| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ソードアート・オンライン―【黒き剣士と暗銀の魔刃】

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

四節:鍛冶屋リズベット

 
前書き
この話も……主にガトウの、リズベットに対する反応、武器の感想などが変わってます。
―――以前の話だと、此処で矛盾が生じるかなー、と思ったもので。

では本編をどうぞ! 

 
 
 四十八層の主街区『リンダース』。


 そこのとある一角に、水車のついた職人クラスを選択したプレイヤー用のプレイヤーホームが存在していた。


 重く心地よい水車の音がリズム良く聞こえ、窓から見える店内は片手剣に両手斧に鎧と鍛冶屋の店らしい事が、そしてグレードの高さからそれなりの店である事が分かる。


 少し耳を澄ませば、聞こえてくるのは熱せられた鉄をリズミカルに打つ、鍛冶職人の魂たる金槌の音――――






「何ごく当たり前かってぐらい呑気に寝てんのよあんたは!! というかこんな途中で寝ないわよね普通!?」
「…………あ? ……ぬぅ……」
「はっきり返事しなさいよあんたはぁぁっ!!」


 では無く。

 とある“もめ事”から来る、一人の少女の怒鳴り声であった。















 順を追って、この状況が生まれた経緯を説明しよう。



 リンダースにあるプレイヤーホームの主、鍛冶職人のリズベットという名の少女は、何時もの様にオーダーを受け、依頼数が少なかったか午前中に終わらせて暇となっていた……のだが、この手軽さは前日徹夜した苦労の裏返しであり、おまけに寝不足なのに眠れないというもどかしい状態にリズベットは陥っていた。

 彼女の見た目はピンク色のショートヘアに桧皮色のエプロンドレスと、全く持ってイメージしやすい鍛冶職人とはほど遠い見た目ではあるが、これは彼女自身が行ったコーディネートでは無い。

 彼女の友人から童顔である為通常の様なつなぎは似合わないと、そして客を寄せるならばもっと見た目に気を使うべきだといじられ、本人的には不本意であるものの人形的な容姿に落ち着いたのである。

 またリズベットは片手鎚スキルをほぼマスターしている上、レベルも攻略組には届かないがそこそこな物であり、それがより良い素材を仕入れてより強い武具を作れる一端を担っているのは言うまでもない事だ。


 証拠に、彼女の店に置いてある品は全て要求パラメータが軒並み高い。


 彼女の容姿を弄りに弄った件の友人もまた攻略組且つお得意様で、彼女はアインクラッドの構造上、横からしか見え無い青空を眺め、突破せぬまでは上へ上がらせないとばかりに空へ蓋をしている上層の床底部分を見上げる。


 確か六十層の攻略がどうにか終わり、今現在攻略組は六十一層の攻略の真っ最中だという事、彼女の友人が武具のメンテナンスに来たのは数日前の事だったのでそろそろ訪れるかもしれないという事、オーダーが無いと極端に暇になるという事、眠いのに寝れないという事、それらを頭の中でぐるぐる回しながら、リズベットは多少のイライラを紛らわす為かやる気無く椅子を揺らした。



 その時だった……先の怒鳴り合い―――もとい一方的に怒鳴る理由を作った、長身の男性プレイヤーが入って来たのは。


「……すんませーん……」
「ぬぐっ!?」


 リズベットは彼の発言に少しズッコケかけたが、これは別に発言やプレイヤーの容姿がおかしかったのではなく、“すんませ-ん” のイントネーションに問題があった。


 普通はある程度平坦な発声になる筈だ。
 だが、彼は『すん(↑)ませーん(↓)』と何かそう言わざるを得ない出来事でもあったのかという、しかし気だるげでテンション低く奇妙なイントネーションで発せられたので、思わずリズベットはこけかけたという訳だ。


