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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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2話


「……うん」

 1時間目のIS基礎理論授業が終わり、休み時間に入った。授業の内容そのものはあらかじめ勉強していたので、特に苦戦することもなく理解できた。
 付箋がつけられ書き込みを細かく記した教科書をしまい、次の授業の教科書を準備する。その教科書にも付箋や書き込みがある。

 IS学園では1日中みっちりIS絡みの授業が続くので、入学式当日から普通に授業がある。

 学園の案内などはなく、地図を見ろ、という一言で片付けられたが個人的にはその方が嬉しい。
 人に案内を受けるよりも自分で見て、聞いて、感じた方がよほど自身に刺激を与えることが出来る。

 入学式は周りから不快感を感じさせる視線をずっと感じていた。
 女尊男卑、今までは否定的な視線よりも肯定的な視線が多かったのだが、この学園では否定的な視線を多く感じる。
 性別が壁になる世界で生きてきたわけじゃないから、今受けている視線は新鮮さよりもただ気持ち悪い。朝の時も大概だったがずっと続いている分イラつく。
 休み時間なので気を抜いて楽にしたかったが、教室の雰囲気に思わずため息が出そうになる。

 僕と一夏さん以外は全員女性。

 世界でたった二人しかいない男性操縦者。

 そんな看板に興味があるのか、廊下には同学年の他クラスはもちろんだが他学年の先輩たちも見に来ている。
 余程の暇人なんだろうか? IS学園の偏差値の高さやISという代物のことを考えればここまで呑気でいるわけにもいかないだろうに。
 興味があるなら話しかければいいのにそうしようとしない。比喩で動物園のパンダという表現を用いたけど、これだとあながち間違いないようだ。冗談じゃない。クッソ。

 なんか色々な思惑がありそうだが、正直付き合っていられないので一夏さんの元に行く。
 やけにぐったりとした一夏さんに声をかける。そんな疲れた状態を見せていると周りからの視線が更に集まるのに。

「一夏さん、大丈夫ですか?」

「……鬼一、今の授業分かったか?」

「勉強していたので特別苦戦することもなく大丈夫でした」

 その返事に小さく、はぁ、とため息をつく一夏さん。

「……マジか。ISの授業って難しいしややこしいから、全然頭に入ってこないんだよ」

「……これ、まだ入口の入口の内容ですよ? 分からないなら後で調べるなり、僕や先生に聞いて少しでも理解したほうがいいですよ。ここで手こずると後々面倒なんで」

「……悪い鬼一、後でもしかしたら聞きにいくかもしれない」

 そのまま頭を机に落とす。その際おでこと机がぶつかり、ごん、と低い音がなる。
 この環境で自分の未知の世界、ISに関する専門的な授業は中々に応えると思う。
 正直、自分も疲れているのでその気持ちは分かる。できることならすぐにでも休みたい。
 更に一夏さんは、織斑先生の弟でもあるので周りから色眼鏡で見られるとさらに精神的に負担がかかっているんだろう。

「……ちょっといいか」

「え?」

「……?」

 すっと冷ややかな声で話しかけられた。その声に顔を起こす一夏さん。
 その目線の先には、姿勢をピッ、と伸ばしているためか身長がやや大きく見える女性。鋭い目つき、というよりも不機嫌、というのが正しいか。
 顔が美人なためか迫力のある眼光に感じる。髪型は腰まで長く後ろでまとめている。いわゆるポニーテールという奴だ。
 名前は確か、篠ノ之 箒さん。この女尊男卑を生み出したIS開発者と同じ名字をしていたから印象に残っている。こんな特徴的な名字はそうそうない。もしかしたら身内だろうか。
 もしそうなら、阿呆の妹が阿呆ということはないと思うが出来ることならあんまり関わりたくない。多分、ロクなことにならない。

「……箒?」

「………………」

 一夏さんが確認するような声色で問いかける。
 どうやら一夏さんと篠ノ之さんと知り合いのようだ。
 その問いには答えず彼女は僕に。

「……話しているところを邪魔して悪いが借りていくぞ」

 一方的にそんなことを宣告した。
 言い方は気に入らないが断る理由もないので、どうぞ、と声をかける。

「廊下でいいか?」

 一夏さんに話しにくいことでもあるのか、場所替えを提案している。僕には一切関係ないことなので触れることはない。

「早くしろ」

「お、おう」

 廊下に出て行ってしまう篠ノ之さん。教室前に集まっていた女生徒たちがざあっと道を開ける。
 その光景に笑いそうになるがなんとか我慢する。
 慌てて一夏さんも篠ノ之さんについていく。
 注目されている片割れがいなくなり、その視線が全て僕に集まってくる。つまりクラスの視線が全て僕に集まる。
 そのことに僕は今度こそため息をこぼした。

―――――――――

「―――であるからにして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したISを運用した場合は、刑法によって罰せられ―――」

 滑らかに教科書を読み上げる山田先生。僕はそれに対して素早く教科書に目を通す。
 既に勉強している箇所ではあるが、ISの初心者である僕は自分の理解と先生の説明に齟齬がないか確認する。
 何度もやっているからといって手を抜くことや気を抜くなど微塵もありえない。
 ここで妥協をしてしまうと後で余計に時間を取られてしまうことを、過去の経験からよく理解している。

 ゲームだってそうだ。

 気になったことを放置したり、知っているからといってそこで思考を止めてしまうと後で時間を取られてしまうどころか、それが原因で敗北することもある。
 それを理解しているからには一切妥協しない。
 知っている知識なら更に深く理解する。
 知らない知識なら少しでも理解する。
 当然のことだ。
 手元にある5冊の教科書の内1冊に簡潔な書き込みを行い、理解の及ばない、もしくは気になった所は別のノートに纏めて後で一気に調べる。

