まいどあり
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第六話 魔道技師のお仕事
「動くな」
両手を封じられ、首筋にはヒンヤリとした金属と思われる何かが当てられ、耳元では物騒で簡潔な低い声。
仕事帰りの昼下がりに裏道を歩いていたライドにとって、突然遭遇したこの出来事をどのように説明したらよかっただろうか。
取り敢えず混乱した頭でも分かった事は、自分が暴漢か何かに襲われたのだろうということだった。
(……何故こんな明るいうちにしかも男を襲うのか)
疑問は尽きないが、声を出そうものなら喉元に押し付けられた刃物を引かれかねないと考えジッと我慢するライド。
取り敢えず、こんな自体になる前の自身の行動に思いを馳せて、ライドは事の経緯を追ってみる事にした。
~~~
この日は気分のいい朝だった。
その理由としてはここ最近では全くと言っていいほど売れていなかった自分自身が考案した魔道具が売れたからだった。
──魔道技師の仕事は何も魔道具の開発、売却のみではない。
上記に比べれば利益としての比率は非常に低いものの、現存する魔道具の修理という仕事も存在する。
何しろ魔道具が溢れるようになった世の中だ。人が作った道具である以上当然不具合はあるし、故障もある。その為、仕事を選びさえしなければ開発が出来なくても魔道技師の仕事はそれなりにあるのである。
しかし、数をこなす事を目的としたその仕事の全てを受けてしまうと、肝心の開発ができないばかりか、魔石の収集もおぼつかなくなってしまう。
それが今までライドが修理の仕事を請け負っていなかった理由だった。
だが、家賃を払う為とはいえ借金をしてしまった手前、仕事を選んでいる場合では無くなってしまったライドは、最近ではこの手の仕事もこなす様になっていた。
確かに仕事量の割に儲けの少ない仕事だったが、取り敢えず日銭を稼ぐことは出来たので、食うには困らなかったから。その変わりに時間が無くなってしまったのだが。
その為、空いた時間を縫うように魔石の採取を行い、開発も少しづつ行ってきた。
修理の仕事では借金を返済する程の稼ぎは無かったが、合間に開発した魔道具が売れれば、少しづつでも利益が出るのではないかと考えた為だった。
そんなこんなで開発できた魔道具は2点。
あの遺跡でのトラブルから既に2ヶ月経っていたが、家賃の滞納もなく魔道具の制作にこぎ着け、更に売れたのは初めての事ではないかと思う。
思えば、毎回空腹で死にそうな目に合いながらやっと売れた魔道具の収入は全て滞納した家賃に飛んでしまっていたのだから。
「もう一つの方はまだ改良が必要だけど、さっき売ったのは自信作だったからなあ。あれがもっと売れて噂にでもなれば、もっとちゃんとした店舗を構える事も夢じゃないぞ」
ちなみに、今回売れた魔道具は二つセットの魔道具で、片方の魔道具を起動させると対になっている魔道具が発動して音を発するという単純なものだったが、待ち合わせや何か危急の知らせを要する場合に非常に便利なものだとの謳い文句で売る事が出来た。
それは、以前のライドならば作ることも出来なかった技術を使用した魔道具だったが、今まで避けてきた修理の仕事が自分の技術を上げるのに一役買ったようにも思っていた。
何しろ、他人の作った魔道具の中を開けて調べるわけだから、間接的に他人の技術を盗んでいるにも等しい。
今までは殆ど独学に近かったライドの技術に基本が合わさった事を考えると、今回の借金はライドにとってプラスになったのだろう。
そんな理由もあり、ライドは朝から非常に機嫌が良かった。
日常業務以外の本来の収入が乗った為に先の見通しも多少は立つし、次の魔道具の開発費用にも回せるというものだ。
それだけに一刻も早く家に帰る事を優先して裏路地を通ったのが災いした。
まだ真昼間だというのにいきなり後ろから両腕を封じられた上、喉元に刃物を突きつけられて冒頭に戻るというわけである。
「貴様、魔石商人だな?」
「…………」
突然の襲撃に思わず言葉を失ってしまったライドだったが、男は構わず言葉を続ける。
