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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン48 鉄砲水と砂上の異形

 
前書き
ガイアロード手に入れました。映画館でぼろっぼろ泣きながら見てたのは私です。
前回のあらすじ:砂の異世界、到着。 

 
「う……」

 目が覚めた時、真っ先に感じたのは口の中いっぱいに広がる砂の味だった。

「うえ……ぺっ、ぺっ」

 何度か唾を吐き、どうにかマシな気分になったところでおかしな点に気が付いた。僕が十代とデュエルしたのはステージ、というかヘリポートの屋上だったはずだ。当然かなりの高度があり、足元一面に砂が広がっているわけがない。地面に寝そべっていた姿勢から起き上がってみると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

『砂漠。それに3つの太陽、そして周りの地形ごとえぐって持ってきて配置したようなデュエルアカデミア……マスター、どうやらこれは、なかなか面倒事になってきたな』
「チャクチャルさん……」

 チャクチャルさんにも同じものが見えているということは、どうやら僕の目がおかしくなったわけではないようだ。視界の果てまで広がる砂漠と、目の前にぽつんと置かれたアカデミアの校舎。微妙に薄暗く感じる空には、3つの太陽が若干歪んだ三角形に並んでいる。
 ……なんかもう、ね。この学校に来てからやれセブンスターだそれ光の結社だと奇人変人びっくりショーみたいな相手ばっかり連続で出会ってきてそろそろどんな奴が来たところで驚かない耐性も出来てきたかな、なんて思ってた矢先にこれだ。まさかの環境変動とは、いくらなんでも予想外すぎる。

「一応聞くけど、ここどこかって」
『わかるわけなかろう。ただ、この感覚は人間界よりむしろ……』

 チャクチャルさんの考察は、残念ながら最後まで聞くことができなかった。何気なくアカデミアに向けて一歩を踏み出したその瞬間、足元の砂が突然崩れたのだ。とっさに地面を掴もうとするも砂地では体を支えることなどできず、そのまま深い穴に真っ逆さまに落ちていく。

「……っとぉ!」

 着地。チラリと上を見てみると、別にそこまで深い所に落ちたわけではなさそうだ。次に辺りを見回すと、意外にも砂ではなくごつごつした岩壁に囲まれている。どうやら、ちょっとした洞窟のようになっているところに落ちてきたらしい。

『マスター、生きてるなー』
「2年前から死んでるよん。見てるだけじゃなくて助けてくれてもよかったのに」
『この程度で怪我するほどやわなわけがないからな。それよりほら、お客さんだ』
「え?」

 チャクチャルさんが足元の一点を指し示すと、まるでそれを待っていたかのようにその部分の砂が盛り上がる。地中から文字通り生えてきたのは、1体のモンスターだった。胴体部分は背中の棘や異様に長く大きな腕といった細かい部分を除けばまだ人型に見えるが、決定的に人外なのはその頭部だ。ホースのような円柱形の首の先端には頭がなく、首の端からはいきなり歯が生えている。どうやって周りを見ているのか僕のいる位置を正確に睨みつけ、ゆっくりとした足取りで音もなく近づいてくる。

「こ、これ……」
『サンドモス。岩石族の下級モンスターだが……やはり、ここはモンスターが実体化できる世界のようだな』
「どどどどうしよう、どうやって逃げればいい!?」
『逃げたところで地の利はあちらにある、ならばこの場で迎撃だ。幸い、この個体の他に仲間はいないらしいしな。デュエルディスクを構えろ、マスター!』
「え、えぇ……?」

 とりあえずチャクチャルさんに言われたとおりにデュエルディスクを構えはしたけれど、本当にデュエルが通用するのだろうか。だってこのモンスター、デュエルディスクとかデッキとか持ってる風には全然見えないし。そう思いながらこちらに近寄ってくるそれを見守っていると、僕との間に3メートルほど距離を開けてぎこちなく片腕を伸ばす。足元の砂が巻き上がりその腕に絡みつき、ある部分は広がりある部分は固まり、やがて砂製のデュエルディスクらしきものがその腕に装着された。

