ソードアート・オンライン―【黒き剣士と暗銀の魔刃】
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一節:各、それぞれの者等との邂逅
決して日当たりのよいとは言えない、路地裏の一角。
「ふぅ」
何やら羊皮紙の様なアイテムに書き記しながら、人気のない場所で情報屋・『鼠』のアルゴは深く長い溜息を吐いた。
「これで粗方終了ト。あとは最後の一ツ、謎の男の調査だけカ……ハァ」
先の溜息と今の溜息から、そこ情報を得る事が出来ず、また効率や収集率も芳しくない事が窺える。
彼女には情報屋としてとあるポリシーがあり、それは『売れるものは何でも売る』『ゴシップと誤報は売らない』というものだ。
後者はより正確な情報を伝える為、顧客を逃さぬ為の物だと分かるが、前者は状況によらず反感を買ってしまう可能性が大いにありうる。
そこまで危険な真似を犯してまで何故女性が情報屋を営むのであろうか……表情から読み取る事などエスパー、交渉事に慣れた者でもない限りまず無理難題なので、流石にそれは本人から直接聞くしかない。
まあ彼女のポリシー上、正面切って売れと言えば売るかもしれないが、破格が付き手持ちのコルが一気に減る事請け合いだ。
もしかすると情報屋を営む理由は―――SAOのベータテスターとして予め得ていた情報が五分の一も進まず尽きた今でも尚、一歩先を行く情報を得ている手腕からするに、もしかすると天職というものを見つけたからこそ……なのかもしれない。
それでも、アスナ……もとい血盟騎士団から依頼された “GATO” という男の詳しい情報は、名前の正式な読みですらまだ判明に至ってはいないのだが。
「NPCじゃあないからそこらで聞いても意味がないシ……かと言って金積んで人に聞いてもあんまり情報無いシ……このオイラを此処まで苦戦させるなんてただものじゃあ無いネ! ……いやほんと何者なのかネェ」
自らを持ちいた皮肉の後、軽く肩を落として苦笑いする。
再度見落としが無いかと、GATOについて集めた情報を確認し、今までの経緯を思い返す。
調査し始めで分かったのは男性、鉄色の髪に暗銀のメッシュの短髪、左腕に包帯を巻いている、鉄柱一本から掘り出した様な剣―――名称はゴックローグ、攻略組と同等以上の実力……というアスナからも既に聞いており意味を成さない情報ばかり。
それでもと粘った結果……遂に、詳細な情報を得た。
目算180cm超えの身長、左腕は若干疎いだけでなく僅かに長い、肌は浅黒い、五十層の主街区アルゲードで寝ているのを見かけた、ホラー系フロアのボロ屋近くで寝ていた、十層等の和風な外観の層のモンスター湧出地帯で座って寝ていた、……などなど様々なモノだ。
様々、とは言っても後半は寝てばかりで―――新たな情報を得る事が出来たがこれが流石に役にたつのかと問われれば、正直に示すと微妙な所。
ホームとしている層も分からず、確実なのはモンスターがPOPしかねない場所で寝るのが趣味なのかもしれないという個人的且つ非常識的なもので、正確で役に立つ情報を求めるアルゴ本人の価値観からすれば何も得ていないに等しいものかもしれない。
「……フ~ム……」
回想終わるにつれての動きは緩やかとなり、やがて用紙を繰る手が止まった。
見逃していた点が無い事を確認し終えたアルゴは、三度目の溜息を吐いてどうしたものかと頭を捻る。
KoBからの依頼は期限が無い為それを利用し、そこらを歩いていて偶々会う確率に賭けるとしても、そんなものは残り六千人という人数からも分かるように天文学的数字がはじき出される余りにも頼りない博打。
そもそも彼に当たる前にモンスターに当たりでもすれば、あくまで逃げのびる事を目的としたアルゴの装備では調査が難航する事必至である。
あくまで彼女は情報屋であり、モンスターと戦う事が必須条件ではないからだ。それでも、中層プレイヤーよりは少し抜きんでている実力は持っているのだが。
今日ほどAGIに振っている事を呪った日は無いとばかりに、アルゴは砂色フードの上から片手で頭を押さえ、事情を知らぬなら一歩引いてしまうドスの利いた声で唸る。
(むぅ、常時幸運ボーナスのバフが付いていたらナァ……いやいやあれと人探しは関係ないっテ)
自問自答し頭を振り一先ず休憩してから、もうすぐ攻略組や昼型のプレイヤー達が帰ってくる時間となる為に、その時見計らってまた情報を集めようとアルゴは立ち上がって腰を落ち着ける場所を探して歩いて行った。
