魔術師にとって不利な世界で、俺は魔法を使い続ける
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2047年5月
日本のコアゲーマー達を震撼させる吉報が走った。
米国の超大手RPGメーカー《リクター》が初のMMORPGかつ初日本展開のRPGゲームの開発をすすめていたというものだ。
この段階になるまで一切の情報を漏らさず、徹底的な情報統制が行われたのだという。その理由は不明だが、何かしらの訳があると早くもネットスレでは話題をかっさらっている。
リクターは元来『RPG専門のゲーム開発企業』のコンセプトを打ち出して起業した会社であり、そのランダム要素の強いゲーム性が既に多くのRPGプレイし、マンネリ化していたプレイヤーが、新たな駆け引きを欲していたという時代背景もあり、大ヒットした。
その売れっぷりから、とんでもない豪運で激レアスキルを引き当てたプレイヤーデータをアカウントごと買い取り、転売する商売をする者が現れ初め、中には自主的販売規制をせざるを得なくなったタイトルさえ存在する。
その逸話は海を越えて日本にまで広く知れ渡っており、何時かは日本に来るだろうと待ち焦がれていたゲーマーは少なくない。無論俺もその一人である。
その希望的予測が大分落ち着いたこの時になって満を持して発表されたこの情報は、日本中を歓喜に包み、発売、正式サービス開始までの多大な焦燥感を生み出した。
大規模オンラインRPG、《ガルドゲート・オンライン》。数千年後の地球を舞台にした大規模ネットワークゲーム。
当然ながら今までリクターについては全く知識がない人々も多くいただろうが、ネットワーク技術の大きく上昇した今時期では、話題が広まるのにあまり時間を要さなかった。
発売は5月下旬、サービス開始は6月12日の予定。ここまではいいとして、サーバーの負荷に対する対策か、初めにログインできるプレイヤーは5万人以下だと付け加えられ、それに伴って初期購入者は最大で5万人だと告げられた。
初期、という事は二次募集もあるという方向に受け取ってもいいのだが、最近のMMORPGはゲームを始めた時期による格差が激しく、ここに溢れると二度と最前線には立てないと言っても過言ではない。
その一次募集についてだが、抽選で行われるということだった。まずネット上で期限日までに応募し、その後期限日にどの者が当選か発表、という流れだ。
時は流れ正式サービス当日。せいぜい応募が集まるのは10万人程だろうと(それでも中々に多いが)高を括っていた俺は、公開された最新情報をチェックするためにアクセスした、公式ホームページの『総応募者100万人突破!』と赤字ででかでかと書かれた画面を見てしばし呆然とし、その後落胆した。2分の1と20分の1では訳が違う。心のどこかで諦めつつも、一端の希望にかけて期限日を待ち焦がれる日々が続いた。
結局応募者数は120万人弱で締め切られた。今世紀序盤に、これからは人口が減る、という予測が出たのを綺麗に打ち破り大きく上昇した日本の人口数に比べればちっぽけなものではあるが、それにしても一介の遊戯に過ぎないゲームに対してここまで関心が高まったのは異常だ。かなり狭き門、これを潜り抜けられる者というだけで、『かなりの強運を持つ者』となる。
淡い希望と呼べるかどうかも怪しい、儚い願望を抱きながら、俺は当選者一覧をじっくりとスクロールさせていた。
あった。俺の名前だ。正真正銘、俺は当選した。
こうして、購入権獲得欄の中に自分の名前を確認した俺は、望外の喜びに駆られ、不覚にもしばらく口を開く事が出来なかった。たかがゲームだ。しかし、それでも感動は大きかった。
