我が子
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4部分:第四章
第四章
「だからよ」
「何か俺達ってそれを言ったら」
「全然駄目じゃない」
「駄目以前の問題よ」
歩美よりもさらにきつかった。
「あんた達はね。大体歩美」
「何?」
「あんた妊娠中じゃない」
一応これだけは覚えていることを妹に対して言う。宣言めいた言葉になっていた。
「ええ、そうだけれど」
「それが第一の理由だったんだけれど」
「妊娠中だから?」
「妊婦は絶対安静」
極めて常識のことだ。問題なのは二人にそれがないことだった。
「だから来たんだけれど」
「そうだったんだ」
「わかったら行くわよ」
そのうえで妹に対して告げる。
「いいわね」
「ええ。義兄さんもいるのよね」
「当たり前じゃない」
これは当たり前と言い切る良美だった。
「御祝いなんだから」
「御祝いだったの」
「だから。あんたの為よ」
少し呆れた感じでの返事だった。
「もうすぐ出産でしょ。だからよ」
「まあそうだけれどね」
「わかったら行くわよ。勿論」
ジロリと京介を見る。そのうえで。
「京介君もよ。いいわね」
「わかりました」
「全く。来てみれば何時でもこうなんだから」
こう言って抗議するのだった。
「飽きないわね、本当に」
「御飯と喧嘩は飽きないのよ」
「後阪神の応援もだよな」
「中日にしておいたら?」
阪神と聞くとむっとした顔になってそのうえで述べてきた。
「虎虎虎って五月蝿いんだから」
「野球は阪神よ」
「あそこが一番ですよ」
この夫婦は阪神真理教信者なのだった。それに対して良美はドラゴンズ原理主義者なのだ。その良美が阪神を応援する妹夫婦を前に言わない筈がなかった。
「お姉ちゃんもあんな半世紀も日本一になっていなかった球団は置いておいて」
「阪神応援しましょうよ」
「つい最近まで最下位ばかりだったでしょ」
さりげなく言ってはいけないことを言ってみせる。
「それに対してドラゴンズは何回も優勝してるじゃない」
「言うわね」
「義姉さん、それは聞き捨てならないんですけれど」
「はいはい、続きは私の家でね」
これ以上話をしても時間の無駄だと判断してこう述べたのだった。
「いいわね」
「わかったわよ。それじゃあ」
「御願いします」
「とりあえず食べ物は期待しなさい」
それについては自信があるようだ。
「いいわね、そこんところは」
「わかってるわ。お姉ちゃんお料理上手だもんね」
それに期待しつつ良美の家に行く。眼鏡で七三分けの銀行員の様な外見の良美の有人とまだ小さい二人の男の子の出迎えを受けて家の中に入る。二人はすぐにリビングのテーブルに案内された。そこで有人から飲み物を受けるのだった。
「ええと、歩美さんは妊婦だからジュースね」
「はい」
彼女に出されたのはグレープフルーツジュースだった。明るい部屋の中で薄い黄色のジュースが灯りを反射して眩く光っている。
「それで京介君はワインで」
「有り難うございます」
「ロゼでいいかな」
「ロゼですか」
「お刺身とパスタよ」
リビングに立って料理をしている良美が言ってきた。真っ赤なエプロンをしている。それがやけに似合っている。スタイルがいいとエプロンも似合うのだった。
「赤でも白でも偏ると思ってね」
「それでロゼなんですか」
「ロゼ好きだったわよね」
それを京介に対して尋ねる。良美の子供達が彼の横にあるソファーに座って楽しそうににこにこと笑ってアニメ番組を観ている。一家団欒であった。
「確か」
「ワインは何でも好きですよ」
京介はこう答えた。
「お酒なら何でも」
「あんたと同じね」
良美はそれを聞いて妹に声をかけた。彼女はそこでジュースを飲んでいた。
「そういうところは」
「そうかしら」
「そうよ。何だかんだ言って似た者同士じゃない」
そのうえで二人を纏めて言ってみせるのだった。
「意外とね」
「意外となのね」
「そうよ」
言いながら魚を切っていた。見ればそれは生の鮭の切り身だ。サーモンピンクと白のストライプのその肉を奇麗に切っていっている。
「私はそう思うけれどね」
「私はそうは思わないわよ」
「自分ではわからないものよ」
すぐにこう述べて妹の言葉を打ち負かしてきた。
「自分自身のことはね」
「自分がわからなくて誰がわかるのよ」
「自分以外っていったら決まってるじゃない」
また言い返す。
「他人よ。自分以外は皆他人だからね」
「何か馬鹿にされてる感じがするけれど」
「そう思うのは浅はか」
実に手厳しい。
「実際のところは違うのよ」
「そうなの」
「そういうことよ。さて、と」
ここで良美は声をあげた。
「これでお刺身もできたわ」
「あれっ、早いのね」
「あんた達を迎えに行く前にあらかた済ませていたのよ」
妹に答える。
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