「……ぬぅ…………誰か居たか……今……?」
「……はイ?」
否、歩いて行く筈だった。
何故そんな所に配置されているのか分からない、考えられる理由としてはスタッフのミスか何らかのクエストに関わっているのであろう、妙に太い地面を突き破っている街路樹の裏。
布らしきものがずり落ちる音から数拍開けて、やる気が欠片も感じられない声が聞こえ、アルゴは思わず足を止めて振り向いた。
「……まあいい、どうせ関係無ぇ……」
もう一度聞こえてきた面倒臭さと気だるさを隠そうともしない声に、今までの情報からピンと来たかアルゴが恐る恐るといった足取りで街路樹まで近寄っていく。
そして覗き込むと……いた。
あの数秒でもう寝付いたらしく、全く可愛げのない安らかにも見えない顔で、しかし似合わぬ程心地よさそうな、安らかな寝息を立てている。
毛布はそこらに捨ててあり、一応掛けただけであろう。
暗くてよく見辛い為にアルゴはその人物を見てもすぐには行動に移せなかったが、時刻がちょうどアルゴが情報収集を再開する予定を立てていた時と重なり、路地裏まで僅かに照らす壁に掛けるタイプの古い街灯に明かりが付いた。
と同時に、アルゴは息を飲む。
鉄色と呼ばれる緑系の髪色に、銀ではあろうが鮮やかでは無く、くすんでいる暗銀と呼ぶべき色のメッシュが所々に計画性なく入れられており、若干太く長い左腕には色あせた包帯、そして背の低いアルゴとならんでも尚高さが分かる程の高身長。
陰で分かりにくいが浅黒い肌に、止めとして腰にぶら下がっている鍔の無いナイフと、傍にある奇妙な2本の刀剣……まず間違いなく、アルゴが探して求めていた、噂の奇人・GATOその人だったのだ。
思わぬ幸運が舞いおりたせいで、アルゴは逆に声が出ず固まってしまい、次に取るべくとした行動も頭の中からすっ飛んでいた。
半々ぐらいツチノコの存在を信じている人が、取りあえずと情報を集めて探っており、まあ簡単には見つからないよなと思った矢先、自分の足元に昼寝中のツチノコが居れば、こんな反応がみられるだろうか。
結果彼女が一番最初に起こした行動は、体を動かすでも口を動かすでもなく―――
(隠れる気満々なのか隠れる気が無いのかどっちかにしろヨッ!?)
意味の無い突っ込みを頭の中で入れる事だった。
「……ハッ!」
……とにかくこうしていても仕方がないと、フィールドより戻ってきたプレイヤー達のざわめきで半分呆然としている状態から我に返ったアルゴは、GATOへと近寄る。
その際顔の右側近くを中心に、明らかにゲーム内で手に入るフェイスペイントとは違う本物の十字、あるいはバツの字どちらとも取れる中途半端な角度で付いている傷に気が付き、まず一つ目の情報ゲットとばかりに口角を上げて声を掛ける。
「おーイ……起きてるカ、アンタ」
「………………」
「おーイ起きてくレ~」
「……ぬぅ……ん?」
近くで声を掛けたからかそれとも周りの音が小さかったからか、アスナの時とは違いすぐにある語の声に反応してGATOはゆっくりと起きた。
投げ出されていた下半身を戻して胡坐をかき、上半身は猫背ぎみのまま、彼の方を見降ろすアルゴを見上げる。
そのまま再び沈黙が支配するが、元々は此方から話しかけたのだからと、アルゴの方から話を切り出す。
「……なんだ、お前……?」
「オイラか? 名前を聞いているなら答えはアルゴ、ポジションを聞いているなら情報屋と答えるヨ」
「……そうか」
自己紹介をしたものの、GATOからの答えが帰って来ずそこで一旦話が途切れ、黙っていてもらちが明かないと再びアルゴから話しかけた。
「えっト、あんたには色々聞きたい事があるんだけド……まずは名前の正式な読みを教えてくれないカ?」
「………読み、だ?」
「あア。ジーエーティーオーって書いてあるけド、それだけじゃあ読みが幾つもあるからナ。それに名乗ったんだかラ、名乗り返して欲しいものだけどモ」
「……それも、そうだな……名前は、読みはガトウ……語尾伸ばさずガトウだ」
「オーケー、『ガトウ』だナ」
漸く求めていた情報の内一つが手に入った事で、アルゴの顔にも自然と笑みが浮かぶ。だがほころばせた顔をすぐに戻して、次なる質問を投げかけた。
「じゃア、此処からは取引と行こうカ。言いたくないならそれでヨシ、コルやアイテムが欲しいなら工面すルヨ」
「……何が聞きたいんだ、他に?」
「ホームとしている層を聞きたいんダガ」
「十層だ」
「うオ……あっさり教えてくれるんダナ」