やはりサーバーへの負荷を気にしているのだろう、ログイン時間は自由だが、ゲームに参加できるまでは多少のタイムラグがあり、各自に公布された、数秒ほど間隔を設けたそれぞれの時間に、2,3人纏めて参加するとのこと。俺が参加するのは全プレイヤーの出現が大体半分ほど終わった所だ。
そしてその刻は訪れた。
数分前にドリンク類、部屋の空調調節など全ての準備を終え、万全の状態かつ何の力みも無い表情でパソコン画面を見つめる俺の姿は、客観から見ると逃げ出したくなる程の真剣な様子をしているだろう。それほどのゲーマー思考がある、と俺は確信している。だが、一度ハマってしまった物から抜け出すのは非常に困難であることを実践を通して知っている俺は、この部屋には他に誰もいない事で区切りをつけ、ディスプレイへと意識を集中させた。
ログインまでの残り時間が30秒を切り、すぐに10秒からのカウントダウンが始まる。この数字に意識を傾けているだけでも、緊張感が走っているのが分かる。
永久とも思えた10秒間が終わり、ようこそ!の文字が画面の中央に表示される。一刻も早くゲーム世界に飛び込みたかった俺は、普段別のゲームを始める時とは比べ物にならないほどの超高速、だいたい3分の1程の時間でキャラメイキングを済ませると、ログインボタンを押した。
その瞬間、世界が暗転した。
魂が切り離された感覚、とは言っても現在の人類には伝わらないだろうが、手足の感覚、脳の思考、五感の全てに至るまで、自らの全ての機能がシャットダウンされ、外部との連携が取れなくなった感覚、といってようやく伝わるだろう。
数秒間全くの暗闇で満たされていた視界が、若干ではあるが明るくなってきた事に、俺は底知れぬ安心感を抱いた。
その光が強くなってくると同時に、聴覚が人間の話声を捉えだした。
そして、目を覚ました。
不思議な事に、さっきまで椅子に座っていたはずなのに、二本の足がしっかりと大地を踏みしめている。瞳孔が遅まきながらも急速に収縮し、恐ろしく強い陽光を取り込む。
その瞬間、頭の中に渦巻いていた疑問が知らず知らずの内に発せられた。
「どこだ……ここ」「ここはどこだ?」
完全に同期して聞こえた異口同音の質問に飛び上がりそうになりながら音の発生源を向く。そこには背中に直剣を吊り恐らく俺と同じの呆けた顔をした男の姿がある。そもそもなぜ隣に人が、どうして剣など持って、など様々な問いが頭の中を駆け巡るが、どれ一つとして口にできず、逆に強張ってしまう。すると目の前の男が俺の中の一つの疑問を呈した。
「……お前は誰だ?」
その後ようやく大量の人々が周りにいる事に気付いた俺達は、大声で叫んでも聞こえない程度に離れた場所で、質疑応答を始めた。
さすがに無関係の人かもしれない――ほんのすぐ隣にいたのは事実なのだが――者に自分の名前を明かすのは危険すぎる。それよりも、と頭を振って俺は先刻浮かんだもう一つの疑問の答えを求めようとする。
「ここはどこだ?状況を一変させるなにか……、君は知らないか?」
かなり混乱しているせいで語彙が乱れ、普段使わないような口調で質問をしてしまったものの――それでも頭の中は常に十分に冷えている――、俺より幾分かは冷静さを取り戻している相手はしっかりと理解したようで、しばらく考え込む。と思いきや、急に大仰に首を横に振り、恐らくは俺も予想していたであろう言葉を返してくる。
「知ってたらお前と話してるうちに実行している。そっちこそ何か知ってる事は無いのか?大体俺は世界の何を知っているわけでも……」
そこで何か思い出すかのように下を向きおとがいに手を添える男を見ながら、俺も思考を巡らせる。
「どっかのスクショで見たような気がするな……。オレの気のせいじゃなきゃいいんだが……」
スクショ?と疑問を抱きつつ、俺自身も記憶を引きずり出す。吹き抜けるような海色の空、通りの両脇に並ぶ石造りの建物、遠くに見える過度な装飾のない門。