「…………」
「あ、ああはい! いらっしゃいませ、リズベット武具店へようこそ! 何をお探しですか?」


 言いながら男の武装を見て、リズベットは内心少々不安に思う。


 先にも記したが彼女の店に置いてある武器防具は全て要求パラメータが高く、中層プレイヤーでは装備可能である者が少ないであろうと言える程。

 攻略組なら問題は無いが、目の前の男は左側に袖の無いインナーと金属の少ない防具、若干太く長い左手腕に包帯を―――恐らく何らかの特殊効果があると思われる―――線が出るぐらい厳重に巻き、鍔の無く刃と柄の境目が分かりずらい短剣という、奇怪ながらも得物や防具の造形に輝きからも余りグレードの高いものを付けている風には見えないプレイヤー。


 浅黒い肌や顔の大きな傷、アイテムで染色したのであろう鉄色に暗銀のメッシュを入れた短髪と、武器其々は勿論容姿も中々に特徴的であり、記憶に残りそうな人物ながらリズベットが今まで見聞きした事がなかったので、尚更不安になるのが普通だった。


 彼女も殊更に情報を求める質では無いのでただ自身が知らなかっただけかもしれないが、それにしたって軽装で短剣のプレイヤーが攻略組に名を連ねていれば、攻略組を主に顧客とする彼女の耳にも少しは活躍が入ってくる筈である。

 そんな噂が何も無いからこそ、リズベットは不安に思っているのだ。


「……」


 彼女の内心など知ってか知らずか、男は黙って彼女を見つめている。
 ……が、そこからまたも奇妙な現象が起きる。


「……」
「……?」


 何故だろうか―――数秒ほど時が経とうとも、数十秒ほど時が流がれようとも……男は一向に口を開こうとしない。
 先まで細められていた眼を僅かに開き、白黒逆転したその不気味な瞳を彼女へ向けて、嫌に鋭い視線をコレでもかと注ぎ込んでいるのだ。


「……えっと……?」
「……」

 既に一分が過ぎ。
 なのに……いっそ不気味に思えるほどに、男はじーーーっと細い相貌を彼女へと向け続け、リズベットは思わず顔を逸らしそうになる。
 それは彼女を見ているというよりも、()()()()()()何かを見ているように見えるのは……果たして気のせいなのだろうか。


 ―――されど何時までもこうしている訳にはいかない。
 何せ依頼もあるのだから、接客する時間こそ作れども、沈黙し続けて居られる時間など無いと息を一つ吐いて呼吸を整え、目的は何かと促した。


「あ、あの……ご注文は?」
「………………あぁ……悪い……」


 少しばかり顔を傾け、目を細めながら男は謝罪を口にする。
 その様子が、如何いう訳かリズベットには “我に返った” 様に思えていた。

 しかし次の注文の文句で、再び言葉を失うこととなる。


「……片手曲刀だ……一番良い、素材で頼む」


 思わず……と言った感じでリズベットは表情を変え、少々ながら驚きの色をにじませた。


 彼の装備している武器はどう見てもナイフ―――武器カテゴリで言うなら『短剣』に属する得物で、サーベルやシャムシールといった片手曲剣、または曲刀等と呼ばれるカテゴリに入る刃物とは、全体の形、刃渡り、スキルの主な傾向、単純なリーチ、扱い方など似ても似つかない。

 デスゲームとなった現状で幾つもの武器を鍛えるのは余り意味がなく、必要性があるとするならハルバードの様な斧、槍、バトルフックの混合した長柄複合武器を扱う為が精々だ。
 しかも上記の件はハルバード系を十全に使う為の物ではなく、飽くまでスキル会得の条件を満たすまでのものなので、実質斧か槍として使うのが一般的。