「できるの!?」
『アドバイスは1つだけ。……心配はしていないが絶対に負けるなよ、マスター』
「え?」

 自分から焚きつけておいたくせに、急にシリアスになるチャクチャルさん。だがどういう意味か、と聞き返す暇はなかった。デュエリストが2人そろってしまった以上、もはや残された道はデュエルしかないのだ。

「そうは言っても、本当にデュエルできるのかな……?ま、精霊相手ってのもずいぶん久しぶりだし、それじゃあデュエルと洒落込もうか、サンドモス?」

 フシューフシューと不気味な呼吸音がかすかに聞こえてくる程度で、返事を返そうとするそぶりすら見られない。だけどデュエルディスクを構えたっきり襲い掛かってこないところを見ると、まるっきりこちらの話を理解してないというわけではなさそうだ。

「調子狂うなあ……デュエル!」

 あの砂製デュエルディスクがどういう仕組みなのかはわからないが、デュエルする上で問題はなさそうだ。僕が先攻であることが示され、手札をざっと見渡す。
 ま、初ターンだしここは様子見かな。

「ツーヘッド・シャークを守備表示!」

 ツーヘッド・シャーク 守1600

 いつもお世話になりっぱなしの2つの口を持つ青い鮫モンスター……だけど実体化しているからか、こころなしかいつもより色合いもくっきりして立体感も増して見える気がする。

「さらにカードをセットしてターンエンド」
「あ……う……」

 やはり人語を喋るだけの知能はないのか、意味の分からない音を口から出しながらカードをそのデュエルディスクに置くサンドモス。すると足元の砂が盛り上がり、デュエルディスクを持つサンドモスの前に2体目のサンドモスが召喚された。

 サンドモス 攻1000

「あ……」
「シールドクラッシュ……ちっ」

 フィールドの守備表示モンスター1体を破壊する魔法カード、シールドクラッシュ。そこから放たれた光はツーヘッド・シャークを一撃で粉砕し、がら空きになった僕めがけサンドモスの拳が無造作に振り下ろされる。

 サンドモス 攻1000→清明(直接攻撃)
 清明 LP4000→3000

「ぐわっ……!?」

 うっかりいつものソリッドビジョンの調子でろくに受け身も取らず受け止めてしまい、頭が割れそうな衝撃を受ける。攻撃を終えプレイヤーのところに戻っていくサンドモスと、その後ろでリバースカードをセットするプレイヤーのサンドモスを尻目によろめきかかるもどうにか踏ん張り、殴られた箇所をそっと撫でる。まだずきずきと痛むとはいえ、骨や脳に異常はない、はずだ。
 とりあえずほっと胸をなでおろした次の瞬間、今更ながらあることに気づいて背中に冷水をかけられた気分になった。……今僕は、モンスターの攻撃で物理的にダメージを受けた。今はたかだか1000程度のダメージで僕のライフにも余裕があるからよかったものの、もしこのままライフが0になりでもしたら?要するにこれは、闇のゲームそのものだ。負けたところで魂がどうこうなることはないだろうけど、命の保証は何一つない。再び脳内をよぎる、チャクチャルさんが最後にアドバイスと称して掛けていった不穏な言葉。

「チャクチャルさん、もしかして最初からわかってたでしょ?……後で話聞かせてもらうよ」
『マスターならどうせ勝つだろう。だから交戦を勧めたんだ』
「ったく、そういうことじゃなくってさあ」

 仮にも命がかかってるんなら、それはもう信用とかそういうレベルじゃなくて一言断りを入れて欲しい。確かにこの命は2年前のあの日にチャクチャルさんから貰ったようなものだし、それについては今でも感謝してる。けどだからって、こんな人の命を粗末に扱うような真似はやめて欲しい。そう思うのは、僕の贅沢なんだろうか。やはり人間じゃないチャクチャルさんと僕の間には、何かどうやったって相容れない価値観の違いがあるんだろうか。
 ……お互い口には出さない。だけど、感じていることは同じだろう。この間も感じた僕たちの間の、表面的には見えないような溝。個人の性格だとかいうレベルでは済まない、もっと根本的な種族としての壁。それがまた少し、広がった感じがした。

