もう一つ、運命があったなら。
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とある国の王様
◇
幼い頃、俺はお伽噺が好きだった。
その中でも一番に好きだった話がある。
それは遥か昔、ここではないどこかに住む一人の王様の話。
誰もが聴いたことのある話。異国の地の話なのに、どうにも悲しい結末で小さい頃の自分はやるせない気持ちを抱いたのを覚えている。
その話はこんなもの。
一人の村の少年が自ら王様になることを選んで、頑張って強くなって、国のみんなのために命を捧げた。
みんなを幸せにするために、数人の騎士と共に何度も戦争をする。そんな話だったと記憶している。
その王様は、強くなって国の誰からも頼りにされる人になった。
けど、自分を犠牲にしてまで他人のために生きて、自分自身で幸せを得ようとはしなかった。
他人のためだけに生きる生き方なんて、周りからすれば気味が悪く見えるのが普通だ。
それに人であれば誰だって口にする欲望や楽しいという感情を王様は一度も口にすることはなかった。
その王様は王としての責任は確かに果たした。
でも、人間として在るべきものが無かったからなのか、最後まで他の誰かとその理想を分かち合うことは出来なかった。
素晴らしい王だ、と褒められるのと同時に、王様は人間ではないとどこかでささやかれた。
その批判とも言えない蔑みを聴こえていたはずなのに、その王様は何も言わず王で在り続ける。
そうして、幸せな国が出来た。王様は、その夢を実現できた。
でも、その童話はそこでは終わらない。
その王が自身の全てを投げ出して創り上げた理想の国は、裏切りで壊された。
理由は覚えていない。けれど想像することは出来た。
一人の王様に全ての責任を押し付け続ける国なんて、その王様が居なくなればすぐに破綻する。
いくら人間で無いといわれた王様にも寿命がある。
王様が居なくなってしまえばそれと同時に国が滅亡するのは誰が見たって分かること。柱が無くなれば家は壊れてしまうのと同じ。
滅亡することが決まっている国に未来などない。束の間の平和を楽しんでいるだけのこんな国は、今この手で作り変えるべきだ、と思う奴が現れるのも時間の問題だったわけだ。
そして、その王様は自分の子供に裏切られてその結果、自分が創り上げたその国と信頼した仲間を失った。
なのに、その物語の結末では王様は納得して最後を迎えて、今でも理想郷で一人で世界の幸せを祈っているらしい。
どう考えたってそれが嘘なのはわかる。子供だった俺でさえ、それが大人が作り出した嘘だってことに気づいた。
大切なものを失って、自分の理想が間違いだったとわかって、どうして納得なんてできるのか。
幼い俺は読み聞かせてくれた父親に尋ねた。
『なんでこの王は悲しくないの?』と。
子供のくせに的を得た鋭い質問に、父親は少しだけ悩んでから笑って言った。
『きっと、間違いではなかったことを教えてくれた誰かがいたんだよ』と。
それが、その場しのぎの言葉だったのかどうかはわからない。
でもたしかにそれならばわかる。このお伽噺に描かれなかった誰かがいたんだったら、王様が幸せなまま眠りにつくのも理解できなくもなかった。
そして、一つだけ思いを馳せた。
もし、自分がその誰かならば、どんなことを王にしてやれるのだろう、と。
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