緋弾のアリア-諧調の担い手-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四話
クライスside
《台場・倉庫街》
PM:7時53分
闇夜を切り裂く、強烈な閃光。
一瞬、夜明けの到来を示すかの様に思えた程の、眩いマナが周囲に浸透した。
マナが晴れた其処にはもはや、誰の姿もなかった。
それに神父の法衣を纏った男は嘆息するかの様に、息を吐いた。
「…逃げられましたかぁ」
敵対者と、蝙蝠を一匹逃がしてしまった。けれども、落胆はその表情にはない。
何処か、嬉々としている様にも見える。男にとって今宵は良い夜であった。
捕食者として“食事”も今夜は無事に済ませた。十全過ぎる程にだ。
「……周囲に敵数多数、存在」
そう無機質な声が男の耳に届く。敵勢を知らせる鐘の音だ。
そこにいたのは人工的な美貌を持った幼き少女。
「本命もご登場の様ですし、今日はこれにて終わりにしましょう」
「―――命令受諾」
周囲は気付がけば、敵対勢力によって取り囲まれている。
恐らくは、あの存在は時間稼ぎが目的だったのだろう。
それに被害を最小限に抑える為の単身での先駆け部隊、抑止力といった所か。
あれ程までの存在マナ、それを人間で保持している存在は例を見ない。
…いや、もしかすれば“それ以上”の存在だったかも知れない。
運が良ければの事だ。出来れば、アレも“喰らって”おきたかった。
「……まぁ、その機会は次に取って置きましょうか」
そう思考しながら、男と少女は闇夜へと紛れた。
何れまた、あの存在とは合間見える事になる。神父はそう不思議と感じ取った。
1
「…………」
雲間から差し込んだ月明かりが、暗闇を切り裂いた。
地上から数十メートルの以上の高さで、銀色の光が瞬く。
月の光を浴びるその存在は、空を翼を広げて飛翔していた。
濡れ羽色のローブを纏った存在。
闇夜に溶け込む様に、フードを目深く被り、頭部から足下までを隠している。
夜風にローブを遊ばせて、その存在は遥か下の眼下、そして辿ってきた路を見据えた。
―――追手の姿はない。
首元に掛けられた機械水晶の感知範囲には、“対象”は認識されない。
「……撒いたか」
そう口にして、大きく一息吐く。誰も、その存在に見向き等しない。気付かない。
今の人々の注目は、つい先ほどまで起きていた騒動に向いている。
東京都の台場区、その倉庫街で起きた大規模火災。
だが、其処に“存在”していた者から言えば、そんな生易しいものでは無かった。
あれは、力ある者達。
常人を逸脱した人外達によって、人為的に引き起こされたものだ。
引き起こされた災害は、その言い方は悪いが飛び火だろうか。
今もあの一つの戦場と化した倉庫街での荒々しいマナの感覚が身体に残っている。
その戦場での損害金額は、かなりの値が逝く事になるだろう。あまり表沙汰に出来る件ではない。
魔族の自衛権が確立されているとはいえ、流石に無罪放免という訳にはいかない。
アクア・エデン…“檻”の外での事だ。それ相応の処遇を受ける事になるだろう。
「……さて、こいつはどうするかな」
その原因の一端である、肩に担がれた人外である吸血鬼に目を向ける。
命に関わる程の重症を受けた筈なのに、未だに生きている。
肩口から心臓へと切り裂かれた傷は治癒術式、更には卓越した回復能力によって、既に回復の兆しが見られる。
流石は人外といった所か。…まぁ、俺も他人の事は言えないけれど。
近くの真新しいビルの屋上に男を寝そべらせる。そして。
男の手に着けられた登録魔族を示すブレスレット調の登録端子から一応の所、情報を抜き取る。
そうして、その場から立ち去る。
しばらくすれば、この国の攻魔師達が男の身柄を確保しにくるだろう。
この吸血鬼も、先の一件での重要参考人だ。
もう片方の方どうなったかは知らないが、そう簡単には捕まらない事だろう。
…エーリゲネーアと言ったか。不意に、彼女の最後に見せた顔が脳裏を過ぎった。
1
「……ふぅ」
とあるビルの谷間、街明かりさえ届かぬ其処で、俺は安堵の息を吐いた。
そうして、ビルの外面のアスファルトにもたれ掛る。…夏とは言え、ひんやりとして気持ちいい。
濡れ羽色のローブを羽織っている為、同化する様に闇へと溶け込む。
一瞬、光さえも届かぬその場所を淡い光が奔る。
それが晴れた次の瞬間。
そこに佇立していたのは、未だ幼い中性的な顔立ちをした十代前の少年だった。
「……つ、かれたぁ」
今度は、明らかに疲労の色を見せた溜息を洩らす。
ほんの三十分程の事なのに、酷く疲れた。
鍛錬以外での初の実戦。実際の命の駆け引き。
前世でも何度か体験した事だが、何時になっても、こればかりは慣れない。
取るか、取られるかの世界。
一歩読み間違えれば、それは自身の死へと繋がる。
少年の時夜の顔にはくっきりと疲労が見え隠れしている。
それ程までにその駆け引きは、少年の精神を疲労させ、すり切らせた。
数分の時を経て…。
「…さて、行くか」
首元に掛けられた機械水晶を上着のポケットへとしまい込む。
変身術式で身元をぼかしていたとは言え、これはあまりにも目立ち過ぎる。
そうして、闇の迷宮を抜ける様に、俺はネオンの光が満ちる街中へと舞戻る。
暗闇に溶け込んでいた為に、七色に輝く人工的な光が目に痛い。
そして、左へと曲がり直ぐ前に存在するコンビニへと足を入れる。
自動ドアを潜ると、そのコンビニ特有の様変わりした入店音が響く。
それだけで、何処か非日常から日常に帰ってきた様に感じる。安心感を覚える。
「……時夜くん?」
「…んっ、文か?」
不意に、冷房の効いた風に乗って。
最新の話題の曲と、聞き覚えのある、よく耳に馴染む声が聞こえてくる。
故に、振り返る前にその存在の名前を口にした。
「奇遇だな、文も買い物か?」
「そうなのだ。ここのコンビニ、時夜くんの家から少し離れてるのに……」
振り返ると、そこには見知った幼稚園来の幼馴染である平賀文が存在していた。
少女は心配そうな面持ちで、二の句を紡ぐ。
「……大丈夫だったの?」
その言葉が指しているのは、先程まで起こっていた倉庫街の大規模火災の事だろう。
今も店内には港区の方を不安そうに眺めている人達の姿がある。
「ああ、大丈夫だったよ」
俺は彼女の不安を取り除く様に、笑みを浮かべる。
「文は買い物終わったのか?」
「うん、終わったけど……まだ、外が危なくないか心配だったから」
それ故に、店内で様子を見ていたと。不安そうな少女のその顔は正直、見ていたくない。
確かに、あれだけの事があったのだ。帰り道は女の子一人では心細いだろう。
「……送ってくよ、文」
「…でも、時夜くんも買い物しにきたんじゃないの?」
「まぁ、そうだが。文の両親も心配してそうだしな、文もこのままじゃ帰れなさそうだしさ。それにまた寄ればいいだろ」
そう口にすると、文はおずおずといった感じで、それに了承してくれた。
そうして俺は彼女を連れて、不安だという文の手を安心させる様に繋いで、彼女の家へと向かった。
繋いだ手から、暖かさを感じ取った。
それは俺が守るべき大切なモノであると、それが此処にあると、そう強く強く感じられた。
.
ページ上へ戻る