのだがその名は『打鉄』。打鉄は日本製ISで抜群の安定性と防御性が高いため、誰でも使いやすい標準的なISだ。このIS学園でも多く導入されていて、訓練でも使う人は多くいるらしい。
それとは違い第2世代IS鬼は打鉄とは少々異なるISだ。防御性は最低限に、その代わりに小回りの効く起動性豊かなISだ。打鉄は標準装備として近接用ブレード『葵』とアサルトライフル『焔備』が付いているのだが、鬼は標準装備として近接用ブレード、いや近接用ブレードというよりも大剣がイメージに近いか。葵よりんもひと回り大きく厚みのあるブレード『金剛』。そして威力の高い実弾ライフル『凶撃』。この2つが基本になる。
そして僕の専用IS鬼神なのだが、鬼の基本コンセプトである多少脆いが高機動を更に昇華させたISだ。
12門の大型スラスターが特徴の4枚のカスタムウイングはハイスピードを実現し、肩・腰・手・足に旋回性能を高める小型スラスターがそれぞれ取り付けられている。
このサイズ差のあるスラスターの総称を『鬼火』と言う。金剛を更に頑丈にし、重量を増すことで破壊力を増幅させたブレード『夜叉』。
実弾ライフルよりも威力の高いエネルギーライフル『羅刹』。これは近距離から中距離にかけて使える代物なのだが、他のエネルギーライフルと違ってISのエネルギーを使わないというのが大きな利点だ。
エネルギーを圧縮し弾倉に装填、発射時にエネルギーを開放して撃つことができる武装だ。発射までにラグが少々長いのが欠点ではあるが、重要なのはどこでどう使うかだ。そう考えれば多少の欠点は気にならない。威力も凶撃よりも強く、実弾武装と同じようにマガジンを使って補充できるので継戦能力も悪くない。
2種類の武装は以前のをアップグレードしただけだが、これに加えて新武装、操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器が追加された。
正直、個人的には武装と呼んでもいいのかと迷っているけど、無力化武装『鬼手』。
無力化と聞いて、例えば相手のエネルギー弾とかを打ち消したりするのをイメージするが、これは間違いなくそれだ。低い防御力を補うために開発されたと聞く。
だが、あまりにも使い勝手が悪い武装だと思う。なぜならこの武装の形状はいわゆる、籠手・脛当ての形をした防具なのだが、無力化できる範囲が籠手、脛当ての部分でしか無力化ができないのだ。しかも無力化できるタイミングがとんでもなくシビアで、0.1秒を争う世界で合わせないと相手の攻撃を消すことが出来ない、欠陥品と言われても文句の言えない代物だ。
何10回と使用してみたが、実際に成功したのは2、3回程度だ。
この3つが鬼神のスタンダートだ。
そして、僕が乗るにあたって追加武装も実装された。
鬼神の腰に取り付けられた2基のレール砲。実弾を高速発射することで羅刹を凌駕する火力を実現させ、鬼の弱点でもあった射撃戦でもハイリターンを望めるようになった。意外にも連射することが可能であり、発射ラグも短く射程範囲も長いので様々な局面で使える。
欠点は砲身が熱を持ちすぎると冷却が始まってしまい、長時間に渡って使用ができなくなることだ。
これに加えて両肩に取り付けられたミサイルポッド。
片方につき16発のミサイルを発射が可能だ。様々な状況下で使えるのが最大のウリであり、その言葉通り、直線的な武装の多い鬼神をフォローする貴重な武装だ。
弾幕形成から始まり、高誘導ミサイルによる攻撃、ミサイルや実弾武装の迎撃、ハイパーセンサーを誤認させる特殊煙幕弾によるかく乱、など多彩な用途がある。
レール砲もミサイルポッドも弾が切れたらそのままパージし、ISの軽量化を図って更に機動力を押し上げることも出来る。その時の機動力は軍用ISを除いたトップクラス。パージ前でも上位に食い込めるほどだ。
どちらも型式番号は存在するのだが名称はまだ決まっていないのだが、それにはワケがある。
元々この2つの追加武装は日本製ではなく他国で開発された武装なのだ。
2つとも何らかの理由で正式採用されなかったのだが、この鬼神の開発元は利用価値があると判断したのか格安で買取り、鬼神用に再調整された。
だが、このおかげで高機動だけがウリだった鬼神に高火力という大きな武器を手に入れた。
そしてこの鬼神、追加武装を除いてほとんど完成していたのを僕に渡された、というものであった。
言い方的には少々語弊があるのだが、元々このISはとある代表候補生の専用機の選抜トライアルから落選したという経歴のあるISなのだ。
シュミレーションの結果の平凡さと鬼手の完成度の低さが原因で、通常ならそのままお蔵入り待ったなしの状態だったのだが、2人目の男性操縦者である僕にも専用機が必要となり蘇ったのだった。
僕用に多少改装され、その後そのまま僕に渡された。
入学する前にギリギリのところで追加武装のレール砲とミサイルポッドが実装された。
スラスターを展開し、ゆっくりとピット内から飛び出し地面に降り立つ。
自分の目の前に電子モニターによる練習内容の設定を行う。