ふいに背筋を冷感が走る。俺も何度も見た光景。どうにかしてここに来ようと思って眺めていた、この街並み。あれは、確か……。
「ユグドラシル!?」「ユグドラシルか!」
はっと顔を見合わせ、戦慄する。そうなればここはほぼ確実にゲームの中、電脳世界という事になる。とても信じられたものではないが、隣に立つ男が、そして彼の思考がそれを証明している。
相手の顔から、みるみる生気が抜けて行くのが分かる。今俺も同じように顔面蒼白になっているのは間違いないと見ていい、などとやけに冷徹に自分の今の状態を認識しつつある俺の耳に、どこからどう聞いても警告音と分かるアラーム音が届く。ヴゥゥゥン、と響く重低音と、ジリリリリ、と目覚ましのようにけたたましい音の合奏に呼応するように、俺は無意識の内に先程俺達が出現した広場に向かって走り出す。
「またすぐ後で合流しよう。キャラネームだけ教えてくれ!」
並走して来た男が、先刻の疑問の続きを問う。
「俺はクロト!お前は?」
走行に労力を欠いているために必死になって答えると、すぐに答えが返ってくる
「オレはゼロ。暫く世話になるかもしれないが、よろしく頼む」
簡潔に纏められた分かり安い返答に小さい頷きで返した俺は、既に止んだアラーム音の正体を早く探るべく、ダッシュのスピードを更に数ギア上げた。
「面倒な事になったな……」
小さな呟きは風の音に遮られ、疾駆する相手には聞こえていない。
恐らくは中央広場であろう空間に辿り着いた俺は、そこにあったものを見て騒然とした。
どれだけの人数が集まっているのか想像もつかないほどの人の群れ。いや、ここが本当に〈ガルドゲート・オンライン〉の世界なのなら、集まっているのは5万人、もしくはそれに近い数の人間がいることになる。凄まじい程の人口密度だが、俺達の用に一旦大きく移動した、あるいはそれに準ずる行動をしたプレイヤーは現時点では見当たらない。
だが俺が驚愕したのはその事ではない。多少慌てているプレイヤー群の中央、避けられているようにも見える人物が、全く動じずに立っている。その人混みは、ほぼ全員がRPGへと出て来そうな、具体的には皮鎧やら剣、杖を身につけているのに対して、彼は武具の類は一切装着せず、白衣に眼鏡と背景が違えば医師に見えるであろう格好をしている。しかしそのイメージを頭に被った大きなフードが打ち砕き、真っ暗なフードの奥は時折眼鏡がキラリと光る以外は顔の特徴が分からない。
ふいとその男が上向くと、驚くべき事に彼の体が浮いていく。重力を一切感じさせない滑らかな動きで空中を浮上し、地上から数メートル離れた地点で静止したその人間は、痩せ身でいかにも柔和そうな体型には似合わない、どこか嘲笑ったような、それでいてやけに自信ありげな声色で、周囲の見上げるプレイヤー集団へと呼び掛けた。
「愚かで、しかし幸運なプレイヤー諸君。私の世界へようこそ。これより、VRMMORPG、ガルドゲート・オンラインのチュートリアルを開始する。秩序ある質問はいつでも受け付ける。応じるかどうかは別にだが、遠慮なく聞いて頂きたい」
呆然と見上げる俺達の視線の先で、その男は何かを失敗したかのようにぽりぽりと頭を掻く。
「失礼。何度もシミュレートしていた筈なのだが、忘れっぽいのは私の癖でね」
言いながら男は左手の人差し指と中指を二本揃え、目の前の空間に軽くタッチする。するとそこには、薄い水色のウィンドウ、操作パネルと思しき物が現れる。そのまま二本指でタッチパネルを操作するように複数の工程をこなした。
すると、俺の目の前、いや、ここにいるプレイヤー全員の目前にちょうどあの男とウィンドウの距離に比例する何も無い空間に、これまた全く同じ色のウィンドウが表示される。ガラスのような表面のそれは、一部の光を反射していかにも困ったような表情を浮かべる顔を映し出す。