 ―――話がそれたが、様は『ハルバードの様な武器なら兎も角、似ても似つかない短剣と曲刀を何故同時に扱おうとしているのか』といった物がリズベットの疑問である。

 だがしかし、聞きたくともスキルの詮索はマナー違反という、所謂一種の暗黙の了解がプレイヤー間では流れており、そうでなくとも彼女は店主兼店員の身、深入りして聞く事は余り褒められた行為ではない。
 ……やがて渋々といった感じで曲刀の置いてある棚へ案内しようとするが、何故か男が付いて来ない事に気が付き、戻って身長差から伏せられている顔を覗き込む体勢となる。


 そして、目じりが釣り上がった。


「何寝てんのよあんた!! って言うか何で立ったまま寝れるの!?」
「……んおっ……」


 何と器用な事か、男はリズベットが悩んでいた僅か数秒の間に、立ち尽くしたまま寝始めていた。
 自分が悶々と悩んでいる傍らで呑気に、そして奇天烈な状態で寝てしまわれれば、寝不足も相まって彼女の様に接客も忘れ素で怒鳴ってしまうのもいた仕方ない。

 男はちゃんとリズベットの声で起きたが、表情にも呟きにも反省の色は塵ほどもなかった。


 その様相が、彼女の中に怒りを湧き立たせるがどうにかこうにか呑み込こんで、改めて彼を曲刀の棚へと案内した。

 既製武器が陳列されているケースの中では、NPCの店売りやそこらの職人とは一線を画す、特徴的かつ鋭いひらめきを放つ武器達が、剣士の手の握られる日を今か今かと待っている。
 一通り武器を眺めた男は取りあえず一つ武器を選び、リズベットはケースをクリックしてその武器をメニューからオブジェクト化して取り出す。

 男が選んだ曲刀は固有名《ジャガー・タスクス》と呼ばれる得物であり、猛獣の牙の如きフォルムは名前の通りとも言え、更に要求STRは店の既製品の中では一番高い一品である。


「……」
「へぇ……」


 作り上げた本人ですら持つのが難しい程の重さを誇るのに、目の前の男は大丈夫なのだろうかと心配に思いながら手渡すが……意外や意外、両手で持っている彼女のその様子が演技だとでも言わんばかりに軽々と……とまでは行かないがそれを片手で持ち上げてしまった。
 まぁ重たげに見えるのは、元々彼の緩慢気味な動作の所為かもしれないが……それでもちゃんと持てている。

 見た目は確かに筋肉が……それこそコアゲーマーは当然の事、一般人でもでは有り得ないぐらいしっかりと付いているものの、このゲームの筋力はパラメータによって決まるのでに体格の良さは殆ど関係無かったりもする。
 勿論全く関係ない訳では無く、単純な届く範囲の問題から長柄武器などを構えた際の問題もあるが、振るうという点において関係無いのは確かなのだ。


「……」


 兎も角、見た目通りの筋力を発揮して《ジャガー・タスクス》を持ちあげた男は持ったままステータスを確認した後、数回振り急に頭上に構えて微動だにしなくなる。

 と……いきなりサウンドエフェクトが響いて刀身が青い輝きに包まれ、その場で振り降ろしから横に二回振り最後また深く突きいれる、四連続攻撃のソードスキルを発動させる。
 ほぼライトエフェクトの軌跡しか見えない速度で放たれた剣技は、彼が並大抵の腕前とレベルのプレイヤーでは無い事を教えている。


 実は《ソードスキル》はシステムアシストに乗っかって半自動的に繰り出すという物であり、いうなれば半分は自力で修正できるのでそれを利用して、ソードスキルと同じ挙動で威力と速度を引き上げる事が出来る。
 攻略組ともなればそれをできる物は多いのだが、軌跡まで見えない程の同調を行える者は少ない為、彼がなぜ並みではないのかがお分かりだろうか。
 