微妙に読み取れた表情からするに、元々隠す気など全く持っていないのだろうと窺えた。
もしかすると今まで見つからなかったのは、寧ろ隠れる気が無くブラブラ渡り歩いていたからかもしれない。
特に怪しい行動をしなければ、そこに居るのは軽装備の睡眠マニアであり、怪しいとは思っても名前だって聞く事すらない。
それに聞いた情報を整理する限りでは、寝てばかりな為にどういう目的か知らないが各層を行ったり来たりしているので、前線でしか広がっていない噂だという事もあり中層プレイヤーなどが出会っても詳細を聞こうとしなかったのは当然の事だと言える。
実力の件もアスナや一部攻略プレイヤーが一端を見ただけで、新しいエクストラスキルも無いのに下層で幾ら剣を振るっても有名になどなりはしない。
無論それらがすべてではなかろうし、幾つか運の要素も勿論絡んでいるだろう。全ては様々な要因が重なった、偶然が起こした見つけ難さだったのである。
「兎に角ダ、答えてくれてありがトナ。……アイテムとか奢りとカ、本当に何もいらないのカ?」
「…………」
「おイ? ガトウ?」
「…………」
「……寝てるヨ、コイツ……」
又も数秒の早業で寝付いたらしい。
最初から何か拝借しようという雰囲気でも口調でも無かったので、後から言ってきたならその時対処すればいいかと、アルゴは一先ずその場を去る事にした。
他にも聞きたい事はあるのだが、一番聞きたい事である『次は何処に行こうと思っているのか?』というものは、ガトウならば別に嫌な顔せず答えてくれる事はくれるだろうが、しかし流浪者のように特に当てもなくその日その日を過ごしているとしか思えず、仮に帰ってきても別の場所に言ってしまう可能性が大きい事請け合いである。
取りあえずは得た情報の真偽を確かめる為、アルゴは暫く足を運んでいなかった和風の層、第十層へと赴くべく転移門広場まで脚を進めるのだった。
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―――アルゴとガトウのしょうもない出会いから丸二日後。
五十七層の主街区にてアスナは呼び出されたらしく、周囲からの注目に少しばかり眉をひそめながら指定された場所まで行き、やがて誰も居ない閑散とした路地で辺りを見回し待っている。
「ヤ、お待たせしたネ」
「アルゴさん……」
そんな彼女に後ろから声が掛かり、背後に居た人物であるアルゴは不敵な笑みを浮かべてメニューを出した。
「ほいアーちゃン。メッセージでも送ったケド、これがお目当ての情報サ」
「はい。ありがとうございます、アルゴさん」
羊皮紙状のアイテムにまとめ、アルゴはアスナが……正確にはKoB団長が欲しがっていた『GATO(ガトウ)』の情報を手渡す。
あの後十層で更に聞きこみをしたアルゴは、彼の目撃情報が意外と多い事を知った。
逆に言えば彼の実力から上層にしかいないと思いこみ、そこが下層を探す必要性を失わせ盲点を作り出していたと言える。
一通りまとめられた情報に目を通す彼女だったが、後半になるにつれて段々とやるせない表情に変っていった。
「……えっと……十層をホームにしていたり、名前の正しい読みは分かったけど……この人しょっちゅう寝てませんか?」
「ああしょっちゅう寝てるヨ。しかも半分がダンジョンやフィールド内、命知らずにも程があるナ」
モンスターの巣窟で眠りこけてよくもまあ今の今まで生きていられたものだと、そして寝てばかりなのになぜあそこまでプレイヤースキルもレベルも高いのかと、正直な疑問と大きな呆れの感情をアスナは同時に抱かざるを得ない。
更に別段秘匿主義でも無かったことから今までの苦労が無駄になった様に感じ、どうしても感情を抑えきれなかったか彼女達は顔を見合わせ溜息を吐いた。
「それじゃあ、改めて……ありがとうございましたアルゴさん」
「いやこっちも高値で取引できて満足ダヨ。これからも宜しくナ! ……それで、ヒースクリフのとこへ行くんダナ」
「欲しがっていたのは団長ですからね」
お互いに手を振り合い、アスナは路地を抜けまっすぐ転移門へ、アルゴは雑踏へまぎれる様に去っていく。
アスナは転移門をくぐり五十五層の主街区『グランザム』へと降りると、この街に存在する血盟騎士団の本部へと更に脚を進めて行った。
鉄造りの鉄塔が幾つも並ぶ中で、幾つか飛びぬけて高いものが並び、内一つへと迷い無く歩いて行くあたり、恐らくはそこがギルド本部なのだろう。
「「お疲れ様です、副団長!」」