「なっ……」
声を漏らさずには居られなかった。そこに存在するのは、微妙な表情の変化や瞬きの頻度からして確実に俺の顔なのだが、毎度見慣れた俺の顔ではなく、見ず知らずの人間の顔だった。
――いや、見覚えがある。
俺の脳にとある記憶がサインを示す。閃きが俺の思考回路をその情報目掛けて稲妻のような速度で駆け抜けて行く。処理速度限界近くまで加速した俺の思考は、一つの確かな情報を見つけ出す。
「マイキャラ……」
このゲームにログインする前、30秒近くで作り上げた俺のアバター。即ち、元々このキャラクターでゲームを進める筈だった人物。
若干長めの黒髪、肌色の長円の顔、丸い漆黒の瞳、それを囲む形のいい目。現実世界の俺と比べると、恥ずかしい程に格好いい。もし朝起きてこの顔になっていたのなら、逆に外になど一歩も出られないだろう。
再び白衣の男の指がウィンドウを走る。それはまるで早回しのビデオを見ているかの如きスピードで、目が追い着かない。
と、不意に視界がぐにゃりと歪む。視界の中央を中心に渦が巻き込む感じだ。数秒続いたその現象が終わると、先程と何も変わらない世界が現れた。
――いや、違う。絶対なる矛盾がここに存在する。凄まじい違和感が額を貫く。目の前に開いたままのウィンドウを覗き込む。あった。確かな違い、違和感の正体が。
現象前の面影がどこにも無い、しかしどこか決意を示したような顔立ちがそこにある。輪郭は変わらないが、同色のぱっちりと開いた両目、キュッと引き締められた凛々しい口元、決して高くはないが型のいい鼻、ほっそりとした手足や指、白く滑らかな肌。中でも目を引くのが微風を受けてそよそよと泳ぐ、背中あたりまで伸びた艶めく黒髪。
今まで見飽きたこの体に戻って来られた事が何故か無性にほっとする。幾度となくからかわれ、見る度にげんなりとしたこの女性っぽい姿を、いつの間にかこの短時間で欲するようになっていた自分に驚く。
周りを見渡してみると、やはり誰も彼もが元とは違う恰好をしている。身長が著しく増大した者もいれば、男女が覆った者もいる。そこで俺は、今も隣に立っているはずの、しかし多少の程度はあれ姿が変わっているであろうかなりの冷静さんを仰ぐべく、左を向く。ちょうど相手もこちらに振り向いたらしく、ほんの少し髪が揺れている。
「は!?」「あ?」
同時に程度と音量は違うながらも叫ぶ。俺の目の前には、対話した時と全く寸分の違いもない、この世界初の話し相手、ゼロが立っていた。
背は俺より少し低いが背骨をかなり曲げ、ポケットに手を突っ込んでいる上に、漫画のような三日月形の眼とその奥の猫科を思わせるやけに小さな瞳が年下という印象を思いっきり看破している。贅肉など一つも無いような体をしているものの、筋肉に固められているのではなく、アスリートや肉食動物を思わせるしなやかな体駆。髪はやや長めではあるがごく普通のショートヘアーで、若干濃紺色に見えなくもない。瞳は暗い橙色。
「はぁ……。女なんだったら先に言っておけばよかっただろうに……。なぜ自分の本性を隠したがるのか、オレには全く理解できん」
ゼロの言葉に生涯をかけて絶対に訂正しなければならない誤解を見つけ、俺はもどかしくなって首を振る。それでも多くの人が冗談を言うときのように口角が若干上がっているが、実際何を考えているのか読み取り辛い。
「誤解だ。何度も何度も言われてきた。お前だけは分かってくれると思っていたのに……」
探りを入れる役目も兼ねて俺もマジメトーンのジョークで返す。
「さっき知り合ったばかりだろ。まだ俺はお前を信用していないからな」
「悪かったな」
こんな状況で冗談の往来ができるとは思ってもみなかった。意外に人間は舐められたものじゃないな、と場違いな事を思いつつ、顔を見合わせて互いに笑みを溢す。