 清明 LP3000 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
 サンドモス LP4000 手札:2
モンスター:サンドモス(攻)
魔法・罠:2(伏せ)

「……僕のターン。だったらこのカードで勝負、グレイドル・イーグル!」

 砂地に広がる銀色の水たまりが一点に寄り集まり、砂の色よりなお黄色い鳥の姿を模す。

 グレイドル・イーグル 攻1500

「ここは攻め込む!グレイドル・イーグル、やっちゃって!」
『気を抜くな、マスター。こちらが命がけということは、向こうもまた命がかかっていることを忘れるな!そんな単調な攻め手では……』
「あ……」

 チャクチャルさんの遅すぎた警告をあざ笑うかのように、サンドモスが伏せカードを表にする。速攻魔法、月の書……モンスター1体を裏側守備表示にするそのカードの効果を受けてセットされたサンドモスに、イーグルは無謀な突撃を仕掛けることしかできない。
 だがその爪がサンドモスの体に弾かれるより前に、地中から伸びた鎖がサンドモスの腹を突き破ってイーグルを、そして僕の伏せたカードを貫いた。

「さらに爆導索のダブルコンボまで……」

 爆導索。セットされた縦列全てにカードが存在する、つまり僕のモンスターと伏せカード、そして相手のモンスターと爆導索自身が一列になっているときのみ発動可能で、その列のカード全てを破壊するというトラップの中でも特に異端の効果を持つカードだ。僕はイーグルを召喚した時、特に何も考えずに伏せカードと並べるように出して、その点をうまいこと突かれた形になったわけだ。やがて貫かれたイーグルの瞳から光が消え、力なく溶け崩れて地面に落ちて染みとなる。サンドモスも砂となって地中に消えていった、かと思ったらなんと次の瞬間、何事もなかったかのように平然と起き上がる。

『サンドモスは裏側表示で効果破壊された際、攻守を反転して特殊召喚する効果がある』

 サンドモス 攻2000

「クッ……それじゃこっちだけやられ損ってこと!?悪かったね、イーグル。カードをセットして、ターンエンド」

 どうもおかしい。闇のゲームなら、これまで僕も何度か経験がある。その時は今目の前にいるサンドモスよりもはるかに格上の相手とも戦ってこれたのに、なんで今になってこんなに苦戦しているんだろうか。小さな疑問が湧き上がるが、それをじっくり考える余裕をくれるつもりは残念ながらなさそうだ。

「う……あ……」

 僕のフィールドが空いたここを好機とみたのか、勢いよく次なるカードが置かれる。地属性専用リクルーター、巨大ネズミだ。

 巨大ネズミ 攻1400

「あ……!」
「そう簡単に通しはしない!トラップ発動、波紋のバリア-ウェーブ・フォース!この効果によりダイレクトアタック宣言時に相手フィールドで攻撃表示のモンスターは、全てデッキにバウンスされる!」

 突っ込んできた巨大ネズミが、サンドモスが、半球状に僕を守る水の壁に阻まれ弾かれる。これでとにかく、このターンの攻撃だけは防げた……だけど虎の子のウェーブ・フォースを使ってしまった以上、これ以上の防御札はまだデッキの中に眠ったままだ。

 清明 LP3000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 サンドモス LP4000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし

「僕のターン!シャクトパスを召喚して、ダイレクトアタック!さっきの借りは返しておくよ!」

 無数のタコ足を伸ばし、動きの遅いサンドモスに容赦のない連打を加えていくシャクトパス。

 シャクトパス 攻1600→サンドモス(直接攻撃)
 サンドモス LP4000→2400

「これで少しは……」

 それ以上の言葉を続けることはできなかった。サンドモスの目のない顔を見た瞬間、その気迫に呑まれてしまったのだ。
 その時になってようやく先ほどの疑問の答え、なぜはるかに実力で劣るはずのサンドモスを相手にこれまで戦ってきた相手と同じくらい苦戦しているのかを悟った。僕が今まで経験した闇のゲームは、その相手もダークネス吹雪さんにヴァンパイヤ・カミューラ、幻魔皇ラビエルや邪神アバターといった文字通り化け物級の力を持つ大物相手がほとんどだった。だけどそういう相手は当人が自分の実力に絶対の自信とプライドを持っていたことから、最後の最後までこっちはそれにがむしゃらに食らいついていくだけでよかった。
 ……だけど、この相手はそれとは全くパターンが違う。自らの限界を知り、それを誰よりも理解したうえでなお命を張ってデュエルを挑んできている。所詮彼らにとって闇のデュエルとは、いつ終わるともしれない悠久の命の中の暇つぶしのひとつでしかない。だがこの世界で生きるだけの何の変哲もないモンスターであるサンドモスにとっては、デュエルに使う一瞬一瞬が自らのいつ終わってもおかしくないちっぽけな命を全力で燃やす行為なのだ。
 要するに、これまでの『格上』とは意気込みのベクトルがまるで違う。勝ち抜いて生きのびたいというこの純粋で本能的な欲望がこの気迫を、『格下』にしか出せないこの強さを生み出しているのだろう。
 これ以上はないぐらいに噛み砕くと、戦う前から覚悟で負けていたのだ。それは苦戦もする、というかこのままいったら本気で負ける。こちらも相手を潰す気でかからないと、同じ土俵に立つことすらできやしない。

「う……うう……」

 モンスターを伏せ、さらにカードを2枚と、手札に残ったカード全てを場に出すサンドモス。その様子を眺めながら、心のどこかでどうしようもないやりきれなさを感じていた。
 ……本当に、それでいいんだろうか。デュエルモンスターズを命を奪い合う手段なんかとして割り切って戦うことは、正しい考えなんだろうか。デュエルって、楽しい物じゃなかったのかな。少なくとも僕にとって、命の奪い合いが楽しいものだとは思えない。

 清明 LP3000 手札:2
モンスター:シャクトパス(攻)
魔法・罠:なし
 サンドモス LP2400 手札:0
モンスター:???(セット)
魔法・罠:2(伏せ)

「……僕のターン、ドロー」

 わからない。この世界では、確かにそれが常識なのかもしれない。僕らの世界の常識を持ち出すことの方が、むしろ間違ったことなのかもしれない。だけど中途半端に迷ったままデュエルを続けていては、勝てるものも勝てなくなる。
 それはわかってる、んだけど。

「シャクトパスをリリースして、アドバンス召喚!出ろ、ジョーズマン!」

 ジョーズマン 攻2600

「バトル、ジョーズマンでセットモンスターに攻撃!」

 体中に飢えた口を開く鮫の戦士が、その右腕を振りぬく。伏せてあったモンスター、2体目のサンドモスがその体の4割ほどを一撃で食いちぎられ、元の砂になって崩れていった。

 ジョーズマン 攻2600→??? 守2000(破壊)

「あ……!」
「ブロークン・ブロッカー……!」

 攻撃力よりも守備力の高い守備表示モンスターが戦闘破壊された時、その同名モンスターをデッキから2体まで特殊召喚するカード、ブロークン・ブロッカー。今破壊されたサンドモスは2体目、だけどウェーブ・フォースのデッキバウンス能力がかえって仇になって、今の奴のデッキにはサンドモスのカードが2枚入っているためにその能力を最大限に発揮させてしまう。そして今日だけでもう何度も見たサンドモスが、またしても大地を盛り上げて砂の中から現れた。

 サンドモス 守2000
 サンドモス 守2000

「しつっこい……!カードをセットしてターンエンド!」
「あああ……」

 引いたカードをろくに見ることもなく、すぐさまセットするサンドモス。特に攻め込んでこないところを見ると、今は向こうもジリ貧なのだろう。だけど、いまだに迷いが抜け切れない僕と違ってサンドモスには決死の覚悟がある。この膠着状態も、長くは続かない。