「黙った所で無駄な事だ。貴様から漂うこのむせ返るような魔石臭。これほど濃厚な臭いを持つ者は魔石を扱っている人間以外にありえない」
「むせ返るような匂いって……その言い方だと僕の体から濃厚なスメルが漂っているように聞こえて嫌なんすけど」
「黙れ。貴様は私の言った事に対してだけ素直に答えていればいい」
首に触れた金属の感触に怯えたライドの精一杯の強がりだったが、男は首に当てた短剣の力を強くする事でそれ以上の言葉を封じてしまう。
その行為に硬直してしまったライドの耳元に男は顔を近づけると、再び先程の台詞を口にした。
「もう一度聞く。貴様、魔石商人だな?」
「ち、違います……」
真っ青な顔で否定の言葉を口にするライドだったが、今度は無言で首に当てた短剣を横にスライドさせた男の動きを察知して、いつもだったら決して出ないような大声で男の問いに答える。
「ほ、本当に違うんですっ!! 僕の体から魔石の臭いがするのは、僕が魔道技師だからだと思いまふ!!」
「……魔道技師?」
唐突に発したライドの声に対して持っていた布切れをライドの口に突っ込みながら、男はライドの言葉を反芻する。
スライドさせた事によってライドの首には赤い線が生まれ、そこから赤い血液が一筋流れていたが、男はそんな事は気にしないとばかりに顔を上げた。
「……成る程。魔道技師……か。これはある意味商人よりも都合が良かったかもしれんな」
男の呟きにライドは涙目で振り返る。
振り返る事が出来たのは首元に当てられていた金属の感触が無くなったからだが、今度は脇腹に金属の刃の感触を感じ取り、ライドは再び恐怖に体を固めた。
「ならば貴様の工房まで案内してもらおうか。だが、向かうまでの道中でふざけた真似をしたらどうなるか……わかっているな?」
脇腹に押し付けられた刃の感触に、ライドは無言ながらも必死で首を縦に振る。その行為は正に命乞いをしている人間のそれであったが、男は特に気にもせずライドの脇腹に刃を喰い込ませながら先を促す。
本来であれば最高に幸福だった筈の帰り道。
しかし、今のライドにとっては自らの死までのカウントダウンに思えてならなかった。
「こ……ここです……」
本来近道の筈だったのにいつもよりも余計に時間がかかってしまったのは、脇腹に当てられた刃物の感触に恐怖で体が固まってしまった事と、人の目を避けたからにほかならない。
何しろ、余計なことをしたら命がないと言われたに等しかったのだ。別段何か人より優れた戦闘力を持っているわけではないライドにとっては懸命な判断だったと言える。
その証拠に、ライドの背後に張り付いている脅迫者も目的地に到着するまでの間非常に静かに着いてきていた。
自ら騒ぎを起こしたくないという心理はあっただろうが、ライドが大人しく歩を進めていたというのが一番大きな理由だろう。
「ここは倉庫か? 成る程。人の目が入らずに魔道具を選定するには絶好の場所だ」
「……」
ライドの店舗兼工房兼住居を見ながらそうのたまった脅迫者の言葉にライドは一瞬殺意を抱いたが、それを表にだそうものなら一瞬で物言わぬ骸になりそうだったのでグッと堪えた。
朝出発して以来の我が家だったが、既にその外壁に跳ね返る陽の光は灯色に変化しつつあり、文字通りどれだけの時間道草を食っていたかと言う事がわかろうというものだった。
そもそも町外れに位置する場所に構えているという事もあり人の通りも殆どなく、以前であればライドが外出しようものなら帰宅してくるまでライドの家の周りをギラギラした目付きで徘徊していた鬼の如き大家さんも、滞納の無くなった最近ではめっきり姿を見かける事も少なくなってしまった。
ひょっとすると、ようやく人並みの生活を送れるようになった所で旅行にでも行っているのかもしれない。
そんな場所を見ようによっては寄り添っているようにも見える男二人がいたとしても特に呼び止める人間もいるはずもなく、何事もなく店舗の入口にたどり着いてしまう。
そうして無人であるはずの自宅の入口に手をかけたライドだったが、
「……?」
ふと、出かける前にノブに掛けておいたはずの『不在札』が無くなっているのに気がついた。
ひょっとして誰かの悪戯だろうか?