「冗談だ。アンタの言う事に嘘なんか含まれていないってことぐらいちゃんと分かってるさ」
友だち付き合いの少ない俺がこの世界に来て初めてまともに会話した者を裏切れるほど、俺は無慈悲ではない。そろそろ引き際か、などと思い、一旦会話を打ち切る。その代わりに、宙に浮きっぱなしの男の声に耳を傾ける。
「先に自己紹介をしておこう。私がゲーム会社《フォーレイズ》開発部リーダー兼この世界の支配者、湊静夜だ。諸君らが今一番気に掛かっている事、それは『ここはどこか』と『なぜここにいるのか』だろう。少なくとも私がこの状況に陥った場合、まず気になるのはそれだ。勘が鋭い者はもう気が付いているだろうが、ここはリクター製作のゲーム、ガルドゲート・オンラインの世界だ、そう思ってくれて構わない。」
《フォーレイズ》は俺の知っている中でも格段に知名度の低いゲーム会社だ。相当なゲーム愛好家である俺でさえ、プレイした作品は一つしか無く、そこまで大作ではなかった。そんな会社がなぜ、ここまで大規模な一流ゲーム会社の作品を横取りできたのか、俺の頭の奥底に引っかかる。
そこまで考え込んだ所で、もう我慢の限界、とでも言いたげな切羽詰まった声が響きだす。
「俺達はファンタジー世界の住人じゃないんだ!さっさと元の世界に返しやがれ!」
湊と名乗った男を挟んでちょうど俺と反対側ぐらいから詰問が聞こえる。若い男の声だ。
口にこそ出さないが、俺も心の中では同感だ。疑問を口にするとその瞬間現実から永久に引き剥がされそうで怖い。しかしれっきとした疑問感は持っている。
すると湊は、まるでこの質問を予想していたかのように滑らかに答え出す。
「ゲーム世界、という表現が誤解を招いたようだな。確かにここは空想世界ではない。説明すると長くなるが、君たちには聞く権利がある。ここは、VRワールドだ。一番手っ取り早く話せばその答えに辿り着く。我々開発チームが正式名称virtual reality modeling language systemと呼び開発を進めてきたシステム、略してVRSと呼称しているが、ここは完全なるバーチャル、つまり電脳世界という事だ。名称として、Another Realityという名前を付けてあるので、わざわざVRSなどと呼ばないでほしい」
日本人とはかけ離れた流暢な英語を交えつつ、先程俺がした予想と同じような事を解説する。
まだまだ一音の濁りも無さそうな説明が続きそうだが、俺達の抱える疑問はあまりにも多い。最低でもそれら全ての疑問の答えを知るまで、ここからは動けないようだ。押し寄せている人の量がそれを示す。それならもっと早く答えを探るべく、俺の中の知識を総動員する。
ヤツは、湊と名乗る白衣の男はこう言った。ここはバーチャルの世界だと。そうなれば答えは三つに限られる。一つは、俺が際限なくリアルな夢を見ているという可能性。思いついた瞬間削除した。
二つ目は、俺が睡眠中など無防備な時に秘密裏に運ばれ、どこか知らない所へと移された可能性。
だが、それも無いと断言できる。俺は今、生まれてきてから一番とでも言いきれるほどに気が張っていた。そんな極緊張状態で不審者に気付かないはずがない。そうなれば残りは一つしかない。
三つ目、ここが本当に湊の言う通りのVR世界だという事。
21世紀も折り返そうかというこの時代、バーチャルリアリティシステムの開発はどこのゲーム会社でも積極的に行っている研究だ。拡張現実(AR)の開発は既に全盛期を越え、今は消極的になっている。人間が今一番追い求めているもの。即ち電脳世界に入り込み、そこであらゆる物事を体験できるシステム。
