銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第八十二話 行動命令
■ 帝国暦487年2月10日 オーディン 宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
俺は、一日一度は必ず司令長官室を訪ねることにしている。ラインハルトは結構プライド高いから自分から副司令長官室に来るのには抵抗ありそうだし、後から聞いてないとか、知らないとか言われるの嫌だからね。ホウレンソウはしっかりやる事にしている。
必ず朝、前日の報告をして当日の予定を伝える。そのほか緊急時には必ず自分で話しに行く。向こうはまた来たかと思っているかもしれないけど、こういうのは続ける必要がある。べたべたしたいとは欠片も思わないが最低限のコミュニケーションの場は作っておく必要がある。イゼルローン要塞のような事は御免だ。
そんなわけで、俺は早朝から司令長官室にいる。各艦隊の編制や補給状況、人事の問題等話すことはいくらでも有る。宇宙艦隊は今編制中なのだ。しかし今日はちょっと別な事を話さないといかん。
「司令長官閣下、お時間を頂けますか?」
「何かな、ヴァレンシュタイン大将」
ラインハルトの目が少し赤い。自分の艦隊の編制がなかなか進まないので寝不足なのだろう。特に司令部の人選で悩んでいるらしい。そのせいで、俺を見る眼もちょっときつい。目付き悪いぞ、お前。
「実は今度の帝国軍三長官会議でエーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥に了解を得て頂きたいことがあります」
少し眉を寄せ、不機嫌そうな顔をラインハルトはした。帝国軍三長官会議で了解を得ると言う事はかなりの大事だ。この忙しいときに面倒はごめんだ、そんな感じだな。
「なにかな」
「イゼルローン要塞の事ですが、現状から見て反乱軍がイゼルローン要塞攻略に動く可能性があると思いますが」
「確かに要塞を落とせば帝国の攻勢をとめることが出来るな」
「はい。そこで駐留艦隊に対し要塞の防御を第一に考えるようにと警告を発したいのですが、いかがでしょうか。」
ラインハルトは少し考え込んでいる。ゼークト大将とシュトックハウゼン大将の事を考えているのだろう。
「……ゼークト大将とシュトックハウゼン大将の関係はどうなのかな?」
「さあ、小官は此処最近出兵していませんのでなんとも」
「そうか、私が知る限りでは特に悪い噂は聞かなかったが……」
あまり自信なさげだな。最近はこっちが押している分イゼルローン要塞への危機感は薄い。つまり関心も低いだろう。仕方ないかもしれない。
「司令長官も代わられた事ですし、改めて命令を出しては如何でしょう」
「なるほど」
「三長官会議で話していただけるでしょうか」
「いいだろう」
駐留艦隊に対して要塞の防御を第一にしろと言えば、武勲を立てるなと言われたと思いかねない。特に俺もラインハルトも若いから向こうが反発する可能性がある。三長官会議での決定事項となれば、不満は持っても納得するだろう。
司令長官室を出て、副司令長官室に戻るとリューネブルク中将が部屋で待っていた。
「朝のご機嫌伺いですか、大変ですな若い司令長官を持つと」
「たとえ相手が誰であろうと同じ事をしますよ」
リューネブルクは俺が副司令長官になると、直ぐ宇宙艦隊への配属を希望してきた。オフレッサーとはやはり上手くいっていなかったらしい。一度、切り捨てられそうになっているからな、仕方ないと言える。
おかげで俺は着任早々、ラインハルトに頭を下げ、オフレッサーに会ってリューネブルク率いる装甲擲弾兵第二十一師団を宇宙艦隊へ配属するように頼んだ。オフレッサーは面白くなさそうだったが、意外にあっさりと許してくれた。厄介払いの気持ちもあったんだろう。
ラインハルトも面白くなさそうだった。どうもこの二人は相性が悪いんだな。配属が決まったあとの挨拶も碌なもんじゃなかった。各艦隊司令官の居る前でラインハルトがちょっと嫌味っぽく “今度は私の部下として働いてくれるのか”といえばリューネブルクも“副司令長官のご命令があれば”なんて不敵に言いやがる。