そう思いつつも別の可能性が頭に浮かびノブを回すと、案の定軽く回ってドアが空いた。
店内は暗い。
無人なので当たり前なのだが、施錠していた筈であるにかかわらず空いてしまったドアの存在が、当事者のライドにとっては当たり前ではなくなってしまっていた。
だが、背後の男にとってそんな状況は知る由もなく、立ち止まったライドの脇腹に容赦なく短剣の刃を喰いこませる。
そうして押し出されるように1歩2歩と店内に入り込んだライドの目に映ったのは、本来店主が座るべく椅子に腰を下ろした頭にターバンを巻いた目つきの悪い若い男と、取引の際に使用する机に腰を下ろして、足をプラプラとさせている赤い髪の少女の姿だった。
「貴様、魔道技師だな?」
「…………」
目の前のターバンの男の口から飛び出したのは、本日の悪夢の始まりを彷彿させる言葉と類似した響きを持っていた。
その言葉に、真横に位置していた第一の悪夢である男の手に力が入ったのがライドに分かった。
主に、脇腹に押し付けられた刃の強さで。
「何とか言ったらどうだ? それとも、そちらの男の方が魔道技師か?」
視線をライドから脅迫者の方へと変えるターバンの男。
恐らく生まれつきなのだろう切れ長の目はただでさえ目付きが悪く見えるのに、ターバンの男はそれを隠そうともせずに細めてみせる。
恐らく、意図的にやっている部分もあるのだろう。その姿はどこか猫科の野生動物を思わせた。
「そっちの人はぁ、多分違うよぉ」
どこか間の抜けた声はライドのすぐ傍から聞こえた。
そのあまりの距離の近さにライドはギョッとしながら声のした方に目を向けると、先程まで机の上に座っていた少女が右前1歩程の場所でニコニコと立っているのが見えた。
本来は長いのであろう赤い髪を頭の後ろで結い上げており、低い身長と相まって非常に幼く見える。ニコニコとしているからわかりにくいが、少女の目もターバンの男程ではないが切れ長で、笑っていなかったならその目つきの悪さが印象に残ったに違いない。
ただ、少女の方はターバンの男とは違い纏った空気もユルユルで、どちらかといえば甘やかされた飼い猫だ。
無警戒に他人に近づき、誰にでも愛想を振りまく種類の人種に見えた。
最もそれは、腰の後ろでクロスするように下げられた2本のショートソードに目を向けなければ……だが。
「さっきお家のドアを開けたのはこっちのお兄さんだし、そこの緑の髪の人はお兄さんにナイフを刺そうとしてるもん」
ライド、脅迫者の順に右手で指をさしながらそう言い放った少女の言葉に、ライドと脅迫者双方が目を見開く。
特に脅迫者の方が驚いたようで、ライドの脇腹に触れていた短剣の切っ先が僅かにぶれた。
しかし、驚くのも無理はなく、現在ライドと脅迫者の位置関係は肩が触れ合うほどに近づいているものの、触れている部分はコートで隠れて見えないようになっていた。
特に、この薄暗い店内で“目視確認”するのは殆ど不可能と言って良かったのだから。
「……ほう」
少女の言葉にターバンの男はギラリとした視線を脅迫者に向けると、
「先客か」
そう呟くと、今度はその視線をニコニコとしている少女に向けて、
「ミリー」
恐らく少女の名前だろう──を呼びながら組んでいた腕を解き、ライドの命を脅かしている脅迫者に向けて右手の人差し指を突きつけ一言言い放つのと、
「殺れ」
脅迫者の右手の短剣がライドに向かって躊躇いなく動く気配を感じた瞬間、踵で蹴り飛ばされたような衝撃を背中に受けつつライドが店内の奥に向かって吹き飛ばされるのは殆ど同時だった。
雑多な荷物の中に頭から突っ込み、何とか起き上がろうとしているライドの耳に聞こえてきたのは激しく打ち付けられた金属音。そして、踏み込みか着地かどちらとも取れない床を叩く剣呑な足音だった。
「……なっ!?」
ライドはようやく起き上がると目の前に広がった光景に絶句する。
視界に映っているのは3人の人間。
一番近くにいるのはターバンの男。
