西瓜
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1部分:第一章
第一章
西瓜
防衛省、ひいては自衛隊への批判は多い。
そのいざという時に全く動けない法整備だけでなく兵器の非常識な値段を筆頭とした予算の使い方についてもだ。要するに防衛政策がなっていないのである。
そのことは知っている者から常に批判されているが一向にあらたまる気配がない。それは政策を決定し行う政治家に軍事知識がある人材が極めて少ないことと予算をチェックする財務省が軍事に政治家と同じだけ疎く防衛省も何も言えず企業も採算だけを考えているからである。ある意味において軍国主義よりもまずい状況なのであるがそれでもあらたまる気配が一切ない深刻な状況が続いてしまっている。
その兵器等への予算の使い方だが自衛隊は技術開発においても非常に無駄なコストを使ってしまっている。その一つとしてこの博士への研究費の投資がある。
東山純。国立大学を主席で卒業し海外への留学経験を持っている。理学だけでなく工学や医学、薬物学等の博士号を持つ天才である。まだ三十代であるが世界的に名前を知られている。小さい目に広い額を持っている。背は一八〇を超えており長身でも目立っている。
その彼の研究への投資が最近防衛省の中でも問題になっていた。何故かというとだ。
「今度は何をするんだろうな」
「何をしてかすのか」
博士のその行動についての言葉だ。
「目を離すと何するかわからん人だからな」
「見ていてもするしな」
「全くだ」
「あれじゃあ大槻教授と変わらないな」
「遥かに酷いんじゃないのか?」
おおよそ科学者とは思えない超絶的な主張をする人物よりも酷いと言われている。確かにこの教授も好人物であるがその主張がおかしな部分が多いのも事実であろう。
「あの人よりも。何しろあの人はな」
「ああ、あの教授は」
「少なくとも他の人に迷惑はかけないからな」
そうした意味で良心的な人物ではあるのだ。
「けれどあの博士はなあ」
「そうだよな。つねに迷惑をかけるからな」
「しかもコスト無視するしな」
「完全にな」
ただでさえ問題のあるその防衛省のコストのことをである。
「援助とかカットするか?」
「そうだな。けれどな」
「けれど?」
「カットしたらカットしたであの人資金を勝手に調達しかねかねないぞ」
こうした危険も予想される人物なのだ。
「裏社会ならまだいいが」
「それでいいのか」
「それだけじゃない」
そうだというのである。
「錬金術とか本当にやりかねないぞ」
「洒落にならないな、それは」
防衛省の面々らしからぬいささかオカルティックな話にもなっていた。
「それでまた何か起こったら」
「ことだぞ。だからな」
「野放しにしない為にもか」
「ああ、投資は続けよう」
「どうにもならないな」
こう話をするのであった。彼等も頭を抱えていた。その博士の研究所は鎌倉にある。海が見える断崖はかつては自殺の名所であった。
浮かばれぬ亡霊達の呻き声が聞こえてきそうなその断崖の上に不気味な古城が立っている。吸血鬼が棲んでいてもおかしくはない。
その城に博士はいる。より付く者はいない。何やら不気味な雰囲気を漂わせたその西洋風の城の中に博士はいた。何とこの城が研究所なのだ。
その彼がだ。今何かを考えていた。城の自分の部屋から海を見ながら言うのであった。
「決めた」
「決めたって何をですか?」
助手に雇われている若い青年が彼に問うた。大学を卒業したばかりと思われる精悍な顔をしている。しかしその顔が今は曇っている。
「今度は何をするんですか?」
「若宮君」
その青年若宮健次に顔を向けて問う博士だった。
「君は西瓜は好きか」
「好きですけれど」
その問いには素直に答える健次だった。
「それが何か」
「そうか、わかった」
それを聞いて静かに頷く博士であった。
「それではだ」
「それでは?」
「これから研究をする」
こう言ってきたのである。
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