周りは気まずそうに顔を見合わせているし、ラインハルトは顔が引き攣っている。俺は咄嗟にヴァンフリートでは、二人とも俺の命令で動いていた。二人ともとんでもない奴だった、と言って誤魔化した。苦しい言い訳だよ。
「司令長官はご機嫌斜めだったでしょう」
俺を試すような眼で見ないで貰いたいな、リューネブルク。
「そんな事はありませんよ」
「嘘をついてはいけませんな」
困った奴だ。俺を嘘吐き扱いする。
俺は、リューネブルクに構わず執務机に座り書類を見始める。
「……」
「閣下も意外に意地が悪い」
「……」
「各艦隊の司令部、分艦隊司令官人事を決めながら、司令長官の艦隊には何もしないのですから」
「……私が口を出したら嫌がりますよ」
「まあ、そうですな。しかし、ああも手際よく決められると司令長官もキルヒアイス大佐も落ち込むでしょうな」
「……」
リューネブルクの言う通り、俺は各艦隊の人事に関与している。きっかけはビッテンフェルトだった。司令部人事をどうしたら良いかと訊いてきたんで、原作知識で知っている奴を教えたんだがそれがきっかけで各艦隊から相談が来た。
知ってる限りは教えたが、後は選んだ奴に相談して決めろと言って追っ払った。ついでにベルゲングリューン、ビューローはそれぞれロイエンタールとミッターマイヤーのところに配属させた。
キルヒアイスが昇進するまで未だ間があるからな。早い者勝ちだ。嫌がらせじゃないぞ。あれだけの人材なんだ。遅かれ早かれ誰かが自分のところへ引っ張るだろう。
クレメンツは自分で選んできた。あの人は士官学校の教官だったからな。教え子を中心に艦隊幕僚を選んだようだ。
問題は俺なんだな。全然自分の艦隊が出来ていない。困ったもんだ。大体各艦隊の編制を優先している状態で、俺の艦隊は未だ何も無い状態だしね。まあ俺自身が出兵する事は当分無いから急ぐ必要は無い、そう割り切っている。
「いつの間にあれだけの人材を調べたのです」
「……内緒です」
原作知識があるなんて言っても誰も信じないな。キチガイ扱いされておしまいだろう。
■ 帝国暦487年2月10日 オーディン 宇宙艦隊司令部 ヘルマン・フォン・リューネブルク
なんとも底の知れない男だな。俺は目の前で書類を読んでいるヴァレンシュタインを見ながら思った。各艦隊司令官の抜擢と言い、司令部要員の配置と言い頭の中に人事データベースでも入っているのかと思ってしまう。
各司令官達は皆、驚くやら喜ぶやらだが、当の本人は余りたいした事ではないと思っているらしい。そのことが司令官達をますますヴァレンシュタインに敬服させている……。ローエングラム伯は判っているかな。自分が危険な方向に進んでいる事に。
戦争に勝つことで自分の実力を示し、諸将に認められようと言うのだろう。確かにそれは大事な事だし気持ちも判る。しかし、司令長官と司令官の役割は違う。司令長官の役割は司令官達を指揮統率する全軍の指揮官なのだ。極端な事を言えば自分で戦わなくても良い。
部下と功を競うのではなく、部下に功を立てさせる。第三次ティアマト会戦のヴァレンシュタイン大将を見れば判る。自ら戦うのではなく、戦って勝つ条件を整え、実戦は配下の司令官達に任せる。ローエングラム伯にそれが出来るだろうか。
彼らが勝利を収めれば、そのことがヴァレンシュタイン大将の功績になる。当然失敗すればその責めは大将が負う。強い信頼関係が無ければできる事ではない。ヴァレンシュタイン大将は既にその信頼関係を築いている。ローエングラム伯は未だその信頼関係を築けずにいる。
一年、いや半年早かった……。宇宙艦隊司令長官になるのは元帥になってからの方が良かった。そうすればもう少し彼も落ち着いて司令長官になれたろう。今回の司令長官就任は本人にとっても予想外の人事だったはずだ。その事が彼を苦しめている。
艦隊司令官としての能力は有るのだ。その事を疑うものは誰もいない。それなのに司令長官自身が自分の艦隊司令官としての能力を証明しようとしている。大事なのは管理者としての能力なのに……。
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