「御二人も」
入口に居る槍を構えた団員に敬礼され、アスナはソレに片手を伸ばし返礼する。
誰も居ないロビーを抜け、何処まで続くのか不安になる程階段を上ると、中央部よりも少し上付近で脚を止め、そこにあった鋼鉄の扉を開く。
「失礼します」
壁の全面がガラス張りとなっている円形の部屋の内部には、アスナと同じ白地に赤の十字が刻まれた意匠を持つ制服を着た数人と、彼らとは逆に赤地に白の十字を刻んだ明らかに他とは違う……血盟騎士団を率いる団長であろう人物が、半円形の机の中央に座っていた。
アルゴの口からでた “ヒースクリフ” という名、 それは彼の物だろう。
初見でさえ団長にふさわしいと思わせる圧力、何処か人を引き寄せる磁力の如き存在感……例え衣装が他の団員達と同じだったとしても、彼は何かが違うと気付かせる。
そんな力を持ち合わせる真鍮色の目を僅かに細め、ヒースクリフはアスナへと労いの色含む声を掛けた。
「帰ったか副団長アスナ君。それで、情報は手に入ったのかね?」
「はい。情報屋の協力により、GATO……ガトウに関する情報を手に入れる事が出来ました。詳細はこの羊皮紙へ記してあります」
「任務御苦労……成る程、彼は “ガトウ” という名だったか」
次にヒースクリフはアスナから手渡された情報に目を通す。
が、最初こそ真剣だったもの、途中表情からやや真剣味が薄れて行った。
……理由など言わずもがなだろう。
「アスナ君……彼、半分以上は寝ていないかい?」
「……はい……半分以上寝てばかりです」
「……」
予想外な人物像だったか、ヒースクリフは目がしらを軽く押さえて俯いた。
他のKoB団員達も立ち上がり、特に彼の実力を間近で見たらしいこの場にも居た団員は信じられないと次々羊皮紙を確認するが、最初こそ真剣なのは言うまでも無く、そして後からやるせない表情となるのも全く同じだった。
どうしても気になったのか、団員の一人が挙手をし許可を得てからヒースクリフへと問う。
「団長、何故彼の情報など調べさせたのですか……?」
「アスナ君から彼―――ガトウの情報を聞いてぜひとも戦力にと思ったのだが……まさかここまで破天荒な人物だとは思いもよらなかった」
「……そ、そうですか……」
「ちなみに、情報屋との会話中も途中で寝たらしい、です……」
我慢しきれなかったか口から漏れ出たアスナから追い打ちに、ヒースクリフだけでなく他のメンバーも開いた口が塞がらなくなった。
どれだけ寝れば気が済むのか、と全員がそう思っているに違いない。
一応半分以上はと言っているので、最低四割程はレベル上げなどにいそしんでいる可能性もあるが、今こそ通じないが事前情報を持ち、フルダイブによる近接戦闘経験のあるベータテスターでさえ、そんなに怠けていて攻略組に追いつくのは至難の技。
ガトウは現実で剣術や武術でも習っていたのだろうか。
だが、攻略組の一人を寝ぼけ眼で圧倒した事は確かであり、その事実が彼からすぐに目を放させない。
「……この眠り癖は兎も角、やはり一度彼と話をしてみる事にするよ。百聞は一見にしかずとも言うからな」
「団長、同行者は?」
「私が決める事にするよ。余り多人数で押し掛けても仕方がない、かといって私一人だと効率が良くない」
「なるほど……了解しました」
アスナを含め団員全員は頷き、ヒースクリフの一声でその場は解散となる。
全員が出て言った後……ヒースクリフは再度羊皮紙を眺め、先程とは全く色の違う、温かみも冷たさも感じない平坦な、しかしどこか困惑を感じる声色で呟く。
「……ある意味では、彼と同等、いや彼以上のイレギュラーかもしれないな、ガトウは……」
それだけ言うと立ち上がり、一旦立ち止まってから壁へと目を向け、もう一度口を開いた。
「君は……君はこの世界に何を求めている? 君はこの世界へ何を思い踏み入れた? 睡眠を貪るのみの君は何者なんだい? ……プレイヤー、ガトウ」
彼の口から発せられた、各プレイヤーが当然に抱く物から個人的な糸の含まれる―――実に様々な色を持ち、実に多数の疑問が乗る、真意の見えない問い掛け。
真意を窺う事も出来ない表情も含め、納得できる確かな答えを出す事のできる者など……彼以外存在しないこの円形状の部屋には、当然居る筈もなかった。
それは……ヒースクリフの表情が、僅かながらに“苦”に歪んだ、訝しむべき事すらも…………。
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