この男は初めて見た時と変わらず椅子に腰を下ろしたまま腕を組んで少女と脅迫者の姿を眺めていた。
元々広くない店内に、ライドが突っ込んだ場所が資材置き場だったから、位置的にはライドの手が届く程近くに鎮座していると言える。
相変わらず目つきの悪さが目立ったが、その色は会った時よりも更に凶悪で、殺人者だと紹介されても納得してしまうに違いなかった。
距離的に次に近いのは赤髪の少女。
いつの間に抜いたのか2本のショートソードを両手に持って、件の脅迫者をジッと見つめている。
その表情は笑顔ではあったのだが、先程までのニコニコとしたものとは違い唇の端を僅かに上げて、どちらかといえば微笑に近い。しかし、切れ長の目がそんな雰囲気を打ち消して、まるで獲物を狙う野良猫のようだった。
最も遠いのはライドにとって悪夢の始まりであった男。
常に背後か真横、それも短剣を押し当てられた関係であった事からライドにとってその容姿をはっきり見たのは初めてだった。
右手に短剣を持ち、左手にはいつの間に抜いたのか奇妙な形の剣を逆手で持って正面で立てるように構えている。その姿は正面からの攻撃を咄嗟の判断で防いだように見えるが、実際にそうなのだろう。
瞳は僅かに暗い緑色で、憤怒の形相を少女に対して向けていた。
しかし、それよりも目を引いたのは瞳の色よりも明るい色合いの緑色の短髪だった。
緑色の色素を持った体毛は、動物などではそれなりに見かける色合いではあったものの、人間の自毛では非常に珍しいものだった。
皆無ではない。
しかし、その髪色を持つ人間には何かしらの理由があった筈だったが、ライドはその理由を思い出す事が出来なかった。
それはいきなりの状況に混乱しているというものあっただろうが、それよりも切実な問題からだった。
「店が! 僕の店が!」
「騒ぐな。折角の余興を台無しにするつもりか」
最初の接触で既に被害にあったのだろう右の棚を指さしながら叫ぶライドに、腕を組んだままのターバン男は心底迷惑そうな顔をしながら苦言を垂れる。
しかし、そんな男の態度にライドは既に恐怖を無くしたのか男の肩に手をかけて捲し立てる。
「余興!? 馬鹿言うな!! ここは僕の店だぞ!! あそこの棚も、中に入ってた材料も、全部少ない稼ぎでやっと買った僕の商売道具だぞ!? 訳も分からないままいきなりこんな事に巻き込まれて、財産破壊されるのを黙って見てろって言うの!? やるんだったらせめて店の外でやってくれ!!」
「りょーかーい」
肩に掛けた手に力を込めて男の顔を自分の方に向けようとしていたライドの行動を止めたのは、唐突に聞こえてきた間の抜けた声だった。
声から少女の声だというのは分かった。
わかったが、耳から入ってきた情報が即座に脳で処理されて理解できるかどうかは別物だ。
多分に今の状況でライドにそれを望むのは酷というものだろう。
「……は?」
だから、気の抜けたような声を出しながら声のした方に視線を向けたライドの視界に入った情報が、即座に脳で処理されて理解できなくても無理はない。
「ぐおっ!!」
踏み込んだ際の板張りの音、赤色の消失、激しく打ち付けた金属音、短い苦悶の声を上げながらドアごと外に吹き飛ぶ緑髪の男。
かろうじてライドが理解できたのはその程度の事だった。
だが、理解できなくとも見たままの情報がライドにとっての真実で。
「お兄ちゃんの敵はお店の外でやっつけまーす」
両手のショートソードを振り抜いた体勢で身を屈めていた赤色の少女が外に向かって飛び出していく。
そんな日常の一コマのような雰囲気を残して店から消えた少女の姿を、ポカンとした表情のまま見ていたライドの態度に哀れみの視線を向けながら、ターバンの男は自身の肩に掛けられたままだったライドの右手を邪険そうに振り払うのだった。
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