 この事からこの男は付け焼刃で曲刀を選ぼうとしてはいなかった事が窺え、仕方がなかったとはいえ自身の浅慮だった考えにリズベットは苦笑いした。


 しかし同時に、両方を上げる意味があるのかどうかという疑問が新たに生じるが、もしかすると敵によって使い分けているのかもしれない、と考えれば強引だが納得がいく。
 要求パラメータはクリア、スキル面でもクリア、実力もクリアとくれば、疑問はあれど文句のつけようはない。
 ……彼女は、元々文句そのものを口にしている訳では無かったりもするが、それはそれだ。


「中々の腕前じゃない! 正直見謝ってたわ」
「……」


 ソードスキルを見て素直に称賛を口にしたリズベットに、男は何の答えも返さず引き戻した格好のまま止まっている。

 そういえば接客用の口調じゃないと、そして失礼な言葉を口にしたと今更ながらに気が付くが、謝ろうと正面に回った途端口から飛び出て来たのは―――


「何ごく当たり前かってぐらい呑気に寝てんのよあんたは!! というか途中で寝ないわよね普通!?」
「…………あ? ……ぬぅ……」
「はっきり返事しなさいよあんたはぁぁっ!!」


 部屋内へこだまする程に大きく響いた、暖簾に腕押しとばかりの一方的な怒鳴り声だった。


 それから幾つかの言葉と共に怒り叩きつけ祭りを繰り広げるが、相手は気にしていないのかそれとも日常茶飯事か暖簾に腕押しで、結果リズベットは無駄な体力を使うだけに終わる。

 肩で息をする彼女の方へ視線を向けながら男は曲刀を再度軽く振り、数秒考えるかのように首を捻ってから目だけでなく顔も向けた。


「……性に合わない……のか……」
「起きていてもハッキリしない人ねぇ……重すぎるんじゃあ無いの?」
「違う……重さは別段障害じゃあ、無い……」


 要領を得ない曖昧な返事にリズベットは段々とイライラしてきた。何時もの彼女ならばまだ耐えられる。
 だがしかし、今は寝不足という最悪のコンディション、調子が悪く気が短くなっている。
 仮にたっぷり休息をとれても、彼の所作は嫌悪感をいだかせるには十分なので、正直爆発するのは時間の問題かもしれない。

 一応気遣って居るのか……曖昧な返事で感想を誤魔化していた男だったが、リズベットの眉が段々歪んできた事で『早くしろ』と言いたげな感情を読んだか、首を二回横に振って誤魔化しを捨てた。


「……見た目が性にあわん。あのケツ―――何とかぐみとかいうの……アイツら制服以上に気にくわねぇ」
「血盟騎士団! 何で最初だけ覚えてんのよ!? というか気に食わないって何よ!?」
「……アレだ言葉通り、だ……あぁ」
「余計に悪いわ!!」


 残念ながら読めたのは感情と急かされているという状況だけで、立ち込め始めた険悪な空気は読めなかったらしい。
 此方に気を使う事すらしない、此方の不機嫌も意識しない、そんな客相手にまで丁寧に接する気力は無いのか、リズベットは表情と言語ともに何時の間にやら素のままで固定されていた。

 その後、数本試すがどれもこれも反応はほぼ同じで―――何度もしつこいだろうが、本調子ではないリズベットの怒りのボルテージは、不機嫌さと共にどんどん増すばかり。
 対する男の方はリズベットの口調や態度は元々気にしておらず、ステータス確認とスキル行使を繰り返すのみ。


 ……と、十本目に届こうかという所で何故か男はピタリと停止して、彫刻かと見まがう程微動だにしなくなった。
 眉を痙攣させながらある種の予感を抱いて覗き込み、予感的中とみてリズベットはまたも怒鳴る。


「何回寝れば気がすむのよあんたはあああっ!! こちとら寝てないのよ辛いんだっつうのっ!!」
「ぬおっ…………あぁ、そうか……そうかい」
「むぐぐぐぐぐぅぅぅっ……!!」
「……まあアレだ、また店による…………金属手に入れないとな、()()()を」