今回はいくつかのターゲットを出現させ、ターゲット自体から攻撃するように設定する。
設定を終了させるとカウントダウンが鳴り始め、僕は目を閉じ集中力を限界まで高める。
どくん、どくん、と自分の心臓の音がうるさい。
3
指先と背中がジリジリ熱を持ち始める。
2
それとは対照的に頭は冷え、冴え渡る。
1
右手に羅刹、左手に夜叉を展開させ、追加武装の2つのセーフティロックを解除する。
0
甲高い合図が鳴ると同時に、僕は目を見開き大空へ飛び出した。
――――――――――――
練習を終え、頭も身体も疲れきっていた僕は寮の部屋に向かっていた。
何度も何度も繰り返し練習しては倒れ立ち上がり、気がついたら2時間近く経っていたことに僕は慌てて練習を終了し、急いで着替えて寮へ向かった。
部屋についたら荷物の整理は最低限にして、今日の反省と修正、そして再度研究しなおそう。もしかしたら新たな発見があるかもしれない。
ポケットから鍵を取り出し、鍵に書いてある番号と部屋番号を確認する。
うん、ここみたいだな。
鍵を差し込み、ガチャリと音を立ててドアを開ける。
そこには僕にとって理解しがたい光景が待っていた。
「おかえりなさ~い」
なぜか、裸エプロンと言われる格好をした水色の髪の毛をしている女性がいた。
勉学を学ぶ場所でこんな格好をしてたら痴女と言われても文句を言えないと思う。
あれ? この人どこかで見たことある? どこだ?
違う、今はそこじゃない。
そして僕は今、この出来事に大して冷静に対応した。
「すいません、間違えました」
ばぁんっ、と音を立てて閉めるドア。
どうやら部屋を間違えてしまったみたいだ。よほど疲れているみたいだ僕は。
ふぅ、と深呼吸し、目をゴシゴシと擦り天井を仰ぐ。
再度、鍵に書かれている番号と部屋番号を確認。
うん、間違いない。ここが僕の部屋だ。
どうやら本格的に疲れているみたいだ。
1日中視界に女性がいたせいか、自分の部屋の中にまで幻覚を見てしまうとは思わなかった。
仕方ない、今日は早めに休もう。
再度開けるドア。
「ご飯します? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」
やはり部屋には痴女がいた。
ばぁんっ! とさらに力を込めてドアを閉める。
なるほど、これが俗に言うハニートラップというものか。
そんなものにこの元プロゲーマーの僕が引っかかるとでも思うのか。
急いで110番だ。変なのを見つけたら110番に電話すればなんとかなるってアヤネ姉さんが言ってた。
違う110番じゃなくて、まずは職員室にいるだろう先生に連絡だ。
カタカタと震える手でポケットから携帯電話を取り出し、職員室に電話をしようとする。が、
ガチャリ、と開かれるドア。
「間違ってないよ、ここがキミの部屋だよ」
「うおおおおおおおおおおおおおっ!?」
端正な容姿をした美少女が、いや、痴女が出てきたことに思わず悲鳴が出る。
顔面ブルーレイになり心が濁りきった僕は後ずさる。
ごんっ、と背中を壁にぶつける。
背中が濡れているような気がした。
まずい、まずい、なんなんだこれ、僕が一体何をしたと言うんだ!?
ガクガクと震える両足。
やばい、逃げないと。こんな痴女に襲われたら最速で人生のK.O!! だ。
だが、疲れきった頭と体は思うように働いてくれない。
「初めましてだね月夜 鬼一くん。今日からキミの部屋に住むから、よろしくね」
痴女に挨拶されたがこっちはそれどころじゃないんだっ。
そうだっ、今は、ここを離れなきゃっ!
逃げ出すために走り出そうとするが、疲労と動揺で体が思うように動いてくれずそのまま倒れ込んでしまう。
ひょい、っと痴女の脇に抱えられる僕。
こんな華奢な身体にそんな力がどこにあるというのか。
そのまま何事もなかったように僕を鼻歌混じりに部屋の中まで連行する痴女。
いやだっ、いやだっ、まだやらなきゃいけないことがあるのに、だからっ。
思考がぐちゃぐちゃになり、視界が歪み横隔膜が震える。
焦った感覚だけが先走り、バタバタと手足を動かすが意味を成さず。
自分を救ってくれた厳しくも優しい世界から、理不尽渦巻く女性だけの世界に飛び込まされ。
朝からずっと好奇の視線や否定的な視線に晒され。
周りの誰にも頼れず、唯一の家族と言える姉や友達や仲間たち、ライバルたちももういない。
女尊男卑の醜さや愚かさを体感して。
自信を支えていた誇りを汚され、貶められて。
それでも負けられないという思いから自分に厳しくして。
自分では気づかず限界寸前まで疲労していた精神は、目の前の出来事を理解できず、耐え切れずに限界を超えてしまい―――
「……っひぐ、ぇ、うぇ……、ぅ、うぁああぁっ……!」
僕は泣いてしまった。
「え!? ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」
焦った声が聞こえたが、そんな声はもう僕の耳には届いてなかった。
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