大丈夫、な訳がない。
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序の章
ハジマリ×オドロキ
誰かに揺さぶられる様な感覚を覚えた。遠く、遠くの方で、誰かの声が聞こえる。
五月蝿いなあ、まだ、寝ていたいのに。
そう思って身をよじると、動いた事で脳が起き、意識が覚醒していった。
私は、はっとして目を開く。
「あ、起きた」
その声に辺りを見渡すと、茶色い髪を二つ程のシニョンにした、チャイナ服を来た女の子が目に映った。
誰だお前。そんな言葉を飲み込んで起き上がると、そこが中華風の食堂である事が見て取れた。辺りには、香辛料の香りが充満している。
「シショー、女の子起きたヨ」
チャイナ娘は、案の定な話し方で師匠とやらに話しかけた。厨房の方に話しかけたという事は、師匠というのはコックなのだろうか。
その呼び声に怒鳴るように返事を返し、厨房の奥から出てきたのは一見そのテの社会の人かと思うような、厳つい男性。師匠、なるほど。と言った印象を受けた。
「ったく、一々呼びつけるんじゃあねェよリュカ。……おお、嬢ちゃん目を覚ましたか。具合はどうだ」
「呼べ言たのシショーヨ? ウチなんも悪くないネ」
「あ、いえ……お陰様で、大丈夫です」
意外にも、師匠さんは優しいらしい。文句をたれつつも私の身を案じてくれた。師匠さんにツンデレ疑惑がかかる。
あと、チャイナ服を着た子はリュカと言うらしい。名前も可愛いとかこの。この。
一人で勝手に身悶えていると、師匠さんに元気そうじゃねぇか、と言われてしまった。確かに、元気ではある。
「あ、そうだ……拾って頂きありがとうございました。私は大丈夫ですので、これで……」
「待て待て待て」
私は、助けてもらった礼を言うと立ち上がり、店を後にしようとした。
その言葉を、師匠さんが遮る。
「お前さん、今が何時か分かって出ていこうとしてるんか?今は午前二時。まだ出るにゃ早すぎるよ。この辺りは、治安も悪いしなぁ……」
私は店内の時計を探し、凝視した。気が付かなかった。今、夜中だったのか。
私が黙り込んだのを見て、師匠さんは暫く家にいるといい、と頭を軽く撫でる。私が、寂しそうな幼子にでも見えたのだろうか、私が自分の年齢を告げると、二人に大爆笑されてしまった。
「じゅ、十七! 嬢ちゃん、嘘はいけねぇぞ、どう見たって十かそこいらじゃねぇか!」
「有り得ないネ! 面白過ぎるヨ、きとそういう年頃アルな」
二人とも、そういいながらひいひい言ってる。これであれか、ヒイヒイ言わせた事になるのか。と、どうでも良い思考が回った。
それよりも、今、なんと言われた?
どう見ても十かそこいら……?
それこそ、新手の冗談ではあるまいか。そう思い、店の窓ガラスを鏡替わりに自分を見てみる。
元より明らかに幼い、あどけない顔つき。スタイルの良い方ではあった身体はすっかり寸道。縮んだであろう身長。明らかに、幼くなっていた。
「ええええええええっ?!」
思わず大声で叫ぶ。何度も何度も自分の体や顔をぺたぺたと触って確認した。それでも、胸の膨らみは、自信のあったくびれは見つける事が出来ない。
私は大きく項垂れ、ふらふらと座敷席に座り込んだ。燃え尽きた姿勢で。
「何があったかは詳しく聞かんが……その、落ち込むなよ」
師匠さんの優しい声と、肩に遠慮がちに置かれた手によって、私は完全に灰となった。
まさか、異世界に行ったら子供に戻っていたなんて、信じたくない。
その思考により、私は眠さに負けて眠りに落ちるまで、現実逃避をし続ける事となる。
↑↓
「申し訳ない……!! お世話になってしまって……」
目が覚めると、私は店の二階に有るという個室のベッドに寝かされていて、テーブルを見るとまだ温かい、朝食であろう食事が置いてあった。
流石中華料理店(憶測)。朝食が粥とは。味は抜群に美味で、蓮華を動かす手が止まらなかった。
食べ終わった頃、ノックの音が響く。返事をすると、ドアの間から顔を覗かせたのはリュカだった。
「ああ、食べ終わたネ? 美味かたカ? それ、私が作たコトヨ」
ニコニコと可愛らしい笑顔で言う彼女に、とっても美味であったことを伝えると、途端にテンションが上がった。何処がどう美味しかったかを聞かれたので、正直に答える。
リュカはそれを聞きながら真剣に手帳に何か書き加えており、私は首を傾げた。
「ああ、これアルカ?料理に関する事を書いたレシピ手帳ヨ。ウチ、美食ハンターなるのが夢アルヨ」
嬉しげに話す彼女だが、一つ、引っかかったことがあった。
「美食、ハンター……?」
「何アルカ、お前知らないネ?今時世間知らずアルナァ~。教えてやるヨ、美食ハンター言うのは……」
リュカは私の呟きに反応して、鼻高々に美食ハンターとは何たるかを説明する。小さいつの音が抜けているので、正直な話聞き辛い。
私はリュカの話を聞き流しながら、そういえば、とポケットを漁った。
ポケットから出てきたのは、素晴らしい程に綺麗に包まれ、蝋で印のしてある封筒だった。それを容赦なく開き、中の便箋を取り出す。
「ん?それ何アルカ?……て、白紙アルナ」
隣から覗き込むリュカには、この文字が見えないらしい。私はそんなリュカをスルーして、手紙の文章を読み進めた。
手紙の文面は次の通りだ。
【拝啓、沢城優梨佳様へ。
雨の降り注ぐ季節、世界を超えたあなた様は如何お過ごしでしょうか。
私は、この手紙を神様に書けと言われたので書いています。めんどくせえ。
ああいえ、なんでも無いのです。
こちらには、あなた様が今回獲得なされた特典について、お話させて頂きます。
あなた様に齎された特典は、以下の通りです。
・身体能力、五感(第六感)の強化
・年齢退行
・その他、色々
どうです? 結構素敵な特典でし】
私は思わず、手紙を握りつぶした。
やっぱ子供になっているのか。わなわなと身体が震えるのを感じながら、ぐしゃぐしゃになってしまった手紙を元に戻し、続きを読み始める。
リュカは、いつの間にか居なくなっていた。
【私には見えますよ。前の文章で手紙を握りつぶすあなた様が。
それはそうと、あなた様は今、誰かに拾われていますか?