だが、《電流式》だの《運動連携式》だの、挙句の果てには《脳機能リミッター一次解除式》だのいろいろな手法で実現しようと試みてきたものの、一つとして完璧なものは無く、失敗作ばかりだった。最もいい線にまで達した《音波反響式》でさえ、恐ろしい程の体積を要求されるため、医療現場等でしか使われて来なかった代物である。
そのVRシステムを、一体全体どうやってマトモに使える、一般人が使えるように開発、あるいは改良したのか、現実世界ではプログラミング好きであり相当なゲーマーである俺からしてみれば、興味深いことこの上ない事変だ。何となくだが、これからその話に触れそうな気がする。俺は周囲の喧騒から意識を遮断し、静夜の言葉に耳を傾けた。
「我々《フォーレイズ》、略してFRの開発チームは、《音波反響式》のVRマシンインタフェースを改良し、頭にちょうど被さる程度の大きさまで小型化することに成功した。中々大変な作業だったよ。抽出される脳波と音波のやり取りはかなり複雑で……。……話が大分逸れてしまったね。元に戻そう」
――音波反響式のVRインタフェースを頭部大にまで小型化だと!?
後半は愚痴のような形になった湊のセリフを、俺は硬直の解けないまま聞き、立ち尽くした。
背筋に戦慄よりも先に驚愕が走る。《音波反響式》とは、言わば耳から脳に直接交渉するシステムだ。脳波が感覚器官、運動器官へ到達する前に機械でジャックし、逆に脳へは音波によって触覚、視覚などの感覚を与える。これによって使用者は全く動かずに(というより動けずに)機械の中、仮想の空間で活動する事ができる。それが定義だ。即ち、機械の中で行う事が大前提であり、それ以外での活動はどれだけIC機器をコンパクト化したとしても不可能、というのが常識だった。医療用にのみ使われてきたのは、十分な場所を確保でき、加えて脳への負担もゼロとされているからだ。俺も市販用のICチップのサイズをどうにかして縮めようと努力したのだが、やはりほとんど成果は表れず、結局俺の部屋の間取りを侵食したままである。
そんな大それた考えが、多少苦労したとはいえ実現してしまっていいのか、と内心首を傾げる俺の心情には全く気付かず、湊の説明は続く。愚痴を聞いてもらった(正確にはその場から動けなかっただけだが)お礼のつもりか、少し柔らかになった口調で話しだす。
「君たちの行動は、現実世界の身体になんの影響も及ぼさない。ここで飛んだり跳ねたり、または損傷しても、向こうの君たちには何の変化もないために安心してほしい。この技術の開発成功から得た利益によって、我々は《リクター》を買収することが可能になった。それでようやく君たちをここに呼び出せた、というわけだ」
それなら合点がいく。医療面のみから見ても、莫大な収益を上げる事ができただろう。さらに他の企業にも無視できない程の魅力がある。だがなぜ俺達は連れて来られたのか、という疑問が残っている。まだまだ謎解きは終わらない。
と、ずっと闇に阻まれ見えなかったフードの奥に、小さく、しかしはっきりと藤色の光が瞬いた。コンマ1秒にも満たない短い時間だったが、俺は全てを理解した、そんな気がした。
――この男は、湊静夜と名乗った《フォーレイズ》の開発長は、《狂症》なのだ。
後書き
どもです!@ひかりです!
前書きでも書きましたが、非常に長くなってしまいました。申し訳ありません……。
まだまだ書きたいことはたくさん、それこそ山ほどあるんですが、ここで一本出しておかないとここのサイトに帰って来られる自身が無くなってしまいまして……。
というわけで、微妙なところで切り上げて、投稿に至りました!
次回もまだもう少し説明的な文章が続きますが、どうかパッパッと飛ばさずに、丁寧に読んで下さい。そうしないとこの先分かり辛いので。
ではまた、次の話で!
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