 店内を見渡してインゴットを確認してから男は背を向けた。
 取り繕いも蔑みもまるでなく、恐らく最初からこうなのであろう男の態度は……しかし他人目線ではどう見ても人を小馬鹿にしているとしか思えず、リズベットは思わぬ一言を言い放ってしまう。

 それは―――寝不足、最初のイントネーション、男のありえない癖、態度、武器への侮辱、怒りのボルテージ、そして最後のインゴット確認が重なったせいで起きた、全くの偶然且つ勢いのままにぶつけた一言。


「商品にケチ付けた挙句インゴットまで安物扱い……っ! そこまで言うならお気に召す最高の曲刀を作ってやろうじゃあないの!! それに仕入れも私の仕事、最高の金属を手に入れるまで付き合って貰うわよ!!」


 他人との干渉を言って良い譲しなかった彼女にとっては、己にも予想外なものであった。

「良いわね、分かった!? ってか拒否権は無いわよ!」
「…………あ?」
「起きてても真面目に聞けんのかアンタはあああぁぁっ!!」


 約束と待ち合わせの場所を取りきめ、この数十秒後男が準備のため出て行ってから、リズベットは自分が言い出した発言が何時もの自分からすればありえないものだという事に、立ち尽くしたまま遅れ馳せながら気付くのだった。


















 “立ち入り禁止区域である岩石乱立地帯。
 その奥地にはひときわ目立つ金属塔が聳え立ち、中に潜む鋼鉄の巨人を打倒せたなら、類稀なる金属が手に入る。
 それは武器とすれば何ものにも勝るとも劣らず、防具とすれば困難から護り切ってくれるであろう”



 ―――これは五十層のとあるNPCが口にする台詞で、同時にコレは何時もは存在しないインスタンス・ダンジョンへの入り口を開くフラグであり、その台詞を聞かなければ岩山へと赴いても金属塔など影も形もない。

 早速討伐隊が組まれ、そこそこ強かったものの危うげ無く討伐は完了し……まあ第一回目こそ何も出なかったが、二回目の部隊に三回目の1ギルドのみの挑戦でちゃんと出たらしいそのインゴットは、スキルが中途半端だったにも拘らず中々の武器や防具に仕上がったのだとか。

 鍛冶スキルが低くとも中々と言わせるのだから、高ければもっと凄い得物が作れるのは明白である。
 ……ちなみに(くだん)のNPCは五十層開通時にはおらず、五十五層開通時に現れた人物らしい。


 ……というような情報を繰り返し反芻しながら、リズベットは怒鳴り疲れで寝る事ができ、すっかり血の降りた頭をがくりとさげて項垂れる。


「あたしから言いだした以上、しかも時間まで決めたからドタキャンは難しいし……はぁ、何でこんな事になっちゃんたんだろ」


 鍛冶屋という事だけでなく、彼女の友人から整えられた容姿からも人気があるリズベットは、中の良い男性プレイヤーも数人おり、しかし特定個人の男性とそれ以上踏み入る勇気が如何しても無く、せめて自分から人を好きになって初めて二人きりで歩こう、と彼女自身は決めていたのだ……が、現状から分かる通りこの世界で最初に歩くその男は、仲が良いどころか第一印象から最悪なプレイヤーである。


 中々如何して、世の中上手く行かぬものだとリズベットはもう一度溜息を吐いた。


 待ち合わせの時間と同時に、寝ぼすけな癖して放漫では無い質なのか、転移門から男は現れる。
 辺りを見回してリズベットを見つけると、早くも遅くもない速度で傍に歩み寄った。


「時間丁度か……」
「いやに律儀ね、そこだけは」


 彼なりに商品をぞんざいに扱った罪悪感でも抱いているのか生来のものなのかは兎も角、待ち合わせの時間にまで睡眠中で大幅に遅れたらどうしようかと思っていたリズベットにとって、どっちであろうとも有りがたい事。