拾われているのであれば、そこで是非とも修行をつけて貰って下さい。この世界で生き抜くには多大なる努力が必要だという、上の判断です。
ああ、戸籍は一応ありますが、あなた様は現在行方不明扱いとなっている割と偉いところの令嬢という設定になっています。
まあ、もう直ぐに死亡扱いとなる上、あなた様は生まれてすぐに攫われた扱いですので、あまり気に止めずとも良いでしょう。
ああ、こちらで名乗る時ですが、名前と姓が反対になっておりますのでご注意を。
尚、恐らくあなた様が転生なされたのは中華風の国でしょう。と、言うわけで拳法云々を習得して下さいねっ☆
それでは、まだまだ蒸し暑い日々が続きますが、元気にお過ごしください。】
その文章を読んだ私は、最早震えることも忘れ、ただ放心してその紙を畳んだ。封筒にしまうと、再びポケットの中にしまう。
次の瞬間には、私は走り出していた。部屋を飛び出し、昨日の、今朝の彼らを探して駆け出す。
走って数歩もしない内に、階段が見えた。階段下から良い香りが漂って、賑やかな音が聞こえてくる。
きっと、この下が昨日の食堂なのだと、頭の奥で理解して、私は再び走り出した。
物凄い音と共に階段を駆け下りれば、それに驚いた師匠さんがなんだなんだと怒鳴り散らす。
「あ? なんだぁ、何かと思えば嬢ちゃんじゃあねぇか。どうした?」
振り上げた刃の四角い包丁をゆっくりと下ろしながら、怪訝そうな顔で私を見る師匠さんに、私はスライディングで土下座を行う。
「シショーさん! 私を弟子にして下さい!」
食堂内も、師匠さんも、リュカも、言葉の後に、同時に固まった。
はて、何かおかしな事を言っただろうかと首を上げると、そこには震える師匠さんの姿。
師匠さんはぐっと私を物凄い喧騒で見ると、ゆっくりと肩へ手を置いた。
「悪いこたァ言わねぇ。身体鍛えたいんなら他行きな。それがお前さんの為だ」
その目は実に真剣だが、同時に弟子にと頼まれた事が嬉しくて仕方が無いと言ったような、緩んだ頬を隠しきれずにいる。
私はそれを見て、押せば行けると思い、そこをなんとか、と激しく頼み込む。
「まあまあ嬢ちゃん。落ち着こうや。コイツはこんな見た目だが料理しか出来なくてな、もしリュカちゃんの話を聞いてハンターになりたいって言うなら、俺の所に来ることを進めるぜ」
割り込んできた男性が、意気揚々と自らを親指で指し示す。
私は、それをものすごく訝しげに見ていた。
男は、ざっくばらんに切られた髪型をしており、やはり中華風の服を着た、若い年頃の人物だった。というか本当に幾つ? 十五、六くらいじゃない?
「おお、そうだそうだ! コイツに頼めばいい。コイツはこの辺でも随一のハンターだからな!」
「えっ、誰」
師匠さんが割り行ってきた人の背中をバシバシと叩きながら、豪快に笑う。
私は、その人の顔をガン見しながら、思わず呟く。その声に、男性は こちらを見て笑顔で口を開いた。
「俺はハオ。ハオ=スーと言う。お前、名前は?」
「えっと……」
私は、自己紹介をしようとして、ふと手紙の内容を思い出した。そう、この世界では名前を先に言う事を。
苗字を先に言おうとした口を噤んで、もう一度名前を言い直す。
「私は、ユリカ=サワシロと言います」
これが、これから私の本当の師匠となる少年、ハオとの第一コンタクトだった。
後書き
オリキャラ説明
・シショー
師匠ではなくシショー。これが本名。
食堂を開く厳ついおじさん。
・リュカ=フォン
チャイナ服を身につけた少女。
美食ハンターを目指す。
・ハオ=スー
ユリカの師匠。ざっくばらんな髪に中華風の服。
経歴は不明だが、一応この国が故郷。
・天使君
面倒臭がりな天使。職務怠慢気味らしい。
金髪碧眼でかなりのイケメンだとか。
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