 清明 LP3000 手札:1
モンスター:ジョーズマン(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
 サンドモス LP2400 手札:0
モンスター:サンドモス(守)
      サンドモス(守)
魔法・罠:2(伏せ)

「僕のターン!オイスターマイスターを召喚!」

 オイスターマイスター 攻1600

 颯爽と飛び上がって着地する牡蠣の戦士。だがその両足が地面につくかつかないかというところで、いきなりサンドモスが動いた。ああそうだ、あのカードには僕も何度もお世話になってきたからよく知っている。

「激流葬!」
『いや、まだだ!』

 チャクチャルさんの声に反応するかのように、もう1枚伏せてあったカードがチェーンして発動される。あのカードは速攻魔法、皆既日蝕の書?ふっとあたりの風景に影が差したように暗くなり、その闇に呑まれサンドモスが、ジョーズマンが、そしてオイスターマイスターが、徐々に消えていく。これでフィールドに存在するすべてのモンスターは、このターンの終わりまで裏側守備表示になったわけだ。

「う……あ……!」

 ……そして、裏側守備表示になった全てのモンスターが激流葬によって無に変える。いや、違う。皆既日蝕の書により裏側守備表示となって効果破壊されたサンドモス2体は、またしても攻守を反転した状態で蘇生される。

 サンドモス 攻2000
 サンドモス 攻2000

「まだだ!オイスターマイスターは戦闘以外の方法で場を離れた時、フィールドにオイスタートークン1体を特殊召喚できるっ!」

 オイスタートークン 守0

「あ……」

 構うものかと言わんばかりに腕を振り上げ、2体のサンドモスが攻撃を仕掛ける。そのうち1体が守備力0のオイスタートークンをいともたやすく踏み潰し、もう1体の剛腕がデュエル序盤とは比べ物にならないほどの速さと重さを込めて唸る。

 サンドモス 攻2000→オイスタートークン 守0(破壊)
 サンドモス 攻2000→清明(直接攻撃)
 清明 LP3000→1000

「……ッ!!」

 先ほどの経験からガードだけは取ったものの、それでもなお強烈な一撃に声も出ない。その場でこらえきれず後ろに吹っ飛ばされるわずかな間にふと頭をよぎる、僕がダークシグナーになった直接の原因である暴走車にはねられた時の衝撃。下手をすると、あれよりも強かったかもしれない。この無駄に強靭な肉体がなければ、骨やら内蔵やらがまずいことになっていてもおかしくなかっただろう。

「い、痛たた……」

 一気に勝負のバランスを向こうに傾けた、辛うじてライフを残すので精いっぱいの会心の一撃。だがその成功に驕ることなく、かといってまんまとしてやられた僕を嘲笑うでもなく、油断せずにモンスターを挟んでじっとこちらをうかがうサンドモス。

「く……」

 その目のない顔と見つめ合う形になり、僕の心の中で1つの決心がようやくついた。少なくともこの世界では、デュエルは命をかけて行うものだ。そしてそれが分かったうえで、目の前のサンドモスは一歩も引くことなく戦っている。他の誰が何と言おうと、今の攻防で僕の腹は決まった。いいだろう、そこまで真剣勝負を挑んでくるのなら、もうこれ以上ぐだぐだ迷ったりしない。殺らなければこっちが殺られるというのであればサンドモス、僕はお前のライフを、そしてその先にある命そのものを一切躊躇わずに全力で狩りつくす。それがデュエリストとしての、せめてもの僕の礼儀だ!

