思わぬ奇病
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6部分:第六章
第六章
「いつもとちょっと違うでしょ」
「ちょっとどころじゃないな」
真顔で首を傾げさせての言葉だ。
「これはな」
「そうかしら。美味しいじゃない」
「硬い」
不機嫌な顔でその米を噛み締めつつ語る。
「この米は。あんまりにも硬いぞ」
「硬いのは当たり前よ」
しかしクリスティはこう言われても平気な顔をしていた。
「このお米はな」
「お米は多少柔らかいのがいいんじゃないのか?」
「だから。このお米はそういうお米じゃないのよ」
「意味がわからないんだが」
「それは白米のことでしょ」
いぶかしむ夫に対して述べた。
「それは。そうでしょ」
「まあそうだがな」
「玄米は別よ」
見れば今日の米は玄米だった。白米ではなくそれだったのだ。だから硬いのである。白米と玄米は最早別物といってもいい食べ物だからだ。
「これはね」
「白米なら喜んで食べられるのにな」
「玄米は身体にいいのよ」
にこりと笑って夫に述べてきた。
「それもとてもね」
「そんなにいいのか」
「これさえ食べてれば死なないって位にね」
「それでもな」
そう言われてもどうにも食べにくいようだった。
「これは。ちょっと」
「一つ言っておくけれど」
「今度は何だ?」
「白米ばかり食べているとね」
「それはあの肥大化とは関係なかった筈だよな」
「違うのよ。脚気になるのよ」
また随分と変わった名前の病気だった。ジョンにしてはそうであった。
「脚気にね。なるのよ」
「脚気って何だ?」
「あれっ、知らないの」
「知らないも何も」
首を傾げつつ妻に答える。
「そんな病気の名前は聞いたことないぞ」
「そうだったの。まあ最近あまりない病気なのは確かね」
「あまりか」
「それでもなることはなるのよ」
これだけは釘を刺してきた。
「変な食生活をしてるとね」
「お米を食べていてなるのか?」
「それがなるのよ」
顔を少し前に出して夫に告げた。
「これがね」
「お米を食べていれば死なないって聞いたけれどな」
日本に昔からある言葉だ。
「それで何でまた」
「白米はね。あれなのよ」
「あれ!?」
「そうよ。デンプンだけでビタミンB1が足りなくなって」
「それでなるのか」
「下手したら死ぬわ」
怖い言葉が出て来た。
「下手をしたらね」
「死ぬってな」
怪訝な顔で首を傾げずにいられなかった。
「そんなに怖い病気だったのか」
「そうよ。身体がだるくなって遂にはね」
「それは本当に怖いな、確かにな」
「それでも麦とかを食べていればならないけれどね。鶏のレバーとかもいいのよ」
「そうなのか。じゃあパンもだよな」
「白米ばかりじゃね」
また笑って述べた妻だった。
「脚気になるから。だからね」
「そういうことか」
「わかったらじゃあ」
ここまで話したところで玄米を御椀に入れる。おかわりだった。
「食べましょう。いいわね」
「ああ。しかしな」
そう言われてもどうも難しい顔をしたままだった。
「この玄米はどうも」
「合わないの?」
「これ以外に何かないのか?」
こう妻に対して問うのだった。
「他に何か食べ方が。ないのか?」
「あることはあるわ」
ジョンにとっては有り難い返答だった。
「麦飯ね」
「麦のか」
「ええ、白米の中に麦を入れたものだけれど」
「じゃあそれを頼む」
すぐに妻に頼み込んだ。
「それを。今度な」
「わかったわじゃあ白米が駄目ならね」
「頼むよ、幾ら何でもこれは食べにくいよ」
「美味しいと思うけれど」
「人それぞれだよ、それは」
苦い顔で妻に告げた。
「俺には玄米は合わないよ」
「仕方ないわね。それじゃあ」
「けれどまあ。あれだな」
それでも彼は言った。
「病気にならないようにしてくれるのは有り難いな」
「そうでしょ。それはね」
「とにかく。何でも気をつけないといけないか」
その玄米を食べながら言う。
「病気にならない為にな」
「そういうこと。何があるかわからないからね」
「ああ、全くだよ」
二人で頷き合うのだった。その後ビタミンB1不足、即ち脚気が突然変異してミュータントになってしまう病気が発生した。全く以って何がどうなるのかわからなかった。少しのことでなってしまうその病気が恐ろしい変貌を生み出す。遠い彼方にある星の話である。
思わぬ奇病 完
2008・9・19
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