 二人がそろった所で準備もできているだろうし、まずはNPCとダンジョンやボスモンスターについて話をする為口を開こうとして……此処で彼女は男の名前を聞いていなかった事を思い出した。


「えっと、あんた名前は?」
「……ガトウだ」
「ガトウ、ガトウねぇ。なーんか聞き覚えある様な……う~ん」


 何処で聞いた話かと頭を悩ませ首をひねらせるが、今度は向こうが(一応)名乗ってくれたので一旦考えを止める。


「私の名前は、店の名前にもある通り “リズベット” よ」
「……あぁ、アレあんたの名前か……魚かなんかかと……」
「んな訳あるか! 一番有り得ないわよ!!」


 一悶着あったが如何にか話をするまでにはこぎつけ、フラグ立ての面倒を省く為パーティーを組んでから、ダンジョンの発生の条件や敵の強さやスキルの詳細等を話すと……途端、ガトウは目を細めて天を仰ぎ、額を軽く引っ掻いた。

 リズベットはちゃんと “そこそこ強かった” のは見つかった当時で、今は皆のレベルもそれなりに上がっているのでもっと簡単になっているだろうという事、寧ろ難しいのはダンジョンの罠と分かれ道の多い迷路だという事。
 気を付けておきたいのは一瞬で回復できる回復結晶や離脱用の転移結晶が使えない『結晶無効化空間』であるという事、ボス部屋はその当時でさえ五人程の小さなギルドでも倒せたのだから今は二人でも行けるという事も当然教えたのだが、ガトウは何か気に入らない部分でもあったのだろうか。


「何か不都合な点でもあった? あの武器を扱えるならレベル的にもスキル的にも大丈夫だって判断したんだけど」
「……あ? あぁ違う……違ぇ」
「違う? 何が」
「……ただ額が痒かっただけ、だ」
「何で痒いのよ!? 此処はゲーム内でしょうが!」


 出会ってから大声を上げてばかりだとリズベットは思いつつも、いい加減にも程がある態度についつい声に力がこもってしまうのを止められない。

 おまけに遠慮ないそのやり取りの所為で、周りからはそこそこいい関係だと誤解されている視線を受け、リズベットは頭の血が上ったり下がったりでフィールドへ出る前から消耗を強いられていた。

 ……全ての原因は目の前の男、ガトウなのだが。


「ほら、一分一秒が惜しいんだからさっさと行くわよ。オーダーが無いだけで私には仕事が残ってるんだからね」
「ならなんで、来たんだ……」
「原因作ったのはあんたでしょう、が」


 今度は怒鳴らず睨めつけるだけに止め、まずはフラグ立ての為に話を聞かせてくれるNPCの元まで、フィールド端を通って主街区傍のまず誰も注目しない薄暗い場所まで辿り着く。

 そこにはリズベットの得ていた情報通り、ローブを被った男性NPCが廃屋の前に座って静かに本を読んでいる。

 彼の頭にはNPCや非戦闘体勢モンスターを表す黄色いカーソルが浮かび、他に何の手がかりもないが迷わず近づいて話しかけた。


「おや、お嬢さんがた。こんなさびれた男に何の用かね?」
「金属の尖塔、ってしってる?」
「……その話を何処で……!? いや、詮索はすまい、お主らもまた挑戦者なのだな」


 そこから伝承の様な語りで話し始め、中途半端な長さの台詞を言い終えると最後は死ぬなとだけ言い、そのまま俯いた。

 これでフラグは立った事となり、岩石地帯の奥に金属塔が聳え立つインスタンス・ダンジョンへの入り口が開かれた事となる。

 これも予断ではあるが、フラグを立てていない者が後について行って入口に飛び込んでも、侵入不可領域だとシステムに跳ね飛ばされるのだとか。

 ゲームだからこそズルが出来ないものである。



 一番初めの必須項目をクリアし、では早速岩石地帯へと向かうべく歩き出すのだった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