 自分は周りよりも進んで理解しなければならない。
 自分は世界でただ2人の男性操縦者なのだ。
 今、自分はたくさんの人に注目されている。そんな中で自分が妥協してそんな姿勢を見ている周りの人間たちは、自分が戦っていたゲームの世界も甘く見られてしまう。
 それだけは、何があっても認めるわけには行かない。
 だからどこまでも貪欲になれるし、考え方にシビアになれる。
 ―――おっと、それは初耳だ
 山田先生から補足の説明が入ったので、教科書の隅に書き込みを行い色違いの付箋を貼る。
 ここで、自分にとって未知の知識が頭に入ってくる。
 だが、そこで満足することもない。
 今の説明で気になることができたが質問はその場ではせず、基本的に自力で調べる。
 ゲームのトップグループに入っていた僕は、人に教えることはあっても教えてもらったことは少ない。
 なので自分で調べることで理解を進めるのは至極当然であり、更に普段から調べる癖や考える癖を身につけておくと自分を成長させるための土壌を作ることもできる。
 だが、今の状態ではやや物足りない。
 今の自分は周りから遅れている状態であり、トップどころか平均にも届いていないと思う。
 なので自力で調べるのは当然だが、自力での限界が見えたなら先生にも教えてもらうことにする。
 安易に頼るのは良くないが、自分のキャパシティを超えた努力には意味がない。

「織斑くん、何かわからないところはありますか?」

 一夏さんと隣の女生徒の間で何らかの短いやり取りに気づいた山田先生が質問を投げかける。

「あ、えっと……」

 一夏さんは一度教科書に視線を落とす。
 そういえば一夏さんはISのことが分からないと言っていたが、今なら素直に聞けるチャンスなのでは? というか聞いてくれ。後で僕が教えなくても済むように。

「わからないところがあったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 胸を張る山田先生。
 その質問しやすい雰囲気に好感が持てる。
 一夏さん、もしわからない、自身の手に持て余す状態なら素直に教えてもらったほうがいい。
 教師というのは、人に教え、導く存在なのだから。
 それに無知は時として自分だけではなく、周りも傷つけるから。

「先生!」

「はい、織斑くん!」

 やる気を感じさせる声にやる気で満ちた声でそれに応える山田先生。

「ほとんど全部わかりません」

 なんとなく予想していた答え。
 自分の立場を理解していないからこそ、そんな無責任な発言が出てくる。
 僕たちはそれを許される立場では本来ない。
 いや、一夏さんはある意味では僕よりも、か。
 でも素直に自身の無知さを曝け出したのは悪いことではない。
 教育の場であればそれは認められるのだから。

「え……。ぜ、全部、ですか……?」

 山田先生の顔が目にみえてひきつる。
 気持ちはわからなくもないが、その表情は生徒の前で見せる教育者の顔ではないと思う。
 ……なんか、気持ち悪い。

「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 先生、その表情で質問を投げかけるのは非常に良くない。
 その表情は明らかに、わからない人なんているわけない、って言っているのと同じだ。
 もしわからない人が他にいたなら、その表情の意味に気づき何も言えなくなるだろう。
 そこで山田先生は僕にも質問を投げてきた。

「月夜くんは、ここまではわかりますか?」

 なぜ、そこで僕に振ってきたんだ。
 僕も男性だからか?
 同じ男性だからわからないと思われたんだろうか?
 ふざけるな。

「問題ありません。渡された教科書の内容は頭に入れてあります」

 一瞬、胸に湧いてきたイラつきが言葉に乗りそうだったが自制する。

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 教室の隅に立っていた織斑先生が問いかける。

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 ……ギャグか?
 なんて馬鹿なことを一瞬考えてしまっていた、その時。
 バァンッ!
 凄まじい一撃が一夏さんの頭に炸裂する。
 織斑先生は手に持っていた出席簿を叩きつけていた。

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。あとで再発行してやるから1週間以内に覚えろ。いいな」

「い、いや、1週間であの分厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい。やります」

 強い視線で一夏さんを制する織斑先生。
 一夏さん、流石にいくらなんでもそれはどうかと思う。
 このISという兵器を扱って何か起きてからでは遅いのに。

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。
 そして守れ。規則とはそういうものだ。……貴様、自分は望んでここにいるわけではないと思っているな?」

 最後の方の言葉がなんで出てきたのか分からないが、多分一夏さんの表情から何かを感じ取ったのだろう。
 家族ならではの理解だろうか。ちょっと羨ましい。自分には家族といえる人がいないから。

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めるものだな」

 多分、それは織斑先生なりの1つの励ましではなかったのかと思う。

「え、えっと、織斑くん。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ね? ねっ?」

 山田先生が一夏さんの両手をぐっと握って詰め寄ってくる。一夏さんより身長が低いせいか必然的に上目遣いになっていた。

「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」

 そのまま席につく一夏さん。

「ほ、放課後……放課後にふたりきりの教師と生徒……。あっ! だ、ダメですよ、織斑くん。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……」

 いきなり頬を赤らめてそんなことを言い出した山田先生。この人、さっきのこともそうだが本当に教師として大丈夫なんだろうか?
 話しでは聞いていたがIS操縦者は男に免疫がないというのは、あながち間違ったものではないみたいだ。
 山田先生は国の代表候補生だったからなおさらなのかもしれない。

「で、でも、織斑先生の弟だったら……」

「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」

 自分の世界に入ったままの山田先生を、織斑先生の咳払いで強引に引き戻す。
 はっ、と意識を覚ました山田先生はバタバタと教壇に戻って、そのままこけた。

「うー、いたたた……」

 そんな情けない大人の姿を見て、周りに気づかれないように僕はため息を吐き授業に再度集中した。
 
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