 清明 LP1000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
 サンドモス LP2400 手札:0
モンスター:サンドモス(守)
      サンドモス(守)
魔法・罠:なし

「僕の!ターン!ドローっ!」

 今引いたカード、そして手札のカード、最後に伏せてあるカード。この3枚のコンビネーションが頭の中でスパークし、たった1つだけ僕に残された逆転の一手を導き出す。

「魔法カード、死者蘇生を発動!甦れ、ツーヘッド・シャーク!」

 1ターン目に召喚したものの破壊された双頭の鮫が、再びフィールドに浮上する。

 ツーヘッド・シャーク 攻1200

「そして、お次はマジックコンボ!アクア・ジェットを発動して、ツーヘッドの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

 両脇部分に小型のジェット装置が取り付けられてツーヘッド・シャークはより強く、そしてより速く強化される。これで、サンドモスの攻撃力を上回った。

「バトルだ!ツーヘッド・シャークの2回攻撃能力で、2体のサンドモスに攻撃!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→2200→サンドモス 攻2000(破壊)
 サンドモス LP2400→2200
 ツーヘッド・シャーク 攻2200→サンドモス 攻2000(破壊)
 サンドモス LP2200→2000

「あ……!」

 露払いはできた。だがすでに2回攻撃の権利を使い切ったツーヘッド・シャークにこれ以上の攻撃はできず、これ以上ライフを減らされることもない……サンドモスは、今そんな風に考えているだろうか。だとしたら、その考えはあまりにも甘い。このターンで仕留める、と言ったら絶対に仕留めるのだ。

「リバースカードオープン、メタモル・クレイ・フォートレス!このカードは発動後にモンスターとして特殊召喚され、さらに自分フィールドのレベル4以上のモンスター1体をこの一夜城の主とすることでその攻撃力を加算する!僕が選ぶのは当然、ツーヘッド・シャーク!」

 大地が揺れ動き、砂地を突き破って巨大な岩の手が伸びる。そしてそれに続いてその巨人の首のない上半身が映えてくる。いや、首がない巨人といっては誤解がある。正確には肩から上が城壁のようになっていて、そこに乗れば下を見下ろすことができるゴーレムだ。地下からゆっくりとせり上がるその上に飛び乗ると、上半身が完全に地中から出るころにはちょうど今までいた穴から地表に出るぐらいの高さになっていた。岩の巨人の上から久しぶりの地上に飛び降り、最後にちらりとはるか下にいるサンドモスを見下ろす。無論表情なんてまるで分らないが、デュエリストとしての魂だけは通じ合えた気がした。

 メタモル・クレイ・フォートレス 攻1000→2200 守1000→2200

「……これでラストだ!メタモル・クレイ・フォートレスでダイレクトアタック!」

 メタモル・クレイ・フォートレス 攻2200→サンドモス(直接攻撃)
 サンドモス LP2000→0





「ハァ……」
『だから言っただろう、どうせ勝つと。それに、いい目になったぞマスター。戦士の目だ』

 あまりと言えばあまりの言い草についカッとなり、何か言い返そうと思って口を開く。だけど言葉を発するより先に、腕のデスベルトがまたしても光り始めた。

「しまった、これまだ生きて……!」

 体重が数倍に跳ね上がったかに思えるほどの倦怠感が全身を包み込み、どこかへ飛んで行こうとする意識を辛うじて繋ぎとめる。どうにか持ちこたえて重い体を引きずり、最初に思っていたより遠くにあったデュエルアカデミアに到着したころにはすでに3つある太陽はどれも地平線の彼方に沈み切っていた。
 ……精霊を召喚すれば、確かにもっと早くアカデミアに着くことだってできただろう。だけど僕にはひとつだけ、どうしても気にかかることがあった。今日のデュエルの最後のターン、サンドモスにとどめを刺したあの瞬間。後悔するでもなく胸が痛むでもなく、何か嫌な、暗い愉悦の感情が心のどこかにあったことを、歩いている最中ずっと思い返していたのだ。
 もしかしたら、それが僕の本性だったりするんだろうか。敵の命を奪うようなデュエルを、口では綺麗事を言いながら心の奥底では楽しんでいる。そんな化け物を、僕は自分の中に飼っているのだろうか。違う、と言い切るだけの自信は、ずっと歩いている間も最後まで出てこなかった。 
 

 
後書き
三沢は次回出します。 
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